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3.第一回実力テスト「リンゴ」(2/2)




このままじゃヤバい。


このテストは、制限時間内にクリアできないとマイナス1点の減点がされる。


俺と直樹はまだ3点あるから余裕があるが……今既に1点だけとなってしまった海斗は、クリアできなきゃ死んじまう。


(この学校の様子を見る限りじゃ……一年生から三年生までの全生徒がテストの対象だ。ウチの学校は全校生徒がおおよそ500人いる……。でも、リンゴは最初から100個しかない……)


つまり、どう足掻いても400人は減点されてしまう。


(くそったれ!なにがよい子テストだ!400人は無慈悲に減点されるテストなんだったら、リンゴは奪い合って当然だ!こんなんでよい子かどうかとか分かるもんか!)


テストを進行させている天使へのヘイトが、どんどんと募っていく。


だが、進行役の天使に何か暴力行為や反抗した態度を見せれば、それが3点や4点級の……即死レベルの減点対象になる可能性が高い。下手な反抗は絶対しない方がいい。


となれば、もう後はこのテストを……言われたとおりの手順でクリアするしかない。


「優太郎くん、これからどうする?」


直樹から声をかけられた。


「直樹、お前も気がついてると思うが……海斗はもう残り1点で、このテストをクリアしないと、死んでしまう」


「……うん」


「今からすぐに、手分けしてリンゴを探そう。そして、もし見つけることができたら……海斗に分けてやって欲しい。もちろん、俺もそうするつもりだ」


「……僕と優太郎くんは、まだ点数に余裕があるから、海斗くんを優先させるってことだね?」


「ああ。だがこれは、あくまで俺の要望だ。お前が自分の分を優先したいって思うなら、それでもいい」


「いや、いいよ。見つけたら海斗くんに渡す」


「直樹……」


「僕だって、友だちが死ぬところを黙って見てたくない」


直樹は額に汗をかきながら、真剣な眼差しで俺を見つめていた。


「ありがとよ、直樹」


「ううん、いいんだ」


「さて、と。海斗!泣きたくなる気持ちは分かるが、今は俺の話を聞いてくれ!」


三角座りをして泣いていた海斗の肩を揺さぶって、俺は直樹と話した内容を伝えた。


海斗は小さな声で「わりい」と言ってから、ようやくすっと立ち上がった。


そうして俺たちは、三手に分かれてリンゴを探すことにした。海斗は体育館方面、直樹は職員室方面、そして俺は教室方面へと走った。


何かあった時のために、スマホは常に他二人と電話を繋いだ状態にしていた。


『ダメだ、見つからないや』


手に持っているスマホの向こう側から、直樹の声が聞こえてくる。


『こっちもダメだ、全然分からねえ……』


海斗の方も、弱気な声でそう呟いている。


「大丈夫、まだ絶対残りがあるはずだ。根気よく探そう」


『だけどよお……もう、もう本当に見当たらねえんだよ』


「最初の10分とかで、目につきやすいリンゴは取られるから、後は見付けにくい場所にあるはずなんだ。絶対ある!そう信じようぜ海斗!」


『……………………』


海斗のか細い吐息が、微かに聞こえていた。


(うう……に、臭いがキツイ……)


廊下には、首のない死体がそこら中に転がっている。血だまりが廊下に流れていて、足の爪先でそれを踏みつける。 生臭い鉄の臭いに、頭がクラクラする。


時々「うっぷ」と吐きそうになりながら、なんとかリンゴを探し続ける。


『ねえ優太郎くん』


「なんだ?直樹」


『誰かのかじったリンゴじゃ、たぶん点数は入らない……よね?』


「……うーん、そうだな。やってみなきゃわかんねえけど、たぶん無理だと思う。確か天使も『リンゴは一人1個』って言ってたし」


『そう、だよね。誰もかじってないやつを探さなきゃ』


「ああ」


俺はお腹の中に溜まった重苦しい息を、ふうと細く吐いた。


(……本当に何が起きてるんだ?よい子テストだなんて、俺は今までに聞いたことがない。でも先生も警察も、みんなよい子テストをもともと知っている風な言い方だった)


大人の間では、これが常識なのか?互いに了解し合ってるものなのか?



