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門番、魔王軍と交渉する〜ハズレジョブでも、話を聞く奴が世界を動かす〜  作者: ハル
門番、世界と話す

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第141話「名前の話の続き」

「外から来るものが——また来た」


フォルからの通信がスキル表示と重なるように届いたのは、あの接触から二日後のことだった。


【迷宮管理Lv.8:外部接続——信号受信。強度:安定】


俺は封印接続点の前に立ち、ゴブが隣に並んだ。少し後ろにカイルがいる。カーラはまだ王都との調整が残っているとかで、通信越しの参加になった。


「来ますね」


ゴブが小声で言った。


「ああ」


それだけ答えて、俺は待った。



 



信号が来たのは、それから少し経ってからだった。


音ではない。圧力でもない。ただ、「いる」という感覚が封印の向こう側からにじみ出てくる。


前回も同じだったが、今回は少し違った。


より近い。


それだけで、何かが変わっていることがわかった。


「聞こえるか」


俺が呼びかけると、返事は思ったより早く来た。


「……聞こえる。また、来た」


その声は——声と呼んでいいかどうかわからないが——前回より滑らかだった。言葉を選ぶ間隔が短くなっている。二日間で何かを考えていたのだと、それだけでわかった。


「来てくれてよかった。前回、名前の話をしかけたままだったから」


「……そのために来た」


短い沈黙。俺は急かさなかった。


カイルが後ろで微かに動く気配がしたが、何も言わなかった。ゴブも静かにしている。全員が、相手のペースを待っていた。


「名前を、考えた」


「聞かせてくれ」


「まだ決まらない。しかし——候補がある」


「候補でも構わない。まあ、聞いてから判断しよう」


また短い間が空いた。


「候補は——『来た者』だ」


俺は少し考えた。「来た者」。来た、という動詞を名前にしている。シンプルだが、確かにそこには意味があった。


「どういう意味で『来た』なのか、聞いていいか」


「……私たちは、外から来た。来ることで存在した。名前がないなら——来たという事実を名前にしようと思った」


「なるほど」


「いい名前ですね」


横でゴブが言った。素直な一言だった。


「……ゴブ、というものが言う」


「俺は門番です。第七迷宮の」


「前にも会った。前回も来ていた」


「覚えていてくれましたか」


「……話をした者は、覚えている」


ゴブの顔が少し緩んだのが横目に見えた。そういう言葉が、ゴブにはまっすぐ届く。三百年間誰も話を聞いてくれなかったという孤独を抱えてきた相手が、「話した者は覚えている」と言う。それがどういう重みを持つか、ゴブはわかっているのだろう。



 



「一つ、聞いていいか」


俺が続けると、相手はすぐに「聞く」と答えた。


「「来た者」という候補の他に——別の候補も考えたか」


「……なぜそれを聞く」


「候補が一つのときと複数のときで、迷い方が違うから。候補が一つなら、名前より他に迷っていることがあるということだ」


また間が空いた。今度は少し長かった。


「……鋭い」


「違ったか」


「違わない」


それきり、しばらく何も来なかった。俺は待った。封印接続点の空気が少しひんやりとしていて、カイルが後ろで息を吐く音が聞こえた。


やがて、声が戻ってきた。


「もう一つの候補は——『聞いた者』だった」


今度は俺が黙った。


聞いた者。来た者ではなく、聞いた者。


「なぜそちらを選ばなかったんだ」


「……私たちは、まだ聞けていない気がした。お前たちの言葉を、まだ全部は理解していない。だから名乗れなかった」


「でも考えた」


「……考えた」


俺は少し息を吐いた。


「俺はそっちのほうが好きだ」


相手が少し驚いたような気配がした。実際に驚けるのかはわからないが、信号の強度が微かに変わった。


【迷宮管理Lv.8:接触信号——変動検知。感情反応と推定】


「好き、とはどういうことか」


「まだ聞けていないから名乗れないと言った。でも、「聞こうとしている」なら、もうそれは「聞く者」の入り口に立っている。名前は完成してからつけるものじゃない。なりたいものをつけてもいい」


「……なりたいもの」


「ゴブは最初から門番だったわけじゃない。でも今は門番だ。名前をもらう前から、もう動いていた」


横でゴブが「その通りです」と静かに言った。


しばらく間があった。


俺は何も付け加えなかった。カイルも黙っていた。相手が考える時間を、全員が自然に守っていた。いつの間にか、そういう間の作り方が揃ってきていた。


「……では——」


相手が戻ってきた。


「今は「来た者」にする。ただし——」


「ただし?」


「いつか「聞けた」と思えたら——その日に変える」


「いい決め方だ」


「お前たちもそうやって決めるのか」


「人によるな。俺は大体そういう決め方をする」


「……なるほど」


また少しの間。


そして、相手は別のことを言った。


「一つ、聞いてもいいか」


「どうぞ」


「お前たちは——何と呼ばれたいか」


俺は少し面食らった。


逆に聞いてきた。


「お前たちはどう呼ばれたい」という問い。名前を考えていた相手が、今度はこちらに同じ問いを返してきた。


後ろでカイルが小さく「お、」と声を上げたのが聞こえた。


「……俺は、門番、と呼ばれてきた。今もそれでいい」


「門番は役割ではないのか」


「役割でもあるし、俺自身でもある。区別しなくていいと思ってる」


「ゴブは?」


「俺もゴブです。もう名前みたいなものなので」


「カイル、と言ったものは?」


後ろからカイルが一歩前に出た。


「剣士だったが——今は調停者修習生、というやつだ。名前に合う役割はまだ探している」


「探している、か」


「ああ」


「私たちも——探している」


カイルがそれを聞いて少し黙った。それから「そうか」と短く言った。その二文字に、妙に実感がこもっていた。



 



