第107話「最初の言葉」
スキルが「接触試行」を示した直後、封印層に向かった。
ゴブが「俺も行く」と言って、止める前についてきた。
封印の壁の前に立った。
昨日と何かが違った。「存在」を感じる感覚が、強くなっていた。遠くにいるのではなく、壁のすぐ向こうにいる気がした。
「近くにいる」とゴブが言った。
「ああ。向こうから近づいてきたんだと思う」
「攻撃してくるか」
「わからない」
【封印強度:41%——安定中】
「押していない。ただ、近くにいる」
俺はスキルを使って、向こうに意識を向けた。
「来たか」
返事はなかった。でも——何かが変わった気がした。
「俺はこの迷宮の門番だ。前に「聞こえるか」と言った。聞こえていたなら、答えてくれ」
沈黙。
十秒。
二十秒。
スキルに表示が出た。
【外部信号——出力変化。言語構造パターン検出——解析中】
「言語構造」と俺は言った。
「何が出た」とゴブが言った。
「向こうが——言葉を使おうとしているらしい。スキルが解析を試みている」
「話せるのか」
「話そうとしている。届くかどうかはわからない」
一分が過ぎた。
スキルの解析が続いた。
それから——何かが届いた。
音ではなかった。言葉でもなかった。でも、意味がある「何か」だった。
スキルがそれを翻訳した。
【外部信号——解析完了。受信内容:「なぜ、呼んだ」】
「「なぜ、呼んだ」」
ゴブが固まった。
「……話せるのか」
「届いた。スキルが翻訳した」
「それは——答えていいのか」
「答える」
俺は封印の壁に向かって言った。
「三百年、ここを押し続けていた理由を聞きたかった。お前が何を考えているのか、知りたかった」
また沈黙。
俺たちは待った。
返答が来た。
【受信:「理由を聞いてどうする」】
「どうするかは、聞いてから決める」
【受信:「……」】
「「……」だ」とゴブが言った。
「黙った。でも、切れてはいない」
「それは——考えているということか」
「おそらく」
「何を考えているんだ」
「わからない。でも——「どうする」という問いに、「聞いてから決める」と答えた。それで止まっている」
「止まった理由は」
「予想外の答えだったんじゃないか」と俺は言った。「「どうする」と聞いたら、普通は目的を言う。「封印を解く」とか「攻撃しない」とか。でも俺は「聞いてから決める」と言った」
「それが予想外だったということか」
「かもしれない」
また何かが届いた。
【受信:「聞いてから決める——とはどういう意味だ」】
「聞く前に決めると、間違えることがある。だから聞いてから決める」
【受信:「お前は——何が目的だ」】
「目的は、話すことだ。それだけだ」
【受信:「……なぜ話す必要がある」】
俺は少し考えた。
「お前が何百年もここを押してきた。そこには理由があるはずだ。理由がないなら、押す必要もないはずだ。理由があるなら——聞かないと損だ」
長い沈黙があった。
封印強度の数値は変わらなかった。
【封印強度:41%——安定】
ゴブが俺の袖を引いた。「返事がなくなった」と言った。
「待つ」
「いつまでだ」
「来るまで」
結局、その日は返事が来なかった。
翌朝、スキルに表示が出た。
【外部信号——処理継続中。次回接触まで:不明】
向こうが、考え続けていた。
「まだ考えているのか」とゴブが言った。
「ああ」
「「なぜ話す必要がある」という問いに、答えが出ていない」
「そうだろう」
「向こうにとっては——「話す」という概念が、初めてなのかもしれない」
「かもしれない。三百年、一方的に押すだけだった。話しかけられたことも、話したこともなかったなら」
「……どれくらいかかる」
「わからない。でも——」
「でも」
「答えが出るまで、待つことはできる」




