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ダイヤモンドヘッド

ダイヤモンドヘッド


血で染まる女に見とれているタマルをよそに、カイトは活路を見出だそうとするが、クラウディアの目線に捕らわれて動きが取れなかった。


「ほぉーら、固まってないで、名前教えてくれないかしら?」

「く、クソ......」


カイトはまるで、蛇に睨まれたカエル状態だった。

微笑みとは裏腹の凄まじい殺気をクラウディアから感じるのだ。


「お姉さんの殺気をビンビン感じちゃってるのは分かるけどぉ、声くらい出るでしょ?

んもぅ......じゃあ、コチラの可愛い坊やのお名前を教えてもらおうかしら?」

「え?お、俺っすか!?お、俺はタマルっていう商人です、お姉様!!」


突然匙向けられて、タマルは直立して即答した。


「ば、バカヤロー!何普通に答えてやがんだ!?」


タマルがすんなりと自己紹介をしてしまい、カイトは堪らずツッコミを入れてしまった。


「はっ!つ、つい!オネエサマに見とれてしまって!すんませんす!」


カイトに小突かれるタマルを、クラウディアは満足気に、そして舐め回すように見る。


「うふふ、素直なコはお姉さん、だーい好きよ♪君は素質ありそうだし、お姉さんと気が合うかもね~♪」


そう言ってクラウディアは舌舐めずりをする。

それは獲物を見つけた獰猛な蛇の目であったが、何故かタマルは気持ちの良いゾクゾク感を味わってしまった。


「あ、あぁあぁあ~!だ、だめっす俺!そっちの扉はまずいっす!帰って来れなくなるっす~♪」

「『なるっす~♪』じゃねーよバカタレ!

ちっ......素質って、そーゆー変態の扉かよ!まぁ、確かにコイツには素質がありやがんな......」


タマルが戻れない階段を昇ろうとしていたが、カイトはドン引きしてしまい、止める術がなかった。

しかし、ツッコミを入れたせいか、心は先程より落ち着いていた。


「ふぅ、おいタマル、惚れるのは勝手だが、一緒に殺されるのはゴメンだぜ」

「えぇ~惚れたなんて~♪お姉さん、嬉しいわぁ♪

......で、お兄さんの名前教えてくれる?

取って喰いやしないわよ、すぐには、ね♪」


態度はモジモジしているが、一切殺気は削がれていない。こちらの行動次第ですぐに殺す意志が感じられる。

こちらの一挙一動を見逃さない目付きが、カイトを捉えて離さないのだ。


「・・・仕方ねーな。

俺はカイトだ。ちなみに、変態っ気はねーからな。」

「あらぁ、連れないの~......カイト、ね。

うふふ、ステキな名前ね♪」

「あ、カイさんズルいっすよ!自分ばっか!」

「うるせー!変態2号は黙ってろい!ちなみに1号はおめーだ、ネーチャン」

「や~だ~、変態だなんて。そんなこと言われたの、お姉さん初めてだわ~......ふふ!

じゃあ、最期の質問。

アナタ、魔神ね?」

「......」


急所を突いたような一言に、カイトは口をつぐむ。

認めることは勿論できないが、認めないことで見逃してもらえるとは到底思えない。


「魔神だったらどーするってんだ?殺したいのか?」

「えぇ、そうよ。世界の厄災を事前に防止することは、騎士として当たり前のことでしょ?」

「......そーかよ。だが、アンタほどの変態が、そんな真っ当な理由で動いてるとは考えずらいんだがな」

「ちょ、ちょっとカイさん!何挑発してんすか!?」

「ふふ、出逢って間もないのに、私のこと、よーく解ってくれてるのね、お姉さん嬉しいわぁ♪......そうね、貴方の言うとおり。世界なんて私にはどうでも良い事。そんなことは、ただの建前ね。」

「じゃ、何で魔神を?」


その問いにクラウディアは、それまで以上に妖艶な微笑みを浮かべた。


「うふふ、ほら、私ったら強いじゃない?だーれも私を楽しませてくれないのよ。だって、みーんなすぐに死んじゃうんだもの。

血を浴びるのは好きよ?でも、もう飽きちゃったぁ。つまんないの。濡れないのよ。

振って、屠って、血を浴びて、振って、抉って、血を浴びて......同じことの繰り返し。こんなんじゃあ、私渇いちゃう。

刺激が欲しいの。解る?満足したいのよ。満足させて欲しいの。求めてるの。私を満たして欲しいの。

でも誰も満たしてくれないの!だーれも私を熱くさせてくれないの!解る?!つまんない!満たされない!濡れない!」


言いながら、自分の言葉に興奮しているようで、それは止まりそうになかった。

その姿は枯渇した野獣の咆哮のようで、さすがのタマルもドン引きした。


「......でぇも、そんな時に噂が入ったの。お伽噺に出てくる魔神の復活を目論んでる連中がいるって。私ったら、すぐに飛び付いたわぁ。そんな夢みたいな話、バカみたいって思われるかもしれないけど、ね。

