第137話「ゴブの承認」
カーラから通信が来たのは、昼過ぎだった。
ゴブは外で来訪者の対応をしていた。俺は迷宮の記録を整理していた。
「ゴブの門番登録——議会で承認されました」
俺はしばらく何も言わなかった。
聞いた言葉の意味を、もう一度確認していた。
「アシダ殿?」
「聞いている」と俺は言った。「承認されたのか」
「はい。セルディン議員が推進してくれました。カイル殿も管理局として賛成票を入れてくれました。賛成多数でした——反対は三票だけです」
「三票」
「それも「反対理由がない」という理由で棄権に変わりました。最終的には全員賛成です」
「そうか」と俺は言った。
それだけしか言えなかった。他に言葉が出てこなかった。
「アシダ殿、ゴブに伝えてあげてください」とカーラが言った。声に何かが混じっていた。彼女も——この瞬間の意味を、わかっていた。
「わかった」
「私も——少しだけ待ちます。伝え終わったら教えてください」
通信を保留にして、俺はゴブがいる方向へ歩いた。
ゴブは第九層からの使者と話していた。落ち着いた話し声が聞こえてきた。ゴブが何かを言うと、使者が少しうなずいた。
俺は邪魔しなかった。
少し離れたところで待って、使者が帰るのを待った。
ゴブが振り返った。俺の顔を見て、何かを察したらしかった。
「レン——何かありましたか」
「ある。ちょっとここに座ってくれ」
石段に二人で座った。夕方の光が、石門を照らしていた。
「議会から連絡が来た」
ゴブが静かになった。
「ゴブの門番登録——承認された。正式に、第七迷宮の門番だ」
何も言わなかった。
俺はゴブの横顔を見た。表情が動いていなかった。動いていないのに、何かが動いていた。耳の辺りが、微かに震えていた。
「ゴブ?」
「……聞いています」
「わかったか」
「……わかっています。少し、うまく言葉が出てこないです」
「そうか」
しばらく、俺たちは石段に座ったままだった。石が冷たかった。夕方の鳥の声が聞こえた。
「……レン」
「なんだ」
「ドランに——報告したいです。今日のこと」
「どこかで聞いているかもしれない」と俺は言った。
「そうですよね」とゴブは言った。「ドランは——ここを見ています。ずっと。第十七層の下のどこかで、ここを見ています。俺はそう信じています」
「そうかもしれない」
「俺が門番になったことを——うれしいと思ってくれますか」
「思うと思う」
「根拠はありますか」
「ない」と俺は言った。「でも——そう思う」
ゴブが少し笑った。声に出さない笑い方だった。
「根拠がなくても「思う」——それもレンが教えてくれたことです」
しばらくして、ゴブが言った。
「レン」
「なんだ」
「ありがとうございます。全部」
「全部というのは何の全部だ」
ゴブが答えた。ゆっくりと、一つずつ言った。
「最初に話を聞いてくれたこと。ここに来てくれたこと。ドランが消えたときに一緒にいてくれたこと。フォルに話しかけてくれたこと。カーラを動かしてくれたこと。カイルを変えてくれたこと。——全部です」
「俺が変えたわけじゃない」
「でも——始まりはレンです」
俺は何も言わなかった。
言い訳はできた。「俺はただ聞いただけだ」とか「ゴブが変えた」とか——そういう言葉は出てきた。でも今日は、それを言う必要がない気がした。
ゴブが言いたかったことを、受け取ればよかった。
「……わかった」と俺は言った。「ありがとう」
「泣きそうですか」
「泣かない」
「俺は泣きます」
ゴブが袖で目を拭った。人間の仕草だった。いつから覚えたのか、知らなかった。
カーラへの保留通信を再開した。
「伝えた」
「……どうでしたか」
「ゴブが泣いた」
通信の向こうで、カーラが少し息を吸った。「そうですか」と言った声が、いつもと少し違った。
「ありがとうございます、カーラ」
「……私は書類を動かしただけです」
「それが必要だった。お前が動かしてくれたから、今日がある」
カーラが「セルディン議員にも」と言いかけた。
「カイルにも」と俺は続けた。「全員に言う」
「……はい」とカーラが言った。「今日は——いい日でした」
「そうだな」
石門の向こうで、第七迷宮が静かに息をしていた。
ゴブが夕空を見上げていた。
ドランに向かって、何かを言おうとしているのかもしれなかった。




