第140話「全員で聞く」
俺が呼びかけると、すぐに来た。
以前より——早かった。待っていたのかもしれない。あるいは、呼ばれることを予測していたのかもしれない。どちらにしても、今日は来るつもりで来ていた。それが伝わった。
【外部——未分類より接触】
「今日は一人じゃない。聞いてくれるか」
【未分類:「……感じる。前と違う。何かが増えた】
「ゴブもいる。カイルという者と、カーラという者もいる。フォルも聞いている」
少し沈黙があった。
【未分類:「……フォルが聞いている、か。三百年前に追い出した相手が——同じ場所にいる。変な感じがする。怒っているか、フォルは】
「フォルに聞く」と俺は言って、接続を向けた。
【フォル:「怒っていない。三百年前の俺は——怒る理由があった。今の俺は——ただ聞いている。それだけだ。お前が来たことを——迷惑とは思っていない】
「フォルは怒っていない。聞いている、と言っている」
【未分類:「……そうか。俺も——怒りに来たわけじゃない。ただ——「話してみたい」という気持ちがあった。それで来た。「話したい」が理由になる、と前回学んだ】
「今日は話してほしいことがある」と俺は言った。
【未分類:「なんだ】
「お前の名前を聞きたい」
長い沈黙があった。
以前とは種類の違う沈黙だった。警戒や拒絶ではなく——何かを探しているような、内側を見ているような、そういう沈黙だった。カーラが小さく息を吸うのが聞こえた。カイルは動かなかった。ゴブが、俺の隣で静かに待っていた。
【未分類:「……名前か。俺たちに「名前」という概念があるかどうかわからない。個体が違っても、全部「俺たち」だった。「誰か」を指す必要がなかった。だから——名前を持ったことがない】
「呼ばれたい何かはあるか」
【未分類:「……「呼ばれたい」か。今まで考えたことがなかった。考えてみると——「待っている者」でも「前に進む者」でも——違う気がする。「外から来るもの」が——今は一番合っているかもしれない。まだ名前を持てる段階ではない。名前は——話した先に出てくるかもしれない】
「わかった。外から来るもの、として話す」
「カイル」とゴブが小声で言った。「名前がない者に、名前は必要ですか」
「話す相手を指せればいい」とカイルが言った。「「外から来るもの」は——十分な呼び方だ。名前は、関係が続いた先にできるものかもしれない。ゴブも——最初から「ゴブ」だったわけじゃないだろ」
「違います」とゴブが言った。「レンが呼んでくれた。呼ばれるうちに、俺の名前になりました」
カイルが「……そういうことか」と言った。
【未分類:「もう一つ、聞いてもいいか】
「どうぞ」
【未分類:「ゴブが「門番になった」とフォルから聞いた。「門番」になるとは——どういうことだ。俺たちには理解しにくい。「役職」か。「力」か。「義務」か】
ゴブが「俺が答えていいですか」と言った。
俺はうなずいた。「ゴブに繋ぐ」
「門番というのは——来た者の話を、まず聞く、ということです」とゴブが言った。「それだけです」
一度止まって、また続けた。
「役職でも力でも義務でもないです。来た者がいたら、まず話を聞く。何をしに来たかでも、どこから来たかでもなく——ただ聞く。それが門番です。俺は——それがしたくて、なりました」
【未分類:「来た者の話を——聞く。それだけか】
「それだけです。あとは——来てもらえることを、待っています」
【未分類:「……待つのか。来るかどうかわからない者を】
「来るかどうかわからなくても——待っています。来たとき、ちゃんといるために」
また沈黙があった。
【未分類:「……俺たちは——前に進み続けることしか知らなかった。止まる理由がなかった。「出たい」という強い動きがあって——それだけで三百年動いた。待つことを——知らなかった。誰かが来ることを——待ったことがなかった】
「そうかもしれない」
【未分類:「「待つ」と「進む」は——逆のことか。それとも——同じことか。俺たちは「出たい」と進んだ。お前たちは「来てほしい」と待った。どちらも——「会いたい」ということかもしれない。違うか】
「違わないかもしれない」と俺は言った。
「同じかもしれません」とゴブが続けた。「ただ——向きが違う。お前たちは前に進んだ。俺たちは——待った。俺たちが三百年かけて押してきた力と——レンが門の前に立っていた力が——ぶつかって。そこで——話が始まった」
