第28話「その後のこと」
三者の契約から三ヶ月が経った。
前哨基地の周囲は、三ヶ月前とは別の場所になっていた。
施設が二倍になった。
ルーナ村との取引が公式化されて、村の経済が潤った。村人が施設の建設を手伝い、迷宮民が農作業を手伝うようになった。最初は「魔物が畑にいる」と怖がっていた老人が、今はゴブの子供に収穫の仕方を教えている。
パトの商会が正式に「迷宮素材専門商」として登録された。月銀石だけでなく、迷宮産の薬草や鉱石も流通するようになった。価格は協議機関が管理している。ドルグが議長で、ゴブが副議長だ。会議中に二人が言い合いをして、毎回俺が調停する。
カイルはAランク試験を一回で通過した。第七迷宮35層。スキルの情報と自分の実力を使い切った、と言っていた。今はBランクとAランクの中間で、正式な任命を待っている。
エリアから手紙が来た。
「じいさんの資料の解析が終わりました。四百年分の封印研究の成果が、王国の魔法学会で発表できる形になりました。じいさんに伝えてください。名前はどうしますか」
じいさんに聞いた。
「名前がないと言っただろ」
「学会に論文を出すには名前が必要です」
「では——アシダ・ロウでいい」
「アシダ?」
「お前の名前を借りた。世話になったから」
俺は少し考えてから言った。
「光栄です」
「大げさだ」
「大げさじゃない」
グレンから連絡があった。
「王国議会が動いた。三者の契約を国家条約として正式に批准することが決まった」
「早いですね」
「霧がいなくなった後の第七迷宮の攻略価値が再評価された。迷宮産素材の経済効果も数字が出てきた。議会が動く理由が揃った」
「つまり利益が見えたから」
「そういうことだ。正直でいいだろ」
「正直でいいです」
「ただし条件がある」
「また条件ですか」
「お前の外交官補の資格を——正式な外交官に昇格させたい」
俺は少し考えた。
「俺はここを離れられません」
「離れなくていい。外交官として、ここに駐在する形だ」
「……十七歳の外交官というのは前例がありますか」
「ない。ただ前例のないことをやってきたのはお前の方だ」
「そうですね」
「受けるか」
「受けます」
リーンが来て、任命状を渡した。
「おめでとうございます、外交官レン・アシダ」
「ありがとうございます」
「これで権限が増えます。次の交渉が楽になるはずです」
「次の交渉というのは」
「ミアが元の世界で話をして、向こうの代表と接触できる状況になっています。近々、こちらに来たいと言っているそうです」
「ミアから連絡がありました。通路を使って」
「向こうの代表との交渉が必要になります。準備を」
「わかりました」
ゴブを呼んだ。
「次の話がある」
「また大きな交渉か」
「大きい。ミアの世界の代表が来る」
ゴブが少し固まった。
「……霧の世界の代表が」
「ここに来る。迷宮の民にも同席してもらいたい。あちらの世界にも、迷宮と似た存在がいるかもしれない」
「俺たちは——また交渉の席に座るのか」
「座ってもらえるなら」
ゴブが少し黙った。それから言った。
「……座る。慣れてきた」
「頼りになる」
「当然だ。副議長だからな」
夜、スキルを起動してミアに話しかけた。
「聞こえるか」
『——聞こえる——久しぶり——』
「向こうはどうだ」
『——広い——やっぱり、ここより広かった——でも——』
「でも?」
『——寂しい——こちらには誰もいない——』
「向こうに知り合いはいないのか」
『——いない——四百年——向こうでも——長い——』
「なら来てくれ。いつでも来られる。扉は開けておく」
『——本当に——いいか——』
「いい。ここは——居場所がある人間が増えた。一人増えても困らない」
ミアが揺れた。
『——ありがとう——レン——』
「またな」
【迷宮管理 Lv.5(経験値:198/???)】
上限はまだわからない。
次の交渉が、また経験値を積む。
終わらない仕事だ。
ただ——終わらなくていいと、俺は思っている。
◆ 次話「第29話:ゴブの夢」




