第104話「複数の迷宮」
カーラに報告すると、三十秒ほど黙られた。
「自分で引いた、ということですか」
「そうだ。攻撃でも防御でもなく、自発的に」
「それが——どういう意味を持つと、あなたは判断していますか」
「わからない。ただ、三百年止まらなかったものが止まった。それは何かが変わったということだ」
「何が変わったんですか」
「俺が呼びかけた。返事はなかったが、俺の声が届いた可能性がある。届いたとして、何らかの反応をした」
「交渉できる、ということですか」
「まだそこまでは言えない。ただ——聞こえているかもしれない。聞こえているなら、いずれ話せるかもしれない」
カーラが窓の外を見た。外は晴れていた。
「カイルから——第四迷宮でも同じことが起きたと報告がありました」
「知っている」
「複数の迷宮に同時に触れているなら——一体ではないということですね」
「おそらく」
「一体でないなら——全部に同じことをしなければいけないということですか」
「まだわからない。ただ——」
「ただ」
「一つとの接触が成功すれば、他の迷宮に波及する可能性もある。ヴォルトが言っていた。向こうは三百年、一つの塊として動いてきた。一部が変われば、全体が変わるかもしれない」
カーラが俺を見た。
「楽観的すぎると思います」
「かもしれない。でも——悲観的に考えても、選択肢が減るだけだ」
その日の夕方、セルディン議員から書簡が届いた。
内容は短かった。
「アシダ殿。外の脅威について、詳しく聞かせてほしい。先日の合意後、議会内で情報共有の必要性について議論があった。私個人として、現状を正確に知りたいと思っている」
俺はカーラに見せた。
「セルディン議員が動いた」
「……意外ですね」とカーラが言った。
「なぜ」
「最後まで反対派だった人が、自分から動くとは思いませんでした」
「「話を聞かせてほしい」と言っている。それなら聞く」
「でも——外の脅威のことを議会に知らせると、対応が分かれます。「封印を維持する方向」と「迷宮を完全に封鎖・破壊する方向」に」
「わかっている」
「封鎖・破壊の方向に動かれると、ヴォルトたちが——」
「わかっている。でも隠しても、いずれ知れる。知れたときに「なぜ隠した」という話になる方が、対応が難しい」
カーラが「……あなたは本当に交渉が好きですね」と言った。
「好きかどうかはわからない。でも話を聞かないと始まらない」
ゴブに状況を伝えた。
「議員が動いたのか」
「ああ。俺が直接会いに行くと伝えた」
「王都に行くのか」
「いや、セルディン議員がこちらに来る。第七迷宮を見たいらしい」
「……魔物の難民がいる場所に来るのか」
「来たいなら来ていい。ただし——」
「ただし」
「前室には入れない。外から見るだけだ」
「それはわかった。ただ——」
ゴブが少し考えた。
「俺たちを見て、怖がらないか」
「怖がる可能性はある」
「怖がって、危険と判断したら」
「そのとき考える」
「その場で対応するつもりか」
「対応するための材料が多いほどいい。セルディンが来れば——ヴォルトのことを直接見せられるかもしれない。見た上で判断してもらう」
ゴブが「……調停者らしい判断だ」と言った。
「怖がらせてどうするんだと思っていたが」
「見せた上で話す。それが一番早い」
「でも——失敗したら?」
「失敗したときは、失敗した理由を分析する。次に活かす」
「次があるとは限らないだろ」
「まあ——聞いてから判断しよう」
夜、スキルに新しい表示が出た。
【迷宮管理Lv.8:外部信号——パターン変化。「探索」から「待機」へ移行】
探索から待機。
向こうが、何かを待ち始めた。




