第247話「無駄死にの恐怖」
朝の六時過ぎ、通信石が熱を持った。
まだベッドに横になっていた。正確には、夜明けに一度目が覚めてから眠れなくなって、壁にもたれながらぼんやりとしていた。石の壁は夜の冷気をたっぷり含んでいて、もたれた背中がじわじわ冷える。三週間近く議事堂の近くに滞在している。旅をしていたときの方が、体はずっと楽だった。慣れない場所でじっとしているというのは、思ったより体に堪える。
通信石を取った。カイルの字が映し出された。
【査問集計:賛成63/反対48/保留16】
【共存協定 自動失効まで:あと27日】
「昨夜から変動なし。ケルダはまだ動いていません。ただ——今朝早く、ロウン代表が一人で廊下を歩いているのをガレスさんが見かけたそうです。眠れていないかもしれない」
それだけだった。
俺はしばらく数字を見ていた。
六十三。あと二十七日。
ファベルが保留に戻った分は入っている。それでも六十三だ。処分執行の過半数まで、あと一票のところに貼り付いたまま、数字は動いていない。
起き上がると、膝が少し痛かった。石畳を毎日歩き続けていると、膝と足の裏に来る。腹も減っていた。昨夜は夕食をろくに食べていなかった。
食堂に向かおうとして廊下に出たところで、ガレスに捕まった。
「顔色が悪い」
「そうか」
「飯は食ったか」
「これから」
ガレスが先に歩き始めた。
「同席する。話がある」
食堂で席を取ると、ガレスが豆のスープと黒パンを二人分注文した。俺の分まで、断りもなく。
「ロウン・ドールのことだ」
ガレスはスープを一口飲んでから言った。
「今朝、廊下で見かけた。声はかけなかったが——あれは、一晩考えていた人間の顔だった」
「どういう顔だ」
「決めかねている顔だ。下した判断を、もう一度ひっくり返そうとしているような」
俺はパンをかじった。少し固かったが、悪くない。
「軍の出身なんだな、ロウンは」
「ああ。俺より五つ下だが、歳は関係ない。バルタン防衛戦の判断は訓練校でも事例として使われる。正しい決断だった。正しい決断が、人を死なせた」
その言葉は静かに落ちた。
「一緒に来るか、今日」
ガレスが皿を脇に置いた。
「そのつもりだ。だが——条件がある」
「何だ」
「俺が言いたくなっても、途中で口を挟まない。俺の話を、ただ聞かせてくれ」
「わかった」
ガレスが立ち上がりながら言った。
「ロウンの痛みは俺にはわかる。わかりすぎる。だから、うまく言えるかどうかわからない。それだけだ」
ケルダの執務室は東棟の三階にあった。
廊下は朝の時間帯はまだ人が少なく、石の壁が音を吸って静かだ。俺たちの足音だけが規則的に響いた。
昨日も同じ廊下を歩いた。昨日は扉の前で名前を告げて、返事を待って、無言のまま引き返した。今日は違うといいと思いながら、扉の前に立ってノックした。二回、間を置いて一回。
しばらく間があった。昨日より長い沈黙だった。
「誰だ」
「レン・アシダです。昨日もお訪ねしました。今日も少し時間をいただけますか」
また間があった。
鍵の音がした。
扉が開いた。ロウン・ドールは灰色の室内着を着ていた。昨日の正装ではない。目の下に疲れの影があり、髪が乱れている。一晩の形跡だった。
細い目が、俺とガレスを順番に見た。
「……ガレス・カイン」
「ロウン殿。朝早くに申し訳ない」
「あなたまで来るとは思っていなかった」
「俺も来るとは思っていませんでした」とガレスが正直に答えた。「ただ、来なければならないと思って」
ロウンはしばらく俺たちを見ていた。それから扉を大きく開いた。
「入れ」
部屋の中は整頓されていたが、机の上だけが違った。書類が山になっていて、何枚かは床に落ちている。一晩かけて何度も読み返した形跡だった。
窓から朝の光が斜めに入って、床に長い影ができている。ロウンは窓際に立った。俺は向かいに立った。ガレスは入口の近く、壁際に位置を取った。昨朝に話した通り、余計には口を挟まないという立ち方だった。
「昨日、扉を開けなかったのは——」
「構いません」と俺は言った。「今日、開けてもらえた」
ロウンが少し目を細めた。
「あなたはいつもそういう言い方をするのか」
「どういう言い方ですか」
「急かさない言い方だ」
「急いでも意味がないと思っているので」
「なぜ」
「急いで聞いた話は、急いだ分だけ浅い。俺の仕事には向かない」
ロウンが窓の外を見た。広場に早起きの市民が動き始めている。喪章をつけた人間が、今日も一人歩いていた。
「ケルダで死んだ兵の話は——聞くつもりで来たか」
「あなたが話すなら聞きます。話したくなければ聞きません」
「聞きたいか」
「聞いた方が、俺には都合がいいとは思っています」
「都合?」
「あなたが賛成票を持っている。その理由を知りたい。でもそれだけじゃない」
俺は続けた。
「どんな痛みで持っているかを——知りたいと思っています」
ロウンが俺を見た。
「痛みを知って、どうする」
「俺には何もできません。ただ知っていたい」
また沈黙があった。
ロウンが机の前に来て椅子を引いた。しかし座らなかった。椅子の背に手を置いたまま、少し考えていた。
「第二次溢出戦で、ケルダは三十二人を失った」
静かに言った。
「全員の名前を覚えている。一人ずつ、遺族に手紙を書いた。何を書くかで三ヶ月、かかった」
「どんなことを書きましたか」
