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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
第23層の正体

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第29話「ゴブの夢」

ゴブが俺に相談があると言ってきた。


 珍しいことだった。ゴブはいつも、決まってから報告してくる。


「相談?」


「相談だ。決められないことがある」


「聞く」



 



「子供たちを、学校に行かせたい」


 俺は少し止まった。


「学校というのは、村の?」


「ルーナ村に小さな学校がある。村の子供が通っている。うちの子供たちも——行けないかと思って」


「行かせたい理由は」


「俺は人間語を、調停者に教わって覚えた。ヴァルも独学だ。シルはまだ片言だ。でも子供たちは——ちゃんと学べる環境があれば、もっとできる」


「それは正しいと思う」


「ただ、村の人間たちが——どう思うかわからない。ゴブリンの子供が学校に来ることを」



 



 俺は翌日、村長のところへ行った。


「ゴブリンの子供たちを、学校に通わせたい」


 村長が少し考えた。


「うちの孫と同じ教室か」


「そういうことになります」


「……息子に聞いてみる」


 パトに聞いた。パトが村の学校の先生に聞いた。先生——三十代の女性——が言った。


「一回来てもらってから考えます」



 



 翌週、ゴブリンの子供三人が学校に来た。


 村の子供たちが固まって見ていた。


 ゴブリンの子供たちも固まって見ていた。


 五秒後、村の子供の一人が言った。


「名前なんていうの」


 ゴブリンの子供が、ヴァルに習った人間語で答えた。


「グル」


「グルか。俺はトム。一緒に勉強しようぜ」


 それだけだった。



 



 一ヶ月後、グルは学校で一番算術が得意な子供になっていた。


 ゴブが俺に言った。


「子供というのは、大人より先に前に進む」


「そうだな」


「俺たちが悩んでいる間に、子供たちは友達になっていた」


「大人は考えすぎる」


「お前は考えすぎないのか」


「考えるが、考えた後に動く。それだけだ」


 ゴブが「それが違いだ」と言った。



 



 シルが俺に話しかけてきた。


 迷宮語で。ヴァルなしで。


「調停者。私も、学びたい」


「人間語をか」


「人間語と、外の世界のことを」


「学べる場所を探す」


「本当に?」


「探せると思う。エリアに頼む。彼女は学者だから、教えることに慣れている」


 シルが表情を崩した。


「……ありがとう」


「礼は早い。エリアが断るかもしれない」


「断らないと思う」


「なぜ」


「エリアも、私たちのことをもっと知りたそうにしている」


 俺は少し考えて、確かにそうだと思った。



 



 エリアに手紙を書いた。


「シルに外の世界の知識を教えてほしい。定期的にここに来てもらえるか」


 返事が翌日来た。


「もちろんです。私もダークエルフの文化と言語を学びたいと思っていました。お互いに教え合いましょう。毎月第一週に行きます」



 



 カイルが外交官任命を聞いて来た。


「お前、外交官になったのか」


「なった」


「なんか……すごいな」


「一ヶ月前は門番だったが」


「今でも門番だろ、実質」


「そうかもしれない」


 カイルが少し笑った。


「俺がジョブ判定の日に言ったこと、覚えているか」


「生きてはいけるんじゃないか、か」


「最悪なこと言ったな」


「当時は本当にそうだったと思う」


「今は?」


「今は——生きているどころじゃない」


 カイルが笑った。


「そうだな。お前の場合、どこまで行くかわからない」


「わからない。ただ——行けるところまで行く」


「俺も付き合う」


「ありがとう」


「礼を言うな。俺が楽しいからやっているんだ」



 



 夜。


 施設の前に立って、空を見た。


 星が出ていた。


 ゴブが隣に来た。例によって。


「また空を見ているのか」


「見ている」


「何を考えている」


「最初にここに来た日のことを考えていた」


「廃墟だったな」


「廃墟だった。前任者が死んで、俺が一人で来て、マニュアルに『逃げろ』と書いてあった」


「なぜ逃げなかった」


「逃げる意味がなかった。それと——お前がノックをしたから」


 ゴブが少し間を置いた。


「……あの夜、俺は賭けに出た。人間に話しかけるなんて、普通はしない」


「怖くなかったか」


「怖かった。でも——扉に火が灯っていた。調停者がいると思った。もし違っても、最悪攻撃されるだけだと思った」


「白旗を持っていたな」


「あれは伝統だ。ただ実際に使ったのは、俺が初めてかもしれない」


「有効だった」


「そうだな。お前が扉を開けた」



 



「ゴブ」


「なんだ」


「夢はあるか」


「夢?」


「いつかどうなりたいか」


 ゴブが少し考えた。


「……子供たちが外を歩ける世界。怖がられないで、普通に話せる世界。それだけだ」


「それは——なると思う」


「確信があるか」


「ある。今日の学校を見たろ。子供たちはもう怖がられていない」


「あれは特別かもしれない」


「特別が積み重なれば普通になる」


 ゴブが「そういう言い方をするのか」と言った。


「前世から変わらない言い方だ」


「前世でも言っていたのか」


「似たことは言っていた」


「……調停員も、門番も、同じ仕事だな」


「俺もそう思う」



 



 ◆ 次話「第30話:扉の前で」(第一部・完)

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