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未だ見ぬヒロイン

未だ見ぬヒロイン


時間はカイトが失神した時に遡る。


「くぼげぇ!!」


フランツの突きを食らって、カイトは派手に後ろに転がっていった。


「くっ、まさか突進して攻撃するとは......底知れないな......」


しかし僅かながら、カイトの拳はフランツの顎先端を捉え、フランツにダメージを与えていた。

フランツは顎を擦りながら長剣を背中に収納し、タマルを振り返る。


「あ、あわわわ......」

「ふっ、安心したまえ、キミに危害を加えるつもりはないよ」

「へ?」

「彼の本気は見せてもらった。それで十分ってことさ」

「えーと、それはどういう......?」

「彼の気概を見せてもらった。いや、必死さというかな?それだけオーク族の友人を大事に思ってることが伝わった、という感じだね。」


確かにフランツから先ほど発していた剣呑な雰囲気はない。元の爽やかなイケメンに戻っているようだった。


「は、はぁ......それって、話して解ってもらえなかったもんすかね?」

「恥ずかしながら、僕も武人だからね。やはり口先より行動を信じるものなんだよ。」

「え~?まぁ、解決したんならいーんすけど。ところで、カイさん死んでないすか?」


ピクリとも動かないカイトを見返すが、相変わらずカイトは大の字である。


「ふっ、大丈夫さ。その男は存外丈夫にできているようだからね。

それより、事情を話してもらえると助かるんだが?こじらせる彼が寝ている間に、ね」

「は、はぁ、大丈夫ならいいんすけど。

えーと、事情っすね。結構話長くなるっすよ?」

「構わんさ。どうも、僕の任務とも無関係とはいかなそうだしね......」

「了解っす!それがっすね......」


そして失神したカイトは小一時間放置されるのだった。



※※※※



そして現在。


「しかしよぉ、ボス二連戦ってどーなのよ?普通さ、スライム戦とか初心者用から始めるもんだろよ?」


タマルを小突いて少し気が晴れたカイトは愚痴を溢す。


「ふっ、確かにキミは波乱万丈のようだね、カイト君」

「いや、アンタさぁ......。タマルとは仲良しになったみてーだがよ、俺の記憶ではてめーにエグい技叩き付けられたままなんだが......」

「ハハッ!まぁ過去は流してくれたまえ!」


キラリと歯を光らせる。


「やべー、ウザキャラだよ、コイツ......」

「ハハッ!手厳しいねキミは!」

「おいタマル、よくこんなのと仲良くなれたな、お前を初めて尊敬するぜ」

「ま、まぁ、フランツさんはちょっと天然入ってることが分かったんすけど、良い人っすよ?」

「良い人だぁ?ったく、簡単に懐柔されやがってよ。だいたいコイツは......」

「カイさんに使った2つのハイポーションってめちゃくちゃ高いんすけど、請求しないってフランツさん言ってたっすよ?」

「これからもヨロシク!」


変な借金背負わされるより仲良くするべきだとカイトは判断し、サムズアップする。


「......キミは本当に飽きさせないね、カイト君。まぁ、納得してくれたなら良いさ。」


フランツはため息混じりに次の話題をする。


「さて、場所を変えて情報交換としようじゃないか。キミ達が知りたがっているオーク族のことなどを、ね。」

「望むとこだけどよ、ココじゃまずいんか?」


カイトの質問にフランツは両手を挙げて、さも困ったかのようなポーズをとる。


「さすがに路上で国家機密に関わる話はできないのさ。すまないが、ご同行願いたい。

あぁ、安心したまえ、行き先は僕の隊が貸し切っているこの村の居酒屋さ」

「......いーだろう。食い物とか出るんだろーな?」

「カイさん、恥ずかしいっすから、タカらないで下さいっす!」

「ハハッ、構わないさタマル君。お近づきの印に奢らせてもらうよ!」

「な、何か、すんませんっす......」


※※※※※※


フランツが二人を案内したのは、シロサ村では一番高評価ながら割高な居酒屋『フラケン』であった。


「ここは引退した王国の騎士が経営する店でね、安心してくれたまえ。話が漏れる心配はない。」

「フラケンのマスターって元騎士さんだったんすか!?初めて聞いたっすよ。」

「ここにはネーチャンはいねーのか?」

「そういった下品な店ではないよ、カイト君。」

「けっ、何だよつまんねーな」

「カイさん、恥ずかしいっすよ・・・それと目的を忘れないで下さいよ。」


