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キミの名は

キミの名は



「ドえれー目に遭った......」


男は独り言を洩らした。

未だに急転直下の状況が整理ができていない。



ラーズから何かの力を感じた瞬間、男の身体は川の上にあった。

飛ぶようなスーパーパワーを持ち合わせていない男は重力に逆らうことなく、その身体を川に沈めた。

幸いにして泳ぎが得意であったため、そのまま沈んで溺れることは避けられたが、激しいうねりの圧倒的な力に逆らうことができず、流れに流されてしまったのだ。

時間の感覚は若干麻痺していたが、それでも、辺りが薄暗さを残したまま明かりが差していていたことから、男は夜明けなのだろうと予測した。

見える限りの風景から出来るだけ情報を得ようとするが、やはり自分の記憶にはないように思えた。

それにしても、いくら足掻いたところで、川幅は100メートルはあろうかという広さで、底は全く見えない上に激しい流れとあっては、泳ぎが得意といっても川の中央あたりで流される男はどうしようもなかった。

流される途中で流木にしがみつき、溺れないようにすることが精一杯だったのだ。

そして、流されて体感的に二時間くらい経った頃、川の先が見えなくなったと思ったら、身体が浮遊するような感覚の数十秒後、水面に身体を叩きつけられ、気を失った。

巨大な滝から落下したのだ。


目を覚ました時、男は幅が10メートルくらいの浅瀬の川岸に横たわっていた。

そして、冒頭の台詞に繋がる。


「ドえれーメに遭った......。

悪い夢って、落ちたら覚めるのが定番だろうが......」


しかし、着水している身体の感覚や、滝から落下した際の打ち身ダメージなどが夢であることを否定し、無情にも男に現実を突き付けている。


「あんな高い所から落ちて、よく死ななかったな俺」


今でも浮遊感からの水面直撃は思い出してもゾッとする。

全く、バンジージャンプをする連中の気が知れないものだ。

川辺に寝っころがったまま、川に落とされる前の、骸骨たちのことを思い返す。


コスプレか特殊効果かと思っていたが、実際のところ、アレは何だったのか?

アレをそのまんまな生命体と認める自分と、認めたら今までの常識が根底から覆ってしまいそうで認められない自分がいる。

そんな板挟みの気持ちと反して、認めなければならないことがあった。

それは、彼らが自分を守ってくれたこと。それも命を懸けて、だ。

意識が飛ぶ瞬間、ラーズと名乗った骸骨は自分を庇って刺され、そして爆散した。

骸骨がどれだけの耐久力があるのか分からないが、胸に刺さった武器に力が集約され、その力が解放されると同時に身体が爆発したのだから、五体満足とはいかないだろう。

普通の人であれば、間違いなく死んでいたはずだ。

会って間もない相手ではあるが、その相手は自分を心配し、信頼して、そして敬愛していた。

結果的に人違いなのだろうが、そんな相手が死んだかもしれないのだ。


「くそ......」


しかし、何もしてやれないし、やれることはない。男は現在地がどこかなのさえ分からないのだ。

元々、何の特殊能力も持ってはいないが、自分の無力さを痛感したは二回目だ。

もう二度と、こんな思いはしたくなかったのに......


「くそ!」


川辺の水面を叩いてみても、何も変わらない。そして誰も答えてはくれない。

さらさらと流れる川の音が絶え間無く聞こえるだけだった。


川辺に寝そべったまま空を見上げていたが、男の気持ちとは裏腹に雲一つない快晴の空が広がっていた。

しばらくの間ぼんやり空を眺めていると、次第に快晴の空は男の心を落ち着かせた。空は自分の知る青空と一緒だったのだ。


「まだ、死んだと決まったわけじゃねーしな」


そう呟いて、身体を起こす。

打ち身が少し痛んだが、それでも軽くストレッチをしてみる。


「それにアイツ、何となくしぶとそーだしな」


楽観的な考えではあったが、口にしてみると実際にそう思い込むことができて、気が軽くなった気がしてきた。そして、少しずつだが行動する意欲も湧いてきた。


「まずは、人家を探すか......」


そうは言ってみたものの、見回しても視界に入るのは、川と、川を挟む森だけで、目印や文明を感じる造作物もない。

方角も分からないまま、どこをどう進めば良いのか検討もつかない。

唯一確かなかことは、川の上下流くらいなものだった。


「下流に沿っていけば、少なくともまたここまで戻ってこれるな」


そう考えた時、吹き掛ける風が男の身体の熱を一気に奪っていった。


「寒っ!そりゃ何時間も水に浸かってりゃ体温もさがるわな。せめて服を乾かしてから移動するか。......しかし、火の元もないのにどーやって乾かそーかな。一瞬で乾く機械でもあれば......」


