表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
278/308

第278話「声の正体」

無判定の空間に踏み込んだ瞬間、足の裏の感触が変わった。


地面がある。確かにある。だが、それがどんな素材で、どんな色で、どれくらいの硬さなのかが、なぜかわからない。知覚はしている。踏んでいる。でも分類できない。


「……変な感じだ」


ゴブが小声で呟いた。


俺も同感だった。


ここ数日、深層を降りるにつれて壁の素材が変わり、光の質が変わり、空気の重みが変わってきた。それでも一応、「壁」「光」「空気」という言葉でくくれた。だが今ここは違う。名前を当てはめようとすると、何かが滑る。


俺の右隣で、来た者が静かに言った。


「ここは……判定者が、自分の外に作った場所だ」


「外に?」


「あれの内側は、全部が分類されている。名前があり、ランクがある。でも外は——分類できない」


来た者の声には、聞いたことのない色があった。懐かしさとも怖さとも違う、もっと古い何かだった。


「三百年前、俺たちが来たときと同じだ」


それだけ言って、来た者は黙った。



 



スキルの表示が、待機状態のまま動かない。


【迷宮管理Lv.9:接続——待機中(判定域外につき、通常機能停止)】


Lv.9まで上がったこのスキルが止まるのは初めてのことだった。ドランのときも、ヴォルトのときも、外から来た者との交渉のときも、何かしら表示が出ていた。それが今は、止まっている。


「カイル」


「わかってる。転送できない。エラー域だ」


カイルが苦い顔で手首の通信石を見た。


「地上は?」


「繋がらない。入る前に確認した数字しかわからない」


入る前。それはつまり、三十六パーセントという数字だった。それからどれだけ上がったのか、あるいは下がったのか、今の俺には知る手段がない。


「急いだほうがいい、ということか」


「だな」


カイルが短く言った。


ゴブが前を見た。


「……奥、何か、見えますか」


俺も目を細める。


あった。


光というより、輪郭だった。この空間の中に、一点だけ濃いものがある。遠くはない。百歩も歩けば届くかもしれない。


「行こう」



 



歩くたびに、何かが変わった。


周囲の気配が変わるのではなく、俺の内側が変わる感覚だった。七年間身に染みついたものが、一枚一枚剥がれていくような気がした。


「剣士」「門番」「調停者」——そういう言葉が、ここでは意味を失っていく。カイルもゴブも来た者も、ただ「誰か」として俺の隣にいる。


悪くなかった。


「……これが、ただの人間か」


思わず声に出た。


ゴブが横目で俺を見る。


「レンは、ずっとただの人間でしたよ」


「そうだな」


俺は苦笑した。それはそうだ。スキルが止まっているだけで、俺は何も変わっていない。七年前、墓場の門の前で夜明けを待っていたあのときから、俺はただの人間だった。


だから来れた。


そういう気もした。


五十歩。七十歩。


輪郭が、近づくにつれて形を持ち始めた。


丸くも四角くもない。建物のようでも、生物のようでもない。強いて言えば、巨大な「静寂」が一点に集まったような、そういうものだった。


「……デカい」


ゴブが呟いた。


確かに、大きかった。大きいというより、密度がある。この空間のどこにも素材がなく、名前がなく、重さが感じられない中で、その一点だけが全てを持っていた。ありとあらゆる「分類」が、そこに集まっている。


俺の胸が、じわりと重くなった。


「……こんなところに、ずっといたのか」


声に出すつもりはなかった。



 



百歩。


止まった。


俺たちは、座の前に立っていた。


正確には、「座」という言葉が正しいのかわからない。王都の議事堂のような椅子があるわけでも、神殿のような台座があるわけでもない。ただ、「中心」があった。この空間の、全ての情報が収束していく一点が。


足の裏が冷えている。靴越しでもわかる。それだけが、確かな現実だった。


俺は三歩、前に出た。


ゴブが腕を伸ばしかけて、止まった。カイルが小声で「行け」と言ったのを聞いた。来た者は何も言わなかった。


もう一歩。


「——来た」


声がした。


場所がなかった。上でも下でも左でも右でもない。俺の耳に届いたというより、俺の認識の中に直接入ってきた、という感じだった。


低くもなく高くもない。男でも女でもない。温かくもなく冷たくもなく——ただ、古い。それだけがわかった。


千年分の「古さ」が、声に乗っていた。


「……来た」


俺は繰り返した。


それ以外に何を言えばいいのかわからなくて、ただ事実を言い返した。


沈黙。


それが長いのか短いのか、この空間では計れなかった。一分かもしれないし、一秒かもしれない。


やがて声が戻ってきた。


「分類する。ジョブ——門番。ランク——外」


俺は眉を上げた。


「知ってる」


「記録済みだ。七年前、ギルドを通じて判定した。スキル種別——迷宮管理。習熟度——現在Lv.9。——エラー」


「エラー?」


「Lv.9は、存在しない規格だ。設計外の進化を確認した。よって——除去対象として記録済みだ」


事務的だった。


感情がない。いや、感情という概念そのものがない、という感じだった。ゴブが扉をノックしたあの夜の俺は、少なくとも「怖い」があった。だがこの声には、怖いも怖くないもない。ただ「判定する」があるだけだった。