「国のために死んだと書いた。魔物の脅威から、民を守るために命を張ったと書いた」
「そう書いたとき——本当のことでしたか」
ロウンの目が、わずかに鋭くなった。しかし怒りではなかった。
「本当だった。あの時点では」
「今も?」
ロウンが椅子の背から手を離した。
「……考えたことがなかった。考えてはいけないと思っていた」
「なぜ」
「考えたら——意味がなくなる気がして」
その言葉が部屋の中に沈んでから、俺は問い返した。
「何の意味が」
ロウンは答えなかった。しかし答えないことが、答えだった。
ガレスが壁際で、わずかに姿勢を変えた。
「……あなたたちが魔物と和解したと認めるということは」とロウンは言った。「あの戦争は——終わったということだ。正式に、歴史の中に収められる。そうなれば」
声が一度、詰まった。
「俺が三ヶ月かけて書いた手紙は——何になる」
部屋が、静かになった。
廊下からは、どこかの部屋が動き始める物音が遠く聞こえる。議事堂はいつも通りの朝を始めていた。
「敵が実は悪くなかったということになれば、あの戦いの意味はどこへ行く」
ロウンは椅子に腰を下ろした。そこで初めて座った、という感じだった。長いあいだ立っていた体の重さを、やっと何かに預けた、という感じだった。
「英雄だった俺の兵士たちが——無駄死にになる。そういうことになる」
声は平静だった。
しかし平静でいることに、何かを使い果たしているのがわかった。三十二人の名前を一人ずつ呼べる人間の、平静だった。
「それが怖い。俺は——それが怖いんだ」
ガレスが、壁から一歩離れた。
「……俺も」と、ガレスが言った。
ロウンがガレスを見た。
「討伐隊長として、アシダのもとへ向かったとき。魔物が補給品を運ぶのを見て、子供が魔物に笑いかけるのを見て——あのとき死んでいった奴らは何だったんだと、俺も思った」
ガレスの声は低かった。抑えているわけではなく、低い場所から出てきているような声だった。
「だから——剣を収めたのか」とロウンが聞いた。
「答えが出たからじゃない」
ガレスが首を軽く振った。
「ただ、剣を抜いても答えが出るわけじゃないとわかった。だから俺は——まあ、聞いてから判断しようと思った」
その言葉が口から出た瞬間、ガレスが自分で少し止まった。
俺はそれを、聞いていた。
自分の口から出てきた言葉を確かめるように、ガレスが小さく息を吐いた。ガレスがこの口癖を使うのを聞くのは、これで何度目だろう。最初に聞いたとき——あの寝返りを公言した夜——俺は何も言わなかった。今も何も言わなかった。ただ、聞いた。
ロウンがガレスを見ていた。それからゆっくり俺に視線を向けた。
「あなたに聞くつもりはなかった」
「知っています」
「扉を開けたのは——ガレスがいたからかもしれない」
「それでも構いません。扉が開いたことが大事なので」
ロウンがかすかに息を吐いた。笑いとも溜息ともつかない、微妙なものだった。
「三十二人の名前を、俺は今も覚えている。遺族の住所も、今もわかる」
俺はその言葉の重さを、受け取った。
「一つだけ聞かせてください」
「何だ」
「あなたが三十二人に向けて書いた手紙の中で——「無駄だった」という言葉を、書いたことがありますか」
ロウンが俺を見た。
「……書いていない」
「なぜ」
「書けるわけがない」
「そうですね」と俺は言った。「俺も——」
一度、間を置いた。
「無駄だったと……俺は、一度も言っていません」
ロウンの口が、わずかに開いた。
何か言おうとした。言葉が出なかった。
廊下の奥から、議事堂に人が入り始める気配が聞こえてきた。
「……また来るか」
ロウンが、しばらく経ってから言った。
「来ます」
「今日は——もう帰れ。頭が整理できていない」
「わかりました」
俺は立ち上がった。ガレスも壁から離れた。扉に向かって歩き始めたとき、ロウンの声が背中に届いた。
「アシダ」
「はい」
「三十二人の名前を——お前に聞かせることが、俺にできるかどうかわからない。だが」
少し止まった。
「できると思ったとき——また来い」
扉が、静かに閉まった。
廊下に出ると、ガレスが一度、深く息を吐いた。
「前に進んだか」
「そう思う」
「数字は動いていない」
「今日は動かなくていい」
ガレスが俺を見た。
「お前は——急かさないな。いつも」
「急いでも意味がない」
「そうは言っても、あと二十七日しかない」
「知っている」
俺は廊下を歩き始めた。石畳の足音が、二人分響いた。膝の痛みは朝よりも少し落ち着いていた。
「……無駄だったとは言っていない、か」と、ガレスが後ろで言った。「あの男に何かを動かすかもしれない」
「かもしれない」
「確信はあるか」
「ない」
「それでも言ったのか」
「言わないと、聞かれないから」
廊下の端から、朝の光が差し込んでいた。外はもう十分に明るくなっていた。
その日の夕方、カイルから集計が届いた。
【査問集計:賛成63/反対48/保留16】
【共存協定 自動失効まで:あと26日】
数字は変わっていなかった。
だが俺の手の中には、ロウンの最後の言葉があった。
「できると思ったとき——また来い」
来い、と言った。
扉は、まだ閉まっていない。
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