そう言った瞬間、服から完全に水気がなくなり、それどころか暖かみまで感じるようになった。


「へ?何だ!?」


突然のことで驚いて声が裏返ってしまったが、そんなことには構っていられない。

間違いなく先ほどまで滴るほど濡れていた服が一瞬にして乾いてしまったのだ。


「どんな仕組みなんだ!?」


しかし、いくら着ている服を確めてみたところで、着ている長袖シャツも長ズボンも至って平凡なもので、どうやって水分を飛ばしたかなんて分からなかった。


「一体全体どうなってるんだ......?」


狐に化かされたような気分だが、かといって答えを出してくれる人物はいない。

一瞬で服が乾いたこと、マントが暖かいことの事実があるだけであった。

であれば、男にできることは一つしかなかった。


「とりあえず、進むしかないか......」


今は深いことを考えず、歩いて人に出会わなければ分かることは何一つないのだ。

そう考え込み、男は川の下流に沿ってゆっくりと歩き始めた。



歩き始めて、30分くらい経ったところで人の声が聞こえたような気がした。

歩けど歩けど変わらない景色にイライラしていた頃だったこともあり、声が聞こえたことは青天の霹靂だった。

急いで声がする方へ駆け付けようと足を踏ん張ったところで


「いや、ちょっと待てよ」


と男は思い直した。


自分は先ほど、サディスティックなド変態に命を奪われかねたところだったのだ。

声の主が、自分に好意的な態度で出るかどうかなんて分からないし、敵対すると命を狙うような輩がいるのだ。

ここは慎重に、相手を観察してから姿を見せる方が安全だろうと考え、男は足音をなるべくたてないように、そして物陰に隠れながら接近することとした。


声は現在地から更に下流に下った場所から聞こえてくるようだった。

枝などを踏んで音をたてないように気を付けながら、発声場所までジリジリと近付いていった。

近付くにつれて、声もはっきりと聞こえてくるようになったのだが、どうやら数人が何事か揉めているような雰囲気だったことが感じ取れた。

そして、身体を木に隠しながら様子を伺うと、ついに声の主たちの姿を捉えることができた。



声の主は三人。

全員男。

二人と一人が向かい合うようなかたち。

二人は一人に、いちゃもんをつけているような雰囲気。

二人は話している雰囲気からチンピラ。

一人は絡まれた気弱そうな一般人。その後ろにはデカイトカゲがいる。トカゲとはいっても男が見知るトカゲとは大分趣を異にしている。男が知る世界で知っているサイズを遥かに凌ぐ大きさだ。

一人と一匹は身を寄せ合うようにして、怯えているように見えた。

一方、二人はガタイが良く、背が高いのと低いでこぼこコンビで、どちらも顔が豚っぽい。

というより、ほぼ豚だ。

いや、完璧に豚だった。

豚の鼻に豚の口。

おまけに口から牙が出ている背の低いシャクレ顔と背の高い寄り目な豚人間。


(えー!?あいつら豚だよ!二足歩行して言葉を話す豚だよ!大発見だよ!豚がカツアゲしてるよ!豚がカツアゲって、これがホントのトンカツだよ!!)


主にシャクレ豚が会話のイニシアチブを握っていた。ついでに武器も握っている。握る手は毛がフサフサしているが、五本指っぽいように見えた。


(え?手は豚足じゃないの?何だよそれ、中途半端だな~。生意気に刃物持ってやがる。セルフでトンカツになるつもりか!?)


話す豚のことが大いに気にかかったが、それより気になることは、カツアゲされている背の小さい奴のことだった。

見た感じ、カツアゲされてるいじめられっ子中坊のようなオーラを発している。

何故か人のS気を刺激してくる、そんな感じだが、気になるのはそこではない。

中坊を見ていると、右目がチリチリと、火傷に似た痛みが走るのだ。視線を豚人に向けると痛みは消える。中坊に視線を戻すと、また痛みが走る。


(一体何だってんだ......あの中坊に聞けば何か分かるかもしれんな。さて、どうしたもんだか。)


男はとりあえず、事の推移を見守ことにした。




いじめられっ子中坊こと、タマル・ゾディアックは運に恵まれ、調子に乗っていた。

旅の途中で運良く発見した、ロンロリアルという希少な生物に遭遇し、飼い慣らすことができた。

ロンロリアルはドラゴン系統の大型魔獣である。翼がないため飛行ができない代わりに、水陸両用でスピードもあり、丈夫な上に体力もある。ロンロリアルの飼い主だというだけで流通の顧客は馬引き流通商人と比べて、ぐっと上がる。

実家を飛び出して苦労はあったが、ロンロリアルとの出会いでかなり報われるようになってきた。実際に飛び込み営業でも相手の態度がまるで違った。

指名依頼も受けるようになり、シロサ村を拠点としてフィ・クサリア王国やグンザー商国に出入り出来るようになった。

それなりに顧客から顔を覚えて貰えるようになり、商売が上向いてきたと思っていた矢先だったのだが。

グンザー商国からシロサ村に戻る途中、ロンロリアルに水浴びでもさせてやろうと思って川に寄り道をしたのが間違いだったのだ。


街道から森を抜けて川が見えてきた時、二人組のオーク族に出くわした。

彼らと目が合った瞬間、本能的に


(こら、まずい)


と感じた。

二人組は座って休んでいたようだったが、タマルを見つけた時の目が、正に獲物を捉えた獰猛な獣のような目を向けてきたからだった。

それに二人組は、顔を見合わせてニヤリと笑ってすらいたのだ。


「おいおい、育ちの良さそうなお坊ちゃんがこーんな所に何の用かな?」


背の低い方のオーク族は立ち上がりながら牛刀を片手に、舌ナメずりをしながら話し掛けてきた。

背は身長165センチメートルのタマルより低いが、筋肉は隆々としてるし、かなり獰猛な目付きをしている。間違いなく、まともな相手ではない。


「な、何の用なんだな?」


背の高い方のオーク族は、武器は持っていないようだが、2メートル近くありそうな身長に、腕の太さがタマルの腰より太いくらいの筋肉化け物だ。しかし、頭はあまり良くなさそうだ。


「ど、どうも、コンニチハ。い、いえ、用事ということまでではないっす、ただコイツに水浴びさせてやろうかと思ってですね」


そこで二人組は改めてて、タマルの後ろで隠れるようにしていたロンロリアルに目を向ける。隠れるようにといっても、タマルの倍近くある身体のロンロリアルは、全く隠れていないのだが。

おとなしい性格のロンロリアルは「キュウゥン」と怯えた声を出してさらに身体を小さくしようとしている。



「ほぅ、家畜に水浴びとは殊勝なもんだな。

しかし、珍しいモン連れてんじゃねーか。そいつは何だ?足の長いデカトカゲか?」

「そ、そいつ、何とかっていうレアもんなんだな」

「ほう、レアもん?そりゃ売ったら高値がつきそうだな。

よーし小僧、死んでそのトカゲ奪われるのと、無事に寄越すの、どっちが良い?」

「どっちが良いんだな?」


タマルは生まれて初めて強盗に出会ったのだった。




シロサ村のお客さんが噂していた。

最近、オーク族の野盗が増えていて気を付けた方が良いと。

オーク族は、腕力は強いが頭が弱いから、金になるものなら根刮ぎ持っていかれてしまうし、手加減を知らないのだと。あの時はお客さんに、「なるほど、気を付けるっす!」なんて適当に答えてしまった。


(なるほど、それを実体感しているところですお客さん!)