そう言われてカイトにハテナマークが浮かぶ。


「目的......何だっけ?」

「おいコラー!シャルクレさんとヨリメルさんの行方を聞くんでしょーが!?」

「おぉ、そうだそうだ。ハハッ、忘れるワケナイジャナイデスカ」


ポンと手を打っている姿はいかにも思い出したポーズそのものだった。


「はぁ、頼んますよ」

「......キミの苦労、痛み入るよタマル君」


フランツがタマルの肩に手を置いて同情する。

そんな会話をしながら三人はケンフラの扉を開けた。


「ごめんなさいな、今日は貸し切りで......フランツ王子!お戻りになられたのですね」


銀色の毛並みな猫顔の中年の女が入ってきた三人を止めようとして、フランツの顔を見て慌てて膝をつく。


「やめてくれ、ケリュネイア。僕は今、ただの一人の騎士なんだよ?」


しかし、ケリュネイアは膝をついた姿勢を崩さない。


「いえ、そんな畏れ多いことはできません。ちょっと!!あんたぁ!!フランツ王子がおいでになられたよ!さっさと出てきて挨拶しな!!」


奥を振り返って叫ぶと、店の奥から片目の茶虎柄の猫男が慌てて出てきた。


「か、母ちゃん、人前でデカい声出して呼ばねぇでくれよ、俺の体裁ってもんが......。」

「黙んなぁ!フランツ王子の御前だよ!!」


パカンと夫の頭を叩きつける。


「あいた!勘弁してくれよ、母ちゃん......」

「ふっ、相変わらず仲睦まじいご夫婦だね、デルガド、ケリュネイア」

「フランツ王子こそ、ご健勝のようで何よりでございますが、これを見て睦まじいとは、さすがの天然ぶり......いやいや素直な性格もご健勝ですな」


デルガドもケリュネイアに倣って膝を着く。


「堅い挨拶はなしにしてくれ、デルガド。それより、キミの自慢の料理をこの人たちに振る舞ってくれ」

「おい、ここは夫婦漫才ショーパブなんかよ?」


息の合った猫夫婦のやり取りにカイトは若干引き気味だった。


「おや?フランツ王子、こちらの二人は騎士団員ではないようですが?」


デルガドがカイトとタマルに気付く。

その日はフランツ王子率いる騎士団の貸し切りと聞いていたが、一般人が一緒にいることは想定していなかった。


「あぁ、協力者だよ。問題ない、酒と食事を頼むよ。」

「はい!フランツ王子様のお客様なら喜んで!ほら、あんた!!さっさと支度しな!」


ケリュネイアがデルガドの尻を蹴りあげる。


「ははっ、ケリュネイア、程々にな。」

「ド突き漫才は迫力が違うな、タマル」

「は、はい、そうすね」


とある夫婦の愛の形に、カイトもタマルも引いたままだった。


※※


三人が席に着くと、デルガドが急いで奥の厨房に引っ込み、ケリュネイアが注文をとる。


「フランツ王子、とりあえずビルーでよろしかったでしょうか?」

「あぁ、ありがとう。二人とも、それで良いかな?」

「はい、俺はあんまり酒強くないんすけど、今日は色々あったから飲んじゃうっす!カイさんもビルーで良いっすか?」

「ビルーってビール的なやつなんか?キンキンに冷えてシュワシュワ~っていう」

「えぇ、そうっすよ。駆けつけ一杯のお決まりっすね。カイさんの世界でもそういうのあるんすか?」

「微妙に発音は違うけどな。それで良いぜ」

「畏まりました、ただ今お持ち致しますね」


奥に消えたケリュネイアは、すぐに汗をかいたジョッキを3つ持って席に置いた。


「さて、料理はどうなさいます?」

「デルガドに任せるよ。精のつくものをたくさん頼む。こちらの二人との話は長くなりそうだから、時間は気にしなくて良いとデルガドに伝えてくれ。」

「はい、承りました。旦那に伝えておきます、ごゆっくり寛ぎ下さいませ!」


そう言うと、ケリュネイアは奥に消えていった。


「あの二人とは長いのかよ?」


デルガド・ケリュネイア夫婦とのやり取りを見ていたカイトが疑問を口にする。

「あぁ、幼い頃からの間でね。デルガドは近衛騎士、ケリュネイアは宮中メイドでね。二人には世話になりっ放しなのさ。

さぁ、乾杯といこうじゃないか」


フランツがジョッキを掲げる。


「はいっす!何に乾杯するっすか?」

「ふむ、そうだね......王国の栄光、いやいやここはやはり公正な正義へか......う~む、それともこの出会いにか......」

「ぐだぐだ言ってねーで飲むぞー、はい、かんぱーい」


考え込むフランツを尻目に、カイトが二人のジョッキに自らのジョッキを当てると、カツンと小気味の良い音が店内に響いた。


「......折角の乾杯を......。まぁ良いさ、ではこの友情に!」