ピンポンパンポン



『制限時間、残り15分。リンゴは、残り14個です』


(くそっ!いよいよもう後がない。どうにかしてリンゴを見つけないと……)


バクバクと心臓が鳴るのを必死に抑えながら、俺はリンゴを探し続けた。


『あった!リンゴだ!』


そう叫んだのは、海斗だった。俺はすぐに「あったのか!?」と彼へ言葉を投げかけた。


『ああ!体育倉庫の、跳び箱の中に隠れてやがった!』


「よかった!じゃあ、すぐにかじれよ!それでお前も生き残れる!」


『あ、ああ!』


そうして、リンゴをシャクっと齧る音が聞こえてきた。


(よし!これで海斗は救われた!)


俺は強張っていた身体の力が、すーっと抜けていくのを感じた。


『海斗くん!もうそこから一歩も動かないでね!テストが終わるまでは、そこでじっとして、何も話さない方がいい!』


『ああ、分かってる!もう減点はされたくねえからな!』


これでひとまずは安心だ。後は、俺も直樹もリンゴを見つけられたら、万々歳でテストを終えられる。


(確か天使は……このテストは3月31日まであるとか言っていた。この期間まで点数が0にならないようにするには、ここで少しでも点数をあげておくべきだ……!)


俺は抜けた気合いをもう一度取り戻すため、自分の頬を両手でパーンと叩いた。


(よし、探すぞ!)


そうして俺はまた、草の根を掻き分ける勢いで、リンゴを探していた。いろんな学年の教室の中に入って、ロッカーの中や教卓の中など、くまなく見て回った。



ピンポンパンポン



『制限時間、残り3分。リンゴは、残り2個です』


長い時間が経ち、校内にそのアナウンスがされたのと同時刻。


「やった!ついに見つけたぞ!」


俺はようやくリンゴを発見していた。そこは、二年B組の教室にある掃除用具入れの中だった。


(よし!これで俺もクリアに……)


そう思って、口を開けてリンゴをかじろうとしたその時。


「ねえ!お願いだから助けてよ!」


廊下の方から、懇願するような絶叫が聞こえてきた。俺はつい気になって、廊下へと出てみた。


廊下には、一人の女子生徒が床に座り込み、友だちらしき女子生徒のスカートを掴んでいた。 友だちらしきその女子生徒の手には、リンゴがあった。


「私!もう1点しかないのよ!クリアできなかったら死ぬのよ!?私が死んでもいいの!?」


床に座っている女子生徒は、喉が枯れるほどにそう叫んでいた。


待てよ、あの女子生徒、どこかで見たことあるような……?



──私が読者モデルやってるの、知ってるでしょ?写りの悪い写真投稿して人気落ちたら、どう責任取ってくれるのよ?