後悔とは正に後で悔いるものだと、タマルは痛感したのだった。


「で、小僧、どーするんだ?」


オーク族の小さい方が、牛刀を肩にトントンしながらニヤニヤしている。


「どーするんだな?」


大きい方が筋肉をムキッとさせながら、ずいっと前に出る。


このオーク族の強盗コンビはロンロリアルを寄越せと言っているが、タマルにとってロンロリアルは流通商をする上で欠かせない存在であり、何のコネも持たないタマルが商売をする最大の武器であったのだ。

それに、出会って半年程度ではあるが、タマルにとって商売の相棒として、またはそれ以上の存在になっている。

脅されたからといって、そんな簡単に差し出すわけにはいかないのだ。

だかしかし、現実としてパッと見でタマルに勝ち目はない。


「あ、あの~ですね、お金なら多少持ち合わせがありまして、それで見逃してもらえませんか......」

「あぁ?、おめーバカか。金なら貰うに決まってんだろ!死体のおめーから貰うか、生きてるおめーから貰うか、おめーで決めろや」

「き、決めるんだな!」


金での解決策はあっけなく瓦解した。

もはや、自分が生きるか死ぬか究極の選択しかないらしい。


(くっそー、ケチんないで用心棒雇うんだったす!)


街道の往来は危険が伴うため、普通なら商人は用心棒か傭兵を雇う。整備された街道といえど、野盗や魔獣に襲われる危険性があるためだ。

しかしタマルは、少しでも経費を浮かすため、用心棒を雇わずにこれまでやってきた。

それに、ロンロリアルの脚力には並大抵の馬や魔獣では追い付かないため、それに甘えて今まできてしまっていたのだ。

この状況を他の商人が知ったら、「いつかはそうなると思っていた」と鼻で嗤うだろう。

今までが上手く行き過ぎていたのだ。


「あ、アニキ、こいつ言うこと聞かない気なんだな、やっちゃうんだな」

「おい、俺の弟分は気が短いんだ、どーすんのかさっさと決めろや」


何か良い手がないか頭をフル回転させるが何も思い付かず、タイムリミットが迫ってきている。


(商売も命あっての物種、ロンロリアルは勿体ないが自分がここで死んだらそれまでっすよね)


そう諦めてロンロリアルを見ると、ロンロリアルは静かに自分の目を見返す。

言葉を理解しているわけではないだろうが、タマルを心配しているような、そして諦めたかのような悲しい目に見えた。


「い、命は惜しいっす......」

「よし、じゃ金とそいつ置いてどっか行っちまいな」

「だけど!」

「あん?」

「だけども......そ、そいつは俺の相棒で大切な奴なんだ。今まで一緒に色んなことを体験して、苦労を分かち合ってきて......家族みたいなもんなんす。だ、だから......」

