第25話「草案を巡る攻防」
王国の法務部門が草案を読んだ。
返ってきた修正案は、草案の三倍の分量だった。
「……全部読む必要があるか」
グレンが苦い顔をしていた。
「必要です」
俺は一日かけて読んだ。
要点を整理すると、こうだ。王国は「迷宮の民の地位」に関する条文を全部削除したがっている。「霧との関係」は認めるが「迷宮の民を外界の存在として認める」条文は受け入れられない、という立場だ。
「なぜですか」
俺はグレンに聞いた。
「法的に前例がないからだ。魔物を外界の存在として認めるということは、権利を認めることに繋がる。そうなると——迷宮の攻略が——」
「難しくなる?」
「そうだ。迷宮の民に権利があるなら、彼らを攻撃することは問題になる」
「それは問題ではないと思いますが」
「俺もそう思う。ただ、ギルドと冒険者と、迷宮攻略で生計を立てている人間は大勢いる」
俺はヴァルを呼んだ。
「迷宮の民の地位について、妥協できる部分を教えてほしい」
「妥協?」
「王国が全面的に認めることは難しい。ただし部分的に認める形なら可能かもしれない」
ヴァルが少し考えた。
「……俺たちが必要なのは、外に出る権利ではない。外に出た時に、攻撃されない保証だ」
「攻撃されない、というのは」
「話しかけた時に、問答無用で斬られない。それだけでいい。今のルーナ村みたいな状況が、どこでも成り立てば十分だ」
なるほど。
「権利」という言葉を使わなくていい。「不可侵の合意」という形にすれば、法的な前例問題を避けられる。
俺は修正案を書いた。
第三章を全面改訂。「迷宮の民の地位」という表現をなくした。代わりに「調停者の管轄下にある知性体との不可侵協定」という条文にした。
王国に送った。
三日後、返事が来た。
「受け入れられます」
次はドルグだった。
「冒険者ギルドの立場から、一つ入れてほしい条文がある」
「聞きます」
「迷宮の素材の取引を正式なルートとして認める。ただし、価格については協議機関を設ける」
「協議機関?」
「ギルドと調停者と迷宮の民で、素材の価格と供給量を話し合う場だ。俺が一人で間に入り続けるのは限界がある」
俺は少し考えた。
「それは合理的です。ただ——迷宮の民が協議機関に参加することを、王国側は認めますか」
「俺が通す。顔を売ってきた十五年が役に立つ場面だ」
草案の修正が三回目に入った頃、エリアから手紙が来た。
「封印の研究で一つ発見がありました。霧が元の世界に帰る際に、特定の魔法的な手順が必要です。調停者の迷宮管理スキルと、魔導師の補助が同時に必要になります。私が立ち会わなければいけません」
返信した。
「三者の契約当日に来てください。立ち会います」
「当日? それは——」
「練習する時間はないので、本番一発で」
返信が来た。
「あなたとの仕事は毎回こうですね」
「すみません」
「謝らなくていいです。面白いので」
五ヶ月が経過した。
封印強度は78%まで回復していた。
施設の迷宮民は四十二体になっていた。上層からの難民が増え続けている。
ルーナ村との関係も深まった。村人が施設に薬草を持ってくるようになった。ゴブリンの子供が村に行って、野菜をもらってくる日もある。
何も決まっていないのに、現場は勝手に前に進んでいた。
じいさんがある夜、俺に言った。
「契約の後、お前はどうするつもりだ」
「どうする、というのは」
「霧が帰って。迷宮の民の問題が落ち着いて。その後も、ここにいるのか」
「いますよ。調停者の仕事は続きます」
「ずっとここで?」
「今のところはそのつもりです」
じいさんが少し笑った。
「お前が来るまで、俺は百二十年、誰ともまともに話せなかった」
「それは大変でしたね」
「今は——毎日、誰かと話している。ゴブとも。カイルとも。エリアから手紙も来る」
「良かった」
「良かった」
じいさんが空を見た。
「続きを見たい。お前がこれからどうするか」
「見ていてください。長くなりますよ」
「百二十年待ったんだ。まだ余裕がある」
【迷宮管理 Lv.4(経験値:312/500)】
【封印強度:78%】
【残り猶予:約3ヶ月】
◆ 次話「第26話:三者が集う日」




