医療ドラマと期待の新人-1
私こと空井志津は医療ドラマに憧れて薬剤師となった。薬学部に通っていた頃はそれなりの成績で卒業し、薬への情熱を評価されて都内の病院に勤めることになった。
高校生の頃は医療知識に乏しいこともあって、医療ドラマのワンシーンについてあれやこれやと……ぶっちゃけ、あれはフィクションだから実際そんなにコテコテではないだろう、そんな型破りな医師がいるわけがないだろうと思っていた。
実際に医療人になって現場に出てみると、意外とそうでもないことが分かった。お局様はどこにだっているし、外での喫煙も日常茶飯事だ。優しい人が多いけど、一風変わった人も多い。どうにも胃がキリキリ悲鳴をあげてしまう。
それに病院に必ず天才的な技能を持つ医師がいるかと問われれば、それは分からない。医者も含めて医療従事者はシフト制なのだから。
「わたし、この病院に馴染んでいけるのだろうか……」
病院に勤め始めておよそ3カ月が経過したが、未だにテキパキした現在の環境に慣れることができていない。齢24にして早くも人間関係で頭を悩ませることになるとは思わなかった。現に私は監査台で処方薬を監査しているが、ちらほら私の地獄耳が外の会話を拾う。
「ちょっと誰よ! リベルサスのシート斜めに切ったの!」
「あ、すみません! 私です……」
「リベルサスの3ミリなんてそんな使わないんだから――」
先輩薬剤師の叫びに私の同期が手を挙げる。私と同じ新人と分かるや否や、戸惑いと溜め息混じりに説明してくれた。
「はぁ。じゃあ確認ね? リベルサスはどんな薬?」
「経口で飲める糖尿病の薬です」
「錠剤のシートを縦に切り取る時の注意は?」
「ええと……まっすぐに、ということですかね?」
「そうね。この薬は吸湿性がとても高いの。だからシートを半分にする時は丁寧にね」
このように調剤室では、有事の際に備えて聞き耳を立てておかなければならない。
「おーい、ボサっとするなよ。空井〜」
肩にポンと手を乗せられてハッとした。
「え、あ、すみません齋藤さん。考え事をしていました」
「俺そろそろ休憩だから、ナシになった一包化の振り分けしといてくれー。じゃあ頼んだよ」
そう言うと齋藤さんは社食の方へ去っていく。残された一包化シートと判別記号のついた錠剤の数々に、私は頭を抱えた。
錠剤には「どこのメーカーのどの薬」なのか、特定できる印がある。例えば製薬メーカーのロゴマークだったり、アルファベットの略称だったり。とにかく錠剤の印字を一つ一つ確認しながら、薬を仕分けなければならない。
時間をかけて一包化シートの中身を振り分けた後、ようやく私は昼食にありつくことができた。今日のお昼はコンビニで購入したおにぎりとポテトサラダ。海苔を巻かなくていいタイプのおにぎりと、プラスチック容器に白いポテトサラダがギッシリ詰まったやつ。
「このタイミングで忙しかったら、きっとご飯食べる時間も削られるんだよね」
思わず独り言がもれてしまった。
昼食を食べる瞬間こそ、医療ドラマのワンシーンが脳裏に浮かぶ。
ドラマでは社食を除き、救急医がラーメンを食べるシーンはない。いつどんな時に救急車がやって来ても対応できるように、救急医の軽食はコンビニ産のおにぎりだったりする。ドラマにてコンビニ食が出てくるのはフィクションではなく、本当のことだった。
昼食を食べる瞬間こそ、少しだけドラマで見た医者の気持ちが分かる気がする。
「空井さん、休憩終わったらこっちの監査お願い! お昼どきにちょっとなだれ込んだみたいで」
「は、はーい」
先輩薬剤師の声が控え室まで届く。私は監査台まで戻ると、三つくらい縦に詰まれたトレイが二つ、合わせて六人分の薬が目の前にあった。ひとつずつ、原因疾患や検査値を処方薬に照らし合わせていく。払い出された薬剤も一緒に確認する。
「この組み合わせなら大丈夫かな」
私は処方箋に記された薬剤名の端にレ点をつけた。
***
薬剤師の仕事は大きく分けて三つ。調剤・監査・服薬指導だ。でも、病院で勤務する場合はその限りではない。
「あ、ちょうどよかった。今日さ、7C病棟の子が急遽、早退することになっちゃって。空井さんまだ7Cに上がったことないよね。今日だけ代理をお願いできる? こっちの業務は私がやっておくから」
「分かりました。7Cって確か……血液でしたっけ?」
「そうよ。じゃあ詳しくは7Cの看護師から聞いてちょうだいね」
「了解です。すぐに病棟へ上がりますね」
7C病棟へ上がり、まずはナースステーションへ。7Cの看護師から患者の引き継ぎをしてもらった。まずは患者ひとりひとりのカルテを確認して、すぐにベッドサイドへ赴く。使っている薬の効果を確認したり、あとは顔や足元を見て副作用を評価したり。
「あ、薬剤師さん。この痛み止めなんだけど、どうにか飲みやすくならないかな。錠剤が大きくてたくさん水を飲んじゃうんだよ」
「それなら小さな錠剤に変えられるか先生に確認してみますねー」
「ありがとうね」
スクラブのポケットからメモ帳を取り出し、患者の名前と一緒に「錠剤小さく」と書き殴る。そして私は隣のベッドへ移り、次々と患者の体調を確認していった。
すべてチェックが終わったら、病室から席を外す。すると誰かと肩がぶつかりそうになった。
「あなた! 急いでるからそこをどいて!!」
白衣姿の女性が廊下を走っている。その先では看護師の慌てた声と、ナースコールが聞こえた。