「だから何だってんだ」

「だ、だから、お前らには絶対渡さないっす!」


タマルの中で、今までのロンロリアルとの半年間の思い出がフラッシュバックした。

辛いときも楽しいときも、ロンロリアルが傍にいてくれた。重い荷も頑張って運んでくれた。雨の日も頑張ってくれた。寂しいときは身体を寄せて励ましてくれた。

こんなに優しくて頼れる相棒を、チンピラなんかに渡したくなかった。

半泣きしながら、それでもタマルは二人組に言い放った。


「......ほう、なかなか根性あんだな、小僧、気に入ったぜ」

「うん、こ、根性あるんだな」

「じゃ、じゃあ見逃してもらえ......」

「その根性に免じて、一撃で楽にしてやるよ、感謝しな!」


タマルのささやかな希望は簡単に打ち砕かれた。


「感謝する理由が見当たらないっす!」

「じ、じっと楽にしてるんだな、あ、アニキはく、首チョンパが上手なんだな。へ、下手に避けると、よ、余計に苦しくなるんだな。」

「ひ、ヒィ~!」

「逝っくぜぇ!」


小さなオーク族がタマルの首目掛けて牛刀を振り上げた瞬間だった。


「素でヒィって言う人、まーた見つけたよ」


全身黒ずくめの男がタマルの前に立ち塞がった。



「な、何だてめー!」

「な、何だてめー、なんだな」


突然出てきた全身黒尽くめの怪しい男にオーク族の二人組は動揺する。


「通りすがりの者ですけどー」

「通りすがりが何の用だ!こちとら取り込み中なんだよ!」

「あぁ、取り込んでるのは誰だって見たら分かるよ、んなデケー声で言わなくたって」

「あぁ?てめーナメてんのか、おい!」

「ナメてはいないけど。」

「その態度がナメてるっつってんだよ!」

「そういう風に言われたらナメてるのか、俺は、うん」

「てめー、どこまでもナメやがって!」


兄貴分オーク族は下から舐めるように黒尽くめの男にメンチを切るが、当の黒尽くめの男は涼しい顔、いや、眠たい顔をしたままだった。

タマルは勿論この男を知らないが、オーク族に向かい合っていることから、強盗の仲間ではないことは分かった。

黒尽くめの男は、ボサボサの長い黒髪に180センチ近くの身長で、体格は黒いマントに隠れてはいるが太ってはいなさそうだ。

そして何より、あんなにメンチを切られているのにも関わらず、臆することがないどころか眠たそーな目で二人組のオーク族を見据えている。


「ふむ、やっぱ、おめーらじゃ何ともならねーんだな」


黒尽くめの男は手を顎の下にして、何か物思いに耽っていた。


「あぁ?俺らが何だと!?」

「いやいや、こっちの確認事項。そーすっと、やっぱこっちの中坊か。」

怒るオーク族そっちのけで、黒尽くめの男がタマルを左側から振り返る。

「あ、あのぅ、助けてくれるんすか?」

「やっぱ左目だと平気だな。でも右目だと......」


返事をすることなく、今度はタマルを身体の右側から振り返る。


「わっちちち!やっぱし右目だけなのか......こりゃ何なんだ......?」


理解不能な行動をしながら、男は右目を押さえている。


「あ、あのう、一体何をしてるんすか?」


そう尋ねると男はタマルをジロリと睨んだ。


「おい、お前!俺の右目に何をした!?」

「はい?!何をしたも何も、アンタと俺は今会ったばかりじゃないすか!」


いきなり、いちゃもんをつけられた。


「お前を見ると、俺の右目がチリチリ痛むんだよ!お前何か知ってるだろ、おい!」


男がタマルの胸ぐらを掴んで乱暴に振り回す。


「い、言いがかり甚だしいすよ!アンタの目のことなんて全然知らないすよ!」

「あぁ?俺がどんな痛い目に遭っても知らないだと?!オドシか、てめー!」

「どんな耳してんだよアンタ!」


顔を引き寄せられながらタマルはツッコミを入れた。タマルが男の目を良く見ると、黒目のなかに何か紋様のようなものがあることが見えた。



「ん?アンタの目に何か模様が入ってるすよ?」

「はい?目に模様ですって?」

「は、はい、詳しいことは専門家じゃないんでアレなんすけど、何かの術式の法陣のようにも見えるすね......呪われてるのかもすね」

「お、俺が呪われてるだとぉー!あっ、いちちちちー!」


そこまで二人のやりとりを呆気にとられて呆然と眺めていたオーク族の小さい方が、ハッとした。


「お、おい、てめーら!!俺たちを置き去りにして何やってやがる!?」


その怒鳴り声でオーク族の存在を忘れていたような黒尽くめの男がオーク族を振り返る。


「あぁ、まだいたんだ、悪ぃ悪ぃ。えーと、何だっけ?」


黒尽くめの男が頭をボリボリかきながらオーク族に謝った。


「く、くそ、バカにしやがって!結局のところ、てめーはそこの小僧を助けに来たってことで良いんだな!?」

「いんや、今どうするか考えてる」

「は?」

「何?」


男の返事を聞いてタマルもオーク族も、男が言った意味が分からなかった。


「て、てめーはこの小僧を助けに来たんじゃねーのかよ?」

「まぁ、助けたくねーわけじゃねーけど、どうしたら良いのか分からなくってな」

「ど、どーゆーことっすか?」

「カッコいい感じで出たはいーけどよ、なんつーのかな、別に俺ケンカ強くないし、目が痛いし」

「カッコいい感じって、自分で言っちゃってるよこの人!で、でもアレっすよね、隠してる凄い武器があったりして......」

「いんや、丸腰だ」

「だったら、てめー外法使いか!」


苦手な外法使いかもしれないと思い、兄貴分オーク族が後退りする。


「ゲホー?何だそりゃ?」

「外法知らねーのか、てめー!」


予想が外れたどころか、外法を知らない非常識さに兄貴分オーク族はガクっとした。


「あぁ、知らん」

「「「............」」」


男が言うには、腕っぷしがあるわけでも、武器を持ってるわけでも外法が使えるわけでもない。タマルは勿論、オーク族の二人組も軽く混乱してしまった。


「だったら、アンタはどうして?」


命が取られるかもしれない場所に全くの丸腰男が現れた意味が解らず、タマルは男に問いかけた。


「だーかーらー、おめー見てたら目が痛くなったもんだから、何か知ってんじゃねーかと思ったんだよ。まぁ、期待外れだったみたいだがな。」

「期待外れはこっちの台詞だよ!?」


頭をかきながら答えた男にタマルはツッコミを入れた。


「お、おちょくりやがって......」

「お、おちょくってるんだな」


男の言葉はオーク族をかなり怒らせてしまったようだ。


「ふざけてなんかねーよ。ブヒブヒうるせーな」

「「!?」」

「アンタ、大分状況を悪くしてるんですけど!?」


男は素なのか、挑発するようなことを言っている。

オーク族は猪を源種とする戦闘獣族である。

オーク族を豚のように扱うのは、オーク族にとって最大の侮蔑であり、当然二人組は怒り心頭になっている。



「ほ、ほぅ、てめーはよっぽど死にたいみてぇだな」

「あ、アニキ、お、オイラがこの生意気な奴、やっちゃって良いんだな?」


弟分オーク族が指を鳴らしながら黒尽くめの男を睨む。

弟分オーク族は、腕がタマルの腰くらいに太い。あんなのに殴られたら身体が千切れてしまいそうだ。


「お、おいアンタ、アイツ殺る気マンマンだぞ!」


弟分オーク族の殺気は、武術とは無縁のタマルにも分かるほど、ビンビン伝わってくる。もはや謝っても許してはもらえなさそうだ。


「ふん、そうかよ。おい、中坊!これが済んだら詳しく聞くからな。」


しかし男は殺気に臆することなく、弟分オーク族に向かって行った。


(あんな強そうなオーク族にビビらず向かって行くなんて、あの人には何か隠した技とかがあるかも知れないすね)


無造作に弟分オーク族の前に立つ黒尽くめの男に期待してしまう。


「よし、来い」


黒尽くめの男は手招きをして、更に弟分オーク族を挑発している。


「や、やってやるんだな!て、手加減はしないんだな!」


背の高いオーク族も臆することなく向かって来る男に何かを感じたようだ。

怯えたように、それでいて怯えを払拭するように背の高いオーク族の渾身のパンチを繰り出す。


ドグシャ!


