第102話「外の声」
翌日、カーラに状況を伝えた。
「外部信号というものを感知した。外の脅威が、封印層に触れている」
カーラが「触れている、とはどういう意味ですか」と聞いた。
「物理的に押しているわけではない。意識がこちらを向いている、という感じだ。封印が壁なら——向こうが壁に手を当てて、中の音を聞こうとしている」
「……攻撃ではなく」
「今のところは。でも、それが続けばやがて封印が削れる」
「それは今も起きていますか」
「今は安定している。俺が呼びかけたあと、一時的に止まった」
カーラが「呼びかけた」という言葉を繰り返した。
「どういう意味ですか」
「スキル越しに「聞こえるか」と送った。返事はなかったが、外部信号が止まった。向こうが気づいたと思う」
「それは——危険ではないですか」
「わからない」
「わからないで、やったんですか」
「聞かないと損だろ」
カーラが額に手を当てた。「あなたは本当に——」と言いかけて止めた。
夜、ヴォルトに接続した。
「昨日、封印強度が一時的に安定した。原因の分析はできたか」
「——少し考えていた。外の脅威は、封印の「内側から何かが動いた」ことを感じたのだと思う」
「それが珍しかった、ということか」
「——そうだ。三百年、内側は静かだった。封印されたものが動かないから、外も押すだけで応答がなかった。でもあなたが呼びかけた。外の脅威は、初めて「内側から声が来た」と感じたはずだ」
「反応するかもしれない」
「——反応するかどうかは、わからない。ただ——」
ヴォルトが少し間を置いた。
「——あなたが「聞こえるか」と送ったとき、封印の向こうで何かが止まった。私も感じた」
「止まった、というのは」
「——押すのを止めた。一瞬だけ。でも、止まった。それは三百年で初めてのことだ」
俺はその言葉を聞いた。
「三百年、一度も止まらなかった」
「——止まる理由がなかった。向こうも、ただ「在る」だけだったのかもしれない」
「在る、とは」
「——存在している。意思があるかどうかも、私には確認できていなかった。でも——止まった。止めるという判断をした何かがいる」
ゴブがそれを聞いていた。
「知性体、ということか」
「——知性体だと思う。ただし——」
「ただし」
「——話が通じるかどうかは、別問題だ。知性があっても、交渉を拒む知性体はいる」
「ヴォルトたちも、最初はそうだったか」
少し沈黙があった。
「——そうだった。私も最初、「内側の者に話す必要はない」と思っていた。でもレンが来た。聞いた。それで変わった」
「じゃあ——同じことが、できるかもしれない」
「——できるかもしれない。あるいは——できないかもしれない。ただ」
「ただ」
「——あなたが「聞こえるか」と言ったとき、封印の向こうで何かが止まった。その事実は残る」
ゴブが俺を見た。
「調停者。次はどうする」
「もう少し近くから、呼びかける」
「危なくないか」
「わからない。でも——距離が遠すぎると、声が届かない」
「どれくらい近づく」
「封印の壁まで」
ゴブがしばらく俺を見ていた。
「……俺も行く」
「一人で大丈夫だ」
「俺が大丈夫と思えないから行く。それは俺が決める」
俺は「まあ、そうだな」と言った。
翌日の出発前、カイルから通信が入った。
「レン、第四迷宮でも同じものが出た」
「外部信号か」
「俺には聞こえなかった。でもスキル——カーラから借りた測定器が反応した。第四迷宮の封印層でも、外から何かが触れているという数値が出た」
「タイミングはいつだ」
「今日の朝——お前が呼びかけた翌日だ」
俺は少し考えた。
「一つではないかもしれない」
「何が」
「外の脅威が。複数いるのか、移動したのか——わからない。でも複数の迷宮に同時に触れているなら、一体ではない」
「……それはまずいのか」
「わからない。でも——情報が増えた。聞ける相手が増えるかもしれない」
カイルが「お前はそういうやつだな」と言った。
「どういう意味だ」
「まずいかもしれないのに、可能性の方に目が行く」
「まずいかどうかは、聞いてみないとわからない」
「……まあ、そうだな」
それはゴブがよく言う言葉だった。




