2 アルトの追放
王都の中心にある選剣殿は、百年前に最初の魔剣が発見された場所に建てられたという。
白い石造りの大広間。祭壇には十数振りの魔剣が安置され、それぞれが淡い光をまとっていた。炎を宿す剣、雷をまとう剣、氷を纏う剣。どれも美しく、どれも、俺には一度も応えたことのない剣だ。
選剣式は公開の儀式だ。回廊には見物の騎士や貴族が並び、志願者が祭壇へ進むたびにざわめきが起こる。
「次、ラウル!」
選剣官の声に、金髪の青年が進み出た。十七、八といったところか。歩き方に自信が満ちている。
ラウルが祭壇の一振り――雷の魔剣に手を触れた瞬間、刀身が青白い光を放った。
バチィッ、と紫電が弾け、天井へ駆け上る。
「共鳴を確認! 雷剣《迅雷》、ラウルを選定!」
広間が喝采で満ちた。
「フェン家の三男か、やはり血筋は争えんな」
「十七歳で《迅雷》とは。騎士団の宝になるぞ」
ラウルは頬を紅潮させ、魔剣を高く掲げた。クライヴが進み出て、その肩を抱く。
「よくやった。今日からお前は第五小隊の騎士だ」
――第五小隊の。
その言葉に引っかかりを覚える間もなく、俺の名が呼ばれた。
「次、アルト!」
ざわめきの質が変わった。
「おい、またあいつか」
「七回目だろう、いい加減諦めればいいものを」
「二十二にもなって選剣式とはな。補助兵は補助兵らしくしていればいいんだ」
聞こえないふりをして、祭壇へ進む。
一振り目。炎の魔剣に触れる。
沈黙。
二振り目。氷の魔剣。
沈黙。
三振り目、四振り目。
沈黙。沈黙。
魔剣は温度のない金属の感触だけを返してくる。俺の掌の下で、それはただの、美しい置物だった。
――十年だ。
十年、毎朝三千回の素振りを欠かしたことがない。歩法は床が擦り切れるまで反復した。受け流しの角度は一度単位で体に刻んだ。雨の日も、熱のある日も、仲間を亡くした日の夜もだ。
それでも、届かない場所がある。
努力で埋まらない断絶が、この世にはあると――この祭壇は、七度目の沈黙で俺に告げていた。
「……共鳴なし。アルト、選定されず」
選剣官は淡々と告げ、それから、少しだけ声を落とした。
「アルト補助剣士。これは助言だが……騎士団法において、魔剣に選ばれぬ者は従騎士または補助兵までと定められている。どれほど剣技を磨いても、その規定は変わらん。君はもう、自分の道を考えるべき歳だ」
悪意のない言葉ほど、深く刺さるものはない。
回廊の嘲笑を背に、俺は選剣殿を出た。
外の光がやけに白かった。
石段の下に、クライヴが待っていた。
「アルト。小隊の編成を変える。詰所に来い」
その顔には、憐れみも、嘲りもなかった。
ただ、何かを片づける者の顔があった。
◇
第五小隊の詰所には、隊員の全員が揃っていた。
誰も俺と目を合わせなかった。その時点で、話の中身は分かってしまった。
「アルト・レイン。本日付で、お前を第五小隊から除隊とする」
クライヴの声は、報告室で聞くのと同じ、よどみのないものだった。
「ラウルの加入で小隊の魔剣使いは五名になった。火力は十分だ。よって補助剣士の枠は不要となる」
「……補助兵としてでも、残れませんか」
自分でも驚くほど、静かな声が出た。
「雑用でも構いません。詠唱中の護衛は、誰かがやらなければ――」
「護衛?」
クライヴは、初めて笑った。
「お前は何か勘違いをしているようだな。俺たちは魔剣騎士だ。護衛が必要な騎士などいない。今まで置いてやっていたのは温情だ。それを、まるで自分が小隊を支えていたかのような口ぶりか」
「そういう意味では――」
「素振りしかできない者へ払う給金はない」
断ち切るような一言だった。
「十年やって魔剣に選ばれなかった。それが答えだ、アルト。剣の神とやらがいるなら、神がお前を否定したんだよ。……荷物をまとめろ。日暮れまでに王都を出ろ」
俺は隊員たちを見た。
三年、共に戦った顔ぶれだ。俺が突進を逸らし、死角を埋め、詠唱の時間を稼いできた相手だ。
誰も、何も言わなかった。
一番若い隊員だけが、うつむいて、拳を握っていた。
――ああ。
そうか。これが答えか。
抗弁の言葉は、いくらでもあったはずだ。だが不思議と、何も出てこなかった。出てこない理由も分かっていた。俺自身、心のどこかで同じことを考えていたからだ。
魔剣に選ばれない剣士に、価値はない。
この国の全員がそう信じている。そして俺は、その「全員」に自分を含めることを、ついに拒みきれなかった。
「……お世話に、なりました」
頭を下げ、詰所を出た。
返却された装備は、着古した革鎧と、無銘の鋼剣が一振り。十年前、初任給で買った量産品だ。何度も研ぎ直し、柄も巻き替えて、それでも使い続けてきた。
◇
王都の北門を、俺は一人でくぐった。
夕暮れの街道は長い影を引いていた。北へ延びる道だ。北辺は魔物が多く、人手が常に足りないと聞く。傭兵でも、開拓村の警備でも、何かはあるだろう。
……何かは、あるだろう、じゃない。
足が止まった。
俺は、何になるつもりなんだ。
騎士になるため、十年振ってきた。その道が今日、閉ざされた。なら残った俺は何だ。剣を振ることしか知らない、二十二歳の、ただの――
風向きが変わった。
焦げた臭い。
顔を上げる。街道の先、丘陵の向こうに、黒煙が上がっていた。一筋ではない。数本。あの辺りに村があったはずだ。
黒煙の根元で、赤い光が弾けた。
火球だ。それも自然の火事ではない。あれは魔術の火だ。
体が勝手に前へ出て――止まった。
俺はもう、騎士ではない。
駆けつける義務はない。権限もない。報酬も出ない。俺が行って何になる。魔剣もない。肩書もない。素振りしかできない男が一人増えたところで――
風が、悲鳴を運んできた。
子どもの声だった。
……ふざけるな。
義務がなければ、走れないのか。
肩書がなければ、あの声を無視するのか。
それこそ、剣を握った意味がないだろう。
気づけば、俺は走っていた。
夕日を背に、黒煙へ向かって。
腰の無銘の剣が、鞘の中で小さく鳴った。