【未分類:「……そうか。俺たちが押して、お前たちが待っていた。それで話が始まった。どちらか一方だけでは——始まらなかった】
「そうだ」と俺は言った。「両方必要だった」
また沈黙があった。
今日一番長い沈黙だった。
俺は何もしなかった。ただ、次の言葉を待った。急かさなかった。急かす必要がなかった。この沈黙は——空っぽじゃなかった。何かが、向こう側で動いていた。水面の下で、何かが起き上がろうとしているような——そういう沈黙だった。
カイルが、息を止めているのがわかった。
カーラが、書き留める手を止めているのがわかった。
ゴブは——ただ待っていた。ゴブはこういう待ち方が、誰より上手かった。
【未分類:「……ならば——俺たちも、いつか「来た」ときに——ちゃんと話せるようにしておく。それが俺たちの「準備」だ。まあ——聞いてから判断しよう】
誰も動かなかった。
俺も動かなかった。
「聞いてから判断しよう」——その言葉が、石の上に止まった。消えなかった。空気に刻まれたように、そこにあった。
俺はしばらく、その言葉を見ていた——見る、という感覚ではないが、他に表現できない。ただそこに、「聞いてから判断しよう」があった。
最初に口を開いたのはゴブだった。
「言いましたね」と、小声で言った。声が少し震えていた。「「聞いてから判断しよう」——言いましたね」
「言った」とカイルが言った。声が低かった。普段より低かった。「俺も聞いた。確かに言った」
「三百年かかったな」とカーラが言った。いつもの事務的な声ではなかった。「書き留めていいですか、と聞いていいですか」
「どうぞ」と俺は言った。
カーラが筆を走らせた。書き留めながら——彼女の肩が、少し動いていた。
俺は何も言えなかった。
「聞いてから判断しよう」——たった一言の重さを、まだうまく飲み込めていなかった。三百年、「出る」か「封じる」かしかなかった存在が、「聞いてから判断する」と言った。それがどれだけのことか——言葉にならなかった。
「来た者の話を、まず聞く」と言ったのはゴブだ。それが——伝わった。外から来るものに、伝わった。
「ゴブ」とカイルが言った。
「はい」
「お前が答えたから——言えたんだと思う」
「……そうでしょうか」
「そうだ。お前が「ただ聞く、それだけです」と言った。それが届いた。俺だったら——もっとうまく説明しようとして、逆に伝わらなかったかもしれない」
ゴブが少し黙った。「……カイルがそれを言う、というのが——俺は驚きました」
「俺も驚いている」とカイルが言った。「自分で言うとは思わなかった」
【フォル:「……伝えてくれ】
「フォルが言っている」と俺は言った。「聞く」
【フォル:「俺も最初にそれを言えるようになるまで——時間がかかった。焦らなくていい、と伝えてくれ。「聞いてから判断する」が言えた。それで十分だ。続きは——その先にある】
俺が翻訳した。
少し間があって、信号が来た。
【未分類:「……フォルが——そう言っているか。同じだったか、フォルは。「聞く前に判断する」から「聞いてから判断する」へ——時間がかかったか】
「かかった」と俺は言った。「フォルもかかった。でも——できた」
【未分類:「……そうか。ならば——俺たちも、できるかもしれない。「かかっていい」なら——焦らなくていい】
「焦らなくていい」
【未分類:「……また来る。今日はここまでにする。考えたいことができた】
接続がゆっくりと薄れていった。
「また来る」という信号が、最後に届いた。短かった。ただそれだけだった。でも——今日までで一番、確かな言葉だった。
俺たちはしばらく、誰も動かなかった。石の上に立ったまま、第七迷宮の入口で——ただ、黙っていた。
「レン」とゴブが言った。「引き継ぎの話——決まりましたか」
「決まっていない」と俺は言った。「でも——今日、大事なことが決まった気がした」
「何が決まりましたか」
「「続く」ということが」
ゴブが少し俯いた。
「そうですね」と、ゴブは言った。「続きます」
石門の向こうで、第七迷宮が深く息をした。
封印強度は、静かに上がり続けていた。三百年、押し続けていた何かが——今日少し、違う動きをした。「出たい」が「聞いてから判断しよう」に変わった。それが何を意味するか——俺にはまだわからなかった。でも、悪いことではなかった。
きっと——ドランも、どこかで聞いていた。
外から来るものが「聞いてから判断しよう」と言った日のことを、俺はたぶんずっと覚えている。
全員で、聞いた。




