7. 地竜
鉱山町ドルガの会議所は、怒号で満ちていた。
「避難だと!? 冗談じゃない! 精錬炉を止めたら再稼働に半月かかるんだぞ!」
町の代表者――鉱山組合の親方が、机を叩いた。
「だいたい地竜と決まったわけじゃなかろう! 爪痕だけで町を空にしろと!?」
「爪痕の深さと間隔から、体長はおよそ十五から二十メートル」
リシアは地図の上に、斥候の測定値を並べた。
「北辺の記録にある魔物で該当するのは地竜のみ。五十年前の目覚めでは、町が二つ消えている」
「なら魔剣騎士団を呼べ! 竜殺しは魔剣の仕事だろうが!」
「要請は昨夜のうちに早馬で出した。回答はこれだ」
リシアが読み上げた返答文を、俺は隣で聞いた。
――辺境の目撃情報のみでは派遣基準を満たさず。正式な被害報告の後、編成を検討する。到着まで最短でも七日。
「七日……」
親方が呻いた。
「被害報告の後、ってのはつまり、町が一度潰れてから来るってことか」
中央とは、そういう場所だ。
俺は口を挟んだ。
「鉱山内部の地響きの間隔が、昨夜から半分になっています。目覚めは近い。おそらく今日か、明日」
「あんたが例の……元騎士団の。じゃあ聞くが、あんたなら地竜を斬れるのか!」
「分かりません」
正直に答えた。会議所がざわめく。
「戦ったことがないので、断言はしません。ただ、一つだけ確かなことがあります。地竜が出た時、この町に人がいれば、人が死ぬ。いなければ、死なない。……建物や炉は、後で直せます」
「暮らしはどうなる! 誰が責任を取る!」
「私が取る」
リシアが立ち上がった。
「北辺守備隊副隊長の権限で、ドルガ全域に強制避難命令を出す。組合への補償は隊の名で中央へ申請する。恨むなら私を恨め。――ただし、恨むためには生きていてもらう」
親方は、しばらくリシアを睨みつけ、それから、どかりと椅子に沈んだ。
「……くそっ。三時間だ。三時間で炉を落として、帳簿と道具だけ持たせる」
「十分だ。感謝する」
会議所を出ると、リシアは俺へ地図を渡した。
「アルト。迎撃地点の選定を任せる。あんたの目で選べ」
「……いいんですか。俺は入隊して十日の新入りですが」
「十日で城壁防衛を成功させた新入りだ」
彼女は、にこりともせずに言った。
「それとも、まだ『任される』のは怖いか?」
俺は地図に目を落とし、答えの代わりに一点を指した。
町の南西、避難路から最も遠い場所。両側を岩壁に挟まれた、幅の狭い涸れ谷。
「ここで止めます」
その時、足元が、微かに揺れた。
鉱山の方角から、低い、長い、地鳴り。
目覚めの音だった。
◇
涸れ谷に、守備隊の総力が集められた。
杭と鎖。荷馬車を潰して作った即席の柵。崖上には弓兵。谷底には槍兵の三重列。
「地竜の進路は、鉱山から水脈へ向かう。五十年前もそうだった。目覚めた竜は、まず水を飲む」
ガルドが杖で地図を叩きながら言った。この爺さん、当然のように作戦会議に混ざっている。しかも五十年前の地竜を、どうやら実際に見ているらしい。
「水脈へ最短で向かえば、この涸れ谷を通る。読みは正しいわい。……で、若いの。どう戦う」
「役割を三つに分けます」
俺は隊員たちの前で、地面に図を描いた。
「一つ。正面で注意を引き続ける『顔』の役。地竜の目と牙を、常に自分へ向けさせる。二つ。両脇から脚を叩く『足止め』の役。倒せなくていい。歩幅を乱すだけでいい。三つ。……弱点を探して、仕留める役」
「そんで、アルトさんが『顔』をやるんだろ?」
デグが当然のように言った。俺は、頷きかけて――止まった。
違う。
一番危険な「顔」を俺がやり、脚も俺が叩き、弱点も俺が探す。いつもの俺なら、そう組む。そして三百歩の城壁で失敗した、あの形にまた戻る。
「……いえ。俺は、仕留め役をやります」
言葉にするのに、思ったより力が要った。
「弱点がどこかは、まだ分かっていません。戦いながら探すしかない。探すことと仕留めることに、俺は集中します。だから――」
俺はリシアを見た。
「『顔』を、頼めますか。一番危険な役です。地竜の正面に立ち続けて、牙と尾を引きつけて、それでも死なないでほしい。……勝手なことを言っているのは、分かっています」
リシアは、わずかに目を見開き。
それから、初めて見るような、不敵な笑みを浮かべた。
「十日目にして、ようやく人に仕事を頼んだな、新入り」
長槍の石突きで、とん、と地を突く。
「引き受けた。北辺で一番しぶといのは私だ。デグ、足止めはお前の班だ」
「うへえ、竜の脚ですかい。……ま、間隔と送り足ってやつでやりますか」
配置が決まっていく。誰も俺の采配に異を唱えない。それが、怖くもあり――少しだけ、誇らしくもあった。
最後の避難民の荷車が峠を越えた、との伝令が届いたのは、日が中天を過ぎた頃。
ほぼ同時に、鉱山の入口が、内側から爆ぜた。
岩塊を撒き散らして、それは姿を現した。
鈍色の鱗に覆われた巨体。太い四肢。岩壁を削りながら進む尾。頭部から背へ連なる鱗は、一枚一枚が盾のように分厚い。
体長、目測十八メートル。
地竜は、金色の目で世界を睥睨し――咆哮した。
『ォォォォオオオオオッ!!』
空気が震え、崖の小石が落ちた。並の兵なら、この声だけで足が止まる。
「怯むな! 配置につけえっ!」
リシアの号令が、咆哮を斬り裂いた。




