第108話「交渉は無意味だ」
カイルから通信が来た。
「レン、俺も封印層に降りてみた」
「一人でか」
「第四迷宮のヴォルト類似の知性体——ヴェグと名乗った——に案内してもらった。封印の壁の前まで行った」
「外部信号は」
「感じた。「いる」という感覚が強かった。でも——俺には届かなかった」
「届かなかった」
「お前が言っていた「何かが来る」感覚がない。壁に向かって話しかけたが、スキルに何も表示されなかった」
「スキルが違うからかもしれない。俺のスキルはLv.8に達している。お前のは」
「Lv.5だ。封印の外を感知する機能はある。ただ——翻訳まではできないのかもしれない」
「そうかもしれない」
「つまり——向こうと話せるのは、今のところお前だけか」
「今のところは」
二日後、外部信号から返答が来た。
俺が封印の壁の前に立った瞬間、スキルが反応した。
【外部信号——接触開始。受信内容:「答えを考えた」】
「聞く」
【受信:「「なぜ話す必要がある」——に対する俺の答えは、「必要はない」だ」】
「そうか」
【受信:「交渉など無意味だ。話すことで、何かが変わったためしがない」】
「なぜそう思う」
【受信:「三百年、押し続けた。誰も止めに来なかった。誰も話しかけなかった。変わったものは何もない」】
俺はその言葉を聞いた。
「誰も来なかった、というのは——俺が来るまで」
【受信:「……そうだ」】
「俺が来たことで、何かが変わったか」
沈黙。
【受信:「止まった」】
「止まった、というのは」
【受信:「押すのを止めた。お前が「聞こえるか」と言った。止まってみた。意味があるかどうか、わからなかったが——止まれた」】
ゴブが隣で「止まれた」という言葉を繰り返した。
「止まれた——というのは、止めたかったということか」と俺は聞いた。
【受信:「……」】
「押すのを止めたかった、ということか」
【受信:「止めることに意味があるかどうか、わからなかった。押し続けることも、止めることも——どちらも結果が見えなかった。だから、押し続けた」】
「結果が見えなければ、続けることを選んだ」
【受信:「変える理由がなかった」】
「今は」
【受信:「……お前が来た。「なぜ」と聞いた。答えを考えた。三百年、誰も「なぜ」と聞かなかった」】
俺は少し待った。
「「なぜ」と聞かれたことで、何が変わった」
【受信:「理由を考えた。初めて考えた」】
「理由はあったか」
【受信:「……わからない。でも——考えたことで、「止まれる」ということを知った」】
ゴブが「調停者」と小声で言った。
「わかってる」
「これは——交渉できるかもしれない」
「かもしれない。ただ——」
「ただ」
「向こうはまだ「交渉は無意味だ」と言っている。信用していない」
「でも話している」
「話すことと、信じることは別だ。でも——話していることは事実だ」
俺はもう一度、封印の壁に向かった。
「お前の名前を教えてくれ」
長い沈黙があった。
【受信:「……名前は、ない」】
「ないのか」
【受信:「俺たちは「個」として呼ばれたことがない。「外の脅威」と内側の者は言う。「危険なもの」と人間は言う。名前ではない」】
「じゃあ——何と呼べばいい」
【受信:「……好きに呼べ」】
「フォルと呼んでいいか」
またの沈黙。
【受信:「……構わない」】
「俺はレンだ。これからもここに来る」
【受信:「来ても——何も変わらない」】
「変わるかどうかは、来てから判断する。まあ——聞いてから判断しよう」
返答はなかった。
でも外部信号は切れなかった。向こうがまだ、そこにいた。