だって、魔神なら私を満たしてくれるかもしれないじゃない!あぁ、想像するだけで濡れるの!すっごーい刺激をくれるんでしょうから!!あぁんもう、やだぁー!!」

「「......」」


このイカれた一人芝居はいつまで続くのか、そして何故それを見守ってなければならないのか、カイトもタマルも答えはなかった。

紅潮顔をした女の独白はまだ終わらない。


「......そ・れ・で!噂を頼りに魔神に会いにアチラコチラに行ってね。魔神って、ぜーったい強いでしょ?楽しみに会いに行ったのに、みーんな偽物でお姉さん、とーっても残念だったの。だって、そうでしょ?恋する乙女みたいに焦がれた相手が偽物だったなんて、ヒドイ話でしょ?」


さもウンザリといった様子のクラウディアだが、同調する者はその場にいない。

クラウディアはもはや、アチラの世界へ一人旅しているかのようだった。


「でも、お姉さんは諦めなかったのよ。本当にいるかどうかも分からない相手を、ただただ求めて。結構大変だったのよ?西へ東へ北へ南へ......長かったわぁ。

でも、努力って報われるのね。

......ようやく貴方に出逢えたんだもの♪」


うっとりとした目付きでクラウディアはカイトを見詰める。視線を受けるカイトは背筋がゾクゾクする。


「う、うわぁ、寒っ!悪寒が全力疾走してったぜ。

......クソ長いマイストーリーありがとよ、お陰でアンタが想像を絶するド変態ストーカー女ってことが確認できたぜ。」


カイトが率直な感想を言うと、アッチの世界からクラウディアが帰ってきた。


「うふ、ご理解頂けたようで良かった♪」

「しかしよぅ、なんで俺が魔神だって確定なんだよ?俺だって偽物かもしんねーだろ?」

「ふふ、大丈夫、そーんな心配いらないわ♪」

「ほう、してその根拠は?」

「......いーわ、教えてあ・げ・る!」


クラウディアは楽しそうに人差し指を立てるが、カイトは全く楽しめない。

少しでも会話を長引かせて打開策を模索することが現状で可能な延命方法だった。


「根拠その1。

スケルトン共が人族を敬い、守るなんて普通はしないわ。しかも、言葉を話す高位スケルトンがあんな大量に、ね。

根拠その2。

スケルトンのなかでも神話級のシルバースケルトン、ラーズ・ウル・トゥル・ハルメットと覚しき者の存在。あれが本物であれば、あれほどの高位な存在がただの人族を構うはずがない。仕えるのは、ただ一人。魔神だけ。

根拠その3。

アナタやスケルトン共がいた洞窟は、高次元の結界が張られていて、その結界内では大陸が吹き飛ぶくらいの高魔力に満ち溢れていたの。

これらの3つの根拠を結びつけると、『古の魔神復活の儀』のできあがり~♪ってわけ」

「「......」」


クラウディアの講釈が終わるが、二人はリアクションがとれないでいた。



(そ、それじゃあやっぱりカイさんは......魔神......?)


カイトが異なる世界の住人であったことはもはや呑み込んでいたタマルであったが、魔神その人となると、やはりその事実が呑み込めないでいた。

カイトを見ると、クラウディアを注意深く睨んでいる。


「貴方を魔神だって思う根拠は以上よ。......質問はあるかしらぁ?」


悦に入ったクラウディアは、おどけて教師の真似事で話を締める。


「はーい、先生!異論反論オブジェクションでーす」


異論はないと思っていたクラウディアは、手を挙げたカイトに少し動揺した。


「あ、あら、何かしら?説明が足らなかったのかしら?」

「いーんや、説明とかマイストーリーは十分、腹一杯、胸焼け中。

確認事項がありまーす」

「か、確認、事項、かしら?」

「はーい、そーです。

・・・アンタは詰まるところ、自分より強い魔神と戦って、その変態的欲求を満たしたいってことなんだよな?」

「え、えぇ、まぁ、貴方の言い方に不服はあるけど、端的に言ってそのとおりだわぁ。」

「だったら、悪ぃが俺は完全に役不足ってやつだぜ」


その台詞を聞くと、クラウディアの眉がピクンっと上がる。


「へぇ、役不足ってどういうことかしら?お姉さんに解りやすく教えて下さらない?」

「だって、俺は強くねーんだぞ。武器なんて使えねーし、ガホーだっけ?それも使えねーんだぞ。ちっとだけ、目が良いだけだな、取り柄は。」

「外法っす、げ・ほ・う!!」

「何ですって?」


間延びした口調はもうそこにはなかった。無防備な殺気がグツグツとクラウディアから沸き立つのを感じる。


「だーかーらー、何かの儀式とかで魔神ちゃまソックリさんの俺がこの世界に来ちまったみたいだけど、それって多分失敗したってことだったんだろ?

