第128話「六十パーセント」
封印強度が六十を超えた日、スキルが通知を出した。
【封印強度:60.4%——安定域に到達。自然回復フェーズに移行します】
朝の五時だった。
俺はその数値をしばらく眺めた。六十を超えれば「当面は安全」——そう言ったのは俺自身だ。封印が強度六割を維持できれば、フォルたちが少し動いても崩れない。自然回復フェーズに入れば、積極的な維持作業がなくてもじりじりと戻っていく。
それがついに来た。
迷宮の奥が、静かだった。以前の静かさとは違う。以前は——抑えている静かさだった。今は、落ち着いている静かさだ。
カーラに転送した。
「来ましたね」とカーラが言った。声に、何かが混じっていた。
「当面は安全だ。フォルたちが封印側に戻っても——安定が崩れない状態になった」
「フォルは戻る気がありますか」
「まだ確認していない。ただ——戻ることと、外にいることの両方を行き来できるようになるかもしれない」
「どちらも選べる、ということですね」とカーラが言った。
「そうだ」
「……それは、すごいことですね」
静かな確認だった。すごいという言葉を、カーラが大げさに使わない人間だということは知っていた。だからその言葉の重さがわかった。
フォルに接続した。
「封印強度が六十を超えた」
【「……そうか。俺たちがずっと押していたものが——安定した】
「そうだ。お前たちが「押すのをやめた」ことも大きかった」
【「押すのをやめたのは——話すことができたからだ。話せると、押す必要がなくなる。不思議なことだ。三百年、押し続けていたのに。ひと月も経たずに止まった】
「そうかもしれない」
【「一つ聞いていいか】
「どうぞ」
【「俺たちは——戻れるか。封印の向こうに。望めば】
「スキルで確認する」と俺は言った。
【迷宮管理Lv.8——「封印層双方向移動」:条件付きで有効。条件:全当事者合意・迷宮管理者承認】
「条件がある。全員の合意と俺の承認が必要になる」
【「……俺たちだけで決められるわけではない、ということか】
「そうだ。ただ——フォル、聞いていいか」
【「なんだ】
「戻りたいのか。本当のところ」
しばらく間があった。スキルウィンドウが点滅している。フォルが考えているときの、いつものリズムだ。
【「……戻ることと、ここにいることの——どちらが俺たちにとっていいか、わからない。ただ——選べる状態になりたい。外からのものが来たときに、戻って封印を守れる状態になりたい。「出たい」と押し続けていた俺たちが、今度は「守る側」に回りたいと思っている】
「守る側に回りたい——か」
【「三百年、俺たちは「出たい」と思っていた。今は——ここにいながら、また押されたときに戻れる。場所を選べることが大事だ。「ここしかいられない」から「ここにいたい」になることが——たぶん、俺たちの変化だ】
「わかった。カーラと議会に話す」
【「……「聞いてから判断しよう」ということか】
「その通りだ」
【「俺もそう言えるようになってきた。少しずつ。ゴブが教えてくれた】
「ゴブが」と俺は言った。「フォルに教えたのか」
【「ゴブが——「レンが言ってたんですけど」と言いながら教えてくれた。お前の言葉が、ゴブを通じて俺に来た】
俺は少し黙った。
「連鎖しているな」と俺は言った。
【「そうだ。俺もそれを感じている。お前がゴブに話した。ゴブが俺に話した。俺が外からのものに話そうとしている。——それが続いていく。お前は「入口を作っただけ」と言うが、入口がなければ何も続かなかった】
「そうかもしれない」
【「一つ聞いていいか。「入口を作っただけ」と言うが——お前は、その入口を意図して作ったのか。それとも——「なんとなく」そうなったのか】
俺は少し考えた。
「「なんとなく」に近いと思う。ゴブが来て、話した。フォルがいると知って、話した。それだけだ」
【「そうか。意図せずに作った入口に——これだけのものが続いている。面白い話だ。俺たちは常に「意図」を持って動いていた。「なんとなく」は弱いことだと思っていた。でも——お前の「なんとなく」が、三百年動かなかったものを動かした】
「強いのか弱いのかはわからないな」
【「強いんだと思う。「なんとなく」は——跳ね返されない。意図があると、相手が意図を読んで跳ね返す。「なんとなく」は読めないから、すり抜ける】
【「……では——また話そう。六十を超えた日の話を、誰かに伝えたい気がする】
「誰に」
【「ゴブに。今日のことを——ゴブに話したい。ゴブが一番喜ぶと思う】
「そうだな」と俺は言った。「ゴブは今、外回りから戻ってくるころだ。接続しておく」
朝の光が、石門に差し込み始めていた。
【封印強度:60.4%——安定域】
数値が、静かに輝いていた。




