第126話「セルディンが来た」
議員のセルディンが視察に来たのは、翌週だった。
カーラから事前に連絡があった。「先週、自分から申し出たんです。「実際に見たい」と」
「署名した後で、来たのか」
「署名してから考えが変わったのかもしれません。「見た上で判断したい」と言っていました」
俺は少し考えた。署名は先週の協議で通った。賛成多数だったが、セルディン自身は最後まで迷っていたと聞いた。あの反対派筆頭が、自分から視察を申し出た。
「わかった。迎える」
セルディンは六十代の男だった。白髪で、姿勢がよかった。議員としての威厳を感じさせる見た目だが——第七迷宮の前に立ったとき、その顔に緊張があるのがわかった。隠しきれていない種類の緊張だ。
「アシダ殿、とお呼びしていいか」
「構わない」
「私が来たことを——不審に思っているだろう」
「不審ではない。来たなら話を聞く」
セルディンが少し間を置いた。景色を確認するように、石門を見た。迷宮の奥を見た。それから俺を見た。
「……署名した後で、家に帰って——眠れなかった」と彼は言った。「「本当に正しかったか」と考え続けた。朝になっても答えが出なかった。——翌朝、「書類と報告だけで判断してきた自分が、急に怖くなった」と思った」
「それで来た」
「それで来た。間違っているかもしれないが——来てみなければわからないと思って」
そのとき、ゴブが奥から出てきた。
俺は「こちらがゴブです。第七迷宮の代表です」と言った。
セルディンが固まった。
ゴブが「はじめまして。レンから話を聞いていました。来てくれてよかったです」と人間語で言った。
「……人語を話す」とセルディンが言った。口が少し開いたままだった。
「少し話せます。勉強しました」
「何のために」
「人間と話したかったので」
セルディンが俺を見た。俺は「本人の言う通りです」と言った。
三人で迷宮の入口付近に座った。カーラが用意してくれた折りたたみの椅子が三脚ある。ゴブはそれを「俺は地面でいいです」と言って断って、石の上に座った。
セルディンが「一つだけ聞いてもいいか」とゴブに言った。
「どうぞ」
「怖くないのか——人間が、こうして近くに来ることが」
ゴブが少し考えた。
「怖かったです。最初は」
「最初は、ということは今は違うのか」
「レンが来てから——変わりました。「こういうものだ」と思っていたことが、変わることがある、と知りました」
「それを教えてもらったのか」
「教えてもらったというより——隣にいたら、変わっていました」
セルディンが俺を見た。
「……「隣にいる」だけで変わるものか」
「変わることがある」と俺は言った。「変わらないこともある。ただ——試さないと、どちらかはわからない」
「……」とセルディンが言った。長い沈黙だった。迷宮の奥から、遠く、石が鳴る音がした。
「三年前、私は「魔物は脅威だ」という立場を取り続けた」とセルディンは言った。「それは間違いではなかったかもしれない。ただ——ゴブ殿のような存在がいるということを、知らなかった。知ろうとしなかったのかもしれない」
「知ろうとしなかったのは——なぜですか」とゴブが聞いた。
セルディンが驚いた顔をした。ゴブが聞いたことに、というより——ゴブが「なぜ」と聞ける存在だということに、驚いていた。
「……怖かったんだと思う」と彼は言った。「知らないものを知ろうとするのが——怖かった」
「怖い——か」とゴブが言った。「俺も怖かったです。最初にレンのところに来たとき。扉をノックするのが——すごく怖かった」
「お前も怖かったのか」
「怖かったです。話を聞いてもらえないかもしれない。追い払われるかもしれない——そう思っていました。それでも来た。来たら——話を聞いてくれた」
「聞いてくれた」
「はい。扉を開けてくれた。それだけです。ただそれだけのことが——今の俺につながっています」
セルディンが「……扉を開ける、か」と言った。「私も——扉の前にいることが多かったかもしれない。開けないで、外から判断していた」
「フォルというものと——話せるか」とセルディンが聞いた。
俺は少し意外に思った。ここまで来たついでに、という軽さではなかった。本気で知りたいと思っている顔だった。
「接続する」と俺は言った。「ただ——フォルが返事をするかどうかは、フォルが決める。強制はできない」
「それでいい」
俺はフォルに呼びかけた。




