第123話「カイルが来た」
カイルが第七迷宮に来たのは、その翌日だった。
馬から降りながら「お前に相談がある」と言った。開口一番そう言えるようになったのは、いつ頃からだろうと俺は思った。最初の頃は「何してんだお前」という顔で来ていた。
「珍しいな」
「珍しくない。俺は最初からお前に色々聞いてきた」
「聞いていたというか——突っかかってきていた」
「それが俺の聞き方だ。うるさいか」
「うるさくない」
カイルが馬を繋いで、門の前の石に座った。俺も隣に座った。陽が高くなりかけている。
「第四迷宮の話だ」とカイルが言った。「知性体との交渉が——うまくいかない場面がある」
「どういう場面だ」
「向こうが「信じられない」と言う。「お前たち人間は、また騙そうとしている」と言う。俺が何を言っても跳ね返される。事実を並べても、実績を説明しても、全部「また騙しにきた」に変換される」
「フォルも最初はそうだった」
「フォルはどうやって変わったんだ」
「俺が何度も来たからだと思う。それだけだ」
「何度も来るだけでいいのか」
「来て、聞く。それだけだ。説得しようとしない」
「説得しなかったら——何も変わらないんじゃないか」とカイルが言った。「こちらの言いたいことが伝わらない」
「変えようとすると跳ね返される。変えようとしなければ——向こうが話し始めることがある」
「待つ、ということか」
「待つのとも少し違う。いることだ。答えを出そうとしないで、そこにいる」
カイルが石の上で腕を組んだ。
「……難しいな。俺は何か言いたくなる。黙っていると負けている気がする」
「負けていない。相手が話し終わるのを待っているだけだ」
「同じじゃないか」
「違う。負けを認めているのか、それとも続きを待っているのか——受け取る側には伝わることがある」
カイルがしばらく黙った。
「……俺、先週、うまくいかなかった場面で——黙ってしまったことがある。何を言えばいいかわからなくて。向こうが激しいことを言ってきて、俺が何も言い返せなかった」
「向こうの反応は」
「それが——しばらく黙ってから、「お前は反論しないのか」と聞いてきた。俺が「何を言えばいいかわからなかった」と言ったら——また少し黙って、「じゃあもう少し話す」と言った」
「黙っていたのが返事になっていた」
「……俺、それが意図的じゃなかったんだが」
「意図しなかったからよかったんだと思う」と俺は言った。「意図してやると、違う伝わり方をすることがある」
カイルが「俺が今やっていたことが——そうだったのか」と小さく言った。
「そうだ」
「意識してなかった」
「意識しないからできた」
カイルが「なんだそれは」と言った。笑ってはいなかったが、怒ってもいなかった。
「フォルが同じことを言っていたのを思い出した」と俺は答えた。
少し沈黙があった。カイルが地面の石を見ていた。何かを考えているときの顔だ。
「第四迷宮に戻ったら——また来てくれ、と聞き続けることだ」と俺は言った。「それだけだ。変えなくていい。変わるのを待てばいい」
「変えなくていいのか」
「「変えよう」と思いながら話すと——相手に伝わることがある。「こいつは変えに来た」と。そう思われると、変わらなくなる」
「じゃあ何を思いながら行けばいいんだ」
「来てほしい、と思えばいい。それだけ。次に来てくれたとき、少し話せればいい。それが続けば——どこかで変わる」
カイルが「それだけか」と言った。言い方は疑っているが、考えている顔をしていた。
「それだけだ」
カイルが帰り際に「一つだけ聞かせてくれ」と言った。
「なんだ」
「お前は——最後はどうするつもりだ」
俺は少し間を置いた。
「最後、というのは」
「ここを離れる日のことだ。ゴブの門番の話も進んでいるだろ。お前がここにいる理由が——そのうちなくなるんじゃないかと思って」
俺はカイルを見た。心配しているのか、確認したいのか、あるいはただ聞きたいのか——判断がつかない顔だった。
「まあ、聞いてから判断しよう」と俺は言った。
「それ自分のことにも使うのか」
「使えるな」
カイルが苦い顔で立ち上がった。「来週また来る」
「待っている」
馬の蹄の音が遠ざかっていった。




