14. それから
裁定は、その日の夕方に下った。
公開決闘の敗北により、クライヴの「相性で勝っただけ」という主張は棄却。続く査問で、第五小隊の生存者たちが、次々と証言に立った。
功績報告の改竄。アルト・レインの働きの組織的な隠蔽。撤退命令の握り潰しと、無断の再攻撃による二十騎の壊滅。そして、部下を置き去りにした戦場離脱。
あの若い騎士は、証言台で、震える声のまま、最後まで言い切った。
「……アルトさんが俺たちの隊を支えていたことを、俺たちは、みんな知っていました。知っていて、黙っていました。それは隊長だけの罪じゃない。俺たち全員の罪です。……だから、今日は言いに来ました」
裁定の主文は、簡潔だった。
――クライヴ・バルゼン。騎士資格の剥奪。魔剣《炎牙》の返納。バルゼン家の騎士団推挙権の十年間停止。ならびに、北辺復興事業への従事を命ずる。
騎士団からの、追放。
かつて彼が俺に与えたものと、同じ響きの言葉だった。
退出の際、クライヴは一度だけ、俺の前で足を止めた。
「……アルト。俺は、認めんぞ」
声には、もう勢いはなかった。
「貴様に負けたとは、俺は……俺は、まだ……」
「ええ。……あなたはそう言い続けるんでしょう。多分、ずっと」
俺は、静かに応じた。
「それでも構いません。あなたの承認は、もう、俺の値段を決めない」
クライヴは、何かを言いかけ、結局何も言わず、衛兵に連れられて出ていった。
彼の背中を見送っても、勝利の快感のようなものは、湧かなかった。あったのは、長い長い荷物をようやく降ろしたような、静かな軽さだけだった。
……それで、よかったのだと思う。
その後、玉座の間に呼ばれた。
国王は、俺の前で立ち上がり、こう告げた。
「アルト・レイン。竜殺し、王都解放、そして本日の決闘。そなたは我が国の百年の過ちを、剣一本で示した。……そなたに『剣聖』の称号を授ける。あわせて、魔剣騎士団の総指南役として、王都に迎えたい」
剣聖。
建国以来、三人しか出ていないという、剣士の最高位。
広間がどよめく中、俺は、膝をついたまま答えた。
「称号は、謹んで拝受いたします。……ですが陛下。総指南役の任は、辞退いたします」
「……ほう。理由を聞こう」
「王都には、これから優れた師が育ちます。本日の決闘を見た若い騎士たちが、明日から基礎を鍛え直すからです。……ですが北辺には、まだ足りません。魔物は毎月来ます。魔剣の援軍は来ません。あそこには、基礎剣術で人を守る術を教える者が、要ります」
俺は、顔を上げた。
「俺を拾ってくれたのは、北辺です。……あそこが、俺の帰る場所です」
国王は、しばし俺を見つめ――やがて、深く笑った。
「……剣聖が辺境で兵を育てる、か。百年後の王国は、そなたに足を向けて眠れぬな。良かろう! アルト・レイン、北辺守備隊への帰任を許す。あわせて同隊を王国北方剣術教練の中核と定め、予算を三倍とする!」
「よ、予算、さん……三倍」
隣で控えていたリシアが、思わず素の声を漏らした。
謁見の後、王城の廊下で、リシアはまだ半分呆けた顔をしていた。
「予算三倍……砦の東壁が直せる……冬用の装備も……」
「現金ですね、副長」
「うるさい。こっちは万年金欠だったんだ」
彼女は咳払いをして、それから、窓の外を見た。夕日が、北へ延びる街道を照らしていた。
「……本当に、良かったのか。王都の総指南役なら、地位も名誉も思いのままだったろうに」
「リシアこそ、良かったんですか。俺を推薦すれば、王都の要職に置けたのでは」
「馬鹿を言え」
彼女は、心外だという顔をした。
「北辺の連中が聞いたら暴動になる。デグなど『アルトさんが戻らねえなら俺が王都に殴り込む』と息巻いて――」
言いかけて、彼女は、ふ、と笑った。
それから、まっすぐに俺を見て、言った。
「――帰るぞ、隊長」
「……はい」
翌朝、俺たちは王都の北門をくぐった。
来た時は、追放されて一人だった道を。
今は、七十二人で、笑いながら歩いていた。
◇
あれから、数か月。
北辺砦の訓練場は、拡張されてもなお手狭になった。
王国は選剣式の制度を改めた。魔剣に選ばれた者も、選ばれなかった者も、まず基礎剣術と集団戦を修めなければ騎士になれない。魔剣を持たない兵にも、昇進の道が開かれた。そして王国北方剣術教練の中核たるこの砦には、王都からも志願の新兵が来る。
朝の訓練場では、腰に魔剣を差した貴族の子弟と、鍬を置いてきたばかりの農家の三男が、同じ列で木剣を構えている。
「隊長、本日の訓練計画です。あと東壁の改修の承認も」
「ん、ここに置いといてくれ」
リシアは今も、書類仕事の半分を俺に押しつけてくる。剣聖の称号は、事務仕事を免除してくれないらしい。柵の外では、遊びに来たという体のガルドが、杖にもたれて新兵たちを眺めている。ああ見えて、後でこっそり手直しの助言をくれるのを、俺は知っている。
「あのっ、剣聖様!」
列の端から、新兵が一人、目を輝かせて駆けてきた。
「お願いがあります! 魔将を倒した必殺技を教えてください! 炎を斬った奥義でもいいです!」
訓練場の全員が、聞き耳を立てるのが分かった。
俺は木剣を取り、その新兵の前に立った。
「いいだろう。……まず、足の位置。半歩広い。握りも直す。小指と薬指、あとは添えるだけ」
「え? あの、必殺技は」
「これがそうだ」
俺は正眼に構え、全員に号令をかけた。
「総員、構え! ――素振り、始め!」
号令に、木剣の風切り音が揃って続く。新兵は、狐につままれたような顔で剣を振りながら、なおも食い下がってきた。
「あの、これ、ただの素振りですよね!? 何回振れば、隊長みたいに強くなれるんですか!」
……十年前、同じことを思っていた男を、俺は知っている。
素振りしかできない、と嗤われて。それでも振り続けて、竜を斬り、魔将を斬り、魔剣を超えたのだから、世の中は分からないものだ。
俺は、少しだけ笑って、答えた。
「まず千回、正しく振れ。――話は、それからだ」
朝日が昇る。
魔剣を持つ者も、持たない者も、同じ号令の下で、同じ一振りを繰り返す。
その音は、今日も北辺の空に、規則正しく響いている。




