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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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第177話「ゴブが案内する」

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翌朝、ゴブが「見せたいものがある」と言った。


「迷宮の中ですか」と俺が聞くと、「いいえ」とゴブは首を横に振った。「入口から少し、外側です」


外側。


その言葉が少しだけ引っかかった。第七迷宮の「外側」に見せるものがある、というのが意外だった。


昨夜はドランが使っていた旧部屋に泊まった。石の床は硬く、毛布は薄かったが、眠れなかったわけではない。むしろ、あの部屋の静けさは久しぶりに骨の奥まで届くような深い眠りをくれた。半年間、宿の寝台でも野宿でも感じなかった感覚だった。


旅の間、少しだけ靴底が剥がれかけていた。起き上がって確認すると、やはり左の踵のところが浮いている。修繕が必要だと思いながら、それでも歩けるからまあいいか、と判断した。


ゴブが待っているのは入口の石段を降りた先、左に折れた小道の突き当たりだった。



 



「これです」とゴブが言った。


俺は少しの間、黙って眺めた。


迷宮の石壁に沿って、幅三メートルほどの「道」ができていた。地面は踏み固められていて、石を並べた簡単な舗装もある。左側には小さな木の柵が並んでいて、右側は迷宮の壁がそのまま続いている。道の終わりは壁の中に消えていた——つまり、迷宮の中へと続いている。


そこを、人間が歩いていた。


旅人らしき若い男が一人、おそるおそるという感じで柵の前に立って中を覗き込んでいる。そのすぐ横に、小柄な魔物の姿があった。種族はよく分からないが、第四層あたりに住む丘陵型のコボルトに似ている。緑がかった毛並みで、両手に木の棒を持っていた——武器ではない。荷物を運ぶための担ぎ棒だった。


旅人もコボルトも、お互いに無言だった。でも敵対してもいなかった。ただ同じ道の上に立っていた。


「共有エリアです」とゴブが言った。「人間用の外ルートと、魔物用の内ルートを、この区間だけ一本にまとめました。今のところ、長さは二十メートルほどですが」


「誰が設計したんですか」


「俺と、第三層の長老と、カイルさんから教わったやり方で作りました」


カイルから。


「カイルが教えた?」


「通路設計の考え方を、書面で送ってくれました。「レンに見せろ」と書いてありました」


俺は小さく笑った。あいつなりの粋な真似をする。


「揉め事はありましたか」


「最初の週は、毎日ありました」とゴブは言った。「旅人が怖がって逃げたり、こちらの若い子が威嚇して走らせたり。俺は毎日ここに立って、両方から話を聞きました」


「毎日」


「まあ——聞いてから判断しよう、と思って」


ゴブがそれを言ったとき、俺は横を向いた。咄嗟に向いた、という感じだった。視線が合ったらなんとなく照れくさかったのだと思う。


「うまく使ってますね」と俺は前を向いたまま言った。


「レンが言うとき、いつもこういう感じでしたよね」とゴブは言った。「怖くても、怒られても、とりあえず聞く。そういう感じ」


「そういう感じです」


しばらく二人で、その二十メートルの道を眺めた。


旅人は結局コボルトに何か声をかけた。コボルトは一瞬止まって、それから担ぎ棒をずらして道の端に寄ってみせた。旅人は頭を下げた。コボルトは何も言わなかったが、何かを言ったようにも見えた。



 



「フォルも待っています」とゴブが言った。


「会いに行けますか」


「カイルさんのスキル越しになりますが——カイルさんが今日、接続を開けておくと言っていました」


ゴブが腰の小袋から小さな通信石を出した。王国管理局が発行したもので、カイルが調停者として持っているスキルと繋がっている。俺がスキルを手放してからは、こういう形でしか迷宮の深部と話せない。


「フォル」


通信石に向けて呼びかけると、少し間があって、それからフォルの声が届いた。


『——来たか、レン・アシダ』


久しぶりに聞く声だった。低くて、少し響く。どこかで水が流れているような、澄んだ深みのある声。


「久しぶりです」


『半年だ。感じとしては——長かった』


「向こうはどうですか」


『安定している。封印強度は七十三パーセントを維持している。「来た者」の協力が続いている』


七十三パーセント。スキルを持っていた頃は毎日のように数値を見ていたが、今は報告を聞くだけになった。それでも数字の意味はわかる。十分だ。十分すぎるくらい安定している。


「来た者は、最近どうですか」


少しの間があった。フォルが言葉を選んでいるときの間だ。


『あれは——最近、名前を使うのが好きになったようだ』とフォルは言った。『「来た者」と呼ぶと、すぐに返事をする。三百年かけて俺たちが忘れていたものを、あれはいきなり持ち始めた』


「名前があると違いますか」


『ある』とフォルは即答した。『俺も「待つ者」と呼ばれてから、少し変わった気がする。待っていいのだ、と思えるようになった』


そういうものか、と思った。


門番というジョブをもらったとき、俺は「待つ仕事」だと解釈した。でも待っていいと思うまでには少し時間がかかった。待つことに意味があるのかどうか、ずっと確認しながら待っていた。フォルは三百年それをやっていたことになる。