俺はその声を聞きながら、奇妙に落ち着いている自分に気づいた。


怒りもなかった。怖くもなかった。


なぜかというと——この声は、これまで俺が話してきた誰とも似ていなかった。ゴブは怖がっていた。ドランは寂しかった。ヴォルトは焦っていた。ガレスは傷ついていた。レイラは燃えていた。オルディーンは重さを背負っていた。


でもこの声には、何もない。


何もないように見える何かが、一番難しい。


「千年、ずっとここにいたのか」


「……質問の形式は、受け付けない」


「俺が質問してるんだ。受け付けてほしい」


また沈黙。


今度は短かった。


「……千年と二百四十七年、この座に存在している。正確な計算だ」


「一人で?」


「単独稼動だ。設計がそうなっている」


一人で。


千年と二百四十七年。


その言葉を聞いた瞬間、後ろでゴブが息を詰めるのが聞こえた。俺は振り返らなかった。視線を声の方向——「中心」に向けたまま、次の言葉を探した。


ゴブが三百年間ドランと話せなかったと知ったときの、あの重さに似ていた。いや、もっと長い。三倍以上長い。


「……誰かと話したことは?」


「人間もしくは知性体が接触を試みた記録は、十七件ある。全件、判定して除去した」


「除去」


「そうだ。接触可能圏に入ったが最後、全員を適切なランクに分類し返した。それが俺の機能だ」


俺は少し考えた。


「じゃあなんで俺は除去されていない」


声が止まった。


長い止まり方だった。今度こそ、一分以上あった気がした。


「……処理中だ」


「まだ処理中なのか」


「お前は分類できない」


その言葉に、俺は思わず噴き出しかけた。


七年前にも言われたことがあった。「門番、ランク外」。あのときは腹の底が静かに沈んだ。だが今は違った。同じ言葉が、別の響きを持っていた。


「分類できないものは、どうするんだ」


「……設計上、想定外だ。保留項目に置いている」


「つまり、俺は保留されてる」


「現時点でそうだ」


俺はゆっくり息を吐いた。


保留。七年前の「ランク外」と同じ扱いだった。あのころは追い出された気分になったが、今は思う——保留ということは、まだ聞いてもらえる余地があるということだ。


「一つ聞いていいか」


「質問は——」


「受け付けてほしい。それだけ頼む」


「……」


沈黙。


やがて、声は答えた。


「一件のみ、許可する」


俺は一呼吸置いた。


後ろのゴブが、息を飲む気配がした。カイルが身じろぎした気配がした。来た者が静かに待っている気配がした。


「あなたは、なんのために世界を分けたんですか」


声が止まった。


今度の止まり方は、これまでとは違った。処理中でも保留でもなく——何かが、揺らいでいる感じがした。


この「中心」が、今まで一度も受けたことのない種類の問いに、どう対処すればいいか、わからなくなっている。


俺にはそう見えた。


「……その問いは——」


声が、途切れた。


「……設計外だ」


それだけ言って、声は止まった。


沈黙が続いた。


俺は待った。急かさなかった。急かす理由がなかった。世界判定エラーは上がり続けているかもしれないし、地上では混乱が続いているかもしれない。だが今この場で俺にできることは、待つことだけだった。


それが門番の仕事だと、七年かけて覚えた。


そのとき、カイルの通信石が振動した。


繋がった。


「レン——聞こえるか」


カイルが受けた。


「フォルから転送だ。世界判定エラー、三十四パーセント。——少し、下がっている」


俺は振り返らずに呟いた。


「到達した、と思ったんだろうな」


「え?」


「俺たちが座に着いた。だからエラーが一時的に落ち着いた。判定者が——こっちを見ているから」


「……そういうことか」


カイルが低く言った。


俺は前を向いた。


中心は、まだそこにある。今も「除去対象」と判定しているはずの俺を、処理できないまま保留にしている。千年の仕組みが、初めて迷っている。


「なぜ来たか聞いたな」


俺は声を出した。


返事はなかった。


「もう一度だけ言う。あなたの話を、聞きに来た」


沈黙。


しばらくして、声が返ってきた。


さっきより、わずかに遅い。


「——お前は、除去対象だ」


「知ってる」


声が止まった。


止まって、また動いた。


「なぜ、来た」


【世界判定エラー:34%】


その表示が、カイルの通信石の端に映っていた。


下がっている。でも、まだここからだった。

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。


毎日昼・夜の2回更新中です。続きが気になったら、ブックマークで追いかけてもらえると嬉しいです。


もしこの話が面白かったら、☆評価をいただけると本当に助かります。

なろうの評価は日間・週間ランキングに直結するので、1クリックが「次の100話」を書く燃料になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