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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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176/197

第176話「第七迷宮が見える」

---


「あそこです」


タルが指さした。


街道が緩やかに傾いて、先に森が見えた。その向こう、木々の切れ目に、石造りの門柱が見えた。


俺は立ち止まった。


半年ぶりだった。


「知ってる」


声に出してから、少し変な気がした。知っているも何も、俺がここを出ていったのだ。でも口から出た言葉は確かにそうだった。知っている。帰ってきた。


「あなたが最初に勤めていた門番の場所ですよね」


タルが確認するように聞いた。


「そうだ」


「感慨深いですか」


「……どうだろうな」


俺は歩き始めた。


靴底が薄くなっていた。半年前に履き替えた靴は、もうそろそろ限界だった。右の踵の部分に小石が入り込んでいて、昨日から一歩踏むたびに微かに痛い。取り出そうとしたが、いつの間にかその痛みが歩くリズムの一部になっていた。


門が近づいてくる。


石畳の入口。両側の松の木。変わっていない。変わっていないはずなのに、少しだけ大きく見えた気がした。いや、違う。俺が見方を変えたのかもしれない。



 



門の前に、小さな影があった。


人影ではない。身長が低い。緑がかった肌。大きな耳。腰に鍵を下げて、門柱の横に立っている。


ゴブだった。


「来ましたね」


声が門まで届いた。


走って来るわけでも、手を振るわけでもない。ただ立っていた。俺が近づいていくのを待ちながら、当然のように。


「ああ」


俺は返した。


十歩、五歩、三歩。


間近で見ると、ゴブは少し背が伸びていた。気のせいかもしれないが、立ち方が違う気がした。前は内側に少し折れていた肩が、今は真っ直ぐだった。


「わかってたんですか。今日来るって」


タルが横から聞いた。


「わかってた」とゴブが言った。


「なんで」


「レンが「また来る」と言ったから。それだけ」


それだけ、と言いながらゴブが俺を見た。


何も言わなかった。でも言葉がなくても伝わるものがあった。俺はそれを半年前にここで学んだ。


「来た」


「来ましたね」


それだけだった。


俺たちはそれ以上、何も言わなかった。



 



「こちら、タルという。ゴブに話を聞いてもらいに来た」


「はい。話を聞きます」


ゴブがタルに向き直った。


タルは少し驚いた顔をした。もっと儀式めいた流れを想像していたのかもしれない。「話を聞きます」と一言言って待っている小柄な魔物。それがここの門番だった。


「あの、父親との話なんですが……」


「はい」


「聞いてくれますか、本当に」


「もちろんです」


ゴブが頷いた。迷いがなかった。俺が最初にゴブと話したときの、あの遠慮がちな確認の仕方とは違っていた。


タルが少しずつ話し始めた。父親が戦士として現役だった頃の話。自分がAランク候補になれなかった話。一度も「よくやった」と言われたことがない話。迷宮に来ようと思ったのは、強くなりたいからじゃなくて、ただどこかに向かいたかったからだという話。


ゴブはずっと聞いていた。


俺は少し離れた石段に座って、二人のやり取りを聞いていた。聞くというより、聞こえていた。


靴の中の小石を取り出した。


ただの小石だった。


半日分の痛みを生み出したものが、掌の上に乗るとひどく小さかった。



 



タルが話し終えた頃には、日が傾いていた。


「……すっきりした気がします」


「よかった」


「ゴブさん、解決したわけじゃないのに、なんで」


「話すと気づくことがありますよ。聞いてもらうと」


タルがそれを聞いて黙った。


少ししてから「また来てもいいですか」と言った。


「待ってます」とゴブが言った。


待ってます。


俺は自分が言われた言葉を、ゴブが別の誰かに言うのを初めて聞いた。


変な感じがした。変な、というか——正しい感じがした。こういうふうに言葉は増えていくのかもしれない。


タルは今夜の宿を取るために近くの村へ向かうと言って、礼を述べて去った。俺は見送った。



 



「何か変わったか」


俺は聞いた。


ゴブが门のそばに立ったまま、しばらく考えた。


「変わった、というか」


「というか」


「増えました」


「何が」


「来る人が」


ゴブが言った。


「先月で、人間の旅人が三十二人来ました。話を聞いたのが二十七人。五人は入口だけ見て帰りました」


「それはそれでいい」


「そうですね。俺もそう思うようになりました」


ゴブが少し笑った。


笑い方も変わっていた。以前は笑うとき、どこか確認するように俺を見た。これは笑っていいのかという確認。今は違う。ただ笑った。


「カイルさんから連絡が来てます」


「何だって」


「調停数の話です。先月、レンが第七迷宮にいた頃の記録を超えたと」


俺は少し間を置いた。


「そうか」


「悔しいですか」


「いや」


本当にそう思っていた。悔しくなかった。それより——なんか、よかった。


「フォルも待ってます。案内しますか」


「明日にしよう。今日は疲れた」


「わかりました」


ゴブが門柱の横に戻った。夕日が石畳を橙色に染めていた。


俺は石段から立ち上がって、伸びをした。背骨がぽきぽきと鳴った。半年歩き続けた背中は、もう少し休みが要るような気がした。


「泊まれるか」


「当然です。準備してあります」


「なんで」


「来るとわかってたから」


ゴブがまた言った。


さっきと同じ言葉。でも今度は少し得意げだった。


「……わかった」


俺は門をくぐった。


久しぶりに入った第七迷宮の入口は、前より少し明るかった。照明が増えていた。通路の脇に棚があって、簡単な案内の紙が置いてあった。訪問者向けらしかった。いつの間に用意したのか。


「読みましたか」


ゴブが後ろから聞いた。


「今読んでる」


「俺が書きました」


「字は上手くなったな」


「練習しました」


俺は棚の端に触れた。木の感触があった。


何かが変わっていた。でも何かが変わっていないとも思った。石の壁の重さ。ひんやりした空気。少し湿った匂い。


「ゴブ」


「はい」


「ドランが使ってた部屋、まだあるか」


ゴブが一瞬黙った。


「あります。誰も使っていません」


「そうか」


「……使いますか」


「今夜は、そこにしよう」


ゴブが何も言わなかった。代わりに前を歩き始めた。案内するように。


俺はついていった。


靴底の痛みはもうなかった。小石は外に捨てた。



 



廊下を歩きながら、ゴブが言った。


「何か変わりましたか。レンは」


「どうだろうな」


「変わってないと思います」


「なんで」


「聞いてから判断する感じが、変わってないから」


俺は少し考えた。


「そうかもしれない」


「それでよかったですか」


よかったかどうか。


半年歩いてきた。スキルはない。権限もない。ただ歩いて、話を聞いてきた。三十人か、四十人か。数えていなかった。全員の顔は覚えていないが、声は覚えていた。


「よかった」


俺は言った。


ゴブが前を向いたまま、「よかった」と繰り返した。


それは俺に言ったのか、自分に言ったのか、わからなかった。


「何が一番よかったですか」


「……全部だ」


ゴブが足を止めた。


振り向いた。


目が光っているように見えた。照明のせいかもしれない。


「俺もです」


それだけ言って、ゴブはまた歩き始めた。


奥から、かすかに風の音がした。


第七迷宮の何かが、いつも通りに動いていた。

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