「勝手にそもそもねー友情とか掲げてんじゃねーよ」

「まぁまぁ、カイさん、良いじゃないっすか、細かいことは」

「ちっ、奢りじゃなきゃぶん殴ってやりてーとこだぜ。ほれ、なんでもいーから早く飲むぞ!」

「ふっ、キミのそういう気性も慣れつつあるよ」


三人が杯を傾け、アルコールの喉に流し入れる。


「プハーっ!生きてる!生きてる実感が湧くっすねぇ~!!」

「おろっ、イケるな、このビルーってのも!」


カイトが知るビールと比べ、苦味より甘味が目立つが、炭酸の刺激が喉に爽やかさを与えてくれた。


「気に入ってもらえて何よりだ。」


ジョッキを置く姿すら優雅なフランツはビルーを飲んでにこやかにする。

しかし、一息つくと顔を引き締めた。



「さて、礼儀として、まずは僕から話すとしよう。キミたちが知りたがっている情報、オークのことをね。」

「おう、当然だな。」

「カイさん!!ははっ、フランツさんすみませんっす......」

「構わんさ、タマル君。カイト君に礼儀は諦めていたところだよ」

「おい!さらりとディスってんじゃねー!」

「じゃあ、話を始めよう。僕は最近多数の被害が出ているオーク族の野盗団の討伐指令を受けて......」

「さらに無視!?酷くね!?無視はだめだよ!イジメはダメー!!」


カイトを無視してフランツが語った内容はこうだった。

命を受け、部下15名と野盗団のアジトへと向かった彼らを待ち受けていたのは、無残な姿と化した34名のオーク族たちであった。

瀕死ながらも息のあった一人に事情を確認した結果、赤嵐の強襲があったことが判明。

さらに、新参者の二人組が拷問を受けた後で連れ去られたようだった。

新参者は、脱退とシロサ村に向かう旨を表明していたところであったらしい。

事後処理を部下に任せ、フランツが単身でシロサ村にたどり着いたところ、禍々しい気を放つクラウディアたちを発見した

──ということであった。


「じゃあ、シャルクレさんとヨリメルさんは生きているってことなんすね!?」

「少なくとも、アジトにはその二人に特徴が一致する死体は発見されていない。

拿捕された二人が、キミたちの友人である可能性が高い、そう僕は考えているよ。」

「はぁ~良かったっす~」


とりあえず死んでいないことが分かり、タマルは息を吐いた。


「......あいつらはどこへ拉致された?何のためだ?」

「僕が得ている情報によれば、彼らはガン帝国の帝都ガ・ストールに連れ去られ、捕らわれているようだね。目的は、僕の想像では尋問のためだろうと推測する。」

「じ、尋問って......?まさか、俺たちのことっすか!?」

「!?」

「瀕死だったオーク族は言っていたよ。赤嵐が二人組に痛みを与えながら、『魔神』と竜車引き商人について拷問をしていたと。

それでも決して彼らは口を割らなかったらしい。それで赤嵐は時間を掛けて口を割らせるために帝国兵士に二人組を連れ去らせたようだ」

「......あのバカコンビ......」


カイトは手をギリギリと握りこむ。


「気休め、にもならないだろうけど、国の捕虜となれば簡単に殺されるようなことはないと思うよ。」

「本当かよ(っすか)!?」


カイトとタマルの声が重なる。

その二人の勢いに、フランツは思わずたじろいでしまった。


「あ、あぁ、帝国も蛮国ではない。尋問の後で正式な裁きが執行されるであろう」

「であろう、じゃね......」「であろうっじゃないっすよ!!それじゃあシャルクレさんたちは結局のところ無事じゃないじゃないすか!!!」


タマルがフランツの胸ぐらを掴んでブンブン振り回す。

思いがけない行動に、フランツは勿論、カイトも虚をつかれてしまった。


「お、おい、た、タマル、お、落ち着いてだな......」

「た、タマル君、お、落ち着、いて、くれ」

「落ち着いてなんて、いられるかってんだっすよー!!こうしている間にも、シャルクレさんとヨリメルさんが危ないめに遭ってるってーのに、ウダウダしてらんないっすよー!!」

「た、タマル君の気持ちは分かった、分かったから、頼む、は、離して......」


フランツは振り回されて視界がぐるぐる回り始めていた。


「......だったら、てめーはどーすんだ?タマル」

「え?」


そう問われてようやくフランツを振り回していた手が止まる。


「ど、どうって、そりゃ......。救い出すっす」

「よし、それでこそご主人様だぜ。居場所は分かったんだ。こんなとこでそんなキザ正義マン構ってる暇ぁねーぜ!