魔神だか蕁麻疹だか知らねーが、俺にゃなーんの力もねぇんだよ!分かったか、この変態1号!!」

「何の、力も、ない?」


クラウディアの手にみるみる力が入る。


「ソックリさん?......失敗?」


握った拳から血が滴る。


「ふっ、また偽物......?この私があの醜いオーク共にもたぶらかされたってこと......?ふっ、クッ、クククク......」

(や、ヤバいっすよね、多分怒り大爆発直前の笑い方っすよね、これ?)


可笑しそうに笑うクラウディアを見て、タマルは冷や汗が出る。


「アーハッハッハ!この、私が!このクラウディア・フォーナイトが!下等なオーク如きにたぶらかされたと!?アーハッハッハ!!ハハ!ははは......ふざけるなぁー!!」


目を見開いてぶちギレしているクラウディアには最早理性がないように思われたが、そんなことよりもカイトには気になる単語があった。


「オーク?おいオークってのは豚面にキバの奴らのことか?」

「はぁはぁはぁ、......はぁ?そうよ、豚面の下等生物。

貴方の臭いを追ってオーク共の巣に入ったら、アイツら無駄な抵抗してね......。特に貴方の臭いがする二匹が結構な抵抗してたわね~、少しはお姉さん楽しめたかな~♪」


怒りが少し収まったように、クラウディアはうっとりとした表情をする。


「そ、それって、まさかシャルクレさんとヨリメルさん......?」

「......てめー、その二人どうしたよ?」

「ふふ、さぁね?どうしたかしら?

あぁん、ステキな顔するじゃなぁい!お姉さん、その顔の方が好きよ♪ゾクゾクしちゃう~♪」


怒るカイトの顔を見て、クラウディアが悶える。


「また、偽物掴まされたかもしれないっていう、お姉さんの絶望が解る?それを考えれば、下等生物の命なんて軽いものよ。」

「く、クソが......」


シャルクレとヨリメルは無事ではない、カイトとタマルは、覚悟した。


「さぁーて、ようやくヤル気出てきたみたいで、お姉さんとーっても嬉しいわぁ♪

殺り合えば、本物か偽物かすぐ分かるでしょうしね!

......じゃあ始めましょ!死の舞踏ダンスを!!」

「タマル離れろ!!」



そう叫んでカイトはタマルを押し出して自分と距離を取らせる。

その瞬間にナイフを片手に握るクラウディアがカイトに急接近する。

そのスピードは、シャルクレの比ではない。

すれ違い様に、カイトの右腕を切り裂く。


「ぐはっ!」


いきなりで身構えることすら叶わず、気付けば腕を斬られていたが、皮膚がぱっくり裂けただけで血は出ない。


「あらぁ、確かに腕を切り裂いたと思ったけど?不思議な身体なのねぇ・・・」


ナイフを舐めて、獰猛な笑顔を見せる。


「これは益々、確信が上がるわねぇ♪ふふふっ!確信を確実にするためにも、もっともーっと解体しなきゃね~♪」


クラウディアが更にカイトを切りつようと踏み込むが、その刹那、カイトは右目に集中する。


(ちっ、集中しても大して遅くならねぇ!ダメだ、もっと集中しろ!集中だ!)


シャルクレ戦のときは、右目に集中することによって動きがスローモーションに見えたが、クラウディアの速さは尋常じゃないのか、捉えることができるギリギリの速さにしか落ちない。