そしてその渾身のパンチは、黒尽くめの男の顔面を盛大にヒットした。


「え?」

「は?」

「あ、あれ?なんだな」


パンチがクリーンヒットした男は、それは見事に10メートル程吹っ飛んでいった。

何かあると思っていたタマルほか二名は、男の見事な吹っ飛ばされ方に呆気にとられてしまった。


「し、死んだな、あの人......」


顔より大きな拳であんなにクリーンヒットして吹っ飛んでいったのだ。身体が真っ二つに千切れたようには見えなかったが、顔の骨はグシャグシャに潰れてしまっているに違いない。

恐らく助けに入ってくれたのに、登場後僅か数分間で死なれてしまい、タマルは罪悪感よりも戸惑いの方が大きかった。

吹っ飛ばされた当人は、吹っ飛んで大木に当たり、うずくまったままだ。確認するまでもなく、死んでいるだろう。


うずくまったままの男が動きそうにないことか分かり、兄貴分オーク族が安心したかのように、そしてその安心感を悟られないように大声を出す。


「ギャハハハ!何だそいつは、雑魚が粋がってただけかよ!もう少し粘ってくれよ!」

「い、一発なんだな、お、オイラの幻の右が、ま、まともに入ったんだな!こ、ここまでキレイに入ったのは、は、初めてなんだな!」


オーク族の二人組はかなりテンションが上がってきているようだが、人を一人殺したことに罪悪感は微塵もないようだ。


「よーし、次は俺の出番だな!弟分だけに良い格好はさせられねーからなぁ!」

「あ、アニキのか、格好良いところ、み、見たいんだな!」


そう言って二人組は殺意をタマルに向ける。


「あ、あわわわ......」


タマルは男の状態を確認したかったが、あまりの殺気に腰を抜かしてしまった。


「くっくっく、どーこへ逃げようとしてるんだ~?」


腰を抜かしたまま後退りするが、オーク族はすぐに距離を詰める。


「あ、あわわわ......」


恐怖のあまり、言葉にならない声が漏れる。

と、その時、


「素であわわわ言う奴、初めて見たな」


顔の左半分を張らした黒尽くめの男が立ち上がった。



「て、てめーは!あのパンチが効いてないってのか!」

「お、オイラの渾身のぱ、パンチが......?」


死んだと思っていた黒尽くめの男の再登場にオーク族の二人組は動揺を隠せないでいた。

動揺したのはタマルも同じだった。


「あ、アンタ、平気なのか......?」


黒尽くめの男は血は出ていないものの、左半分の顔面は腫れている。

しかし、それでいても


「フッ......」


などと不敵な笑みを浮かべる男に、タマルは男としてのカッコ良さを感じた。


(こ、この人、とんでもない人なんじゃ......)


しかし、


「......平気なワケねーだろが!!めっちゃ痛いわ!!」


再登場のカッコ良さはどこへやら、左の頬を押さえながら、黒尽くめの男はうずくまった。


「ホントに何なのこの人!?ちょっとでもカッコいいと思って、めっちゃ損したんですけど!」

「何だとてめー!誰のせいで俺がこんなメに遇ってると思ってやがんだコラ!