「来た者から接触が来ることはありますか」


『ある。今朝も来た』


「今朝も」


『「また来た」と言ってくる。毎回そう言う。名前があるのに、挨拶はそれだけだ』とフォルが言った。声に、苦情ではなくて困惑が混じっていた。困っているんじゃなくて、面白がっている感じだ。


「それが挨拶なんだと思います」と俺は言った。「来るたびに「また来た」と言う。来ることが続いていることを、確認しているんじゃないですか」


しばらく沈黙があった。


『——確かにそうだ』


そういう答えが来ると思っていた。フォルはたぶん、来た者の言葉の意味を考えていなかった。届いた言葉をそのまま受け取っていた。でも少し角度を変えると別の意味が見えてくる。それはスキルとは関係ない話で、ただの「聞き方」の問題だ。



 



通信石を切った後、ゴブが「来た者から接触が来ています」と言った。


「さっきフォルから聞いたばかりですが」


「いいえ、俺のところに、直接来ています」


俺は振り返った。ゴブが小さな結晶のかけらを持っていた。薄く光っている。こんな色の光を俺は知っている——第23層から接続が来たときに見ていた光だ。


「直接?」


「ここ一ヶ月くらいで、たまに来るようになりました。最初は怖かったですが——まあ、聞いてから判断しよう、と思って」


またそれを言う。


「なんて言ってくるんですか」


「毎回、同じことです」とゴブは言った。結晶を手のひらに乗せて、少し首を傾げた。「「そうだ。来た」と」


俺は少しの間、黙った。


来た者が「また来た」とフォルに言い、「そうだ。来た」とゴブに言っている。同じようで少し違う。フォルへの言葉は「続いている」という意味で、ゴブへの言葉は「ここに来た」という宣言に聞こえる。


「返事はどうしてるんですか」


「「聞いてます」と言っています」とゴブは答えた。「それ以上は何も言ってこないので、毎回それだけです」


俺は結晶を眺めた。光はゆっくり明滅している。呼吸みたいな周期だった。


「今も来ていますか」


「来ています」


まあ、聞いてから判断しよう。


俺は結晶に向けて声をかけた。


「来た者」


光の明滅が少し速くなった。それだけだった。でもそれで十分だと思った。向こうも聞いているということだ。


「また来た、ということか」


光が止まった。止まってから、一度だけ強く輝いた。


「——そうだ。来た」


声ではなかった。音でもなかった。光の変化の中に、意味だけがあった。でも俺には分かった。ゴブにも分かったらしく、小さく頷いていた。


来た者が「来た」と言っている。


それはそうだろう、と思った。でも、それだけで十分だった。来ることを止めなかった。また来た。その事実だけが大事なんだと思う。


「来てくれてよかった」と俺は言った。


光がもう一度、ゆっくり輝いた。



 



「名前があると違うって——フォルが言っていました」とゴブが言った。通信が終わった後、二人で共有エリアの端の石段に腰を下ろしていた。


「そうみたいです」


「俺も——ゴブ、と呼ばれてから変わった気がします」


「どう変わりましたか」


ゴブはしばらく考えた。小さな指先で地面の石をつついて、考えて、また考えた。


「待てるようになりました」とゴブは言った。「名前があると——次に呼ばれるのを待てます。待ったら来てくれるってわかるから」


俺は何も言わなかった。


脛から膝にかけて、じんわりと疲れが来ていた。半年の旅の疲れが、安全な場所に着いてから遅れてやってくる感じがある。靴底の剥がれは今日中に直したほうがいい。でも今は動けなかった。


共有エリアの道には、また別の旅人が入ってきていた。今度は中年の女性で、杖をついている。第三層の魔物が二体、彼女のそばで荷物を持ち上げて、何かを短く伝えていた。女性は頷いた。そのやり取りは五秒もかからなかった。


二十メートルの道だった。


でも確かにある。


「フォルも——「待つ者」として待っています」とゴブが言った。「来た者は「来た」と言ってきます。俺は——ここで待って、聞いています」


「役割が揃いましたね」と俺は言った。


「レンは——どうしますか」


「旅人として来てみました」と俺は言った。「まあ、聞いてから判断しよう、と思って来てみたら——見せてもらうものが増えていました」


ゴブが笑った。前よりも笑い方が自然になっていた。歯を見せて、照れずに笑う。そういう笑い方ができるようになったのはいつ頃からだろう。


そのとき、腰のあたりに通信石が振動した。


カイルからだった。


文字だけで届く形式の通信で、短くこう書いてあった。


——今日の調停数、アシダ先生の記録を超えました。念のため報告まで。


俺は少し考えてから返した。


——先生の記録か。


すぐに返ってきた。


——そうだ。


「……打ち破ってみせる」と俺は小さく言った。


「何か言いましたか」とゴブが聞いた。


「いいえ」と俺は言った。「——まあ、聞いてから判断しよう」


ゴブが「何を聞くんですか」と聞いてくる。


「カイルが次に何を言ってくるか」と俺は言った。「あいつはまだ何か言いたそうだったので」


通信石は沈黙していた。


でも数秒後、また振動した。


——明日、来てもいいですか。聞いてほしいことがあります。

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