それでもカイトは集中してナイフの流れを捉えようと試みる。

武器を持っている以上、その武器の軌道さえ捉えることができれば攻撃を食らうことはない。

走り込みながらナイフを突き、カイトが身体を開いてかわすところで左腕を払い斬ろうとしている。そこまでは読めたし見えた。

しかし、


「ぐぼっ!」


何とかナイフを避けたところで、廻し蹴りがカイトの身体をくの字に折り曲げた。


「カイさん!?」


廻し蹴りを食らったカイトは、宿屋の扉に当たっても勢いが止まらず、外へふっ飛んだ。


「ふふ、惜しいわね~、ナイフを避けるなんて大したものだけど、何も攻撃は武器だけな~んて限らないのよ、気を付けて~♪」


様子見のため手加減はしていたが、自分の攻撃が避けられたなんて、クラウディアの記憶にはない。

魔神もどきの男は未知数なところがあるが、十分楽しめる相手だと判断した。

廻し蹴りの感触から、魔神もどきの肋骨は数本折れているだろうが、まだまだ戦えるだろう、そう感じたクラウディアは恍惚とした表情を隠せなかった。



外に吹っ飛ばされたカイトは、自分の肋骨が折れている感触を味わっていた。


「あがっ......クソ痛ぇ......」


身体を起こそうとするが、肋骨が痛み起き上がれない。


「か、カイさん!?」


宿屋の中から駆けつけたタマルがすぐにポーションをカイトに振りかける。


「だ、ダメす、俺のポーションじゃ治しきれないっす!」


タマルが掛けたポーションは最安値のポーションだったため、右腕の切り傷は塞がっても、骨折の治療には至らなかった。


「で、でーじょぶだ、さっきよりは楽になったぜ」


カイトが立ち上がろうとすると、宿屋の中から悠然とクラウディアが出てくる。


「タマル、お前は逃げろ!」

「な、何言ってんすかカイさん!?」

「どう?ポーションは効いたかしら?」


クラウディアはカイトが走れないことが分かっているのか、ゆったりとした動作でカイトに近付く。


「あらぁ、安物のポーションだったの?残念ねぇ。いざという時のポーションは、少しくらい良い物を持っておくものよ?これ、お姉さんからのアドバイス♪」


クラウディアはウインクをしながら近付く。


「さぁーて、まーだ楽しませてくれる、わよね?カ・イ・ト?」

「は、早く行けタマル!」

「そ、そんな、カイさん置いて行けないっすよー!」

「バカヤロー、共倒れしてどーすんだ!?」

「さぁーて、次は外法の耐久性はどうかしら?少ーし燃えてみて?」


クラウディアが詠唱すると、炎の法陣が組まれる。


「や、や、ヤバいっす!炎の外法っすよ!燃やされるっすー!!」

「だから逃げろっつってんだろー!」

「......さぁ、足掻いて♪」


クラウディアの法陣から出た炎がカイトとタマルに向かう。炎は、カイトが知るゲームに出てくる火の玉どころではなく、まさしく炎の柱だった。


(ちっ、耐えれるか......!)


タマルを庇うポジションをとるが、そんなことで無事でいられるとは思えなかった。



だが、その時。

炎の柱がカイトの目の前で霧散するようにたち消えた。

それはまるで、透明な壁がカイトたちを炎から守ったかのようにも見えた。


「だ、誰?!舞踏の邪魔をしたのはぁ!!」

「......そこまでだ。ガン帝国騎士団第一先鋒隊筆頭騎士、クラウディア・フォーナイトよ。正義の名の元、大人しく投降したまえ!」


声のした方を見ると、真っ白い鎧を着た金髪のエルフ騎士がクラウディアを涼しげな表情で見据えていた。


「お、おい、アイツは味方か!?」

「あ、あれは、あの人は!あの真っ白な鎧に清蒼のマント、そして背中の長剣!フィ・クサリア王国千人隊長の『王国の閃光』フランツ・アーノック・レ・フィ・クサリア様では!?」

「なんだその舌噛みそーな長い名前は!?」

「簡単に言えば、王国の王子様っすよ!」

「パツキンなイケメン王子って、何て嫌味なキャラなんだ!?当てつけか!?俺への当てつけなのか!?」


絵に書いたような王子の登場にカイトは呑気な感想を漏らした。


「ふっ、そこのキミ、私の紹介をありがとう。

それとコレをそこの怪我人に」


髪をかき上げながら、フランツは青色のポーションを投げ渡した。


「あ、ありがとうございますっす!」


落とさないように慌ててポーションを受け取り、カイトに振りかける。

緑色より深く身体に暖かいものが浸透する感覚があり、そもすると肋骨の痛みも消えた。


「おぉ、すげーな!折れてた骨も、もう痛くねーぞ!」

「えぇ、貰ったポーションは上級品だったっすから。」

「そりゃ助かったな......しかし、アイツ強いんか?」


フランツは背中から長剣を引き抜いて、構えをとる。


「あの人は、王子でありながら、その実力で王国の千人隊長にまで過去最短で登った人なんすよ!強い、見た目良し、頭良し、血筋良しときて性格も良いらしいんで、国を越えてファンクラブまであるって超人気者っすよ!!」

「ふーん」


助けられたといえ、イケメン耐性のないカイトはイケメン騎士が気に入らない。


「いや、人気者とかモテるとかどーでも良いんだよ、あの変態女に勝てるかどーかって聞いてんだよ!」

「どうすかね、フランツ王子はかなり強いって聞いてるっすよ?何てったって、あの長剣で敵を倒す姿から『王国の閃光』って呼ばれてるくらいっすから!

