第105話「待機の意味」
外の脅威が「待機」に入った翌日、封印強度が上がっていた。
【封印強度:39%→41%(微増)】
「押すのを止めたから強度が戻っている」とヴォルトが言った。
「向こうが意図的に引いているのか」
「——そうだと思う。三百年、一度も止まらなかったものが——今は待っている」
「何を待っているんだ」
「——私にはわからない。ただ——」
ヴォルトが少し間を置いた。
「——あなたが「聞きに来た」と言った。向こうはそれを聞いた。次にあなたが来るのを、待っているのかもしれない」
俺はその言葉を繰り返した。
「次を待っている」
「——可能性の話だ。確証はない」
「でも、待機に入ったのは事実だ」
「——事実だ」
セルディン議員が来たのは三日後だった。
馬一頭と従者二人だけの、小さな一行だった。
「アシダ殿」
「セルディン議員。ようこそ」
「……本当に来たぞ、と思っているか」
「少し思っています」
セルディンが苦笑した。
「書簡を送っておいて何だが、自分でも驚いている。なぜ動いたのか、自分でもわからないんだ」
「それは、どういう意味ですか」
「議会の採決後、反対票を入れた者の一人として、状況を「なかったこと」にしようとしていた。でも——できなかった。あなたの「話を聞かせてください」という言葉が、頭から離れなかった」
「気になっていた、ということですか」
「気になっていた。なぜ俺に聞きに来たんだ、と」
「反対されていたからです」
「それが理由か」
「反対する理由があるはずだ。その理由を聞かないと、説明もできないし、説得もできない」
セルディンが俺を見た。
「……あのとき、「わかります。俺も最初は怖かった」と言っていたな」
「はい」
「あれは本当か」
「本当です」
「何が怖かった」
「最初の夜、ゴブリンが門を叩いてきた。暗い夜に、魔物が。怖かった」
「でも——受け入れた」
「聞いてから判断しようと思った。聞いたら、怖い理由がなくなった」
セルディンが少し黙った。
「俺は今も怖い。ここに来る道でも、怖かった」
「来てくださった」
「……怖いままで来た。あなたが言っていたからな。「怖いままでいい。聞くのに、怖くなくなる必要はない」と」
第七迷宮の前室を、外から見せた。
ゴブたちが中にいた。子供のゴブリンが二体、入口の近くで遊んでいた。
セルディンが立ち止まった。
「……小さいな」
「子供です」
「魔物の子供は——見たことがなかった」
「俺も最初は驚きました」
「大きくなると、凶暴になるのか」
「ゴブは「凶暴だと思われている」と言っていました。向こうも俺たちを怖いと思っている」
「互いに怖い、ということか」
「互いに事情がある、ということだと思います」
セルディンが子供のゴブリンを見ていた。長い間、黙っていた。
「……封印の問題は、本当に深刻なのか」
「深刻です。外の脅威が三百年、封印を削り続けてきた。今、その外の脅威が「待機」に入っています」
「なぜ待機に」
「俺が呼びかけた。向こうが気づいて——待ち始めたようです」
「呼びかけた——というのは、交渉を試みたということか」
「まだ交渉と呼べる段階ではありません。ただ、「聞こえるか」と送った。返事はなかったが、止まった」
セルディンが「……不思議な話だな」と言った。
「不思議、ですか」
「呼びかけて、止まった。魔物と話せる門番が、さらにその外にある脅威と話そうとしている」
「そうです」
「できると思うのか」
「できるかどうか、聞いてみないとわかりません」
帰り際、セルディンが振り返った。
「一つだけ聞いていいか」
「どうぞ」
「もし失敗したら——この迷宮はどうなる」
「封印が消えれば、外の脅威が内側に入ってくる。ヴォルトたちが長年守ってきたものが崩れる」
「それは——王国にも影響があるか」
「迷宮は全国に七つある。全部の封印が崩れれば——規模は大きくなります」
セルディンが「……そうか」と言った。
「お力を貸してもらえますか」とは聞かなかった。
それはセルディンが決めることだ。
俺にできるのは、情報を出すことと、聞くことだけだった。
【外部信号——待機中。継続時間:72時間】
スキルが、外の脅威がまだ待ち続けていることを示していた。




