13. vsクライヴ
数日後。王城の審議室。
王都解放の英雄として呼ばれたはずの席は、いつの間にか、騎士団上層部とクライヴの弁明の場になっていた。
「――繰り返し申し上げる。ヴァルガ戦の勝敗は、剣士の優劣を示さない」
クライヴは、査問の席とは思えぬ堂々とした声で述べ立てた。憔悴は隠せていないが、身なりは完璧に整え、《炎牙》を佩いての出席だった。
「封魔領域は魔剣を封じる。ゆえに魔剣を持たぬ者が『相対的に』有利となった。それだけのこと。魔剣が機能する通常の戦場でこそ、騎士の真の力量は測られる。……このアルト・レインは、確かに働いた。認めよう。だが騎士団を『魔剣に頼っただけの飾り』と評する風潮は、王国騎士の名誉に関わる」
彼は俺を指差した。
「加えて、第五小隊在籍時の記録を見よ。この男の功績は雑兵の処理のみ。地竜討伐も王都解放も、辺境の誇張された噂に過ぎぬ可能性がある。……よって、余の騎士資格の正当性と騎士団の名誉に賭けて、この者へ公開決闘を申し込む。魔剣の使用が認められた、正規の決闘規定でだ」
審議室がざわめいた。
上層部の何人かは渋い顔をした。だが、否とも言わなかった。……言えないのだ。「魔剣が万全なら騎士団は強い」という物語は、彼ら自身が百年かけて作ってきたものだから。
俺は、挙手した。
「受けます」
ざわめきが、大きくなった。
「一つだけ、条件を。……観覧を、自由にしてください。騎士だけでなく、兵も、従騎士も、街の人も。誰でも見られる場所で」
「ほう……公開処刑をご所望か」
クライヴが嗤った。
「いいだろう。衆目の前で、まぐれと実力の違いを教えてやる」
散会の後、廊下でリシアが並んできた。
「本当に良かったのか。負ければ、今までの全部が『まぐれ』にされるぞ」
「ええ」
「勝っても、私怨の決闘と言う者は言う」
「でしょうね」
「……その顔は、どっちも心配していない顔だな」
俺は、少しだけ考えて、答えた。
「五年前の俺に、見せたいだけです。……魔剣に選ばれなくても、剣士を名乗っていいんだと。多分、明日の広場には、あの頃の俺みたいな顔をした兵士が、たくさん見に来るので」
翌日、王都中央広場に、即席の決闘場が組まれた。
観覧は、立錐の余地もなかった。
◇
正午の鐘が鳴った。
決闘場の中央で、俺とクライヴは十五歩の距離で向かい合った。
クライヴは磨き抜いた白銀の鎧。腰の《炎牙》の赤い宝玉は、太陽の下で燃えるように輝いていた。封魔領域の消えた今、あの魔剣は王国屈指の火力を取り戻している。
対する俺は、いつもの革鎧。手には、地竜戦の後で支給された、無銘の鋼剣。
「その剣か」
クライヴが、鼻で笑った。
「王家から宝剣の下賜の申し出があったそうだな。断ったと聞いて、正気を疑ったぞ」
「使い慣れているので」
「最後まで、貧乏くさい男だ」
審判役の老騎士が、両者の間に立った。
「これより、騎士資格の正当性を賭けた公開決闘を行う! 双方、得物に制限なし! 降参、戦闘不能、または審判の停止勧告をもって終了とする! ――双方、構え!」
俺は、正眼に構えた。
クライヴは《炎牙》を抜き放ち、頭上に掲げた。刀身に炎が渦を巻き始める。
「見せてやろう、アルト。貴様が十年かけても届かなかった、選ばれた者の力を!」
「――始めッ!!」
開始の瞬間、クライヴは動かなかった。
動かず、溜めた。
最初から、最大奥義。小細工なしの、彼にとっての必勝手順。距離十五歩は、彼の火力の間合いだ。近づく前に焼き払えばいい――第五小隊で百回見た、彼の戦い方。