「あ……」


そうだ、思い出した。あいつ、同じクラスの谷口 さやかだ。


今日の朝も、友だちに対して横柄な態度取ってた、あの意地悪な谷口だ。


「ねえ!あなた友だちでしょう!?だったら、あなたには私を助ける義務があるわ!さっさと私のこと助けなさいよ!」


「……………………」


「そのリンゴ、寄越しなさいよ!あなたはまだ2点あって、点数に余裕あるじゃない!私の方を優先すべきよ!分かるわよね!?」


谷口はこんな局面になっても、相変わらず横柄な態度だった。いや、こんな局面だからこそ、いつもの本性が出るのだろう。


「……友だち?友だちだって?」


リンゴを持っている女子生徒は、眉をしかめてそう言っていた。 そして、パシンッ!と谷口の手を払うと、彼女ははっきりとした口調でこう言った。


「あなたを友だちなんて、思ったことないから」


「な、なんですって!?」


谷口は目を大きく見開いて、そう叫んだ。


「いつもいつも、私たちをバカにして……。ほんと、心底ムカついて仕方なかった」


「な、何よ……!ちょっとした冗談じゃないの!」


「冗談?あれを冗談だと思ってるなら、いよいよあなたのことなんて友だちと思いたくない」


「な……!」


「あなたみたいな『悪い子』が、よく今まで生き残ってたね。でも、もうそれもここで終わり」


女子生徒は心底冷たい眼差しを、谷口へと送った。


「さようなら、さやかちゃん」


そうして、彼女はリンゴを持ったまま、廊下の奥へと走り去ってしまった。


谷口はすっかり腰が抜けてしまってるみたいで、廊下にへたりこんだまま、遠ざかっていく彼女の背中を凝視するばかりだった。


「や、止めてよ……」


谷口の声が、弱々しく掠れていた。


「止めてよ、嘘でしょ……?お、お願いよ、戻ってきてよ。今までのこと謝るから。ねえ、お願いよ。もうバカにしたりしないから。ねえ、ねえ、ねえ!」


そうして谷口は、思い切り泣きくじゃりながら、「戻ってきてよーーーー!」と絶叫した。


「うわああああああ!!!ああああああああああ!!」


「……………………」


周りの目も気にせず、子どものように泣き叫ぶ彼女の背中を、俺は黙って見つめていた。


その姿は、俺が登校前に助けようとした、迷子の女の子の姿にそっくりだった。



ピンポンパンポン



『制限時間、残り30秒。リンゴは、残り1個です』


……残り1個。


つまり、今俺が持ってるこのリンゴが、最後の1個ってわけか。


「……………………」


正直言って、谷口がこんな目に遭ってるのは、自業自得だと思う。


彼女の態度は、間違いなく悪かった。あんなの、敵意を持たれて当然の行いだ。 身から出た錆……。


ここで彼女が死ぬのは、もう避けようのない運命だ。悪いことばっかりする谷口がいけないんだ。


そう思いながら、俺は彼女に背を向けて、リンゴをかじろうとした。


「うう……ううう……」


だが、背中越しに、谷口のすすり泣く声が耳に届く。それを聞いていると、胸がズキズキと痛んで、開いた口がまた閉じてしまう。


「……い、嫌よ。お願い……」


「……………………」


「死にたくない、死にたくない……」


「……………………」


「ううう、やだ、怖い……怖い……。助けて、助けてよ……ママ……」


「……………………」


俺は、目をぎゅっと閉じた。そして、思い切り歯を食い縛った。



ピンポンパンポン



『制限時間、残り20秒。リンゴは、残り1個です』


「……谷口!」


意を決した俺はくるりと振り返り、彼女の名前を呼んだ。俺がいることに気がついていなかった彼女は、びくっと肩を震わせて、俺の方へ目を向けた。


「これ、やる!」


俺はすっと腕を伸ばして、リンゴを彼女の前に差し出した。


「え……?」


「早く!もう時間がないぞ!」


「な、なんでくれるのよ……?」


「俺はまだ点数に余裕がある!だから……だから仕方なくだ!」


「……………………」


「はっきり言うぞ!ほんとはお前なんかにあげたくない!でも……目の前で死なれるのも後味が悪いんだよ!さあ早く!受け取れってば!」


「……………………」



ピンポンパンポン



『制限時間、残り10秒、9秒、8秒』


くそっ!カウントダウンが始まった!


「谷口!早く!早く受けとれって!!」


「……………………」


俺からそう促されて、彼女はリンゴを手に取った。震える口で、たとだとしくリンゴをかじった。


そうしたら、彼女の頭上にある点数が1点追加されて、合計2点となった。


「よし!これでお前はクリアだ!谷口!そのリンゴをまた俺へ渡してくれ!」


「え?」


「いいから早く!」


谷口は困惑しながらも、俺へとまたリンゴを返した。俺は直ぐ様そのリンゴにかじりつき、パッと自分の頭上の点数を確認した。


だが、加点はされていなかった。点数は3点のまま、動いていなかった。


(くそ……!やっぱり誰かが最初にかじったリンゴじゃ、加点はされないよな……!)