それに、御姉様は見たところ軽装っすから何とかなるんじゃないっすかね......」

「パツキン王子はフル装備、変態女は普段着にナイフだけなのに、『どうにかなる』レベルなのかよ......」

「それだけ御姉様が規格外ってことっすよ」

「あの変態女はどんだけバケモンなんだよ......ってか、御姉様って呼んでんじゃねー!」

「アイタっす!」


タマルがカイトに頭を小突かれているなか、騎士と女の対峙が続けられていた。


「へぇ、アナタが『王国の閃光』ね......人気者っていうけど、人の楽しみに水を差すなんて不粋じゃなくて?」

「ふっ、それは失礼しましたレディ。しかしながら、我が王国内で帝国の兵士が暴れているのに指を咥えているわけにもいかないのですよ、正義の名の元にね。......それなりのおもてなしを差し上げなければね!」


エルフ族は生来、精霊たちとの相性が良いことから大多数が外法使いになる。

しかし、目の前の男は天才的な剣技を持つ世界に名高い『王国の閃光』である。

いつもの装備であれば問題ないだろうが、今は普通の服装にナイフ一本、かなり分が悪い。

そう判断したクラウディアは撤退を模索する。


「......おもてなしを受けるのはやぶさかではないけれど、取引しない?閃光さん?」

「ほう?内容によりますよ」

「ここから引くわ。どうかしら?」

「......良いでしょう。但し、『ここから』は『この国から』に訂正して頂ければ、応じましょう。どうです?」


戦略的撤退の後で改めて、という思惑は見破られていたらしい。

クラウディアは苦々しい思いでフランツを睨む。


「ちょーっと、あなたを見誤ってたかしら?ただの温室育ちじゃなさそうね?お姉さん、困っちゃうわ~」

「ふっ、かの赤嵐にお褒め頂き光栄ですね。

さて、正義の名の元に、取引は成立ですかね?」


自分のペースに引き込めないことを悟り、クラウディアは改めてフランツの評価を見直した。


「ちっ......まぁいいわ。えぇ、成立よ?ざーんねんだわぁ、ようやく逢えたっていうのに......運命はまだ私達を結ばせてくれないみたいね。

カイト、また逢いに来るわ♪そっちの可愛い坊やもね♪」



カイトとタマルに投げキッスをして、クラウディアは煙幕をして姿を消した。



「た、助かった、んすか......」


クラウディアが消えてタマルは腰が砕けた。


「おっと、キミ大丈夫かい?」


フランツがタマルに手を差し出した。


「あ、は、はいっす。」


差し出された手を掴むと、意外に強い力で引っ張られた。


「大した怪我はなさそうだね、良かったよ。」


無事なタマルを見てフランツが安心したように微笑む。そのあまりの爽やかさに、タマルは好印象を受けた。


「あ、はいっす!助けてもらってありがとうございましたっす!」

「いや、騎士として当然の正義を執行をしたまでさ。もう少し早く着いていれば良かったんだがね。そちらのやられてた方のキミは、大丈夫かな?」

「あん?やられてた方、だとぅ!」

「おっと、気に障る言い方だったね、失礼。

しかし、かの羅刹に対峙して命があるだけ幸運というやつなんだよ?」

「あんだと?ならアンタも運が良かっただけってことかよ?」

「ちょ、ちょっとカイさん!助けてもらって何ケンカ売ってんすか!?」

「ふっ、いや事実さ。僕も運が良かったのさ。」

「おぉ?何だよ、簡単に認めんのかよ?」


見た目からして、自分の実力だとかを倍くらいにして自慢をしそうなタチだと思っていたが、カイトの予想に反してフランツは素直に認めた。


「あぁ。あの羅刹は素手だったとしても、僕では対等に持っていけるかどうかの強敵だったのさ。僕を随分と過大評価してくれたお陰で撤退していったようだが、強行されていたらどうなっていたか、僕にも分からないさ。」


