第10話「調停者の仕事」
全員が前室に集まった。
グレン、エリア、カイル——そう、カイルも呼んだ。証人として必要だと思った——ゴブ、ヴァル、そして迷宮民が十数体。
俺は扉の前に立った。
正確には、扉と迷宮の境界線に。
「何をするんだ」
グレンが聞いた。
「封印に触れます。正確には——封印に、意思を送ります」
「意思を?」
「このスキルの本質は交渉です。対話できる相手とは何とでも話せる。封印も、古代の意思が込められたものなら——」
エリアが小さく声を上げた。
「そういうことか。封印は古代の調停者が——」
「作ったものだと思っています。だから今の調停者である俺が触れれば、対話できるかもしれない」
「失敗したら?」
「わかりません。でも何もしなければ14日で封印が消える。試す価値はある」
俺はスキルを起動した。
【迷宮管理 Lv.3】
【封印接続:実行しますか? Y/N】
Y。
頭の中に、何かが流れ込んできた。
映像ではない。音でもない。
強いて言えば——感情、だった。
疲れている。
それが最初の印象だった。
何百年も疲れ続けている、何か巨大なものの感情。
俺は話しかけた。声ではなく、意思で。
「聞こえるか」
返事があった。言葉ではない。ただ——「聞こえている」という感覚。
「俺はレン・アシダ。第七迷宮の調停者だ。あなたに頼みたいことがある」
感情が揺れた。興味、のような何か。
「あなたは疲れている。長い間、一人で支え続けてきた。それはわかる」
反応がない。
「俺はあなたに全てを任せるつもりはない。手伝いたい。外からも、内からも、支えたい。ただ——」
俺は続けた。
「そのためには、あなたに少しだけ待ってほしい。今すぐ崩れてしまったら、準備が間に合わない」
長い沈黙。
疲れている感情が、少しだけ——揺れた。
「待ってくれるか」
返事は言葉ではなかった。
ただ、スキルの数値が変わった。
【第23層「支配の霧」封印強度:31%→38%】
【低下速度:大幅減少】
【推定封印消失まで:63日(再計算)】
63日。
14日が、63日になった。
俺がスキルを閉じると、全員が黙って俺を見ていた。
「封印の低下速度が落ちた。63日の余裕ができた」
誰も言葉を返さなかった。
最初に口を開いたのはエリアだった。
「……封印と対話したんですか」
「対話、かどうかはわからない。ただ伝わった気がする」
「何を伝えたんですか」
「待ってくれと頼んだ」
グレンが呆れたような顔をした。
「古代の封印に、待ってくれと頼んだのか」
「交渉の基本です。相手の状況を聞いて、こちらの事情を伝えて、折り合える点を探す」
「……相手が封印でも同じか」
「今のところは同じでした」
カイルがずっと黙っていた。
全員が動き始めてから、彼だけが俺のそばに残った。
「……なあ、レン」
「なんだ」
「俺、ジョブ判定の日のこと、覚えてるか」
「覚えている」
「俺、お前に『生きてはいけるんじゃないか』って言った」
「言った」
カイルが俯いた。
「ひどいことを言った」
「事実だったから気にしていない。門番でも生きていける」
「そういう話じゃない」
カイルが顔を上げた。
「お前は生きているだけじゃない。俺が見たことのないことをやっている。魔物と話して、封印を延長して、王国の査察官を動かして——それが全部、門番一人でやったことだ」
「みんなでやった」
「お前がいなければ始まらなかった」
俺は何か言おうとして、やめた。
「……羨ましい」
カイルが小さく言った。
「俺はCランク冒険者になれるかもしれない。でもお前みたいな働き方は、できない。できると思っていなかった。そんな仕事があるとも思っていなかった」
「それは違う」
「違うか?」
「お前にしかできないこともある。5層で五人を統率して、一人も死なせなかった。俺にはできない」
カイルが少し黙った。
「……それは」
「強い奴が必要だ。俺一人では体力勝負にならない。いつかもっと大きな交渉が必要になる時、カイルみたいな奴が後ろに立っていると話が変わる」
「俺に、お前の後ろに立てと言っているのか」
「いつかの話だ。今は試験に受かれ」
カイルが笑った。久しぶりに見る顔だった。
「……お前、変わったな」
「変わっていない」
「変わった。俺が知っているレンは、こんなに喋らなかった」
そうかもしれない、と俺は思った。
夜。
全員が去り、前室にゴブとヴァルだけが残った。
俺は扉の前に座って、スキルを眺めた。
【迷宮管理 Lv.3(経験値:0/300)】
【調停者 認定:第七迷宮調停者(王国公式)】
【現在の交渉相手:9 成立件数:7 継続中:2】
「調停者」
ゴブが俺の隣に座った。
「なんだ」
「疲れたか」
「少し」
「珍しい。お前が疲れたというのは初めて聞いた」
「封印に繋がったのが、意外とこたえた」
「何を感じた」
俺は少し考えた。
「疲れていた。何百年も、一人で待ち続けている。助けを待っていた」
「霧が、か」
「封印が。霧じゃなく、封印の側の感情だ。封印は疲れていた。霧に負けそうで、でも崩れるわけにはいくて——ずっと耐えていた」
ゴブが静かに言った。
「……それは、俺たちと同じだ」
「そうかもしれない」
「助けを待っていた。でも誰も来なかった。だから来ることを諦めかけていた」
俺は頷いた。
「でも来た」
「来た。調停者が来た」
夜空に星が出ていた。
前室の屋根のない部分から、よく見えた。
「ゴブ」
「なんだ」
「お前たちを、最終的には外に出したい」
ゴブが俺を見た。
「……それは」
「23層の問題が解決したら。霧が抑えられたら。王国との協定が積み上がったら。いつかは、出られると思っている」
「俺たちが外に出たら——」
「一緒に見よう。空の広さを」
ゴブが長い間、俺を見た。
「……お前は、なぜそこまで」
「わからない。でも引き受けた仕事は最後までやる性格だ」
「門番の仕事は、魔物を外に出すことではないのに」
「今は調停者だから」
ゴブが、初めて笑った。
ゴブリンの笑顔は人間のそれとは違うが、笑顔だとわかった。
「……了解した。最後まで付き合ってやる」
【第一章 完】
次章「調停者の名前」予告:
王国内で「第七迷宮の調停者」の噂が広がる。封印の問題が知られるにつれ、様々な思惑を持つ人間たちが前哨基地に集まり始める。そして——23層の霧が、初めて「声」を出した。