何かスーパーパワーとかあるのかと思ってたのに、何もねーのかよ、チキショー!」

「わぁぁ、す、すんませんした!た、ただいまポーションつけますので!」


そう言って、タマルは自分の肩掛けバッグを漁り始めた。


「おい、おめーら!だから俺らを無視すんなって言ってんだよ!!」

「あ、アニキ~、お、オイラ何だか、こ、コイツら怖いんだな」

「何言ってんだ、ちゃんとお前のパンチ効いてるみたいだろ?何ビビってんだよ!?」

「だ、だって~、あのパンチはひ、人族ならま、間違いなく死んでるぱ、パンチだったんだな~。それに、あ、あいつ、あんまりビビってないんだな」

「パンチは効いてるんだよ、あの真っ黒野郎が少しばっかり頑丈なだけだ、自信持て!あと状況が解ってないバカなだけだ!」


弟分オーク族は、渾身のパンチで黒尽くめの男が死ななかったことでかなり動揺していた。そして、本能的に関わってはいけないような気がしてきたのだ。

それは兄貴分オーク族も同じだったが、引くに引けなくなっていた。


動揺しているオーク族を差し置いて、タマルは黒尽くめの男にポーションを渡していた。


「これを使うっすよ」

「何だこの緑色の液体は?」

「アンタ、ポーション知らないのかよ!」

「ポ、ポーションだと!?RPGかよ!」

「あーるぴーじって何すか!?」

「ゲーム知らんのかよ?真面目君かおめーは!だからいじめられんだよ」

「確かにいじられ易い体質っすけど......って今は俺のことはいいんで、とりあえずポーション飲むか痛いとこに降って下さいっす!」


黒尽くめの男はポーションを訝しい目で見ていたが背に腹はかえられないといった感じで左顔面にポーションを振り掛けた。

すると、腫れや痛みがみるみる引いていくのが当の本人でも感じることができた。


「な、何じゃこりゃあ!スゲーな!」

「ホントにポーション初めてだったんすか!?どんだけ非常識なんだよアンタ!」

「おい中坊、他人の常識を勝手にてめーの枠で計るんじゃねーぞ。んなことでは、つまんねー人間になっちまうぞ」

「くっ、急に良いこと言ったりして、ず、ずるいっす」

「うるせー。......さて、あいつらをどーすっか、だな。おい、中坊、ポーション的な便利道具で攻撃するやつ、何かねーのかよ?」

「そんなんあったら、とっくに使ってるっすよ」

「だよなぁ。ちっ、使えねードラ◯もんだな」

「意味分かんないすけど、悪いことだけは何となく伝わったっす!」


黒尽くめの男は明から様にガッカリしたようだった。

それはタマルも同じである。

黒尽くめの男は比較的タフなのかもしれないが、オーク族を退けるような能力は持ち合わせていないことが分かったのだ。


「ど、どーするんすか?あいつらまだ諦めてなさそうっすよ」

「よーし、当たって砕けろだ!おめー当たってこい!」

「いきなり玉砕命令ってひどくないっすか!」

「そのツッコミ力を発揮してこいや!」

「そんなんで助かるワケないでしょがー!!」


能力どころか、危機を乗り越える勇気も脳ミソも、何もないのかもしれない。


「ちっ、しゃーねーな。......そのトカゲ連れて逃げろ」

「え?」

「迷ってる暇はねーぞ?奴らは俺が注意を逸らす」

「え?だってそれじゃアンタは」

「テキトーにかわして逃げるさ」


それはさすがに無謀に思えた。明らかに戦闘馴れにしている相手に対し、黒尽くめの男は何もないのだ。


「それは、いくらなんでも無茶では......?」

「無茶でもお茶でもやってみなきゃ分かんねーだろーが?他にどうしよーもねーんだしよ。少しくらいは時間稼ぎになんだろよ」

「む、無茶苦茶過ぎますよ!一人で相手したってたかが知れてるすよ!だったら二人で相手にした方が上手く行く確率だって上がり......」

「ばーか、おめーにゃ他に守りたい相棒がいんだろーがよ」


そう言われてハッとロンロリアルを見つめる。相変わらずロンロリアルは不安な目をしたままだ。


「俺なんかより、そいつの心配をしてやれ」


そう言う黒尽くめの男は少し微笑んだ。

目を向けると痛むせいか、タマルを直視できずに言っているせいで格好はついてはいが。


「それに俺はもう無力な自分は嫌なんだよ」


聞こえるか聞こえないかボソッと言った黒尽くめの男の表情は一瞬陰りを見せた。

黒尽くめの男の決心は揺るぎないもののように感じ、タマルの心に突き刺さる。

無力は自分だって同じなのに、この男は無関係な自分やロンロリアルを命を掛けて守ろうとしてくれている。自分はせいぜいポーションを与えたくらいだ。


(くそ、俺に力があれば......せめてこの人の力になってやれれば......敵に立ち向かえる力をこの人に!)