イチイチ髪をかき上げる仕草など癪に障るところはあるが、冷静に自分を捉えているフランツに、カイトの彼に対する嫌悪感が少しだけ下がった。


「ふーん、なるほどな。......まぁ、アンタのお陰で助かった、サンキュー」

「カイさん!この人、王子様!!もっとヘコヘコして下さいっす!」


タマルがそう言うのも無理はない。相手はタマルのような庶民が対等に話すどころか、目を合わすことすら畏れ多い王族なのだ。


「ふっ、構わないさ。私は王族としてではなく、一人の騎士として正義の名の元、ここにいるんだ。気にすることはないよ。」

「は、ははぁ、有り難き幸せっす!」


タマルは膝を着いて臣下の礼をする。

うる覚えのためか根底から間違っているのか、実際にやったことのないタマルの臣下の礼は、かなりぎこちないものであった。


「そう畏まらんでくれ、僕の方が困ってしまうよ。」

「おいタマル、くるしゅうないっつってんぞ、オモテを上げよ!」


顔を上げると、カイトがフランツと並んで腕を組んでいる。


「おい、アンタ何でそんなに偉そうにしてんだ!?少しは畏まれ!!」


二人のやり取りを見ていたフランツは堪らず笑ってしまった。


「アハハ、二人は随分仲が良いみたいだね、羨ましいよ。」


しかし、笑っていた顔を引き締めると、フランツは二人から事情聴取を始めるのだった。


※※※※


「さて、何故帝国の騎士、それも一番の使い手がこの村を強襲したのか原因を探らねばならない。慌ただしくてすまないが、ご協力願えるかな?」


フランツがカイトの肩に手を置いた瞬間、


「あだだだ!」


何故かカイトは股間を押さえてうずくうまった。


「な、なんだい、どうした!?大丈夫かいキミ!!」


うずくまるカイトの肩を支えるようにして、フランツがカイトの顔を覗き込む。


「あだだだ!て、てめー俺に何しやがんだ!!」

「な!?ぼ、僕が何をしたって!?言いがかりだよキミ!!」


フランツが身体を離すと、股間の痛みが消えた。


「あ、あれ?痛くなくなった......」

「な、何だと?」


狐に化かされたような表情の二人をよそに、タマルは何か思案していた。


「こ、これは、まさか......」


そう呟いて、タマルがフランツの手をカイトに触れさせる。


「あだだだー!てめー、タマル!!」

「き、キミは一体何を......?」


カイトが痛がる様子を見て、タマルはフランツの手をカイトの身体から離す。


「はぁはぁはぁ......、おいタマル!どういうつもりだ!おい!聞いてんのか!」


カイトの怒鳴り声を遮って、タマルは一つの結果を出す。


「むむむ......。どうやらフランツ王子、あなたはカイさんに何かしらの因果関係があるかもしれないっすね。」

「ほう、僕が今日始めて会った者と関係が?面白い話だね。」


信憑性が感じられないタマルの仮説にフランツは訝しい表情をする。


「おいタマル、どういうこった?わけわかんねーんですけど?このキザマンと俺が何だって?」


カイトもタマルが言わんとしていることが見えてこない。


「話し中すまない。興味が引かれる話ではあるが、僕としては強襲問題の調査が急務でね。」


確かにフランツとしては、戦争の火種になりかねない案件の調査が最優先であろう。


「それに現場はこの村だけではなくてね・・・問題が多いのだよ。」

「それってもしかしてオーク族のことっすか?」


クラウディアが村に来る前に襲ったと話していたことを思い出してタマルが尋ねた。


「あぁ、赤嵐から聞いたかな?確かに、彼女はここに来る前に、オークの野盗一味の根城を襲っていたんだ。詳しくは言えないが、そもそも僕と部下たちはそのオーク討伐の任を受けていてね......」

「な、何ぃ!?アンタそこに行ったのか!?生き残ってた奴はいなかったのかよ!?しゃくれたずんぐりと寄り目なデカい奴は!!?」


思わぬ情報に、カイトはフランツの胸ぐらを掴む。

股間が痛むが気にしてはいられない。


「......離してくれたまえ」


必死な形相のカイトを、さっきまでとは打ってかわって冷たい目線で見ながらフランツはカイトの手を払う。


「これ以上は国家機密に関わる内容だ。一般人のキミ達に話すことはできないな。......ところで、野盗オーク族に知り合いでもいたような口ぶりだが、キミは野盗の一味なのか?」