「一つだけ、確認させてくれ」


俺は言った。


「何か」


「次に来るとき——また話したいか」


これは儀礼的な問いではなかった。確認が必要だった。「来た者」が名前を探しながら、また接触したいと思っているかどうか。強制ではなく、意志として来るかどうか。


相手がどう答えるかで、この関係がどういうものかが決まる。


「……来る」


答えは静かだったが、迷いはなかった。


「わかった。待ってる」


「待つ、か」


「そういう仕事だ」


「門番は、待つ仕事か」


「そうだ」


「……では、私たちが来るのを待っているのか」


「ああ」


もう一度だけ間が空いた。


それから、信号がゆっくりと引いていった。去っていく感じがあった。唐突に切れるのではなく、段階を踏んで離れていく。前回よりはっきりとした「別れの動作」だった。


【迷宮管理Lv.8:外部接続——信号消失。次回接触:未定】


俺は封印接続点の前に立ったまま、少しの間そのまま動かなかった。


「「来た者」か」


ゴブが静かに言った。


「ああ」


「いい名前だと思います。来たことが全部の始まりでしたから」


「「聞いた者」のほうを最終的に選ぶかもしれないけどな」


「選ぶかもしれません。——選べる日が来るといいですね」


俺はゴブのほうを見た。


ゴブは接続点のほうをまだ見ていた。その横顔が、少し柔らかかった。


「逆に聞いてきましたね」


「そうだな」


「「お前たちはどう呼ばれたいか」——あれは、自分たちと同じ問いを立てたんだと思います。名前を考えながら、こっちにも同じことを考えさせたかったのかもしれない」


「かもしれない」


後ろでカイルが腕を組んで言った。


「二日で随分変わったな。前回より言葉が整理されてた」


「考えてたんだろ、二日間」


「……そういうもんか」


「そういうもんだ。聞いた後に考える時間があると、言葉が変わる」


カイルはそれを聞いて何かを噛みしめるような顔をした。


「第四迷宮の相手も——接触の間隔を開けたら少し変わった。あれも同じか」


「多分な」


「じゃあ俺が間を空けてたのは、偶然じゃなく正解だったのか」


「偶然でも正解は正解だ」


カイルが小さく鼻を鳴らした。


通信越しに聞いていたカーラが口を開いた。


「アシダさん。「聞ける者が増えた」という話、今日また確認できた気がします」


「何が?」


「カイルが——「間の空け方」を自分で発見したこと。レンさんが教えたんじゃなく、自分で気がついた」


俺は少し考えた。確かにそうだ。俺が「間を空けろ」と言ったわけじゃない。カイルが第四迷宮との対話の中で、自分でそれを見つけた。


「……そうですね」


ゴブが言った。


「レンが教えなくてもできる者が増えてる。それがたぶん、ここ最近で一番大事なことだと思います」


封印接続点の前で、少しの沈黙が続いた。


悪くない沈黙だった。


俺は【迷宮管理Lv.8】の表示を確認した。次回接触:未定、とある。


未定。でも「来る」と言った。


「来た者」はまた来る。それで十分だった。


「次に来たとき——条件の話が出るかもしれない」


俺はそう言った。


カーラが「そうなりますね」と答えた。「封印維持の話を、正式に持ち出してくるタイミングが近いと思います」


「議会の準備は?」


「……それが」


カーラの声が、少し沈んだ。


「封印維持の話を本格的に議会に通すには——まだ、足りない材料がある」


「何が?」


「「外から来るもの」が——何を要求するか。条件が出ないと議会は動かない。逆に言えば、条件が出た瞬間が交渉の本番になります」


俺はゴブと顔を見合わせた。


「来た者」はまた来る、と言った。


その「次の接触」がいつになるか、まだわからない。


でも。


「まあ、来てから判断しよう」


俺は小さく呟いた。


それを聞いて、カイルが「その言い方は初めて聞いたな」と言った。


「同じ意味だ」


「わかってる」


ゴブが「でも来たときに、どう聞くかは今から考えておいたほうがいいと思います」と付け加えた。


「そうだな」


「カーラさん——「外から来るもの」が条件を出してきたとき、議会はどう動きますか」


カーラが少し考える間があった。


それから、静かに言った。


「——封印維持の保証を、正式に求めてくる可能性が高い。それは王国に求めるしかない話で」


「難しいか」


「……議会を通すのは」


カーラの声が、僅かに曇った。

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