第110話「二人で聞けること」
カイルが第七迷宮に来た。
「頭痛は治ったか」
「治った。ヴェグに怒られた」
「そうか」
「すまなかった。無茶をした」
「謝らなくていい。ただ——次は事前に言え。一人で行くな」
「なぜだ」
「一人で行って倒れたら、誰にも助けられない。俺が言うのもおかしいかもしれないが」
「お前はゴブがいるだろ」
「そうだ。お前も誰かと行け」
カイルが「ヴェグに頼む」と言った。「怒ってはいたが、助けてくれた。信頼していいと思っている」
「そうか」
翌日、二人で封印層に降りた。
カイルはゴブと並んで、俺の後ろにいた。
「ここが封印の壁か」とカイルが言った。
「そうだ」
「感じる。圧力が——第四迷宮より弱い。安定しているのか」
「フォルが押すのを止めているから」
「フォル、と呼んでいるのか」
「名前がないと言うから、俺がつけた」
「向こうは了承したのか」
「「構わない」と言っていた」
カイルが壁を見た。手は伸ばさなかった。
「俺が触れたときに「光が複数見えた」と言ったが——今も感じるか」
「今は——フォルがいる。一つだけ、強く感じる。他のものは遠くにある」
「俺のスキルで確認するから、少し待ってくれ」
カイルがスキルを展開した。しばらく壁を見ていた。
「……見える。俺の感知では「光」と表現したが——正確には光ではない。意思のまとまりのようなものだ。フォルと呼んでいるのが一つ、明確に近くにいる。遠くに——五つ、六つ、もしくは七つ程度のまとまりが見える」
「七つか」
「正確にはわからない。遠くて輪郭がぼやけている」
フォルに接続した。
「今日は、一人ではない。別の者が一緒にいる」
【受信:「感じる。別のスキルを持つ者がいる」】
「こちらの仲間だ。第四迷宮でお前と同じ「外のもの」と接触しようとして、怪我をした」
【受信:「……なぜそこまでする」】
「接触するためだ。話すために」
【受信:「話せば何かが変わると思っているのか」】
「変わるかどうかは、話してみないとわからない。でも——」
【受信:「「聞いてから判断しよう」か」】
「そうだ」
【受信:「……お前は、その言葉を何度も使う」】
「口癖だ」
【受信:「口癖——習慣として身についた言葉、ということか。お前にとって「聞くこと」は習慣なのか」】
「そうかもしれない」
【受信:「俺には、その習慣がない」】
「話すことが初めてなんだろ。習慣になるまで時間がかかる」
カイルが俺に近づいて言った。
「スキルで何か出ているか」
「フォルと話している。カイル、お前は何か見えるか」
「フォルが……揺らいでいる気がする。一定じゃなくなった」
「揺らいでいる」
「感情——と呼んでいいかわからないが、何かが変化している。俺が見える感覚では、光の輪郭がぶれている」
「動揺している、ということかもしれない」
「何に」
「「習慣がない」という言葉への返答に」
俺はフォルに言った。
「習慣は、繰り返すことで身につく。来るたびに話せば——少しずつ慣れる」
【受信:「……慣れる必要があるのか」】
「必要かどうか、俺には決められない。でも——俺は来る。来るたびに話す。それだけだ」
長い沈黙があった。
【受信:「……なぜそこまで来るんだ」】
「損だから」
【受信:「損?」】
「聞かないことが損だ。お前が何を考えているか、何を感じているか——聞かないままでいるのは、俺には損に感じる」
【受信:「……」】
帰り道、カイルが言った。
「お前と俺で、見えるものが違う」
「そうだな」
「お前は「聞こえる」。俺は「見える」。スキルが違うから感知の仕方が違う」
「それが問題か」
「問題じゃないかもしれない。むしろ——」
「むしろ」
「お前が聞いているとき、俺は向こうの「光」が動くのが見えた。フォルの輪郭がぶれるタイミングと、向こうが答えるタイミングが——一致していた」
「感情のようなものが、答えに影響しているということか」
「そうかもしれない。お前が「損だから」と言ったとき、フォルの光が一番大きくぶれた」
「意外だった、ということか」
「たぶん。少なくとも——予想外のことに、向こうは反応している」
俺はそれを聞いた。
「二人で来た方がいい、ということかもしれない」
「俺は「見える」。お前は「聞こえる」。合わせれば——向こうがどういう状態で話しているかが、わかりやすい」
「そうだな」とゴブが言った。「俺は何もできないが——」
「ゴブは「感じる」だろ」
「感じる?」
「昨日も「向こうが揺らいでいる気がした」と言っていた。三人で来れば——三つの感知がある」
ゴブが「……俺の感知も使い物になるのか」と言った。
「使い物にならないものを連れてこない」
「そうか」
ゴブが「まあ、そうだな」と言った。