「野盗とかは関係ねー!そのしゃくれたずんぐりと寄り目のデカい奴はどうしたんだって聞いてんだよ!!」

「......ふむ、これは事情聴取ではなく、尋問の必要があるようだ。さて、大人しく拘束されるつもりはあるかい?」

「えっ!?」

「あんだと!なんで俺たちが捕まるんだ!?」

「キミ達は、その言動から野盗に関連していた疑いがある。正義の名の元、私が尋問の必要を認めた」

「関係ねーって言ってんだろ!!耳ついてんのかてめー!!」

「ふむ......大人しく拘束を受ける意思はなさそうだな。少々、痛い思いをしてもらうとするよ、正義の名の元に、ね」


そう言うと、フランツは背中から鞘に入れたままの剣を手にする。


「お、王子!?ご、誤解っすよ?ちゃんと話をすれば誤解って分かるっすよ!」

「タマル離れてろ。コイツ聞く耳持ってねーみてーだ。」

「そうさ、無実というなら証明してみせると良い。さぁ、正義の名の元に!」

「このキザ正義バカぶっ飛ばして、あいつらのこと聞き出してやる!」


※※※


フランツは水平に構えた長剣をやや後方に引き、身体の重心を低くする。

一方、カイトは前後左右に動けるように、踵を上げて拳を握り、半身の構えをとった。


「......さて、キミの実力が口だけではないことを祈ろう」

「へっ!カッコだけじゃねーといーけどな!」

「......行くよ」


宣言した瞬間、フランツとの距離がぐぐっと縮んだ。

フランツの踏み込みは、クラウディアには及ばないものの、それに迫るスピードと圧力があった。


(くっ、コイツも早い!)


右目に集中するカイトにはフランツの動きがどうにか捉えることができた。

フランツは圧倒的なスピードを活かした突きを見舞おうとしている。


(突きか、それなら横にかわすか?いや、かわせば次は払い斬りってとこか。だったら......)


そう判断し、カイトはバックステップで距離をとり、フランツの攻撃範囲から身を離した。

が、しかし。


「がはっ!?」


十分に距離をとったかに思えたが、フランツの突きは強かにカイトの胸部を打ち付けていた。


「く、クソ......確かに避けたはず......」


何とか踏ん張って、後ろに吹っ飛ばされることは耐えた。しかし、避けたと思った攻撃が届いた種明かしはできずにいた。


「ふっ、随分目と勘が良いようだが、甘いな。それだけでは私の閃光突き(フラッシュ)は破れないよ」


「ハァハァハァ・・・い、一撃目から必殺技使ってたのかよ・・・出し惜しみとか展開とか考えやがれよクソ!」


折れてはいないようだが、打ち据えられた胸が激しく痛み、呼吸がままならない。

しかし、それでも怒り心頭のカイトは悪態をつかずにはいられなかった。


「ご忠告痛み入るが、私は相手を見くびって手を抜くような愚策は持ち合わせてなくてね。」

「だったら俺の実力に合わせてデコピンくらいから始めろってんだよ!」

「ふっ、自分を卑下するもんじゃないさ。あまり卑屈になると嫌味になるよ」

「嫌味はどっちだ!」

「さて、正義の名の元、降参するかい?」

「正義正義うるせーな!初見から気になってたけどよ、だいたいにして、てめーの正義ってな何だよ!」

「ほう、僕の信念を汚すのかい?」


涼しげな顔に青筋が浮かぶ。


「てめーの価値観押し付けんなっつってんだよ!」

「なっ!私が間違えてるとでも!?」

「てめーが何を信じてよーが勝手だがよ、てめーが譲れないものがあると同じ、俺にも譲れねーモンがあんだよ。だから、押し付けんなってんだよ!!」

「国を守り、弱者を助ける。それが間違えてると?」

「だーからよ、間違えてるなんて言ってねーだろが、このスットコドッコイ!」

「す、スットコドッコイだと!?この私をスットコドッコイと!?

この......腹の中まで真っ黒男め!!」

「ぷぷ!口撃は弱っ!!」

「き、貴様ぁ!」


「す、すごい低レベルな口撃の応酬っすね・・・」


先程の緊張感はどこへやら、子供の口ケンカになりつつあり、タマルは若干緊張感が減った。


「弱い奴助けるのは、大いに結構。だが、悪さ働く奴にも事情ってのがある奴だっているかもしれない。改心する奴もいるかもしれん。......そーは考えられねーのかよ?」

