第129話「外からの声」
夜中の二時だった。
スキルが鳴ったとき、俺は眠っていた。正確には——半分眠っていた。第七迷宮の管理者になってから、眠りが浅くなった。迷宮の「音」が聞こえるようになったせいだ。スキルの知覚が拡張して、深部の振動や気圧の変化が、眠っている間も入ってくる。
その音が、普段と違った。
【外部接触——フォル以外の知性体より信号受信——応答しますか:Yes/No】
俺は目を開けた。
しばらく表示を見た。「フォル以外の知性体」。フォルからの接続は毎日来る。これは違う。封印の向こうから来ている——そういう感触がスキル越しに伝わってきた。
俺は Yes を選んだ。
信号が届いた。
声、というには弱かった。波というか、揺らぎというか——言葉の形をしているが、まだ言葉になりきっていない何かが来た。
【受信——未分類:「……聞こえるか】
「聞こえている」
俺は寝台の上で起き上がって、スキルウィンドウを正面に展開した。
【未分類:「……誰かがいるのか、ここに。三百年——何もなかった。なぜ変わった】
「変わった」と俺は言った。「封印が安定した。フォルたちが——押すのをやめた」
間があった。長い間だった。
俺は待った。急がせる理由はない。
【未分類:「フォル。あの者たちか。三百年前に押し出した。あれが——止まった?】
「止まった」
【未分類:「なぜ止まった。外からの圧力は止まっていない。俺たちはまだここにいる——「出たい」という意志は、変わっていない】
「出たいのか」と俺は聞いた。
また間があった。
【未分類:「……出たい、というより——中に何があるかを知りたい。三百年、外から見ていた。中に「話せるもの」がいるとは思っていなかった。あると思っていたら——もっと前に来ていたかもしれない】
「中にはいる。話せる」と俺は言った。
【未分類:「……今、話しているのがそうか。お前は何者だ】
「俺は門番だ」
【未分類:「門番、とは何だ】
「話を聞く者だ。この扉の前に立って——来た者の話を聞く。それが仕事だ」
少し間があった。
【未分類:「……話を——聞く?それが、お前のやることか。戦うのではなく】
「そうだ。俺は武器を持っていない」
【未分類:「……三百年、封印の向こうに「戦う者しかいない」と思っていた。近づけば跳ね返された。話しかければ攻撃された。「向こう側は戦う者の世界だ」と思っていた】
「それは——誤解だ。全員ではない」
【未分類:「全員でないとしたら——なぜ今まで来なかった】
「聞く者がここにいなかった。俺が来る前は——ここに誰もいなかった」
長い沈黙があった。
窓の外が、少し白み始めていた。夜明けが近い。俺は窓の外を見てから、また表示に戻った。
【未分類:「……俺たちは——「出たい」という意志で三百年動き続けた。止まったことがなかった。怖かったからだ。止まれば——「出られない」ことが確定してしまう気がして、止まれなかった。でも今——少し止まっている。話しているから、止まっている】
「話すには——立ち止まることが必要だ」
【未分類:「……立ち止まることが、話すことと同じということか。俺たちには難しい。前に進むことしか、わからなかった】
「わかる気がする」と俺は言った。
【未分類:「お前も——止まれない時期があったか】
「あった」と俺は答えた。「最初の頃——スキルが知らせることを全部追いかけていた。止まって待つより、動いて解決する方が早いと思っていた」
【未分類:「それが変わったのはなぜだ】
「ゴブが来たからだ。最初に——扉をノックしたのはゴブだった。ゴブを待ったら——ゴブが話してくれた。待ったら話が来た。それを覚えていた」
【未分類:「待っていたら——来た。それが「門番」ということか】
「そういう理解かもしれない」
また静かになった。今度は怖い静けさじゃなかった。考えている静けさだった。
【未分類:「……わからない。でも——また、来るかもしれない】
「来てくれ」と俺は言った。「待っている」
【未分類:「……「待っている」。初めて言われた。三百年間、封印の向こうから「来るな」しか言われなかった。「待っている」は——違う言葉だ】
「そうかもしれない」
【未分類:「……それだけでいい。今日はそれで十分だ。また——来るかもしれない。来たら——話してくれるか】
「話せる。話すために——ここにいる」
接続が切れた。
静寂が戻ってきた。
俺はしばらく、スキルウィンドウが消えた空間を見ていた。
【外部接触——信号喪失。接続終了】
窓の外が白んでいた。夜明けの最初の光が、石門の頂点を照らしていた。
俺は「来たな」と小声で言った。
答える者はいなかったが——言わずにいられなかった。




