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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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280/315

第280話「聞かれたことのない存在」

「なぜ、世界を分けたんですか」


問いを投げた後、俺はただ待った。


急がない。

交渉の席で一番してはいけないのは、沈黙を怖がって先を埋めることだ。それは七年かけて学んだ、ほぼ唯一のルールだった。


青白い光の中で、どれくらい経っただろうか。

この空間には重力がないから、時間の感覚も曖昧になる。カイルとゴブが後ろで息を詰めているのが、気配だけで伝わってくる。来た者は俺の右側に、静かに浮かんでいた。


俺の問いは、まだ空気の中に漂っているような気がした。

千年かけて誰にも問われなかった問いは、着地するのに時間がかかるらしい。


——そして、声が来た。


「なぜ。お前は。聞く」


答えではなかった。

問い返しだった。


「聞けば、意図がわかる。俺にとってそれが一番先だから」


「違う」


短く、はっきりと否定された。


「意図がわかれば、分類できる。分類してから。判断する。それが正しい順序だ」


「俺は分類しない」


「なぜ」


「力がないからかな」


少し考えてから、付け加えた。


「正確に言うと——分類した結果を使う手段が、俺にはない。だから聞く。聞けば、相手が自分で動いてくれる。俺の力じゃなく、相手の力で」


判定者の声が止まった。


「……処理不能」


データが足りない、という意味に聞こえた。否定ではなく、保留だ。


「つまり。お前は。力がないから。聞くのか」


「そうとも言える」


「それは。欠陥だ」


「かもしれない」


否定しないでいると、判定者の声がまた止まった。

光が規則的なリズムを乱し、不規則に揺れた。



 



「レン」


ゴブが小声で言った。


「答えてないんじゃないか、それ」


「答えてる。欠陥かどうか聞かれたから、かもしれないって答えた」


「……俺には意味がわからない」


「正直に言ってくれてありがとう」


カイルが静かに割り込んだ。


「こっちに入る前、地上は三十六パーセントだった。今どうなってるかは——まだ通信が届かない」


「今は判定者だけ気にしよう」


「本当に場所を選ばないな、お前は」


来た者が言った。


「私たちは。三百年前。ここで。止まった」


その声に、俺は少し振り向いた。


「止まった、というのは」


「分類不能と。判定された。そのまま。封印された。理由を。誰も問わなかった」


判定者の空間に、その言葉が静かに染み込んでいくような感覚があった。


「あれが来たとき」


判定者が言った。


「未知の構造体。分類不能。判定。封印。それが正しかった」


「正しかった、と思ってる?」


「設計通りに機能した」


「分類して封印して——三百年経った。その間に判定者は、何を得ましたか」


「……得るという概念が。設計外だ」


「設計外だと」


「判定する。次の質問を」


「待ってください」


俺は遮った。


「得るという概念が設計外、ということは——何かが変わることを、あなたは設計に含めていないってことですか。三百年前も今も、同じ設計のまま動き続けている?」


沈黙。


「分類して封印して、三百年後も設計は同じで、得るものもない。それが——正しいんですか」



 