行くぜ、タマル!!」

「はい、了解っす!!」


二人が席を立とうとするが、フランツは慌ててそれを止めた。


「ま、待ちたまえ!二人とも今から帝国に行くつもりなのか!?」

「あぁそうだ」

「あの二人を取り返してくるっす!!」


カイトとタマルは感情のままに後先のことを考えていないことは明らかだった。

それほどオーク族の二人組を大事に思ってのことなのだろうが、無謀が過ぎている。

フランツはこの二人を鎮めるとともに現実を教える必要があると認めた。


「......キミたち、帝国に当てはあるのかい?それに具体策は?」


そうフランツに言われて二人の行動がピタリと止まる。


「む、ぐむむむむ......ぐ、具体策っていっても、なぁタマル?あぁ、お前商人なんだから顔広いだろ?帝国に協力者的なやつの一人や二人いんだろ?」

「え?お、俺っすか?俺まだ帝国で商売したことなくってっすね......」

「あんだと?」

「ふぅ......」


とりあえず、勢いで帝国に向かうことは止められた。しかし、現実も分からせなければならない。


「......キミたちは現実を知らなす過ぎているようだね。座りたまえ。世界の情勢をキミたちに講義してあげよう」

「講義って、そんなもん聞いてる場合じゃ......」

「甘い!!」


ピシャリと顔ににつかわぬ大声を出され、タマルもカイトもビクンとした。


「丸腰な上、世界の情勢も知らずに動くなんて、キミたちは自殺するようなものだと分からないのか!!」

「ひ、ヒィイ!調子に乗ってました、す、すんませんした!」


あまりの迫力にタマルは椅子に正座した。


「素直でよろしい。......キミはどうだい、カイト君」


フランツの言い分は分かる。情報は命綱だ。しかも、カイトにとってこの世界はどこへ行っても未知の場所である。


「......わーったよ。聞いてやらぁ。飯食いながら、な」

「ふっ、良いだろう。ケリュネイア、料理を運んでくれ!」

「はい、畏まりましたー!」


フランツの指示で、次々に料理が運ばれてきた。サラダにスープ、肉料理にご飯。どれも胃袋を刺激する匂いを発している。


「おぉ!スゲーな!!いっただきまーす!!」

「さて、じゃ摘まみながら僕の話を......って、食べるのは多いに結構だが、僕の話も聞いてくれよ?」

「んぐんぐ、わーてるよ、んっぐ、耳には入れてやっから、ほれ、話せ」

「す、すみませんす、フランツさん、あれなら俺が聞いてるっすから」


カイトが聞いてなくても、タマルが聞いてやればフランツの面目はたつと思われたが、


「......ふっ、良い食いっぷりだ。さすが僕が認めた男だ!」

「......やっぱ、この人かなりの天然っすね」


フランツも普通の感性の持ち主ではないことに、タマルは静かに突っ込んだ。


※※


「まずは地理的な説明をしておこう。

現在確認されているだけで、この世界は4つの大きな大陸に分かれている。

まずはこの中央大陸。北に21の領地と王都を持つエルフが治めるフィ・クサリァ王国。そして中央部にグンザー商国と5つの小国。

次に東大陸。大陸の60%を占めるガン帝国を始め、モンドール王国、シャナクァザ、エルレード、ジエ=サルダナの三連合国の大国に、ベルガッティ国、ヴァルキリア教国、シェルハザド王国などの小国。

