第19話「47層の先へ」
47層の先に行く必要があった。
封印を書き換えた者に、直接会う必要がある。
俺一人では無理だ。Aランクのドルグが必要。エリアが必要。ヴァルも必要。
全員に話した。
「正気か」
ドルグが開口一番に言った。
「47層まで行くなら理解できる。その先は話が違う。誰も帰ってきていない場所だ」
「誰も帰ってきていないのは百年以上前の話です。今は違う可能性がある」
「可能性で命は張れない」
「では確率の話をしましょう。封印が消えれば霧が地上に溢れます。その場合、地上の全員が被害を受ける。一方、47層の先に行くリスクは今この場にいる数人に限定される。どちらのリスクが高いですか」
ドルグが黙った。
「……お前は本当に十七歳か」
「何度も聞かれますが、本当です」
「……わかった。行く。ただし俺の言うことを聞いてもらう。戦闘判断は俺に任せろ」
「了解です。交渉判断は俺に任せてください」
「言われなくてもそうする」
エリアは「行く」と即答した。
「当然です。47層の先なんて、誰も調査したことがない。学術的に最高の機会です」
「危ないですよ」
「あなたが守ってくれるんじゃないんですか」
「俺は門番なので、戦えません」
「ドルグさんがいます。問題ない」
ドルグが遠くで「なんで俺が盾扱いされているんだ」と呟いていた。
ヴァルが静かに言った。
「俺も行く。ただし——一つ確認したい」
「なんですか」
「47層の先には、上層の者が何人か消えた。俺の知り合いもいる。もし——」
「会えたら、できる限りのことをします」
ヴァルが頷いた。
「それだけで十分だ」
出発は翌朝とした。
夜、ゴブが来た。
「俺は行けないのか」
「4層が限界だろ」
「……そうだな」
ゴブが俯いた。
「調停者」
「なんだ」
「帰ってこい」
「帰る」
「約束か」
「約束だ」
ゴブが顔を上げた。子供みたいな顔をしていた。ゴブリンだが。
「施設の子供たちが、お前のことを気にしている。お前が作った場所だから、お前が帰ってきてくれないと困る」
「作ったのはルーナ村の大工だが」
「お前が作らせたんだろ」
「そうだな」
翌朝。
ドルグ、エリア、エリアの助手一人、ヴァル、そして俺。五人で迷宮に入った。
俺が迷宮の内側に入るのは初めてだった。
扉をくぐった瞬間、スキルが変化した。
【迷宮管理——内部接続モード:起動】
【内部の状態がより詳細に把握可能になりました】
【調停者の位置:1層入口】
内部から見る迷宮は、外から数値で見るのと全然違った。
石の壁、薄い光、遠くで何かが動く音。
俺は少し止まった。
「どうした」
ドルグが振り返った。
「初めて入ったので、少し感覚が変わりました」
「怖いか」
「違います。スキルが変わった。内部から見た方が詳細に把握できる」
「……門番が迷宮に入ったら、そういう仕様なのか」
「知りませんでした」
47層まで三日かかった。
ドルグの実力が尋常でなかった。行く手を塞ぐ魔物を、まるで霧を払うように処理した。俺のスキルで「この先に何体いる」「どこを避ければ戦闘にならない」を伝え、ドルグが最短ルートを選ぶ。
エリアは戦わないが、結界を張って野営を守った。
ヴァルは上層の案内役として機能した。22層以降は彼の知識が頼りになった。
47層に着いた時、全員が無事だった。
47層は広大な空間だった。
天井が見えない。光源がないのに、薄く明るい。石造りの廃墟が広がっている。
かつて、ここには何かがいた。
「……誰かが住んでいた場所だ」
エリアが呟いた。
「廃墟になって、どのくらい経つのか」
「長い間、誰も来ていない。数十年は間違いなく」
俺はスキルを起動した。
【47層——その先:通路確認】
【奥の部屋に、人間の気配:1名】
一人。
まだいる。
「奥に一人います」
全員が俺を見た。
「行きます」
廃墟の奥、石の扉を開けた。
中に、老人が座っていた。
白髪、痩せた体、だが目が鋭い。俺たちを見ても、驚いた様子がない。
「来るとは思っていた」
流暢な人間語だった。ただ、少しだけ発音が古い。
「誰ですか」
「名前はない。百二十年前に、ここに来た冒険者の末裔だ。三代目になる」
「なぜここに」
「ここにしかいられなかった。外に出る方法を知らなかった」
老人が続けた。
「ただ——三ヶ月前に、扉の前に火が灯ったのを見た。久しぶりに、調停者が来たと思った。だから——」
「封印を書き換えたのはあなたですか」
老人が少し間を置いた。
「……そうだ」
「なぜ」
「調停者を呼び出すために。封印が弱まれば、霧の脅威が増す。脅威が増せば、誰かが動く。そうして扉の前の人間と接触できると思った」
「それだけのために」
「それだけのために——百二十年待った。すまなかった」
◆ 次話「第20話:第二章の終わり、そして新たな交渉」