「......愚問だな。」

「何だと?」


フランツはため息混じりに答えた。


「悪は悪。悪は成敗せねばならん。事情や理由は関係ない。」

「てめー......」

「逆に問うが、事情や理由があれば罪を犯しても構わないと?」

「そ、そんなことまで言ってねーよ」

「そういう事だ。いくらキミが僕を糾弾したところで、僕の信念は変わらないよ」

「......てめーの頭はダイヤモンド製かよ?どんだけ堅ーんだ。

振りだしに戻る、か......」

「ふっ、そのようだね。残念だよ、嫌いじゃないんだがね、キミのような男は」


そう言うとフランツは長剣を構える。


「けっ、野郎に言われてもゾッとするだけだぜ」


カイトも半歩踏み出して構える。



「どうしてこんなことに......。」


タマルは戦いを再開する二人が理解できないでいた。


「私の正義の力、味わうがいい!!」

「てめーのお堅いダイヤ頭、叩き割ってやるぜ!!」


二人が息を吐いた瞬間、二人の身体がぶつかり合った。


フランツはカイトの未知数な力を見抜き、避けられそうになった『フラッシュ』の改良版、『高貴な閃光(ロイヤルフラッシュ)』を放った。

ロイヤルフラッシュは身体の遠心力を使い、スピードと威力を上げた技である。

生身の人間に使うことについては多少の躊躇いを感じないわけではなかったが、目の前の男の底を見てみたくなってしまったのだ。

口も態度も悪い、そんな男だが仲間と思われるオーク族のことについては熱くなった。今までのフランツの人生において出会ったことのないタイプの人間に興味を引かれてしまったのだ。

そして先程の口撃。

フランツの信念は曲がることはないが、それでも言葉が心に穿たれた。

そんな考えから、より強い技を放ったのだが......


フランツは先程と同じように直線的な動きで間合いを詰めてきた。

さらに水平に剣先を向けてきていることから、先ほどと同じ突き技と推測するが、途中でフランツの身体が回転した。


(な、何ぃ!?回転するだと!?)


そして、その遠心力と突進力を剣先に集中した突きは、先ほどの突きよりも凶悪なスピードと圧力を纏っていた。


(へっ、どーせ突き技が好きだと思ってたぜ!)


かわすことも避けることもできないなら、最小限のダメージで食らってやる。

食らうことが分かっていれば、不意を打たれるよりは幾らかマシ。


(そん代わり、スカした顔に一発見舞ってやんぜ!)


凶悪な突きは腹部に着弾する。

身体がくの字になるが、半分は自分でわざと身体を折った。

ダメージ緩和と、少しでもフランツとの距離を詰めるためだった。

身体にダメージと突進力が伝わる前に、拳をフランツの顔目掛けて放った。

渾身の一撃を、頭の堅いばか野郎に向けて。自分の譲れないモノのために。



「ぐぼげぇ!!」


※※※※


(......俺の譲れないモノって何だっけ?)


そう逡巡して意識を戻す。

いつの間にかカイトは仰向けに寝ていたようだ。


「......あ、アレ?何で?」


視界にタマルの顔が映る。


「あ、フランツさん!!目を覚ましたっすよ!」


すると今度はフランツの顔が映る。


「ふっ、だからこの男は存外に丈夫だと言ったろう、タマル君。」


フランツはため息混じりに顎を擦る。


「......あんだよ、どーなってんだ、コリャ?」


急にタマルとフランツが仲良くしているし、自分は寝ている。


「あれ?覚えてないっすか?」

「タマル君、無理もないよ。彼は僕のロイヤルフラッシュを受けて吹っ飛んだばかりなんだ。ハイポーションを使ったところで、ダメージが抜けきっていないんだろう。」


そう言われて記憶が呼び起こされる。

強力な突きを食らいながら拳を出したのだが、拳の感触よりも腹部への強烈な衝撃を味わった。覚えているのはそこまでだった。


「私の技に真っ向から向かってくる命知らずは初めてだよ。」


そう言いながらもフランツは顎を擦る。その顎は赤い擦り傷があった。


「まさか、敢えて当たりに来るとはね......やられたよ、カイト君。」

「あぁ?俺の名前......?」

「あの、カイさんが気絶している間に俺がフランツさんに話したっす!」

「何?」

「それと、シャルクレさんとヨリメルさんの事情や、その二人と俺たちとのことも話しときましたっす!」

「な、何だと!?」

「話したら、フランツさんはちゃーんと解ってくれたっすよ!」

「お、俺は何分くらい倒れてたんだ?」

「えーと、一通り話し終わってからハイポーション掛けたんで、一時間くら......ではなく、十分くらいっすかね」

「......その間、俺は?」

「そこで朽ち延びてたっす」

「バカタレー!!すぐに蘇生せんかー!!」

「す、すんませーん!カイさん寝てたままの方が話し易かったもんで~!」

「何だとー!!」


タマルを小突くカイト。

それを見るフランツは、羨ましそうに、微笑ましく呟いた。


「しかし、賑やかな二人だ......」

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