第134話「スキルのこと」
スキルが新しい表示を出した。
朝、定期確認をしていたときのことだった。いつもの封印強度、各層の状態——そこまでは普通だった。その下に、見たことのない項目があった。
【迷宮管理Lv.8——引き継ぎ準備状態:移行可能。条件:管理者の承認が必要です】
俺はその表示をしばらく見ていた。
「引き継ぎ準備」。これが出たのは初めてだった。スキルは俺が何もしなくても、何かのタイミングを察知して動くことがある。今回もそうだ。ゴブの門番登録の話が進んでいる——スキルがそれを感知しているのかもしれない。
機械ではなく——むしろ、状況を読んでいる。
「カーラ」と俺は通信した。
「何ですか」
「スキルに「引き継ぎ準備状態」という表示が出た。初めての表示だ」
「……それは——タイミングが近いということですか」
「そう思う。スキルがゴブの件に連動している可能性がある」
「登録の承認はあと少しかかります。ただ——スキルが準備状態に入ったなら、後は手続きだけかもしれない」
「そうかもしれない」
少し間があった。
「アシダ殿」とカーラが言った。声の調子が変わった。「引き継ぎが終わったら——あなたはどうするつもりですか。本当のところ」
「本当のところ、か」
「毎回「門番に戻る」と言っていますが——今の状態で「ただの門番」に戻れるとは思えなくて。王都との接続もある。フォルとの連絡もある。外からのものとも話し始めている。「門番に戻る」という言葉が、前とは意味が変わっていませんか」
俺は少し考えた。正確な言い方を探していた。
「戻れるぞ。戻り方を変えればいい」
「どういう意味ですか」
「以前は——ただ、門の前にいた。来た者を迎えて、記録して、報告した。それだけだった。これからは——門の前にいながら、色々なことを知っている。知っていながら、門の前にいる。形は同じで、持っているものが違う」
「……それは変わっていますよね」
「変わっている。同じに見えて変わっている。それでいいと思っている」
「変わっていますよね、あなた」とカーラが言った。「最初に会ったときと」
「変わったか」
「変わりました。最初は——何を考えているかわからなかった。今は——何を考えているかはわかる。でも、次の行動が読めない。それが前と変わったところです」
「それは変わったのか、変わっていないのかわからないな」
「変わりました。予測できない人間が——怖くなくなったんです、私は」
俺は少し考えた。
「カーラ」
「はい」
「お前も変わったと思うぞ」
「私が?」
「最初、お前は「助けてほしい」と来た。議会で否決され続けて、三年間一人で背負って、夜中に馬一頭で来た。——あれが言えたこと。最初のカーラではできなかったと思う」
カーラが少し沈黙した。
「……そうかもしれません」と彼女は言った。「三年前の私は——「助けてほしい」と言う前に、「言ったら弱く見られる」と思っていた。でも——あなたが来て、話を聞いた。聞く人間がいれば——「助けてほしい」と言えた」
「そうだ」
「あなたが変えてくれたということですか」
「カーラが変えた。俺は——聞いただけだ」
カーラが短く笑った。「また「聞いただけ」と言う」
「実際そうだと思っているので」
「それが変わらないところですね」とカーラは言った。「良い意味で」
スキルウィンドウが、もう一つ表示を出した。
【迷宮管理Lv.8——「機能分割引き継ぎ」:可能。内部管理/外部接続/封印監視の三機能は個別設定が可能です】
これは——初めて見る項目だった。引き継ぎ準備の深いところに、もう一つ機能があった。三つの機能を分けて引き継げる。ゴブとカイル——二人に分けることが、できるかもしれない。
「カーラ、もう一つ新しい表示が出た」
内容を読み上げた。
「……機能を分けて引き継げる、ということですか」
「そうかもしれない。まだ確認が必要だが」
「それは——選択肢が広がりましたね」
「そうだ。ゴブに内部管理を、カイルに外部接続を——という分け方ができるかもしれない。それぞれの向いている方向に合わせて」
「スキルが——そういう分け方を想定して設計されているということですか」
「スキルが何を想定しているかはわからない。ただ——俺たちが考えた分け方を、スキルが「できる」と言っている。それだけかもしれない」
「でも——意味のある「できる」ですね」
「そうかもしれない」
スキルウィンドウが、また静かに点滅した。
【引き継ぎ準備状態:待機中】
待機中。スキルも、待っている。