そして西大陸は魔族が巣くっており、詳細は不明。

さらに、各大陸の北極部は繋がっているという説があるが、厳しい極寒地のためそれを実証できた例がない。

大まかに言って、これがこの世界だ。」

「むぐむぐ......へー。んぐ!この肉超旨っ!!」

「ちょっと、カイさん!!その肉俺まだ食ってないっすよ!分けて下さいっす!」

「バカタレ!おめーは肉よりベジタリアンってツラしてんだから大人しく草食ってろ!」

「そんなー!酷いっすよー!!」


相づちを打ってはいるが、どう見ても意識は食事に向いている。


「......聞いているのかね、二人とも」

「も、勿論っすよ!ねぇ、カイさん?」

「人聞きの悪ぃこと言ってんじゃねーぞ、ちゃーんと聞いてるっつーの!ってコラ、タマル!俺の肉取んじゃねー!」

「別にカイさんの肉じゃないっすよ!皆の肉っす!!」

「......まぁ、真剣さは求めていないさ。いいさ、少しでも頭の中に入れておいてもらえれば、僕の苦労は報われるだろう。だからいいのさ......」

「わーった、ちゃんと聞くからいじけんな!男がいじけてもうぜーだけだから!」

「カイさん、それ傷に塩塗りこんでるっす!い、いやぁ、フランツさんの説明は解り易いっすよ~!ね、カイさん?」

「お、おうよ、池上彰的な解り易さだったぜ」


いじけ始めたフランツを慌てて盛り上げると、すぐに自信を戻したフランツは髪を掻き上げた。


「ふっ、当然だね。僕の説明だよ?」

「コイツチョロいな......」

「さて、次は情勢だね。

現代は戦乱時代を経て、概ね平和ではある。しかし、帝国を中心として不穏な流れがあるんだ。亜人を中心とする中央大陸には平和を乱す兆候はないが、東大陸は帝国の勢いが激しい。赤嵐の強さは勿論無視できないが、現皇帝がかなりの強行派でね。東大陸統一どころか、世界統一を狙っているという話だ。つまり、帝国次第で平和な世の流れが変わってしまうんだ。

......そして気になるのは、ヴァルキリア教国に戦女神が降臨したという噂だ。女神降臨の噂とともに、ヴァルキリア教布教の動きが活発化している。」

「ヴァルキリア教って、古の筆頭勇者を祀る経典っすよね?」

「あんだよ、怪しげな宗教団体か?」

「この世界で一番広く信仰されている宗教っすよ。それで、ヴァルキリア教国はその教えを第一に考えてる国なんす。女神降臨って本当なんすか?」

「そこまでの確認には至っていないんだ。あの国は情報をとるのが難しくてね......。しかし、国の盛り上がり方を考えると、ガセ情報と切り捨てるには些か難しくもある。」

「へー。宗教ってのは怖いねぇ。んで、女神様ってのは可愛いんか~?」

「げ、下世話だね、カイト君。仮にも国を挙げての信仰対象をそんな目で見るとは......」

「この人に言ってもムダっすよ、フランツさん」

「やかましい!見た目が全てってわけじゃねーが、それはそれで大事なことだろーがよ。

それに考えてみろ?俺はまだ、この世界に来てからヒロインに出会ってねーんだぞ!普通開始と同時にヒロイン的な女子が隣にいなきゃダメだろーが!?

勝ち気な幼馴染みとか、天然美女とか、ドジっ娘とかよ!!」

「そう言うなら、カイさんのヒロインはクラウディア御姉様っすね」

「バカヤロー!!あんなド変態女はダメだろが!!ヒロイン枠に入んねーよ!

チキショー!俺の嫁はどこなんだー!!」

「あ、二人とも、情勢の話は......」

「俺のヒロイン出せー!!」

「お、落ち着いてくれー!!」


話はなかなかフランツ思惑通りに進まなく、カイトの叫び声がケンフラに響き渡った。



「美しいかどうかは、情報がないのだが降臨したという女神の名は入手している。

これはかなりの機密だから、絶対に他言無用に願うよ。」

「はい、了解っす。」

「どうせまーた、舌噛むような名前なんだろ?」

「いや、そうでもない。

サキ・ヴァルキリア・ガーディナル。

それが女神の名前らしい。」


──カタン。

カイトが持っていたフォークを落とした。


「ど、どーしたんすか、カイさん?」


カイトはフォークを落としたまま、動きが止まっている。


「か、カイさん......?」

「さ、サキ、だと......?」

「あぁ、詳細は不明だがね」

「......サキ?偶然かよ?」

「どうかしたかい、カイト君?」


不穏に思ったフランツの声もカイトには届いていないようで、独り言を繰り返す。


「違うよな、たまたまだよな。......そんなわけねーよな」

「カイさん?カイさん、どうしたんすか?」


タマルに身体を揺らされ、カイトがハッとする。


「いや、何でもねー。......ちっと外の空気吸ってくる」


そう言って、フラフラとカイトは店の外へ出ていった。


「彼はどうしたんだい?」

「さぁ、どうしたんすかね......。あんな顔したカイさんは初めて見たっす」


表情が一切消えたカイトの顔を見て、タマルの胸には一抹の不安がよぎるが、しかしカイトを呼び止めることもタマルには出来ないでいた。



思いがけない名前に、心が潰れそうになった。

楽しかった思い出や絶望が絡み合って、形容し難い気持ちが心を埋め尽くす。


何故自分は生きているのか?

