第121話「五十パーセント」
三週間が経っていた。
朝、第七迷宮の前に立つと、以前と空気が違うことに気づく。霧が薄い。第23層から漏れていたあの重さ——呼吸するたびに感じた、じわりとした圧力——が、明らかに弱まっていた。
ゴブも気づいていた。先週、「なんか軽くなってきましたね」と言っていた。
スキルの表示を確認する。
【封印強度:51.3%】
五十を超えた。
俺はその数値をしばらく眺めてから、カーラへの定期通信を開いた。
「五十を超えた」
少し間があった。
「……予定より二日早いですね」
「フォルたちが押すのをやめてから、回復ペースが上がっている。彼らが戻ったことで、封印に余計な負荷がかかっていないのかもしれない」
「六十を超えれば当面は安全、でしたね」
「そう言った。ただ——」
「ただ?」
「フォルが昨日、新しいことを聞いてきた」
接続ログを確認しながら、俺はカーラに話した。
「フォルが——「外から来ているものが、まだある」と言った」
「外から、というのは——封印の向こう側から、ということですか」
「そうだ。フォルたちが押し出されてきた理由そのものがまだある、ということらしい。封印が安定しても、外側の圧力が消えたわけじゃない」
カーラが息を吸う音が聞こえた。
「それは——また増えてくる可能性があると」
「可能性がある。フォルたちが「封印側」に戻った場合、また押される。同じことが繰り返される」
「ということは——根本の問題は何も解決していない」
俺はそれにはすぐ答えなかった。解決していない、というのは正確ではなかった。解決のための道が、ようやく見えてきた段階だ。
「ただ」と俺は言った。
「ただ?」
「フォルが言っていた。「外から来ているものとも——話せるかもしれない」と」
通信の向こうで、カーラがしばらく沈黙した。
「……フォルが、そう言ったんですか」
「そうだ。自分たちも三百年前は同じだった——誰かが話しかけてくれれば、変わったかもしれないと」
「アシダ殿」とカーラが言った。声の調子が変わっていた。「あなたがやったことが——フォルを変えた。そのフォルが今度は「話す側」に回ろうとしている。連鎖しています」
俺は迷宮の入口を見た。石造りの門柱。朝の光がまだ低い角度で差し込んでいる。苔の匂いが、ここ数日で少し変わった気がした。以前は硫黄のような何かが混じっていた。今はただの苔だ。
「あなたのことですか」とカーラが続けた。「その連鎖の始まりが」
「ゴブのことだ」と俺は言った。「ゴブが俺の話を聞いて、フォルに向かった。フォルが今、次の誰かに向かおうとしている。俺は——入口を作っただけだ」
「入口を作ることが、いちばん難しいと思いますが」
「わからない。ただ——そこに立っていたら、誰かが来た。それだけのような気もする」
カーラが少し笑った。通信越しでも、わかる笑い方だった。
「それが——あなたのやり方なんですね」
「続きはゴブとフォルがやる。俺がやることは、少し変わってくるかもしれない」
「どう変わりますか」
「まだわからない。六十を超えたら、話しておきたいことが増えそうだ」
「話しておきたいこと——というのは、引き継ぎの話ですか」とカーラが言った。
「それも含む。ただ——フォルの言葉の方が大きいかもしれない。「外から来るものとも話せるかもしれない」——それが本当に動き始めるなら、俺一人でできることではない。ゴブがいる。カイルがいる。カーラもいる。そこで何かが動き始めた、ということを——全員で理解した上で進みたい」
「……全員で、ということを言い始めましたね、あなた」
「そうかもしれない。最初はただここで待っているだけだったが」
「変わりましたね」
「変わったかどうかはわからない。ただ——「一人で十分だ」という時期が終わった気はする」
遠くで、ゴブが何かを呼ぶ声がした。来訪者があったらしい。
「一旦切る。ゴブが呼んでいる」
「わかりました。また後で。——それと、アシダ殿」
「なんだ」
「おめでとうございます。五十パーセント」
俺は少し考えてから「ありがとう」と答えて、通信を切った。
石門の向こうで、ゴブの声が続いている。
俺は足を踏み出した。
【封印強度:51.3%——安定継続中】
スキルが静かに、数値を更新し続けていた。




