第103話「三百年の意味」
封印の壁まで下りた。
スキルの表示が変わった。
【迷宮管理Lv.8:封印層——接触限界ライン。これより先への進行不可】
物理的な壁があった。石ではなく——何か、圧力のようなものだった。手を伸ばすと、抵抗を感じる。痛みはない。ただ、押し返される感じがある。
「ここが限界か」とゴブが言った。
「スキル上の限界ライン。ここより先には行けない」
「でも声は届く」
「わかるか」
「なんとなく」
ゴブが壁に近づいた。手を伸ばして、触れた。
「……冷たい。石じゃないが、何かある」
「ヴォルトたちが三百年守ってきたものだ」
「それを、外の脅威がずっと押してきた」
「そうだ」
ゴブが手を引いた。
「ドランが死んだのも——これのせいか」
「直接の原因ではないかもしれない。でも、関係はある」
「関係ある、ということは——」
「ドランが限界になったとき、この封印が弱まった。外の脅威が余計に押せるようになった。悪循環だ」
ゴブが黙った。
ヴォルトに接続して、状況を伝えた。
「今、封印の限界ラインにいる。ここから呼びかけていい」
「——わかった。ただし——」
「ただし」
「——距離が近い。向こうが「本格的に認識する」可能性がある。今まで「内側で何かが動いた」程度だったが——封印の壁から直接呼びかければ、確実に気づく」
「気づかれると何が起きる」
「——わからない。押してくるかもしれない。止まるかもしれない。何もしないかもしれない」
「三択か」
「——今の封印強度は40%。大規模な攻撃があれば、さらに下がる」
「その場合は」
「——引き返す。封印が30%を切ったら危険域に入る。私たちが全力で維持しても厳しくなる」
「30%が限界か」
「——安全ラインはそこだ」
俺はスキルの数値を確認した。現在40%。10%の余裕がある。
「やる」
「——わかった。私も感知しながら待つ。何か変化があれば伝える」
ゴブが「俺は黙ってる」と言った。
「なぜ」
「俺が話しかけると、ゴブリン語か迷宮語になる。向こうに届くかわからない。調停者が話す方がいい」
「そうか」
「ただ——隣にはいる」
「わかった」
俺は壁に向かった。
スキルを起動して、外部信号のある方向に意識を向けた。昨日とは距離が違う。昨日は遠くに「いる」という感覚だったが——今は、壁を隔てて、すぐ向こうにいる気がした。
「聞こえるか」
返事はなかった。
「俺はこの迷宮の管理者だ。门番というジョブを持っている。話を聞きに来た」
封印強度の数値が動いた。
【封印強度:40%→38%(低下)】
「下がった」とゴブが言った。
「押してきた。気づいたんだろう」
「引き返すか」
「まだだ。38%。まだ余裕がある」
もう一度、言った。
「俺は攻撃しに来たわけじゃない。ただ——何があったのか、聞きたい。三百年、何をしていたのか。なぜここにいるのか」
【封印強度:38%——変動停止】
「止まった」
「ああ」
ゴブが「昨日も止まった」と言った。「「聞こえるか」って言ったときも止まった」
「そうだ」
「止まる理由が、何かある」
「あると思う。ただ——」
スキルに新しい表示が出た。
【迷宮管理Lv.8:外部信号——応答パターン検知。言語処理試行中】
「言語処理?」
俺はその表示を見た。
「スキルが——向こうの「何か」を解析しようとしている」
「向こうが話そうとしているのか」
「話そうとしているか、話せるかどうか確認しているか——どちらかだ」
俺たちは黙って待った。
封印強度は38%で止まっていた。
一分が過ぎた。
二分が過ぎた。
スキルの表示が更新された。
【言語処理——不完全。ただし「意思確認済み」】
「意思確認済み」
「意思がある、ということか」とゴブが言った。
「スキルがそう判断した」
「話せるのか」
「まだわからない。ただ——」
封印強度の数値が動いた。今度は、上がった。
【封印強度:38%→39%(微増)】
「上がった。なぜだ」
ヴォルトから接続が来た。
「——封印の向こうで、何かが「止まった」。ただ止まっただけじゃない——引いた。少し、離れた」
「離れた?」
「——向こうが、自分から距離を取った。なぜかはわからない。でも——封印を強化しようとする意思ではなかった。かといって攻撃でもない」
「じゃあ何だ」
「——わからない。ただ一つだけ言えるのは」
「言え」
「——三百年で初めて、外の脅威が自分で「引いた」。それは起きたことだ」
ゴブが俺を見た。
「調停者」
「わかった」
「どういう意味だ」
「まあ——聞いてから判断しよう」