自分だけが何故......生き続けなければならない?

いっそのこと狂いたいでも理性がそれを許さない


混乱する思考のままカイトがフラフラと外へ出ると、タバコの紫煙が鼻をくすぐった。この世界に来る以前はカイトも愛煙家であったが、目まぐるしい出来事のなか、タバコを欲することすら忘れていた。

何となく紫煙の元を辿っていくと、エプロンを着けたデルガドが黒い紙の包みを咥えていた。


「ん?おう、なんだ、フランツ坊っちゃんのお連れさんじゃねぇか。酔い醒ましかい?」


煙を吐き、笑いながら話し掛ける。


「......そんなとこだ」


カイトは曖昧な返事をするが、実際のところ、店を出た理由は自分にも分かっていなかった。

突然、心の奥底に閉じ込めていた感情が押し寄せてきたため、居ても立ってもいられなくなったのだった。


「......酷い顔してるな。俺の料理は口に合わなかったかい?」

「......いや、そんなんじゃねーさ」

「そうかい、なら良いが......。吸うかい?」


デルガドが黒い紙の包みをカイトに差し出す。

カイトは頷いてそれを受け取り、火をつけてもらった。


「母ちゃんには止めろ止めろって口酸っぱく言われるけどよ、これだけは止めらんねぇんだな。一仕事の後の一服は俺の至福の時間でな。男の嗜みってやつだな、ハッハッハ!」

「......」


一気に吸って深く煙を吐き出した。身体にニコチンが回る感覚がひどく懐かしく思える。


「......大事な人をなくしたのかい?」

「......!?」


核心を突く一言にカイトは動揺を隠せなかった。


「おっと、すまんな。深入りするつもりはなかったんだが。......おたくの顔が昔のフランツ坊っちゃんを思い起こしちまってな。」

「......坊っちゃん?」

「おっと、なるべくそう呼ばないように気を付けてるんだがな。聞いてるかもしれんが、俺たち夫婦と坊っちゃんは20年近くの間柄でな。俺のなかでは、どうしても『坊っちゃん』って呼びたくなっちまうんだよ」

「......」


カイトは黙って煙を吸い吐き続けるが、その場を動かないことからデルガドは話を続けた。


「今では『王国の閃光』なんて言われてるが、昔の坊っちゃんは、そりゃあ可愛いもんだったぜ。子供がいない俺たち夫婦にとっちゃあ、天使みたいな存在なんだ。」


デルガド夫婦とフランツのやり取りを見ていれば、その間柄が特別なものだということは容易に想像がついた。


「......だが、坊っちゃんが10歳になる年によ。ご両親が強盗に遭って命を落とされてな。しかも、坊っちゃんの目の前で、だ。」

「!?」

「報せを受けて俺が駆け付けた時には、坊っちゃんは血だらけになってたよ。ご両親と三人の強盗の死体に囲まれて、な。慌てて身体を確かめたが坊っちゃんには傷一つなかった。血は強盗どもの返り血だったんだ。

その時のことを坊っちゃんはついに話すことはなかったが、状況からいって坊っちゃんが返り討ちにしたことは間違いない。」

「......」

「それからの坊っちゃんは人が変わったように、努力の鬼になったよ。一切の妥協をせず、一切の悪を許さず。どんどん強くなり、騎士になって出世して、『王国の閃光』なんて呼ばれるまでになってよ。

そりゃあ、坊っちゃんが立派に成長することは喜ばしいことだったがよ。

しかしよ、......どんだけ成長しても、よく、今のあんたと同じ目をするんだよ。光を失った目をな。他人は気付かんかもしれんが、俺や母ちゃんにはすぐに分かっちまったよ。坊っちゃんは心が半分死んじまってるかもしれん、てな。

