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魔剣に選ばれなかった俺、地味な基礎剣術で勝利する  作者: 汐見 ゆゑ


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8/13

8. vs 地竜

 地竜は、予測どおり涸れ谷へ入った。


 そこから先は、予測を超えていった。


「鎖、保ちません!」


 太い脚が一歩進むたび、張り巡らせた鎖が音を立てて千切れる。杭は踏み潰され、即席の柵は尾の一薙ぎで宙を舞った。


「弓、放て!」


 崖上から矢の雨が降る。鱗に当たり、全て弾かれた。火矢も試した。鱗の表面を焦がしただけだった。


「効いてない……嘘だろ、あの装甲……」


 俺は谷の側面を並走しながら、地竜の体を観察し続けた。


 鱗は瓦のように重なり、下の一枚が上の一枚に覆われている。継ぎ目はある。あるが、静止状態では隙間がない。


 なら、動く瞬間だ。


 首を伸ばす時。踏み込む時。体を捻る時。鱗と鱗は、どこかで開くはずだ。竜も生き物だ。生き物は、動けば必ず形が変わる。


「リシア! 一度、首を上げさせてください!」


「承知!」


 リシアが地竜の真正面へ躍り出た。長槍が鼻先を打つ。硬い鼻鱗に傷はつかない――が、目障りではある。地竜の金色の目が彼女を捉え、首がぐっと持ち上がった。


 見えた。


 首の付け根、顎の下。首を反らした瞬間、喉元の鱗が扇状に開く。開いた奥に、暗い色の――皮膚。


 あそこだ。


 俺は岩を蹴り、跳んだ。開いた継ぎ目へ、刃筋を立てて、全体重を乗せた一閃。


 手応え。


 ――浅い。


『ォオオッ!』


 地竜が身をよじった。喉元に赤い線。だが、それだけだ。皮膚まで届いて、皮膚の下の筋までは断てていない。竜の首は、太すぎた。


 まずい、と思った時には、視界の端で尾が唸っていた。


 跳んで避けた。避けきれた――俺は。


 尾の先端は俺を掠めて岩壁を打ち、砕けた岩の破片が、退避の遅れた槍兵二人を薙ぎ倒した。


「衛生兵! 二人下げろ!」


 悲鳴と怒号。陣形が揺れる。


 俺は着地して、剣を握り直した。掌が汗で滑る。


 届かなかった。俺の最速の、最善の一撃で、届かなかった。


 なら、もう一度。今度はもっと深く踏み込んで、もっと長く密着して――駄目だ、それは相討ち狙いだ。あの尾の間合いで密着を続ければ、確実に潰される。


 一人で、もう一段深くへ。


 その考えが顔に出ていたのだろう。


「アルトぉ!」


 デグの怒鳴り声が飛んできた。彼の班は、崩れた陣形を送り足で立て直しながら、地竜の後脚へ槍を突き入れているところだった。


「一人で突っ込む顔してんじゃねえぞ! 教わったんだよ俺たちは! 『追いすぎるな』ってなあ!」


 ……まったく。


 教えた言葉が、そのまま俺に返ってくる。


 深呼吸を一つ。頭が冷えた。


 考えろ。一撃が浅かった原因は何だ。


 角度は正しかった。刃筋も通った。足りなかったのは――深さ。俺の踏み込みだけでは、竜の首の太さに対して、刃の進む距離が足りない。


 なら、深さはどこから持ってくる?


