第29話「ゴブの夢」
ゴブが俺に相談があると言ってきた。
珍しいことだった。ゴブはいつも、決まってから報告してくる。
「相談?」
「相談だ。決められないことがある」
「聞く」
「子供たちを、学校に行かせたい」
俺は少し止まった。
「学校というのは、村の?」
「ルーナ村に小さな学校がある。村の子供が通っている。うちの子供たちも——行けないかと思って」
「行かせたい理由は」
「俺は人間語を、調停者に教わって覚えた。ヴァルも独学だ。シルはまだ片言だ。でも子供たちは——ちゃんと学べる環境があれば、もっとできる」
「それは正しいと思う」
「ただ、村の人間たちが——どう思うかわからない。ゴブリンの子供が学校に来ることを」
俺は翌日、村長のところへ行った。
「ゴブリンの子供たちを、学校に通わせたい」
村長が少し考えた。
「うちの孫と同じ教室か」
「そういうことになります」
「……息子に聞いてみる」
パトに聞いた。パトが村の学校の先生に聞いた。先生——三十代の女性——が言った。
「一回来てもらってから考えます」
翌週、ゴブリンの子供三人が学校に来た。
村の子供たちが固まって見ていた。
ゴブリンの子供たちも固まって見ていた。
五秒後、村の子供の一人が言った。
「名前なんていうの」
ゴブリンの子供が、ヴァルに習った人間語で答えた。
「グル」
「グルか。俺はトム。一緒に勉強しようぜ」
それだけだった。
一ヶ月後、グルは学校で一番算術が得意な子供になっていた。
ゴブが俺に言った。
「子供というのは、大人より先に前に進む」
「そうだな」
「俺たちが悩んでいる間に、子供たちは友達になっていた」
「大人は考えすぎる」
「お前は考えすぎないのか」
「考えるが、考えた後に動く。それだけだ」
ゴブが「それが違いだ」と言った。
シルが俺に話しかけてきた。
迷宮語で。ヴァルなしで。
「調停者。私も、学びたい」
「人間語をか」
「人間語と、外の世界のことを」
「学べる場所を探す」
「本当に?」
「探せると思う。エリアに頼む。彼女は学者だから、教えることに慣れている」
シルが表情を崩した。
「……ありがとう」
「礼は早い。エリアが断るかもしれない」
「断らないと思う」
「なぜ」
「エリアも、私たちのことをもっと知りたそうにしている」
俺は少し考えて、確かにそうだと思った。
エリアに手紙を書いた。
「シルに外の世界の知識を教えてほしい。定期的にここに来てもらえるか」
返事が翌日来た。
「もちろんです。私もダークエルフの文化と言語を学びたいと思っていました。お互いに教え合いましょう。毎月第一週に行きます」
カイルが外交官任命を聞いて来た。
「お前、外交官になったのか」
「なった」
「なんか……すごいな」
「一ヶ月前は門番だったが」
「今でも門番だろ、実質」
「そうかもしれない」
カイルが少し笑った。
「俺がジョブ判定の日に言ったこと、覚えているか」
「生きてはいけるんじゃないか、か」
「最悪なこと言ったな」
「当時は本当にそうだったと思う」
「今は?」
「今は——生きているどころじゃない」
カイルが笑った。
「そうだな。お前の場合、どこまで行くかわからない」
「わからない。ただ——行けるところまで行く」
「俺も付き合う」
「ありがとう」
「礼を言うな。俺が楽しいからやっているんだ」
夜。
施設の前に立って、空を見た。
星が出ていた。
ゴブが隣に来た。例によって。
「また空を見ているのか」
「見ている」
「何を考えている」
「最初にここに来た日のことを考えていた」
「廃墟だったな」
「廃墟だった。前任者が死んで、俺が一人で来て、マニュアルに『逃げろ』と書いてあった」
「なぜ逃げなかった」
「逃げる意味がなかった。それと——お前がノックをしたから」
ゴブが少し間を置いた。
「……あの夜、俺は賭けに出た。人間に話しかけるなんて、普通はしない」
「怖くなかったか」
「怖かった。でも——扉に火が灯っていた。調停者がいると思った。もし違っても、最悪攻撃されるだけだと思った」
「白旗を持っていたな」
「あれは伝統だ。ただ実際に使ったのは、俺が初めてかもしれない」
「有効だった」
「そうだな。お前が扉を開けた」
「ゴブ」
「なんだ」
「夢はあるか」
「夢?」
「いつかどうなりたいか」
ゴブが少し考えた。
「……子供たちが外を歩ける世界。怖がられないで、普通に話せる世界。それだけだ」
「それは——なると思う」
「確信があるか」
「ある。今日の学校を見たろ。子供たちはもう怖がられていない」
「あれは特別かもしれない」
「特別が積み重なれば普通になる」
ゴブが「そういう言い方をするのか」と言った。
「前世から変わらない言い方だ」
「前世でも言っていたのか」
「似たことは言っていた」
「……調停員も、門番も、同じ仕事だな」
「俺もそう思う」
◆ 次話「第30話:扉の前で」(第一部・完)




