第130話「また来た」
翌朝、ゴブに話した。
「昨夜——外から信号が来た」
ゴブが手を止めた。迷宮の入口の石段を磨いていたところだった。ゴブは毎朝ここを磨く。ドランがそうしていたから、ということらしかった。
「外から?フォル以外のものがですか」
「そうだ。名前もわからない。ただ——話せた」
「何を話したんですか」
「こちらに「話を聞く者がいる」ということを伝えた。あと——「待っている」と言った」
「それで?」
「「また来るかもしれない」と言って、切れた」
ゴブが石段の掃除を再開した。ただ、いつもよりゆっくりだった。考えながら動いている。
「来ると思いますか」とゴブが言った。
「わからない。ただ——フォルが「三百年前は俺たちも同じだった」と言っていた。来るかもしれない」
「怖いですか、そのもの」
俺は少し考えた。
「怖くはない。ただ——想定外だった。封印が安定した後に、向こうから来るとは思っていなかった」
「想定外でも、話しましたよね」
「そうなった」
「レンはいつもそうですね」とゴブが言った。掃除の手を止めずに。「想定外でも、まず聞く」
「お前もそうなってきたぞ」
「俺はレンに習いました」
「ちょっと違うと思うが」
「何が違いますか」とゴブが言った。今度は顔を上げた。
「お前は習ったんじゃなくて——隣にいて、自然にそうなったんだと思う。習うのと、なるのは違う」
「どっちがいいですか」
「なる方が強い、と俺は思っている。習ったことは忘れることがある。なったことは、忘れない」
ゴブが「……そうですか」と言って、石段をもう一度磨いた。
「ドランもそうだったんでしょうか」と、しばらくしてゴブが言った。「「習った」んじゃなくて、「なった」んでしょうか」
「わからない。でも——ドランが「話を聞く」ことを続けたのは、そういうことだと思う。誰かに教わったというより——それがドランだった」
その日の昼、カーラが来た。
「報告があります。議会での協議が進んでいます——ゴブの門番登録の件です」
「通りそうか」
カーラが少し笑った。「難しい部分もあります。前例がないので。ただ——セルディン議員が賛成に回っています」
「セルディンが」
「先週の視察の後——「見てから判断するべきだった」と言って、賛成側に動きました。彼の発言力は大きい。反対派が委縮しています」
ゴブが「俺の件ですか」と言った。目が少し大きくなっていた。
「そうです。あと少しかかりますが——前向きな方向で進んでいます」
ゴブが少し間を置いた。
「……ありがとうございます」
「お礼を言うならセルディン議員に」とカーラが言った。「彼が動いてくれました」
「でもセルディンさんが動いたのは——フォルと話してからですよね」
「そうですね」
「フォルが動いたのはレンが話しかけたからですよね」
「そうですね」
「つながってますね」とゴブが言った。「繋がって、繋がって——俺のところまで来た」
カーラが「そういうものかもしれない」と言った。
「そういうものですよ」とゴブが言った。少し強い言い方だった。「レンに聞きました。聞く人間が一人増えると、また別の誰かが聞き始めると。俺——そのことを毎日考えています」
「毎日、か」と俺は言った。
「はい。ドランが俺を待っていた。俺がレンを待った。レンがフォルに話した。フォルがセルディンと話した。セルディンが署名した——全部、繋がっている。最初の一個がなければ、全部なかった」
「最初の一個は何だ」
ゴブが少し考えた。
「ドランです」と言った。「ドランが三百年、ここにいた。来た者の話を聞いた。俺が来たとき、聞いてくれた。——全部の始まりはドランです」
カーラが「ドランが始まりだとしたら——アシダ殿は?」と言った。
「レンは——続けた人です」とゴブは言った。「始まりを、続けた」
俺は何も言わなかった。
言い訳はできた。「俺はただいただけだ」とか「続けたのはゴブだ」とか——そういう言葉は出てきた。でも今日は、それを言う必要がない気がした。
ゴブが言いたかったことを、受け取ればよかった。
「……わかった」と俺は言った。
「ありがとう」とゴブが言った。俺への「ありがとう」ではなかった。ドランへ向けて言っているような「ありがとう」だった。
代わりに、スキルウィンドウが静かに点滅した。
【迷宮管理Lv.8——安定継続中】