そしてそれを隠すために坊っちゃんは心に仮面を被っちまったんだ。

勿論、俺や母ちゃんに笑顔を見せてくれるが、それでも仮面を脱いでくれることはなかった。傷だらけの心を必死に隠して自分にムチ打ってたんだよ。

爽やかだぁイケメンだぁ出来が良いだぁ性格が良いだのと、周りが持て囃すのは仮面を被った坊っちゃんなのさ。」


あの爽やかイケメン王子にそんな過去があったなんて意外であったが、正義を声高に主張する由縁に納得がいくものはあった。


「......なんでそんな話を俺にするんだ?あんたは知らんかもしれんが、俺はあいつと小一時間ほど前に知り合ったばかりなんだぜ?」

「まぁそんなところだろうな。あんた達と話すあんな坊っちゃんの顔、あの事件以来初めて見たからな。」

「あん?」

「いや、悪いがあんた達と坊っちゃんが話してるとこは覗かせてもらっててな。」


頭を掻きながら申し訳なさそうに頭を下げながらデルガドが謝罪する。


「言い訳だが、坊っちゃんが一般人連れて俺の店来るなんて初めてでな。心配で心配で......」

「......好奇心、じゃねーのか?」

「老婆心ってやつだな、ガッハッハ!

そしたらよ、あんた達と話す坊っちゃんが、怒ったり呆れたりへこんだり、そんで楽しそうにして......あんな感情豊かにしてよ......無防備に笑ったあんな坊っちゃん久方ぶりに見たもんだ」


そう話すデルガドの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。


「あんた達と坊っちゃんが出会った経緯や時間なんて俺には分からんが、これだけは分かる。坊っちゃんはあんた達の前では仮面外してるんだ。それどころか、温泉に浸かってるみたいに真っ裸で寛いじまってるんだ!

分かるか!?」

「例えが酷いが、何となく通じちまってるよ」

「そうか、分かってくれたか、うんうん」


皮肉を言ってみたが、感動炸裂中のデルガドには通じなかった。


「あんたなら、分かってくれるし、分かっておいて欲しいと思って話したんだ。

......なぁあんた、これからも坊っちゃんを頼む!いや、よろしくお願いする!」


デルガドが頭を下げるが、カイトはそういうことはあまり好ましく思わなかった。


「......気持ちは解らんでもないが、そんなことは他人が頭下げたりすることじゃないぜ」

「分かってる!分かってはいるが......」


デルガドは尚も頭を下げ続ける。


「それによ......友達ごっこなんて俺ぁ柄じゃねー」

「!?あ、あんた!そんな......」

「だが......さっき友情に乾杯なんてしちまった」

「え?」

「あの一杯は、色んな意味で忘れらんねーもんだったよ、俺にとってもな......。

まぁ、老婆心ってやつがあんだろうけどよ、あんま心配すんなって」


そう言ってカイトはニヤリとしながらデルガドの肩を叩いた。


「......あんた、不思議な人だな。坊っちゃんが真っ裸になっちまうわけだ。」

「おい!状況知らん奴が聞いたら誤解招くような言い方止めろ!」

「ガッハッハ!何だか胸がスーっとしやがったな!俺も飲むかー!!」

「人の話聞いてねー!」

「あんた、そういや名前聞いてなかったな。」

「マイペースだな、この猫!

