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医療ドラマと期待の新人-2

※手術シーンがあります。苦手な方は気をつけてください※

「なんの騒ぎだろう?」


 ナースコールが聞こえた先は何やら騒がしい。


「空井さん、あなたも来て!」

「は、はい!」


 病室へ急ぐ看護師に指摘され、私も現場へ向かう。


「うっ――」


 病室の中から患者のうめき声が聞こえた。

 部屋に入ると看護師数人がベッドサイドへ集まり、患者の体位変換をしている。仰向けだった患者の背中が露わになった時、私は言葉を飲んだ。患者の腰から臀部(でんぶ)にかけて褥瘡(じょくそう)が広がっている。床擦れた傷の面積はかなり大きく、感染の兆候もあった。すると私の前を通り過ぎていった白衣の女性が看護師に声をかける。


「デブリードマンは私がやる」

「はい。小鳩(こばと)先生、お願いします」


 麻酔も無く、小鳩と呼ばれた医師は刃先が逸れた手術用ハサミ(メッツェン)を手にとった。床擦れのうち、既に壊死(えし)している部位をハサミで切除していく。

 患者の悲痛な声が病室をこだまする。その光景を見て、私は口元をきゅっと結ぶ。叫び声を聞く度に、私も心が痛くなる。何度目かの叫び声が聞こえたところで、処置が終わったようだ。


「あとは、抗生物質(タゾピペ)の点滴をお願い。メインの真鍋(まなべ)先生にも引き継いでおくから。それから軟膏(ブロメライン)の準備も」

「了解です、小鳩先生」


 看護師の一人が点滴の準備を始める。その外から看護師たちの会話が聞こえてきた。


「さすが小鳩先生だわ。やることなすことが手早い。天才医師と呼ばれてるだけあるわねー」


 なにを悠長に話しているのだろうか。確かに患者の壊死組織はほとんど切除されたが、その傷口からは水分が(にじ)んでいる。しかもその水分量は思いのほか多い。

 褥瘡こそ薬剤師が積極的に関わっていかなきゃいけない部分だ。だから私がここでぽつんとしていて良い訳がない。


「こ、小鳩先生! この軟膏なんですけど、この水分量ならカデックス軟膏を使った方が良いかと思います」

「そう? それならカデックスで水分コントロールしていきましょう」

「ありがとうございます!」


 すると小鳩先生は私の目を見て、次に後ろ髪を束ねるクリップを眺めた。


「薬剤師さん。あなたのお名前は?」

「空井です! 空井志津。改めてよろしくお願いします!」


 こうして私は小鳩先生に顔と名前を覚えてもらった。


 7C病棟の患者全員の体調を聞き終えて、私は薬剤部へ戻った。血液科の病棟なだけあって、白血病に(ともな)盗汗(とうかん)や身体中の炎症に悩まされる患者が多い。白血球が増えることによって全身の血管で炎症が起こり、寝汗の範疇を超える量の水分が身体から出ていく。抗がん剤であっても、時間をかけなければがんは治療できない。そのため、患者から話を聞くのはとても辛かった。


「空井さん、さっきはありがとね。7Cの巡回(ラウンド)お疲れ様」

「いえいえ。褥瘡の処置を見学できましたし、処方提案もできたのでとても勉強になりました」


 血液がんの患者から話を聞くことも勿論、私にとって大きな学びとなる。


「あと、そうだ。今日代打で7C入ってもらったから、次病棟へ上がる日は調剤室(こっち)ね」

「了解です」

「それじゃ、もう時間だから空井さんあがっていいよ」

「わかりました。お疲れ様です、お先に失礼します」


 気がつけば時刻は17時を回っている。私は荷物置き場からマイタンブラーを回収して、更衣室へ向かった。


 ***


 日は改まり、普段通りに通勤する。更衣室にてスクラブに着替え、私は調剤室へ降りた。

 今日は病棟業務ではなく、これから入院する患者たちの持参薬をチェックし続ける日である。正直、これが何気に大変だ。

 患者が持ってきた薬と同じ薬剤が必ず病院に置いてあるとは限らない。だから薬剤師は代替できる候補をリスト化しておく必要がある。だから一見単純な作業でも、実のところは複雑怪奇。


「ふぅ、これで三人目か。あと10時に入院予定の患者が二人……くっ!」


 現在時刻は9時40分。残り20分で二人分の薬の中身から代替候補まで絞らなければならない。数秒間だけでも神速で動けたら理想的だが、そんなロマンはない。


「おーい、空井。一人分手伝うからトレイの片方よこせ」

「ええと……ありがとうございます。齋藤さん?」

「なんで疑問形なんだよ」

「以前、昼食の時間だからとナシになった一包化の振り分けを押し付けましたよね……。私は忘れていませんよ」

「それは……後輩にもこの作業の大変さを理解して欲しいという先輩からのメッセージだ」


 これはいくら齋藤さんが先輩だからと言って許されてはならない事案だと思う。何故だか、ふと溜め息が出てしまった。


「齋藤さん。流石にその言い方は引きますよ、私」

「すまん、俺が悪かった」

「……じゃあこれ、半分チェックお願いします」


 思わず二度目の溜め息。私は目の前にあるトレイを片方、齋藤さんへ手渡した。

【用語解説】

・メッツェン

 外科手術で良く用いられる手術ハサミ。皮膚や血管系の切除や切り取りに用いられる。刃先の真っ直ぐなものと曲がったものがある。


・ブロメライン軟膏

 成分は壊死組織などを諸々分解できるタンパク質の分解酵素。水分量が多くても使うことはできるが、他の軟膏剤と組み合わせづらく、じゅくじゅくした水分を吸い取るプロという訳ではない。


・カデックス軟膏

 これこそ水分を吸い取るための軟膏。水分を吸い取るだけではなくて、ヨウ素 (いわゆるイソジン)が入っているため殺菌作用もあるので一石二鳥な軟膏剤。

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