望み薄だと分かっていながらも試してみたが……やはりダメだったようだ。


仕方ない、もう今回は……やるだけのことはやった。大丈夫、減点されるのは1点だけだ。ここで死ぬわけじゃない。大丈夫、きっと大丈夫だ……。


『5秒、4秒』


俺は何度も深呼吸をして、目を瞑った。目蓋の裏に、今まで死んでいった人たちの姿が浮かんで、思わず拳を握り締めた。


『3秒』


『2秒』


『1秒』



キーンコーンカーコーン



校内全体に、チャイムが鳴り響いた。そして、それと同時に天使のアナウンスが流れ始めた。


『みなさま、お疲れ様でした。これにて、第1回実力テストを終了します』


「……ねえ、ちょっと」


谷口から声をかけられて、俺はまた目を開けた。彼女は俺の頭上を指さして、「なんでそんな点数なの?」と告げた。


どういうことか意図が分からなかった俺は、ふっと顔をあげた。


「……え?」


俺は思わず、声を出してしまった。てっきり俺は、テストをクリアできなかったから、3引く1の2点……。その点数になると思っていた。


だが、実際に頭上に浮かんでいる数字は、『8』だった。


「は、8点……?なんだ?5点も加点されてるぞ?」


その疑問へ回答するかのように、天使のアナウンスがまた流れた。


『第1実力テストの結果を発表します。死亡者、57名。クリア未達成、331名』


「………………」


『そして、ノーマルクリア、89名。トゥルークリア、23名』


「……?ノーマルクリア?トゥルークリア?一体、なんの話だ?」


俺が疑問に思ったその瞬間に、天使が答えを示した。


『ノーマルクリアの条件は、制限時間内にリンゴをかじること。トゥルークリアの条件は、自分が見つけたリンゴを、他人へ譲渡することです』


「!」


『ノーマルクリアの者には、+1点。トゥルークリアの者には、+5点の得点が加えられます』


そこまでの説明をしたら、天使はまた『お疲れ様でした』と言って、アナウンスを終了させた。


なるほど、俺は知らず知らずの内に、トゥルークリアの方を達成していたのか。だから点数が8点に……。


「……………………」


点数が増えて嬉しい、と思うのはほんの一瞬だった。そのすぐ後に、堪えきれないほどの怒りが込み上げてきた。


(……まさか、意図的に伏せられてたのか?トゥルークリアの条件は)


あの天使の連中は、この極限の中で善い行いができるかどうかを測ってやがる。


だからノーマルクリアの方だけが事前に知らされていて、トゥルークリアの方は伏せられていたんだ。リンゴをあげても点数が貰えることを知っていたら、みんなそっちに流れるからだ。


(……クソ野郎)


俺は心の中で、天使に向かって毒づいた。口に出したら減点される可能性があるから、心の中でしかそう言えなかった。


(お疲れ様でしただと?ふざけやがって。この一回のテストだけで、一体何人死んだと思ってるんだ……)


目の前にある景色が、じんわりと滲んでいく。 俺は拳を、力いっぱい握り締めた。爪が手の平に突き刺さり、じくじくと皮膚を痛めた。


俺が怒っている一番の理由は、人をたくさん殺したからじゃない。人の心を試すようなことをして、生き死にを弄んでやがるところだ。


なにがよい子テストだ!ばか野郎!


(クソ、クソ、クソ!見てろよ天使ども!)


──何がなんでも、絶対生き残ってやる。


俺は眼から溢れる涙を拭いて、顔を上げた。


これが、生き死にを懸けた地獄のテスト……その第一回実力テストの結末だった。




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