表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

150/168

第150話「おめでとう、門番」

---


三日後の朝は、拍子抜けするほど晴れていた。


雲一つない。風もほとんどない。第七迷宮の入口に差し込む光が、石造りの門柱を白く染めている。


式典、と言っても大げさなものではない。カーラが用意したのは羊皮紙一枚の辞令と、署名のための羽ペンと、小さな印章だけだ。それを持って、管理局の担当者が一人やってきた。若い男で、馬から降りた瞬間に「これが……第七迷宮ですか」と呟いた。


「そうです」と俺は答えた。「慣れます」


担当者は少し目を丸くした。慣れる、という言葉が引っかかったらしい。


ゴブはというと、式典の一時間前からすでに門の前に立っていた。


いつもの革の小具足。鍵の束。腰にぶら下げた道具袋。格好は何一つ変わっていないが、姿勢だけが少し違う。背筋が、僅かに伸びていた。


「緊張してるのか」


俺が近づいて聞くと、ゴブは首を横に振った。


「してない、です」


「そうか」


「……少し、してます」


俺は何も言わなかった。そのほうがいいと思ったから。



 



カーラが到着したのは午前のうちだった。副司令の礼服ではなく、実務用の外套に着替えている。「式典に礼服で来るほど野暮じゃないつもりです」とのことで、俺は「正解です」と言った。


カイルも来た。「来い」とは言っていなかったのだが、「なんとなく来た」と言いながら第七迷宮の入口に現れた。手には菓子の包みを持っていた。


「何だそれ」


「祝いの品だ。文句あるか」


「ない」


三人が揃ったところで、管理局の担当者が咳払いした。


「では、始めさせていただきます」


式典は短かった。担当者が辞令の文面を読み上げ、ゴブが名前を確認し、署名の欄に——人間の文字で、少し歪に——「ゴブ」と書いた。本名ではない。本人がそれでいいと言った。


「名前に意味を込めたいんです。ゴブリンの俺が、ゴブという名前で門番をしている、という意味を」


それを聞いたとき、担当者が一瞬手を止めた。それから静かに、「承知しました」と言った。


印章が押された。


辞令が折り畳まれ、ゴブの手に渡った。


それだけだった。



 



「おめでとう、門番」


カーラがそう言った。


声は静かだった。祝いの大声でも、おざなりの言葉でもなかった。ただまっすぐに、ゴブに向かって言った。


ゴブは辞令を両手でしっかりと持ったまま、少し固まっていた。


「……ありがとう、ございます」


「どうぞ良い門番になってください」


「……なります」


ゴブが顔を上げた。目が赤かった。泣くつもりはないのに涙が来てしまった、という顔をしていた。そういう顔を、俺は知っている。ゴブが初めてドランの話をしたとき、それに近い顔をしていた。


カイルが包みを差し出した。


「泣くな。菓子でも食え」


「泣いてないです」


「目が赤い」


「なってないです」


「なってる」


「……なってるかもしれないです」


俺は笑った。カーラも、気づけば口の端を上げていた。担当者だけがどういう顔をすればいいか分からないでいたが、それはそれでいい。


ゴブが菓子の包みを受け取り、「あとで開けます」と言った。「今開けたら、ちゃんと味がわからないと思うので」


カイルが「……そうか」と言って、少し目を逸らした。


俺はその横顔を見た。カイルも、ちゃんと来た意味があったのだろうと思った。



 



式典が終わって、管理局の担当者が帰ったあと、四人でしばらく門の前にいた。


特に何かを話すでもなく、ただいた。第七迷宮の入口から、ひんやりとした空気が漂ってくる。石の匂いがした。深い層の空気の匂いだ。もう慣れているが、最初はずいぶん驚いた。


カーラが「さて」と言って腰を上げる前に、俺は気づいた。


遠くに、人影があった。


馬ではない。徒歩で、第七迷宮から少し離れた丘の端に立っている。こちらを見ているのか、向こうを見ているのか、距離があってわからない。


だが俺には分かった。あの体格、あの立ち方は、ギルド長だ。


ジョブ判定の日に、「門番(ランク外)」と告げた男。


「……ランク外、か」


風向きが良かった。その呟きが、ここまで届いた。


ゴブが辞令を持ってる。カーラが「おめでとう」と言った。俺がスキルを持った門番として積み上げてきたものの、ここ数年の集積が、あの場所まで届いたのだ。


煽ってやりたい気持ちは、ない。


俺は何も言わなかった。聞こえていたけれど、聞かないことにした。


ギルド長がどう思おうと、今日この場に立っていたのはゴブだ。式典を動かしたのはカーラで、署名してきたのはカイルで、つないできたのはそれぞれだ。


俺はただ、最初に扉を開けた。


それだけでいい。


【迷宮管理Lv.9:移管条件——「後継者の成立」確認済み。引き継ぎまで:1段階】


スキルの表示が、今日も変わらず残り一段階を示している。


一段階。その意味はまだ俺にはわからないが、ゴブの式典が終わった今、何かが近づいている感覚はある。



 



「レンは——いつ行くんですか」


ゴブが聞いた。


カーラとカイルが少し先に歩いていて、ゴブと俺だけが残っていた。声は小さかった。式典のときの緊張とは違う、静かな問いだった。


俺は少し考えた。


「スキルが移管されたら、かな」


「それは——もうすぐですか」


「残り一段階、って出てる」


「一段階って、何ですか」


「俺にも分からない」


ゴブが辞令を胸に押さえた。


「……怖いですか。行くのが」


「怖いとは、少し違うな」


「じゃあ何ですか」


俺は空を見た。晴れている。風がない。第七迷宮の門柱が光を受けて白く輝いている。


「まあ、聞いてから判断しよう——みたいな感じかな」


「それ、いつも言いますよね」


「俺の口癖だから」


「それが、レンの一段階じゃないですか」


俺は振り返った。ゴブが真剣な顔をしていた。なんとなく言ってみた、という感じではなかった。


ゴブが続ける。


「スキルが何を待ってるのか、俺にはわからないです。でも——レンがスキルをもらう前から持ってたものがある。ドランが言ってたんです。「あの人間は聞ける。それは教わったものじゃない」って」


「ドランが?」


「はい。ずっと前に」


ゴブが辞令を一度見下ろして、また俺を見た。


「だから、その一段階は——もうレンの中にあると思います。あとは、たぶん——」


そこで止まった。


ゴブは「言えることはここまでです」という顔をして、少し下を向いた。


俺はしばらく何も言わなかった。


「ゴブ」


「はい」


「良い門番になれよ」


「……なります」


今度は目が赤くならなかった。ゴブが前を向いた。辞令を抱えて、第七迷宮の門の前に立った。


それが様になっていた。


カーラが振り返って「行きますよ」と言う。カイルが「早くしろ」と言う。俺はゴブに「また後で」と言って、二人のほうへ歩いた。


背中に、第七迷宮の空気を感じながら。


【迷宮管理Lv.9:移管条件——「後継者の成立」確認済み。引き継ぎまで:1段階】


その表示の意味を、今夜もう一度考えてみようと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