だが、俺は知っている。
この十五歩を守っていたのは、いつも、誰だったか。
俺は、歩いて距離を詰めた。走りもしなかった。
「舐めるなアアアッ!!」
《炎牙》が振り下ろされ、炎の奔流が解き放たれた。
奥義《焔咬・極》。大型オークを一撃で消し炭にする、あの技の完成形。炎は巨大な顎の形を成し、決闘場の床板を焼きながら、俺へ殺到した。
観衆の悲鳴が、遠くに聞こえた。
――見るべきものは、炎じゃない。
熱で歪む空気。魔力の渦が集まる一点。術者の踏み込みの深さと、刃の軌道が指す方向。火球だろうと火炎の奔流だろうと、魔術は構造物。構造には、必ず継ぎ目がある。
《炎牙》の炎は魔剣の刀身から放たれる。ならば力の中心線は、クライヴの刃筋の延長線上、ただ一本。
そこを、外して、割る。
俺は炎の奔流へ、自分から踏み込んだ。中心線のわずか左、魔力の密度が最も薄い境界へ、刃筋を立てて――斬り上げた。
炎が、割れた。
左右へ裂けた火炎が、俺の両脇を奔り抜けて、背後の空へ散った。熱風が外套を焼く。だが、俺は燃えていない。
炎の壁が割れた、その向こう。
技を撃ち終えた直後の、無防備なクライヴの顔が、あった。
「な……」
魔剣の大技には、長い溜めと――使用後の、大きな隙がある。
あなたの隊で十年、その隙を埋め続けたのは、誰でしたか。
俺は最後の三歩を踏み込んだ。クライヴは慌てて《炎牙》を引き戻し、斬りかかってきた。剣筋は、悪くない。名門の子息として、一通りの剣は習っている。
だが――「一通り」だ。
斬り下ろし。見てから受け流せる。俺は刃を斜めに合わせ、力の方向を、彼の体勢が最も崩れる外へ、導いた。
基本の、受け流し。
新兵が最初の年に習い、魔剣騎士が最初の年に捨てる技術。
クライヴの体が泳ぎ、《炎牙》が――彼の手を、離れた。
赤い宝玉の魔剣は、くるくると宙を舞い、決闘場の床に突き立った。
クライヴが、それを拾おうと手を伸ばし。
その喉元に、俺の切っ先が、ぴたりと止まった。
広場が、水を打ったように静まり返った。
「…………ば」
クライヴの唇が、震えた。
「馬鹿な……こんな、馬鹿な……《炎牙》は万全だった、俺の奥義は完全に入った……そうだ、装備だ、この鎧が重くて……いや、連戦の疲労が……審判! 今のは無効だ、開始の合図が……」
「クライヴ・バルゼン」
俺は、剣を下ろさないまま、静かに言った。
憎しみは、最後まで湧いてこなかった。ただ、この言葉だけは、彼と、この広場の全員に、言わなければならなかった。
「魔剣がなくても、剣は振れる。……魔剣があっても、それを振るうのは、人だ」
あなたは魔剣に選ばれた。でも、剣を鍛えなかった。
俺は魔剣に選ばれなかった。だから、剣を鍛えるしかなかった。
十年後の今日、その差が出た。それだけのことだ。
「――勝者、アルト・レイン!!」
審判の宣言と同時に、広場が、爆発した。
歓声は、貴賓席からではなかった。立ち見の一般席から――兵士たちの区画から、従騎士の区画から、真っ先に上がった。魔剣を持たない者たちの区画から。
「うおおおお! やった! やりやがった!」
「見たか今の! 炎を斬りやがった! 剣で!」
「基礎剣術だ……全部、教練で習う技だけだ……俺たちでも、届くのか……!」
その声の中に、俺は確かに聞いた。
五年前の俺と、同じ顔をしていた誰かが、泣きながら笑う声を。