そう強く願った瞬間だった。

タマルの身体から、目映い光を放つ法陣が現れた。


「な、何すかこりゃああ!」

「な、何だ!?」


理解できずに狼狽えていると、その法陣から黒尽くめの男に向かってさらに光が放たれた。


「う、うわ!......ってアレ?何ともな......ぐはっ!」


すると今度は黒尽くめの男の右目が光りを放ち始めた。


「な、何じゃこりゃぁあぁ!」


目映い光を放つ右目を押さえて、黒尽くめの男がうずくまった。


「な、何だ!?アイツら何してんだ!」

「ち、小さい奴から光がでて、く、黒い奴の目からピカピカが出てるんだな!」


オーク族二人組も突然のことで驚き、おののいている。

光は押さえる男の手を弾き、やがて光の法陣をくんだ。


「な、何すか、こりゃああ!」


すると、今度はタマル側の光の法陣が一つの光の束へと集約し、黒尽くめの男の法陣へ放たれた。

光の束と光の法陣がぶつかり合うと、物が割れるような音をたて、やがて法陣は粒子となって消えていった。

光が消えると、黒尽くめの男とタマルは張り詰めた糸がプッツリと切れたように膝をついた。


「な、なんなんだありゃ?おい、小僧!てめー何しやがったんだ!」

「え?お、俺すか?!俺は何にも......」

「げ、外法陣みたいのが、み、見えたんだな!」


何をした覚えもないタマルは、聞かれても答えは持ち合わせていない。

ただ、黒尽くめの男の力になりたいと願っただけなのだ。

驚いている三人をよそに、黒尽くめの男は右目を押さえながら立ち上がった。

何が起きているのか分からない三人はビクッとした。


「痛たたた......な、何だったんだありゃ?右目が静電気くらいの痛さからタンスの門に足の親指ぶつけたレベルに激増したぞ!」


意味の分からないことをブツブツ呟きながら、黒尽くめの男がゆっくりとタマルを振り返った。


「だ、大丈夫だったすかね?」


タマルの心配をよそに、黒尽くめの男はタマルの胸ぐらを掴んだ。


「やっぱりおめーじゃねーか!!俺に何したんだ?言え!吐け!白状しちまえー!右目がチョー痛かったんですけけどー!」

「わぁぁぁあ、お、落ち着いて下さいっす!第一お、俺は何にもすね......って、あれ?アンタ、その右目は?」

「だから痛かったんだって言ってんだろ!」

「そういう次元の問題じゃないすよ!アンタの右目が!」

「あん?だから何?血ぃ出てる?今は痛くねーけど」

「ち、血は出てないすけど、色が、右目の色が赤くなってるっす!」


黒尽くめの男の目は、模様がなくなった代わりに色が赤色へと変わっていた。

「え?!それってめっちゃ血溜まったりしてんじゃねーのか?!ろ、ロ◯ト子供眼薬!目薬くれー!」

「り、了解す!じゃあ目開けて下さいっす!ポーションを目に入れるっすから」


タマルが急いで黒尽くめの男の右目にポーションを点眼するが、緊張のせいか勢い余ってドッポリと点眼してしまった。


「あ、す、すんませんした!」

「バカヤロー、おめーは目薬で俺を窒息させよーってのか!限度ってもんがあんだろ!」

「す、すみませーん!」


黒尽くめの男にどつかれながらタマルは謝った。

ちなみに、その間、オーク族の二人組は事の成り行きを静かに見守っている。

予想を越える展開にはついていけないのだ。


「あ、アニキ~、お、オイラ何だか怖い~」

「静かにしてろ!俺もどうしたら良いかわからんのだ!」



「どぅすか?ポーション効いてきたすかね?」

「うーん、痛みはないけどなぁ。血が引いたかどーかは分からんな。」

「どれどれ、ちょっと見せて下さい......うーん、先程よりは黒っぽくなったすね。大丈夫そうすね」

「おい!軽はずみな事を言ってんじゃねー!ヤブ医者か、てめーは!失明したらどーすんだ!俺は生まれてこのかた、眼鏡すらかけたことねーんだぞ!」

「アンタの目がめっちゃ健康なのは分かったすよ!しかし、見えないとか何か障害はあるっすか?」

「うーん、不思議と別にコレといって異常なないな。おめー見ても痛くねーしな......うん?」


視界が赤くなってるわけでもなく、見えなくなったわけでもない。

両目を開いてる時は異常がなかった。

しかし、左目を閉じて右目に集中すると、少し視界が赤くなって見えた。


「何なんだよ、全く。ん?」


左目を閉じて右目に集中し、眼前で手を振ると、動きが遅く見えた、ような気がした。


「あ、今だんだんと目が赤くなったっす」

「右目に集中すると、赤くなるのか......?」


黒尽くめの男が、両目を閉じたり片目を閉じたりパチクリしていると、オーク族から声がかけられた。


「よ、よう、黒いあんちゃん!目は大丈夫なのかよ!?」

「し、心配なんだな!」


事の成り行きを見守っていたオーク族二人組も何故か黒尽くめの男を心配していた。


「ん?あ、おぅ、見えなくなったわけでもねーし一応は大丈夫ってことだな。心配かけたな。」

「う、うん、オイラ、あ、安心したぞ」

「バカ!何を安心してんだ!」

「あ、アニキだって心配そうな顔してたぞ」

「心配したのは事の成り行きだけだ!あんな奴の心配なんかしてねぇ!」

「なんだ、アンタも心配してくれたのか。ホレ、俺はこのとーり、元気モリモリ山の如しだ!」

「ワケ分かんねーが......。何ともないなら良かったじゃねーか。」


兄貴分オーク族は内心で安心してしまっていたが、そんな思いを掻き消すように頭を振った。


「......ちっ、ペース持ってかれちまったな。白けちまったが、さっきの続きといこうか?」

「えぇ?その流れは、見逃してやる的な流れなんじゃないすか!?」

「そうはいかねーんだ、こっちも遊びでやってるんじゃねぇんでな」

「えー、な、なんかオイラ、殺る気やくなっちまったよ、アニキ」


弟分オーク族が兄貴分のオーク族の腕を引いて抗議し始めると、それをマネして黒尽くめの男が弟分オーク族に便乗した。


「そーだぜアニキ、可愛い弟分がやめようって言ってるじゃねーか、ほら、もうやめよーぜ、面倒だし」

「そうだそうだ!やめるっすよ!」


タマルも調子に乗って抗議をしてみたが、


「おめーら、やかましい!」


兄貴分オーク族が一括して三人の抗議を一蹴する。


「確かに、確かに俺らはケチな野盗だよ。流儀も何もあったもんじゃねぇ。殺るか殺られるか、仁義もクソもねぇ。最低なもんだよ。だけどよ......俺らにも事情ってもんがある。アンタらは命が掛かってる。それは俺だって一緒なんだよ。だから、引くわけにはいかねぇ。」

