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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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第154話「カイルの条件」

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「なあ、ゴブ」


昼を過ぎた頃、俺は第七迷宮の入口脇に置いた長椅子に腰を下ろしたまま声をかけた。


ゴブは扉のそばで背筋を伸ばして立っていた。昨日から何かにつけて姿勢がいい。辞令に署名してから、体の使い方まで変わったように見えた。


「なんですか」


「今日の交渉、よくやった」


「……昨日のことです」


「昨日のことを今日言ってる」


ゴブが少し困ったような顔をした。照れていた。


「コスさん、また来ると思います。ヘビのルート変更がうまくいったか、確認に来るはずです」


「そうしたら、また聞いてやれ」


「はい」


短い返事だった。でもその短さに、余計なものが混じっていなかった。


俺はそのまま目を空に向けた。秋が深くなってきた。風が少し冷えている。接続点のほうへ続く道に、カイルの姿はまだ見えなかった。



 



カイルが戻ってきたのは、夕方になる手前だった。


遠くから歩いてくる姿を見たとき、俺は何も判断しないようにした。表情で先読みすると、つい「こう来るだろう」という構えができてしまう。それは聞くことの邪魔になる。


まあ、聞いてから判断しよう。


「どうだった」


「座っていいか」


「どうぞ」


カイルは俺の隣に腰を下ろした。長椅子がわずかに軋んだ。しばらく何も言わなかった。ゴブが「お茶を持ってきます」と気を利かせて迷宮の中へ引っ込んでいった。


「……来た者と、話せた」


「うん」


「長くはなかった。でも——向こうが、聞いてくれた」


俺は何も言わなかった。


「お前が言ってた意味が、少しわかった気がする」カイルが前を向いたまま続けた。「聞いてもらうと、言いやすくなる。どんどん言いたくなる。俺が第四迷宮でやったことは——逆に、それをしてもらってたんだな」


「そうだな」


「俺が聞いてたんじゃなく、聞かれてたんだ、ずっと」


それは鋭い気づきだった。俺は内心で少し驚いた。


「……言ってなかったが」カイルが膝に肘をついた。「お前、俺のことをどこまで見てる」


「何を」


「第四迷宮のこと。フォルのこと。セルディン議員のこと。お前が「全部聞いてる」と言ったとき——具体的に何を指してたんだ」


俺は少し間を置いた。


「全部、か。じゃあ全部言うか」


「言ってみろ」


「第四迷宮で、相手が沈黙したとき——お前は返事を急かさなかった。報告で聞いた。それが向こうに「また来い」と言わせた」


カイルは黙っていた。


「セルディン議員に「話を聞かせてください」と俺が言ったとき、お前は横で一言も挟まなかった。三時間、ただ座ってた」


「……あのとき俺は、何を言えばいいかわからなかっただけだ」


「そうかもしれない。でも「何も言わなかった」という事実は残る。それがセルディンに伝わってた」


カイルが顔を上げた。


「お前、俺を買いかぶりすぎじゃないか」


「俺より聞いてると思ってるのは本当だ。お前は俺が意識してやってることを、無意識でやってる場面がある。そっちのほうが強い」


「……褒めてるのか」


「事実を言ってる」


ゴブがお茶を二つ持って戻ってきた。カイルが礼を言い、ゴブが小さく頭を下げた。この二人がこういうやり取りをするようになったのも、いつの間にかのことだった。



 



湯気が消えかけた頃、カイルが口を開いた。


「スキルの件だが」


「うん」


「受ける前に——一つ、条件がある」


俺は茶碗を持ったまま待った。


「俺だけで、もう一度話させてくれ」


「来た者と、か」


「ああ。スキルを使った状態で、一人で行く。お前なしで、来た者と話し合って——それで自分が「引き受けられる」と判断できたら、受ける」


俺はそれを聞いて、少し考えた。


「いつ行く」


「明日」


「ゴブ、聞いたか」


「聞こえてました」とゴブが扉の横から言った。「……明日は俺が入口を守ります」


カイルがゴブを見た。何か言いかけたが、結局口を閉じた。代わりに、小さく頷いた。


「なぜ条件を出した」カイルが俺に向き直った。「お前は「受けるかどうかだけ教えてくれ」で済む話だろう。なぜ一人で話しに行かないといけない」


俺は正直に答えた。


「わからないから聞いてる」


「……俺に聞くのか」


「お前の条件だ。お前がいちばんよく知ってる」


カイルは少し間を置いて、それから言った。


「お前に見られてる状態じゃ、俺はお前のやり方を真似てしまう。お前が横にいると、「こうすれば正解だ」という答えが先に見えてしまう」


「……なるほど」


「自分のやり方で聞いて、それで向こうが「また来い」と言ってくれたら——俺は受ける。お前の真似ではなく、俺のやり方で「聞けた」という確認を、自分でしたい」


それは俺が何も言えない理由だった。


正確だと思った。カイルが自分で気づいたことを、他人が「それは違う」と言える根拠がない。


「わかった」


「文句はないか」


「ない。むしろ——」


俺は少し笑った。


「俺が最初に「まあ、聞いてから判断しよう」と思ったのも、似たような感覚だったかもしれない。誰かに教わったんじゃなく、自分でそう決めた」


カイルが黙った。


「だから、行ってこい」



 



日が完全に落ちた。ゴブが「そろそろ夕飯の準備をします」と中へ入っていった。俺とカイルは少しの間、並んで暗くなった空を見ていた。


「一つだけ確認していいか」


「なんだ」


【迷宮管理Lv.9:移管条件——「後継者の成立」確認済み。引き継ぎまで:1段階】


スキルの表示が視界の端に浮かんだのは、ちょうどそのタイミングだった。昨日と変わらない。「1段階」のまま。


だが今日、カイルが「条件」を口にした。


この「1段階」がカイルの一人での接触を指しているのか、俺にはまだわからない。


「移管した後——お前はどこへ行く」


「旅に出る」


「旅、か」


「ゴブが門番になった。カイル、お前がスキルを引き受ける。カーラは議会側の調整ができる。俺がここにいる必要が、もうない」


カイルが少し考えてから言った。


「どこへ行くか、決めてるか」


「いや」


「……そうか」


それだけだった。カイルはそれ以上聞かなかった。


夕飯の支度をするゴブの音が迷宮の奥から聞こえてくる。鍋が揺れる音と、ゴブが何かを独り言で呟く声。


「明日——何時に行く」


「朝、早い方がいい」


「じゃあ俺は見送らない。行き帰り、自分でやれ」


「……それでいい」


風が少し強くなった。俺は上着の前を合わせた。足の裏に昼間の疲れが残っていた。


明日、カイルは一人で接続点へ向かう。


スキルが何を示すかは、明日の話だ。


「明日、一人で行く」


カイルが立ち上がりながら言った。声は静かだった。宣言でも確認でもなく、ただ事実として口にしたような言い方だった。


俺は「ああ」とだけ返した。


カイルの背中が暗がりの中へ消えていくのを、俺は長椅子に座ったまま見送った。

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