第3話「巡察隊がやってきた」
ゴブが来てから五日後。
俺の前哨基地に、王国の巡察隊がやってきた。
騎馬五騎。先頭の男は胸に金の紋章をつけていた。ギルドの上級査察官だ。名前はグレン・ハウザー。四十代、恰幅がいい、声が大きい。第一印象はそれだった。
「門番! 報告を受けていないが、ここはまだ機能しているのか?」
俺は扉の前に立ったまま答えた。
「機能しています」
「前任者が死んで三ヶ月だぞ。補充が来たのが先週だと? なぜ報告が——」
「定期報告は送りました。王都への郵便は片道五日です。まだ届いていないと思います」
グレンが馬を降りた。それから俺の全身をじろじろと見た。
「……お前、何歳だ」
「十七です」
「ジョブは」
「門番です」
グレンの眉がぴくりと動いた。
「門番。ランク外の」
「はい」
「……なぜそんな子供が」
「配属されたので来ました」
それ以上の理由はない。グレンは何か言いたそうな顔をしたが、とりあえず黙った。
査察は一時間で終わるはずだった。
問題は、グレンが「前室の確認」を言い出したことだ。
前室。扉と迷宮の間にある緩衝空間。そこに今、ゴブと仲間たち——十二体のゴブリン——がいる。
「前室は迷宮内部に当たります。査察官の方が入るのは危険です」
「私は上級査察官だ。Bランク冒険者の実力がある」
「ではゴブリン十二体を相手にできますか」
グレンが止まった。
「……何」
「先週の調査で、前室にゴブリンの群れを確認しました。今も潜伏しています。扉を開ければ交戦になります」
嘘ではない。ゴブたちは前室にいる。交戦になるかどうかは別の話だが。
グレンは少し考えてから、部下に目配せした。
「……溢出の危険はあるか」
「現在はありません。私のスキルで監視しています」
「お前のスキルは何だ」
「迷宮管理です」
また沈黙があった。
グレンは俺の顔を見た。門を見た。それからため息をついた。
「……状況は理解した。報告書に『前室に魔物の潜伏を確認、現在監視中』と書いておく。何か問題があれば即座に報告しろ」
「わかりました」
グレンが馬に乗り直しながら、ぼそりと言った。
「お前、度胸だけはあるな」
「そうですか」
「褒めていない」
そう言って、査察隊は去っていった。
前室に戻ると、ゴブが扉の陰に隠れていた。
「外の者たちは何だった」
「査察官だ。確認が来ただけだ」
「問題はなかったか」
「なかった」
ゴブはほっとした顔をした。それから少し考えてから、言った。
「……調停者は、嘘をついたのか」
「事実しか言っていない。前室にゴブリンが十二体いることは本当だ。交戦になる可能性があることも、技術的には本当だ」
ゴブはしばらく俺を見ていた。
「人間というのは、そういう生き物なのか」
「賢い生き物は大体そうだ。お前たちも似たようなものじゃないか」
「……否定はできない」
その夜、俺は例の素材を確認した。
ゴブたちが対価として持ってきたもの——迷宮産の薬草、青魔石、それから銀色の鉱石。銀色の鉱石は見たことがなかった。
【迷宮産 月銀石】
希少度:A
用途:上位魔法具の素材。王都市場での推定価格——一個につき金貨三枚
金貨三枚。俺の月給の六倍だ。
「これは何処から持ってきた」
「4層の鉱脈だ。いくらでもある」
「いくらでも、は言い過ぎだろう」
「千個くらいならすぐ集まる」
俺は少し考えた。
月銀石千個。金貨三千枚。
王国の一般兵士の年収が金貨二十枚程度だ。
「……一つだけ聞いていいか」
「なんだ」
「なぜ今まで、人間にこれを渡さなかった」
ゴブは少し間を置いてから言った。
「渡そうとしたことはあった。昔、調停者がいた時代に。だが調停者がいなくなってからは、扉を開けた瞬間に攻撃される。交渉の余地がない」
「なるほど」
「調停者がいれば、話し合いができる。話し合いができれば、取引ができる。だから俺たちは、ここに火が灯るのをずっと待っていた」
俺はもう一度、月銀石を手に取った。
重かった。物理的な重さだけじゃなく、色んなものが詰まっている気がした。
翌日、俺はルーナ村に行った。
最寄りの農村。人口二百人。特産物は麦と羊。
村の雑貨屋の老人に、月銀石を一つ見せた。
「……これ、どこで」
「仕事で手に入った」
「お宅、門番でしょ。門番がなんでこんなもの」
「詳しい事情は言えない。これを王都の商人に繋いでもらえないか。仲介料を出す」
老人はしばらく月銀石を眺めていた。それからにやりとした。
「……王都に息子がいる。商人だ。繋いでやるよ」
報告書には、こう書いた。
「前室の監視継続中。迷宮内部の状況に変化あり。詳細は次回報告に記載予定」
グレン査察官への個人的なメモも添えた。
「迷宮産希少素材の入手経路を確保しました。詳細は直接お話ししたいと思います。よろしければお時間をいただけますか」
返事が来るまで五日かかる。
その間に、俺はゴブからもっと話を聞くことにした。
23層の影が、少しずつ上層に近づいている。スキルの数値が、毎日上がっている。
のんびりしている時間は、たぶんあまりない。
【迷宮管理 Lv.1(経験値:31/100)】
◆ 次話「第4話:王都の商人が来た」