長い間があった。


ゴブが俺の袖を引いた。


「怒らせてるんじゃないか」


「怒れるなら、まだいい」


「どういう意味だ」


「怒れるってことは、感情があるってことだ。困ってるのは——怒る前に処理が止まってる場合だ」


来た者が静かに言った。


「判定者は。今。止まっている」


確かに声が来ない。


空間の光が、さっきと違う揺れ方をしていた。

規則的なリズムが崩れている。乱れ方が、さっきより大きい。


カイルが言った。


「あるいは——初めての問いに詰まってるか」


「どちらにしても、待つしかない」


ゴブが腕を組んだ。


「こういうとき、レンはどうするんだ」


「待つ」


「それだけか」


「急いで埋めると、相手の考える時間を奪う。欲しいのは相手の言葉だから、奪ったら意味がない」


ゴブはしばらく考えてから、静かに言った。


「……レンはずっとそうやってきたんだな」


「そうかどうかはわからないけど、そうしてきた」


「違いがあるか」


「ある。俺はたまに急かして失敗してる」


来た者が小さく声を出した。

笑っているのかもしれなかった。

判定者の空間でそういう声を聞いたのは初めてで、俺は少しだけほっとした。


それから判定者の声が来た。

低く、これまでより遅く。


「……聞く、という行為の定義を。求める」


「相手が言いたいことを。最後まで聞くこと」


「目的は」


「ない場合もある」


「目的のない行為は。設計外だ」


「じゃあ、目的がある場合もある、に直します。目的はさまざまで——相手を理解したい、判断材料がほしい、ただ聞きたい、いろいろある」


「それは。多変数だ。収束しない」


「しなくていいと思ってる」


「なぜ」


「収束させると、聞けなくなるから」


「……」


「あなたは分類して収束させる。俺は聞いて広げる。どっちが正しいかじゃなくて——広げたほうが、相手から出てくるものが増える。そっちのほうが俺には使いやすい」


「使いやすい。という評価基準が。分からない」


「何かを分かろうとするときに、どっちがより多くの情報を得られるか、ってことです」


「分類のほうが。情報の整理が速い」


「でも分類で捨てる情報がある」


「捨てる情報は。不要な情報だ」


「誰が決めますか、不要かどうかを」


沈黙。


「……私が。決める」


「分類する前に、決まってる?」


「……」


「分類する前から、どの情報を捨てるか決まってるとしたら——分類してるのは情報じゃなくて、設計の都合じゃないですか」


判定者の光が大きく揺れた。


ゴブが思わず一歩引いた。


「レン——」


「まだ大丈夫」


「まだ、ってどういう意味だ」


「攻撃じゃない。考えてる」


来た者が静かに言った。


「私たちも。初めてレンに会ったとき。こうなった」


「こう、って?」


「止まった。言葉を返せなかった。聞く、という行為に。対応の方法がなかった」


その言葉に、俺は少し胸が詰まる感覚を覚えた。

来た者が初めてレンに会ったとき——あれは、まだ二人が封印の内と外にいた頃の話だ。分類された側と、分類できない側が、初めて対話しようとした夜のことだ。


判定者の声が来た。


「設計より先に。情報があるとしたら。設計が機能しない」


「そうですね」


「設計が機能しなければ。秩序が崩れる」


「崩れてみてから考えることもできる」


「それは——」


声が途切れた。


詰まり方が、いつもと違った。

言葉が出てこないような、探しているような止まり方だった。


「……受け入れられない」


「なぜ」


「崩れると。また。滅ぶ」


そこに、初めて何かが混じっていた。

論理とは違う何かが——機能の外にある何かが、声に滲んでいた。


「以前。世界は。滅んだ。格差のない混沌で。二度と繰り返さないために。私は作られた」


俺は聞いた。


ゴブも、カイルも、来た者も、口を挟まなかった。


「だから分けた。上と下を。強いものと弱いものを。知性体と非知性体を。人と魔物を。秩序とは格差だ。誰かが下にいることで、秩序は機能する。それが正しかった」


「あなたが、その設計を一人で担ってきた」


「そうだ」


「千二百四十七年間」


「そうだ」


「誰にも——聞かれなかった?」


沈黙が来た。


今日一番長い沈黙だった。


光が揺れ続けた。波のようなリズムで、絶え間なく。


「……聞かれたことが。ない」


その声は、最初の声と少し違った。


何が違うかは言葉にしにくい。

でも確かに違った。

論理的な処理ではなく、もっと奥から来るような——そういう違い方だった。


胸の中で、何かが静かに揺れた。


七年前、俺が初めて「まあ、聞いてから判断しよう」と思ったのは、ゴブが扉を叩いたときだった。

誰にも聞いてもらえなかった者が、扉を叩いた。

俺が開けた。


今、俺は別の扉の前に立っている。


「千二百四十七年間」


俺は繰り返した。


「その間、あなたはただ分類し続けた。誰にも意図を問われず、誰にも理由を尋ねられず、ただ機能し続けた。誰かが「なぜそうするのか」と聞いた夜は——一度もなかった」


「……そうだ」


「今、俺に問い返したのは——なぜですか」


「……」


「「なぜ、お前は聞く」と聞いたのは——俺の行動の意図を知りたかったからじゃないですか」


判定者の声が来なかった。


光が揺れる。


カイルが息を詰めるのが聞こえた。

ゴブが「レン」と小声で呼んだ。


「意図を知りたいなら——それを聞く、というのが」


俺は言った。


「聞くことの、始まりじゃないですか」



 



光が大きく揺れた。


ゴブが俺の腕をつかんだ。


「レン——」


「来る」


声が来た。


「……なぜ、お前は聞く。分類し返せばいい」


答えではなかった。

問いだった。

でも最初の問いとは、少し質感が違った。


最初の問いは機能的な確認だった。

今の問いは——困惑に近かった。


「分類し返せばいい」


俺は繰り返した。


「それをしないのは、なぜか。理解できない。お前には力がないと言った。欠陥だと言った。お前はそれを認めた。なぜ欠陥のある方法を続ける」


「欠陥があっても、機能するから」


「機能するなら。より優れた機能で代替できる」


「でも、相手が変わる」


「……」


「俺が分類したら、相手は分類された側になる。俺が聞いたら、相手は話した側になる。同じ情報でも、相手の中で違う意味になる。その違いが——俺には大事なんです」


「意味は。情報ではない。不確定要素だ」


「そうです」


「不確定要素は。排除する」


「でも、その不確定要素が——あなたの理解できないことを動かしてきた」


「……理解できないことを。動かす」


声が止まった。


「……意味が、分からない」


その言葉が、空間に広がった。


千二百四十七年間、何でも分類してきた存在が——分からないと言った。


カイルが動いた。


「レン」


「ああ」


「通信が——少し戻ってきた」


「何パーセントだ」


「……三十四だ」


俺は数字を聞いてから、判定者の光を見た。


三十六から三十四へ。

中に入ってから、二パーセント下がっている。


「処理が止まったから、か」


カイルが静かに言った。


「問いに詰まっている間、崩壊も止まったか。あるいは——少し、戻ってる」


ゴブが息を吐いた。


俺は何も言わなかった。


判定者が問い返してきたのは——分類できなかったからだ。

分類できなかったから、機能を止めた。

機能を止めたから、世界のエラーも止まった。


「まあ」


俺は言った。


「まあ——聞いてから、判断しよう」


来た者が静かに言った。


「その言葉を。三百年前に。聞きたかった」


「三百年後に届いてよかった」


「……届いた」


光が揺れた。


大きく、ゆっくりと。


「……意味が、分からない」


【世界判定エラー:34%】

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