第21話「老人が語る」
老人——便宜上、じいさんと呼ぶことにした——は施設の一室に落ち着いた。
百二十年ぶりの外の空気を「思ったより普通だ」と言った。
翌朝、俺はじいさんに向かい合って座った。
「聞きたいことがある」
「全部答える。ここに百二十年いた理由の一つは、この知識を誰かに渡すためだ」
「封印の本当の目的を教えてください」
じいさんが少し間を置いた。
「本当の目的、か。資料には書いていないからな」
「知っているんですか」
「口伝だ。初代から二代目、二代目から俺に伝わった」
「四百年前、霧はこの世界に存在しなかった」
じいさんが話し始めた。
「霧は別の世界からきた。正確には——別の層の世界から」
「別の層?」
「この世界の下に、もう一つの世界がある。霧はそこの住人だ。何かの拍子に、この世界に迷い込んだ」
俺は少し考えた。
「迷い込んだ、というのは意図的ではなかった?」
「霧本人に聞いたことがあるか?」
「ある。出たかったとは言っていたが、来た経緯は話していない」
「今度聞いてみろ。ただ——初代の記録では、霧は最初、パニック状態だったと書いてある。知らない世界に来て、自分の存在が周囲に影響を与えることに気づいていなかった」
支配の霧。
意図せず人を支配してしまう存在。
「霧は悪意があるわけじゃなかったのか」
「初代はそう判断した。だから封印した——閉じ込めるためではなく、安全に話し合えるまでの時間を作るために」
「では封印を解いた後は、どうなるんですか」
「霧が元の世界に帰ればいい」
「帰れるんですか」
「帰る方法がある。ただそれも、合意が必要だ。この世界と霧の世界の双方が、交流の規則を決めれば、行き来ができるようになる」
俺は整理した。
つまり——封印を解く=霧を野に放つ、ではない。封印を解いた上で、霧が元の世界に帰る道を作る。そのための交渉が必要だ。
「それが三者の契約か」
「そうだ。人間と迷宮の民と霧の三者で、この世界での規則を決める。それが終われば、霧は帰る。全員が安全になる」
「……初代の調停者はなぜそれをやらなかったんですか」
じいさんが少し黙った。
「時間が足りなかった。霧を封印してから、初代は三年で死んだ。後継者を育てる時間がなかった。封印だけが残って、目的が伝わらなかった」
「そして百二十年、誰も知らないまま」
「俺が知っていたが——伝える手段がなかった」
じいさんが続けた。
「お前が来て良かった。正直、間に合わないと思っていた」
「間に合いました。六ヶ月あります」
「六ヶ月で三者の契約ができるか」
「やります」
「無理だと思わないか」
「思いません。材料は揃っています。霧は話せる。迷宮の民は協力してくれる。人間側はグレンとドルグがいる」
じいさんが俺を見た。
「……お前は初代に似ている」
「そうですか」
「初代も同じ顔をしていた。できない理由より、できる方法を探す顔だ」
「前世でそういう仕事をしていたので」
「前世?」
「転生者なんです」
じいさんが「ほう」と言った。
「それで妙に落ち着いているわけだ」
「そうかもしれません」
【迷宮管理 Lv.4(経験値:12/500)】
Lv.4の経験値上限は500。Lv.3の300より重い。
それだけ大きな交渉が必要ということだ。
三者の契約——それがLv.4の試練だろう。
◆ 次話「第22話:準備を始める」




