第106話「ドランが知っていたこと」
ゴブが「一つ、聞いていいか」と言ったのは、夕方だった。
「何だ」
「ドランのことだ」
俺は少し待った。ゴブがドランの名前を出すとき、大抵は時間が必要だ。
「ドランは——外の脅威のことを、知っていたと思う」
「根拠は」
「俺が第十七層に来たとき、ドランはいつも「様子を見ている」と言っていた。最初は俺たちのことを見ていると思っていた。でも——今思うと、向こうを見ていたのかもしれない」
「封印の向こうを」
「ドランは第17層にいた。封印層に近い。三百年、ずっとそこにいた。外の脅威が押してくるのも——感じていたはずだ」
俺は「そうかもしれない」と言った。
「ドランが「最後に、話せた」と言っていた。「三百年で初めて」。俺と話せたことを指していると思っていた。でも——」
「でも、俺もいた」と俺は言った。
「ああ。「話せた」というのが俺のことだけなら、もっと早く会いに来れた。でも三百年で初めて、という言い方をした。何かを長い間、ずっと一人で抱えていた」
「外の脅威のことを知っていて、誰にも言えなかった」
「言っても信じてもらえないか、言うことで何かが変わることを恐れていたか——どちらかだ」
ヴォルトに聞いた。
「ドランは外の脅威のことを知っていたか」
少し間があった。
「——知っていたと思う。私も直接確認したわけではないが——ドランとは、封印の状態について情報交換をしていた。ドランが「向こうが動いている」と教えてくれた時期があった」
「それはいつだ」
「——百年ほど前だ。私たちが第23層に移動する前。まだ各層に散らばっていたとき」
「百年前、外の脅威について知っていて——何もしなかった」
「——何もできなかった、の方が正確かもしれない。ドランは移動ができない知性体だった。外に出られない。人間に話せるほど、人間と接触できる状況にもなかった」
「そうか」
「——ただ」
「ただ」
「——ドランは「いつか誰かが来る」と言っていた。封印の内側から話しかける者が来る、と」
「俺のことか」
「——わからない。でも——ドランが待っていたものが、あなただったとしたら——」
ヴォルトが止まった。
「最後に話せた、という言葉が——そういう意味だったかもしれない」と俺は言った。
「——そうかもしれない」
ゴブが夜、「調停者」と呼んだ。
「何だ」
「ドランは——一人だったのか」
「どういう意味だ」
「俺たちは難民として、仲間がいた。一緒に逃げてきた。でもドランは——第17層に一人で、何百年もいた。外の脅威のことも知って、でも誰にも言えなくて」
「そうかもしれない」
「お前が来て——初めて話せた。それが「三百年で初めて」の意味だったとしたら」
「そうだとしたら」
「……ドランは幸せだったのか、なんてことを聞くのも変かもしれないが」
「変じゃない」
「じゃあ——どう思う」
俺は少し考えた。
「最後に話した。最後に頼んだ。最後に「話せてよかった」と言った。それを——不幸だとは思わない」
「でも三百年、一人だった」
「そうだ。三百年、一人だった。でも——最後に話せた。それは事実だ」
「……それだけで十分だと思うか」
「十分かどうかは、俺には決められない。ただ——ドランが最後に言った言葉は、「三百年で初めて話せた」だった。俺はその言葉を信じている」
ゴブが空を見た。前室の屋根のない部分から、夜空が見えた。
「……またあいつに会いたかったな」
「そうだな」
「次に外の脅威と話せたとして——ドランに報告できるといいと思う」
「できないかもしれない」
「わかってる。でも——思うのは自由だろ」
「そうだな」
翌朝、スキルが動いた。
【迷宮管理Lv.8:外部信号——「待機」から「接触試行」へ移行】
向こうが、動き始めた。




