3 アルトの戦い
村の入口は、炎で塞がれていた。
柵と荷車に火が放たれ、退路を断たれた村人たちが広場の方へ追い立てられていく。魔物の唸り声。武装した男たちの怒声。
盗賊団だ。それも、魔物を鎖で使役する類の。
「囲め囲め! 逃がすんじゃねえぞ、若いのは売り物になる!」
下卑た声が聞こえる。俺は燃える柵の切れ目から村へ入った。
手近の農具小屋の陰で、老人が腰を抜かしていた。孫らしい男の子を背に庇っている。
「に、逃げ道が……どこも火が……」
「東の家畜柵の裏。あそこは土が湿っていて火が回っていない。柵板を二枚外せば人が通れます」
走りながら見てきた地形を、そのまま伝える。老人が目を見開いた。
「あ、あんた、騎士様か……?」
一瞬、答えに詰まった。
騎士か。違う。昨日までは騎士団の一員……いや、騎士ですらなかった。補助剣士。それも今日からは、ただの。
「――ただの、通りすがりです」
それだけ言って、老人の前へ出た。
獣型の魔物が二体、こちらへ気づいて駆けてくる。狼に似ているが、倍は大きい。鎖付きの首輪。盗賊どもの猟犬か。
一体目が跳んだ。
跳んだ獣は、空中では方向を変えられない。着地点へ半歩先に入り、伸びてきた首を落とす。二体目が仲間の死に怯んだ、その硬直も見逃さない。踏み込み、一閃。
二秒。
「ひ……」
背後で老人が息を呑む音がした。
「東の柵裏へ。途中で会った人にも伝えてください。走れない人には肩を貸して」
「あ、ああ……! あんた、名前は」
「早く」
老人と子どもが走り出す。
俺は広場の方へ向き直った。指揮権はない。村人へ命令する資格もない。だから、やることは一つだ。誰よりも先に、一番危ない場所へ立つ。
広場では十数人の村人が、盗賊と魔物に囲まれていた。
「おうおう、揃ってやがる。……あ? なんだてめえは」
盗賊の一人が俺に気づいた。
「その人たちから離れろ。今なら追わない」
「はあ? 一人で何を――」
最後まで言わせず、距離を詰めた。
盗賊の剣は喧嘩の剣だ。振りが大きく、足が居着いている。峰で手首を打ち、剣を落とさせ、返す刀の柄頭で顎を打ち抜く。一人目が崩れ落ちる前に二人目の懐へ入り、同じように沈める。
殺す必要はない。こいつらは後で守備隊に突き出す。
「な、なんだこいつ……!」
「魔物をけしかけろ! 食わせちまえ!」
鎖が外され、獣型が三体、同時に放たれた。
多方向からの同時攻撃。悪くない判断だ。だが、三体の足の速さが揃っていない。同時に放っても、届く順番は必ずずれる。
速い順に、一体ずつ。
最初の一体を斬り伏せた時、村人の誰かが叫んだ。
「あんた、後ろ!」
振り向かない。声の方向と魔物の足音で位置は分かる。体を開いて突進を空振りさせ、すれ違いに仕留める。三体目は俺を警戒して足を止めた――その迷いが命取りだ。踏み込み一歩、それで終わる。
広場が静かになった。
村人たちが、呆然と俺を見ていた。
「す、すげえ……騎士様だ……」
「魔剣も使わずに……」
違う、と言いかけた時だった。
広場の奥、崩れた鐘楼の上に、杖を持った男が立った。盗賊団の魔術師。その杖の先に、みるみる炎が膨れ上がっていく。
やけくそになったのだろう。あの大きさの火球を広場に落とせば、盗賊の仲間ごと村人が焼ける。
「て、てめえ、正気か!?」
盗賊さえ悲鳴を上げた。
火球が、放たれた。
燃える塊が空を裂いて落ちてくる。
村人は逃げられない。広場の中央に固まった彼らでは、散開が間に合わない。俺が庇える人数でもない。
なら、迎え撃つだけだ。
――魔術は、斬れる。
最初にそう気づいたのは五年前だ。詠唱を持つ魔術には、必ず構造がある。魔力の器、力の中心、進行方向。人間の技である以上、必ず「作り」があり、作りがあるものには、必ず継ぎ目がある。