......カイトだ。あんたはデルガドだろ?あんたの飯、超旨いぜ」

「ガッハッハ!そうだろ?剣より厳しい修行重ねたんだからよ!『フライパンは剣より重し』で『フラケン』だからな!ガッハッハ!」


デルガドがカイトの肩を組んで大声で笑う。

きっとフランツはこのおおらかな人柄に包まれて心を完全に壊さずにいれたのだろう。

そして、崩れかけた自分の心も、いつの間にかバランスが整っていることに、カイトは些か恥ずかしさを覚えた。


「あんたー!!いつまでサボってんだい!?」


そんな時にデルガドの後方から雷が落ちてきた。ケリュネイアが腰に手を当てて毛を逆立てて仁王立ちである。


「か、母ちゃん!?サボってたわけじゃなくてだな、こう、男同士の友情を育んで......」

「いいからさっさと厨房に戻りな!」

「い、イエス、マァム!!じゃあんちゃん、引き続き料理を楽しんでくれ!」

「いいから、さっさとお行き!!」


ケリュネイアに尻を蹴り上げられ、急いでデルガドが戻っていった。


「さて、カイトさん、だっけねぇ。」


振り向いたケリュネイアはカイトに鋭い眼差しを送る。


「うちの旦那が迷惑かけたね。」

「あぁ、ホントいい迷惑だったぜ。

......だが、その迷惑に俺も少し救われたとこあってな。助かった。」


鼻を掻いて恥ずかしながらケリュネイアに礼を述べると、ケリュネイアの眼差しが柔らかいものへと変わった。


「......変わった人だねぇ、あんた。

ま、うちの旦那が役に立ったなら、ケツ蹴飛ばしてきた甲斐があったもんだわね。」


そう言うとケリュネイアは小脇に抱えた袋を投げ渡した。


「な、何だいきなり!?」

「それは旦那の話に付き合ってくれた礼だよ。取っときな。」

「あん?」


袋を開けると、小分けにされた黒色煙草とマッチがぎっしり詰まっていた。


「こ、これは......?」

「礼と、旦那の禁煙のご協力。」


そう言ってニヤリと笑うケリュネイアを見ると、デルガドは逆立ちしてもこのカミさんには勝てないな、とカイトは思った。


「それと......フランツ様のこと、本当にありがとう」

「......あんたも結局老婆心ってやつかね。心配すんなってーの」

「......ありがとう」


そう言って涙を流すケリュネイアの肩に触れ、カイトは店に戻った。


※※※


「遅いっすね、カイさん......」

「あぁ、そうだね。しかし......」


追いかけるには躊躇うほどの表情をしていたため、タマルもフランツもカイトを待つしかなかった。


「大丈夫すかね、様子見に行った方が良くないっすか?」

「そう、だね......さすがにそろそろ......」

「おい、タマル!俺の肉残してんだろーな!」


二人の心配をよそに、カイトが元気一杯に戻ってきた。


「か、カイさん!?どこ行ってたんすか!?」

「あぁ、悪ぃ悪ぃ、ちと外の空気吸ってたんだ。それに良い物貰っちまってな!」


そう言うと、カイトは貰った煙草を見せる。


「た、煙草っすか?それはいいっすけど......大丈夫すか?」

「あん?何がだ?」


フランツが煙草を見ると、それはよくデルガドが吸っていた煙草だと気付く。

つまり、カイトは外でデルガドかケリュネイア、もしくは両方と話をしていたことが想像できた。


「いや、だって、さっさのカイさん酷い顔してたっすから......」

「あぁ、ちと疲れが出ちまったんだよ。休んだら何ともねーさ。仕切り直しといこうぜ!」


二人がカイトと話した内容は恐らく自分のことであろう。

きっと二人もこの男に何かを感じ、信頼して話をしたのだろうが......

自分の過去は別に隠し事ではない。しかし、知らない他人がその話を、自分のことを聞いてどう思うのか。

この男がどう感じたのか。

自分を憐れむのだろうか。

何故か不安に駆られずにはいられなかった。

今までは、他人にどう思われようが知ったことではなかったが、この男が態度を変えてしまうことに恐れを抱いてしまった。

それは友人がいないフランツにとっては初めてのことで、抑えられない感情であった。


追加のビルーを頼むと、カイトは口を開く。


「さて、中座して悪かったな。

んじゃ改めて乾杯しようぜ。」


カイトがジョッキを掲げ、フランツを見る。


「えーと、おいフランツ!何に乾杯すんだっけ?」


話しかけられて、フランツは思考から戻る。


「ハッ!す、済まん、カイト君、何だって?」

「こら、ちゃんと人の話聞けや!ったく。

改めて乾杯すっから、音頭とれってーの」

「ぼ、僕がかい......?」


突然匙を投げられて、思わずフランツは唖然としてしまう。


「あぁ、そーだ。お前がやれって。......何に乾杯すんだっけ?」


そう言われて、フランツはハッとした。

カイトが自分に何を言わせたいのか分かった気がしたのだ。


「良いのかい?僕で?」

「何回言わすんだ、早くやれよ」

「そうすよ、折角なんすから、フランツさんやって下さいっす!」


タマルも空気を察してフランツに勧める。


「......分かったよ。ふっ、本当にキミにはやられっ放しだね.....

それでは、僕たちの永遠の友情に!乾杯!!」

「おい、勝手にパワーアップしてやがんぞ!」

「いーじゃないすか!乾杯っす!」

「恥ずかし気もなく、よくやれるもんだな......ったく。乾杯」


カーンと良い音を立てて飲むビルーは、先ほどより美味しく感じた三人だったが、厨房からもジョッキを当てる音がしたのは気のせいではないであろう。

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