第26話「三者が集う日」
日付を決めた。
六ヶ月後——霧との暫定合意から六ヶ月目の朝。
場所は23層の入口付近。霧が空間を一時抑制している間に、全員が集まる。
前日の夜、俺は準備をした。
契約書の最終版。全五章二十三条。三種類の言語で書いてある——人間語、迷宮語、そして霧の世界の文字(じいさんが資料から解読した)。
グレンとリーンが王国代表として来る。ドルグも来る。エリアと助手が来る。カイルたち護衛が周囲を固める。
迷宮の民側はゴブ、ヴァル、シル。
霧は23層の奥から意思を送る。
俺が中央に立つ。
ゴブが夜中に来た。
「眠れないのか」
「眠れない。調停者は?」
「明日の段取りを確認していた。眠れない」
「似ているな」
「そうかもしれない」
二人で並んで座った。
「……緊張しているか」
「している。こんなに緊張するのは前世でも少なかった」
「前世はどんな場所だった」
ゴブがそういうことを聞いてくるのは初めてだった。
「普通の場所だ。魔法もダンジョンもない。ただ人間だけがいる世界」
「つまらなくはなかったか」
「つまらなくはなかった。それなりに面白かった」
「でも、こっちに来た」
「こっちに来た。選んだわけじゃないが——来て良かったと思っている」
ゴブが少し間を置いた。
「調停者がここに来て良かった。俺たちも」
「お前たちがいなければ俺も何もできなかった」
「そうか」
「そうだ」
しばらく黙って空を見た。
「明日、うまくいくか」
「うまくいかせる」
「俺たちはどうなる」
「どうなりたい?」
ゴブが少し考えた。
「子供たちを、本当の外に出してやりたい。施設の外。ルーナ村の外。もっと広い場所に」
「出せる。時間はかかるが、確実に出せる」
「約束か」
「約束だ」
ゴブが頷いた。
「……じゃあ、眠る」
「俺も眠る」
朝。
全員が集まった。
23層の扉の前。霧が薄く抑えられ、人間が立てる状態になっている。
グレンとリーンが並んで立っている。ドルグが後ろにいる。エリアが魔法陣を展開している。カイルたちが周囲に散っている。
ゴブ、ヴァル、シルが前に出た。
そして——俺が中央に立った。
「始めます」
俺は霧に呼びかけた。
「聞こえているか」
『——聞こえる——』
「全員が揃った。準備ができている」
『——わかった——』
霧の気配が近づいてきた。
形がある。人の形に近い、光のようなもの。
全員がそれを見た。
グレンが小さく息を飲んだ。リーンが目を細めた。ドルグが無言で頷いた。
ゴブが一歩前に出た。
シルが古語で何か言った——ヴァルが訳した。「ようやく会えた、と言っています」
霧が揺れた。
「これより、三者の契約を締結します」
俺は声に出して言った。
「人間の代表として、王国外交部門リーン・ハウエル次官。冒険者代表として、Aランク冒険者ドルグ」
二人が頷いた。
「迷宮の民の代表として、下層代表ゴブ、シャーマン代表ヴァル、上層代表シル」
三人が頷いた。
「霧の代表として——」
俺は少し止まった。
「名前を聞いたことがなかったな」
『——名前——ある——』
「教えてくれ」
『——ミア——』
「ミアの代表として」
霧が揺れた。形が少し安定した。
「そして俺、調停者レン・アシダが立ち会います」
契約書を読み上げた。
全五章。一条ずつ、声に出して読んだ。
三種類の言語で。
時間がかかった。一時間以上かかった。
誰も動かなかった。誰も話さなかった。
霧——ミアが、条文を聞くたびに微かに揺れた。理解しているのだと、俺にはわかった。
最後の条文を読み終えた。
「第五章第二十三条:この契約は、以下の署名者によって永続的な合意として成立する」
署名の時間。
リーンが羽根ペンで署名した。
ドルグが署名した。
ゴブが迷宮語で署名した。ヴァルが署名した。シルが古語で署名した。
ミアが——光の指先で、霧の世界の文字を書いた。
そして俺が署名した。
スキルが鳴った。
【迷宮管理 Lv.4(経験値:499/500)】
あと一。
俺は契約書を持ち上げた。
「三者の契約、締結を確認しました」
その言葉と同時に。
【迷宮管理 Lv.4→Lv.5 解放】
【最終機能:世界の扉——異なる世界への通路を開閉する権限が付与されました】
◆ 次話「第27話:ミアを送り出す」