見るべきものは炎じゃない。
熱で歪む空気の流れ。火球の表面を巡る魔力の渦。渦が一点に集まる場所――あれが力の中心。術者の杖先から伸びる軌道線が、進行方向。
中心は、火球のやや後方下部。
そこだ。
俺は火球の落下点へ、自分から踏み込んだ。
「あんた、死ぬ気か!?」
誰かが叫ぶ。
呼吸を吐き切る。構えは上段ではなく、脇構え。刃筋を魔力の渦に合わせ、力の中心へ向かって――斜め下から、斬り上げる。
手応えは、薄い絹を裂くのに似ていた。
火球が、真っ二つに割れた。
制御を失った炎は左右へ散り、広場を挟んだ無人の地面を焦がして掻き消える。熱風が渦を巻き、俺の外套の裾を叩いた。
静寂。
「……は?」
最初に声を出したのは、鐘楼の上の魔術師だった。
「斬った……? 火球を? 剣で??」
ありえない、と男は喚いた。
「魔剣だ! そいつ、魔剣を隠し持ってやがるんだ!」
「これは量産品の鋼剣だ」
俺は剣を掲げて見せた。無銘の刀身が夕日を照り返す。宝玉もなく、魔力の輝きもない、ただの鋼。
「魔術は魔力の塊じゃない。構造物だ。構造には必ず継ぎ目がある。継ぎ目に正しい角度で刃を入れれば――こうなる」
「わ、分かるかそんなもん!!」
魔術師が再び杖を振り上げた、その時。
地響き。
村の門を突き破って、巨大な影が現れた。全身を鉄の鎧で覆われた、熊に似た大型魔物。盗賊団の切り札か。体高は三メートル半。鎧の隙間からのぞく毛皮は岩のように硬そうだ。
「ハハッ、こいつはさすがに斬れねえだろ! 鎧鬼熊だ! 騎士団の魔剣でも手こずる化け物だぞ!」
鎧鬼熊が突進してきた。
確かに、正面からは斬れない。鎧の上から斬りつけても刃が滑るだけだ。力比べなど論外。
だが――鎧を着ているのは、鎧の下が柔らかいからだ。
突進を半身でかわす。巨体は止まれない。通り過ぎる横腹、鎧の板と板の継ぎ目、そこを浅く裂く。
『ガアッ!?』
膝の裏。鎧はどう作っても関節を完全には覆えない。曲がる場所は、覆えば動けなくなるからだ。
一撃。膝裏の腱。
巨体が傾ぐ。
二撃。逆側の脇の下。
前脚が崩れる。
落ちてきた首、その鎧の縁と頭骨の間、指二本分の隙間へ――三撃目。
鎧鬼熊は、音を立てて崩れ落ちた。
三撃。力はいらない。必要なのは、どこを、どの角度で、いつ斬るかだけだ。
「ば、化け物だ……」
盗賊たちが後ずさった、その背後で。
「――北辺守備隊! 全員、武器を捨てろ!」
蹄の音と共に、騎兵の一団が村へ駆け込んできた。実用一辺倒の軽装鎧。先頭にいるのは、濃い金髪を後ろで束ねた長身の女性騎士だった。手にした長槍が、逃げようとした盗賊の足元を正確に払い、転がす。
守備隊が残党を縛り上げていくのを横目に、女性騎士は馬を降り、まっすぐ俺のところへ歩いてきた。
値踏みする目、ではなかった。検分する目だ。俺ではなく、俺の足元の鎧鬼熊と、広場に残った火球の焦げ跡を順番に見て、最後に俺の剣へ視線を止めた。
「その剣、見せてもらっていいか」
「……どうぞ」
差し出すと、彼女は刀身を矯めつ眇めつし、柄を確かめ、それから小さく息を吐いた。
「本当に、ただの鋼だな」
「ええ」
「鎧鬼熊を三撃。着弾前の火球を迎撃。それを量産品の剣で」
彼女は剣を返し、名乗った。
「リシア。北辺守備隊の副隊長だ。……あんた、名前は」
「アルト。……元、魔剣騎士団の補助剣士です」
「元?」
「今日、追放されました。魔剣に選ばれなかったので」
自分で口にして、乾いた笑いが出そうになった。だがリシアは笑わなかった。眉一つ動かさず、ただ「そうか」とだけ言った。
「なら、ちょうどいい。話がある。……その前に」
彼女は振り返り、村人たちへ声を張った。
「北辺守備隊だ! 負傷者は広場へ! 診療所の場所を教えてくれ!」




