第162話「あなたに会えてよかった」
「食事に付き合ってもらえますか」
カーラ・エゼル副司令の言い方は、いつも命令と依頼の中間をうまく突いてくる。
俺が「まあ、聞いてから判断しよう」と答えると、彼女は少し目を細めた。その反応を見て、ようやく気づいた。俺がそう言うたびに彼女がこういう顔をするのは、最初からずっとそうだったな、と。
カーラが指定してきた場所は、第七迷宮の入口から歩いて十五分ほどの宿場町にある小さな食堂だった。
軒先に干し草の束がぶら下がっていて、入口の扉は少し歪んでいる。押さないと開かない。引くんじゃなく押す扉だと知っているのは、たぶん常連だけだ。
カーラは迷わず押した。
「よく来るんですか、ここ」
「第七迷宮に来るたびに」と彼女は答えた。「最初に来たのは——あなたのことを逮捕しに来たときです」
俺は笑った。そういえばそうだった。
あのときカーラは「逮捕でも尋問でもない。助けてほしい」と言って俺を驚かせた。食堂の扉を押す人間が、逮捕しに来た側だったとは。
席に着くと、店主が無言で蜜蝋の蝋燭に火をつけた。夕暮れにはまだ少し早いが、窓が小さい店の中はすでに薄暗い。
テーブルの上に出てきたのは、豆のスープと黒パンと、あとは串に刺した何かだった。
「何ですか、これ」
「聞いてから判断してください」
カーラが笑いながら言った。
食事が終わって、白湯が出てきた頃だった。
カーラは両手でカップを包んで、テーブルに視線を落としたまましばらく動かなかった。何かを言おうとして、やめて、また言おうとしている。
俺は待った。
急かす必要はない。黙って待つのが一番早いことを、今の俺はよく知っている。
「一つだけ、言っていいですか」
「どうぞ」
「……一つでは、足りないかもしれません」
「二つでも」
カーラは少し笑って、でもすぐにまた真顔に戻った。
テーブルの木目を指でなぞりながら、彼女はゆっくり口を開いた。
「最初にあなたに会ったとき——正直、期待していなかった」
「知ってます」
「わかりますか」
「カーラさんは顔に出る」
彼女は苦笑した。そうですか、と小さく言った。
「それでも来たんです。他に頼める人間がいなかったから。議会を動かせる材料が、あなたのところにしかなかった。——打算でした。最初は」
俺は何も言わなかった。
「でも、あなたはちゃんと話を聞いてくれた。私が言おうとしていることの先まで、待って、聞いてくれた」
カーラの指が止まった。
「部下を失ったとき——あの話を覚えていますか」
「覚えています」
「あのとき、あなたは何も言わなかった。慰めも、助言も、なかった。ただ聞いていた。……私はあの夜、初めて誰かに話し終えた気がしました。言い切った、という感じ。それまでずっと途中で止まったままだったのに」
白湯から湯気が薄く立ち上っている。
カーラは少しの間、黙った。
「あなたに会えてよかった。聞いてもらえてよかった」
それだけだった。
飾らない言葉だった。副司令という肩書きの人間が言うには、あまりにも短くて、あまりにもまっすぐな言葉だった。
俺は喉の奥が少し締まるような感覚を覚えた。
こういうとき、何を言えばいいのか。俺は昔から言葉を飾るのが下手だ。でも今は、飾らなくていい気がした。
「俺もです」
カーラが顔を上げた。
「あなたに来てもらえてよかった。助けてほしいって言ってもらえてよかった」
俺がそう言うと、カーラはしばらく何も言わなかった。
それから、ゆっくりと息を吐いた。
蝋燭の火が少し揺れた。
風が入ってきたわけじゃない。ただ、火というのは揺れるものだ。それだけのことだった。
「一つ聞いていいですか」とカーラが言った。
「どうぞ」
「あなたは——これからどうするんですか。スキルもない、門番でもない。ただの旅人として」
「まだ決めていない」と俺は答えた。「行った先で聞いてから判断しようと思って」
「……それは、ずるいですね」
「ずるいですか」
「羨ましい、という意味です」
カーラは白湯を一口飲んで、カップをテーブルに置いた。
「私はしばらく、王都です。カイルが制度を動かし始めた。議会との調整は、まだかかる」
「カイルならうまくやります」
「あなたがそう言うなら、信じます」
少し間があった。
「私も——いつか、聞けるようになりますかね。あなたみたいに」
「もうなってます」
「そうは思えません」
「なってます」と俺は繰り返した。「あなたは部下の話を聞かなかったと言ったけど、それを言えるようになった。聞けなかった自分の話を、誰かにちゃんと話せた。それが最初の一歩です」
カーラはしばらく黙っていた。
それから、少し俯いて、ふっと笑った。
「……まあ」
「?」
「まあ——聞いてから判断しよう、ですかね」
俺は思わず手を止めた。
カーラがその言葉を言った。笑いながら、でも照れながら。少しだけ恥ずかしそうに、でも言い切った。
「いつから、それを」
「気づいたら言ってました」とカーラは言った。「会議中に、一人で。誰かが急いで結論を出そうとしているとき。——変ですか」
「変じゃない」
「あなたの口癖です」
「そうかもしれない。でも」
俺は少し考えて、答えた。
「俺が最初に言ったわけじゃないです。俺も、誰かから習った気がする。前の記憶はほとんど残っていないけど——染みついているということは、誰かに言われたんだと思います」
カーラがこちらを見た。
「じゃあ——あなたも、もらったんですね」
「そうかもしれない」
蝋燭が静かに揺れた。
「また来ますか」とカーラが聞いた。
「来ます。次は旅人として」
「その場合——宿の手配は自分でしてください。副司令権限で手配できるのは、今日で最後です」
「そういうものですか」
「そういうものです」
二人でそれだけ言って、食堂を出た。
夜の空気は少し冷えていた。星がある。雲が薄くかかっているが、それでもいくつか見えた。
カーラが馬の方へ歩き始めて、途中で振り返った。
「アシダ殿」
「はい」
「——次に来たとき、また食事に付き合ってください。あなたが聞いてきた話を、聞かせてほしい」
俺は少し間を置いて、答えた。
「まあ、聞いてから判断しよう」
カーラが声を出して笑った。
俺はそれをただ聞いていた。
暗い道をカーラの足音が遠ざかっていった。蹄の音がして、それも消えた。
静かになった。
星が少し、増えたように見えた。
明日、カイルに会いに行く。ぎこちないあいつと、どんな別れになるか。
俺は少し、楽しみにしていた。