 ……向こうから、来てもらえばいい。


 竜自身の体重。竜自身の踏み込み。奴が自分から俺の刃へ突っ込んでくる形を作れば、俺の踏み込みに竜の突進が上乗せされる。


 そのためには、竜が「全力で踏み込みたくなる餌」がいる。


 俺は叫んだ。


「リシア! 聞いてください! 次で決めます! ――あなたを、餌にします!」


「はっ! 言うようになったな!」


 リシアは槍を構え直しながら笑った。


「注文は!」


「谷の出口側、正面十歩! 竜が踏み込んだら、避けずに――いや」


 言い直す。信じろ。彼女の技量を。彼女の判断を。


「あなたのやり方で、生き延びてください! デグ! 竜の左後脚、次の三十秒だけ全力で重心を崩せ! 弓は右目! 右目だけでいい!」


「おうよ!」

「右目な! 任せろ!」


 それぞれの声が返ってくる。


 誰も、できるかどうかを聞かなかった。


 全員が、やると言った。



 リシアが、谷の出口へ走った。


 地竜の正面、堂々の十歩。逃げ場のない位置で、彼女は槍を構えた。


「来い、トカゲ! 水場はこの先だ! 私を踏み潰していけ!」


 挑発の意味など、竜には通じない。通じるのは動きだ。進路のど真ん中で、ちょろちょろと目障りに動き続ける小さな敵。


 弓隊の集中射が、右目の周りに集中する。刺さらずとも、まぶたは瞑る。右の視界が削られ、竜の意識は正面のリシアただ一人へ狭まっていく。


 デグの班の槍が、左後脚の同じ一点を、執拗に、執拗に叩く。


『ォォオオオッ!』


 苛立った地竜が、ついに、前傾した。


 全体重を前へ。目障りな正面の敵を、頭から押し潰す構え。


 左後脚が、デグたちに崩された重心を補うため、大きく踏ん張り――その反動で、首が、限界まで前へ伸びた。


 喉元の鱗が、扇状に、開く。


 この一瞬は、俺のものじゃない。


 リシアが命懸けで作った。デグの班が三十秒叩き続けて作った。弓隊が矢を注ぎ込んで作った。


 全員で作った、一瞬だ。


 ――だから、外せない。


 俺は、すでに走り出していた。竜の突進と正対する斜め前、開いていく継ぎ目の延長線上。歩法・第二型、最後の三歩。呼吸を吐き切り、腰を落とし、刃筋を継ぎ目の角度へ。


 竜の突進速度と、俺の踏み込み。


 二つの速度が、正面から重なった。


 斬っている、という感覚はなかった。ただ、正しい場所に正しい角度で置かれた刃の上を、竜の首が自分から通過していった。


 ――どっ。


 と、遅れて音がした。


 地竜の巨体が、涸れ谷の地面へ倒れ込む。切断された首が、鱗を鳴らして転がる。土煙が上がり、静寂が落ち。


 パキ、と乾いた音がした。


 俺の手の中で、無銘の鋼剣が、鍔元から折れていた。


 十年間、俺と一緒に振られ続けた剣は、竜の首の最後の一枚を斬り抜けたところで、その役目を終えていた。


「…………倒し、た?」


 誰かの掠れた声。


「倒した……倒したぞ! 地竜だ! 地竜を倒したんだ、俺たちで!!」


 谷が、爆発した。


 兵たちが得物を放り出して抱き合い、崖上の弓兵が弓を振り回し、デグは腰が抜けたのか座り込んだまま吠えていた。


 リシアが、汗だくの顔で歩いてきた。


「見事だ、仕留め役」


「……そちらこそ。正面十歩は、頼んだ俺が言うのも何ですが、どうかしてます」


「褒め言葉として受け取る」


 夕刻、避難していた住民が戻ってきた。


 涸れ谷に横たわる地竜の骸を見た町の人々は、言葉を失い、それから、守備隊を囲んで歓声を上げた。


「英雄だ! 竜殺しの英雄様だ!」


 親方が俺の手を握って、ぶんぶんと振った。


「あんた、名前は! アルトさんか! アルト様が竜を斬ったんだな!?」


「……いえ」


 俺は、首を振った。


「斬ったのは俺です。でも、倒したのは北辺守備隊です。正面に立った副長がいて、脚を止めた槍兵がいて、目を塞いだ弓兵がいて――全員で倒しました。誰が欠けても、竜の首は落ちていません」


 本心だった。


 そして口にして初めて気づいた。功績を誰かに語ること。それを、俺は十年間、一度もしてこなかった。自分の功績は語れないままだが――仲間の功績なら、いくらでも語れる。


 それで、十分な気がした。


 数日後、王都から早馬が来た。


 地竜討伐の報は、俺たちの想像より速く、遥かに大きく王国を駆け巡っていた。曰く、無銘の剣の竜殺し。曰く、魔剣なしで竜の首を落とした剣士。書状には、王都での叙勲式典への招待が、仰々しい印章付きで記されていた。


「行くのか?」


 リシアに問われ、俺は書状を畳んだ。


「気は進みませんが、断れば北辺守備隊の立場に障るでしょう。……予算交渉の材料くらいには」


「言うようになったものだ」


 だが、その式典が開かれることは、なかった。


 書状から三日後の夜。


 砦の門前に、ぼろぼろの軍馬が倒れ込んだ。乗っていたのは、王都方面の前線から落ち延びてきたという負傷兵。魔剣騎士団の紋章の入った鎧は焼け焦げ、砕けていた。


 彼は、水を一口飲むと、譫言(うわごと)のように繰り返した。


「魔剣が……魔剣が、消えたんだ……」


「落ち着け。何があった」


 リシアが問う。負傷兵は、焦点の合わない目で虚空を見た。


「魔族の軍だ……魔将が出た……ヴァルガと名乗る、黒鉄の……奴が来ると、魔剣が沈黙する……炎も雷も、何も出ない……ただの、鉄の棒になる……」


「魔剣が、使えなくなる……?」


「先遣隊は、全滅に近い……第三、第五小隊も前線に……」


 第五小隊。


 俺は、思わず聞き返していた。


「第五小隊が、前線に? 生存者は」


「わからない……何も、わからない……ただ、あの魔将は言ったんだ……戦場全部に響く声で……」


 負傷兵は、震える両腕で自分を抱いた。


「『武器の声が消えただけで、貴様らは立ち方すら忘れる』……そう言って、笑いもせずに、騎士団を……」


 北辺の夜風が、急に冷たくなった気がした。


 魔剣を封じる、魔将。


 魔剣に依存しきった、王国。


 そして――魔剣を持たない剣士は、この国に、どれだけいる?


 俺は、折れた剣の代わりに支給された、真新しい無銘の鋼剣の柄へ、静かに手を置いた。

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