「事情があったんすか......。強盗しなきゃならない事情なんて、ただ事じゃないすね......」

「ふーん、事情、ねぇ......」


事情があるとの話を聞いて、タマルは複雑な心境になるが、黒尽くめの男は憮然とした表情のままだった。


「おい中坊、何を感化されてやがんだ。事情もクソもねーだろがよ。てめーの事情で他人が殺されて良いなんて道理が通じるわけねーだろがよ。」

「はっ!まぁ、そーでしたね......確かに俺も殺されてやるわけにはいかないっすね」

「あたりめーだろ。ったく、どんだけ単純なんだよ、おめーは。」


黒尽くめの男に軽く頭を小突かれた。


「わーったよ、アンタらデコボコブラザーズが引けないってことは、な。だからといって、こっちも命をプレゼントしてやるわけには当然いかねーんだわ。」

「ハッ!!振り出しに戻ったってことだな。」


そう言うと、兄貴分オーク族が牛刀を持ち上げた。


「だったら、力で足掻いてみせるこった!」

「はぁ......面倒だが、仕方ねぇな」


そう返事をした黒尽くめの男は、右足を半歩出して身構えた。


「ちょ、ちょちょちょ、ちょい待ちっす!!」


タマルが身構える黒尽くめの男を引き留める。


「あんだよ、人がせっかくヤル気になったってとこなのによ!」

「ヤル気はいいんですけど、アンタ勝算あるんすか!?」

「まぁ、勝算ってまではいかねぇが、ちょっと確かめたいことがあってな。」

「確かめたいって、確証ないんすか!?」

「んなもんあるわけねーだろ。俺は一般人だぞ。ただ......まぁ任せろ」


そう言う黒尽くめの男の表情は、気負うわけでもなく緊張するわけでもない、しかしそれ以上引き留めるのがバカバカしく思わせるものがあった。

その表情は、イタズラを思い付いたワルガキのような笑顔だったのだ。


「......はぁ、分かりましたっす。諦めて任せることにしますよ」

「お話し合いは終わったのかよ?」

「あぁ、待たせたな。いいぜ」


そう言って、黒尽くめの男は不敵な笑みを浮かべながら、再び半歩踏み出して身構えた。


「ほう、死ぬってのに良い顔するじゃねぇか。気に入ったぜ、あんちゃん」


兄貴分オーク族もニヤリと笑って牛刀を構えた。


「俺は獲物使うけどよ、異論はねぇよな、あんちゃん」

「あぁ、問題ねーさ。......始める前に、最後、一個だけ約束してくんねーか」

「あぁ、何だ?」

「俺が死ななかったら、アンタらは足を洗え」

「......」


見逃しや命乞い、そういったところの約束だと思っていたオーク族は虚をつかれた。


「死ななかったらって、勝つつもりはねぇのかよ?」

「そりゃムリムリ。俺は一般人なんだっつーの。」

「足洗えってのは......」

「まんまの意味だよ。ホントはこんねくだらねーことやって満足してるクソじゃねーだろ、アンタら」

「て、てめー!......。くくっ、ガーッハッハッハ!!面白い、あんちゃん面白過ぎんぞ!!良いだろう、その約束聞き入れてやろうじゃねぇか!」

「あ、アニキィ......」

「バカヤロー、情けねぇ声出すんじゃねぇよ!こんな大バカヤローは見たことがねぇ!俺もいっそのこと、負けちっまった方が人生おもしろくなるかもしれねぇなんて思っちまったくらいだ!ハーッハッハ!」

「アニキ、だ、だったら、た、戦わなくたって......」

「そんなんだからお前はまだ半人前なんだ、バカヤロー!俺は見てみたいんだよ、この本当の大バカヤローが窮地をどうすっかな!」

「あ、アニキ......」


弟分オーク族は、兄貴分のこんなに楽しそうな顔を見たことがなかった。

もはや止めるまい、そう弟分は思ったが同時に、黒尽くめの男を応援したい気持ちなった。


「わ、分かったよ、アニキ!お、おい真っ黒いあんちゃん!頑張ってくれよ!」

「おい、敵を応援しろなんて言ってねぇぞ!」


弟分がこんなことを言うことは今までなかった。

頭の回転は決して早くはなかったが、今まで従順過ぎるくらい従順だった。

ある意味自分を持てずに自分に依存していた弟分が、自分の予想外なことを言って自分を驚かせている。

決して嫌な変化ではない。

弟分の変化に、兄貴分のオーク族は嬉しくなってしまった。

そんなことを考えている自分にすら驚いた。

自分たちの変化は、目の前にいる不思議な黒尽くめの男の影響だろう。



「おーい、そっちのご相談は終わりですかー?帰っていいですかー?」


黒尽くめの男がおちょくってくる。


(ったく、こんな変なあんちゃんにやられちまうなんて、俺もヤキが回ったもんだな......)


一息、ため息を吐きながら、再び牛刀を構える。


(しかし、何だろうな・・・気分は悪くねーぜ)


兄貴分のオーク族はニヤリとして黒尽くめの男を見据える。


「悪かったな、待たせてよ。」

「別に、お互い様だしな」


返事をしながら黒尽くめの男もゆっくり構える。


「あんちゃん、恨みっこ無しだぜ」

「無理だな。死んだら毎日枕元で呪ってやるよ。それに、そいつはこっちの台詞だぜ。

......よう、恨みっこなしだぜ?ってな」

「減らず口をぉおお!」


叫びながら小さなオーク族は、牛刀を右から袈裟斬りを仕掛ける。

小さめな身体に違わず、急接近するオーク族の動きは、タマルの目では追い付けなかった。追い付いた時には、牛刀は黒尽くめの男の右下側に振り下ろされていたのだ。


「な、何ぃ!か、かわすだと!!」


タマルの目には男が斬りつけられたとしか写らなかったが、どうやら男は寸でのところでかわしたらしい。兄貴分のオーク族が目を見開き驚いている。


「俺の渾身の袈裟斬りかわすとは......」


兄貴分のオーク族がゴクリと喉を鳴らしたのがタマルにも聞こえた。


「あ、アニキの袈裟斬りが・・・かわ、かわされた・・・」


こちらの弟分オーク族もゴクリと喉を鳴らした。

それ程凄い一撃を黒尽くめの男はかわしたようだった。

もしかすると、勝負に勝てるかもしれない、そう思ってタマルが黒尽くめの男を見ると......


(あ、あっぶねー!!あんなの食らったら間違いなく真っ二つだぞ、おい!手加減しねーのかよ!何かさっき解り合えたような雰囲気出してたじゃねーか!狂ってんのか!)


かわした本人が一番驚いている顔をしていたのだった。

黒尽くめの男は心の中で先程の一戦をハイライトしていた。


(賭けだったが、ギリギリセーフだったな......)



兄貴分オーク族が牛刀を振り下ろしながら迫ってきた瞬間、黒尽くめの男は左目を閉じた。すると、予想どおり、相手の動きがスローモーションの動きになって見えた。

これは、自分の動体視力が驚異的に上がったことを意味していた。

しかし、いくら見えていても、相手のスピードを自分のスピードが上回っていなければ避けることはできない。

相手だけではなく、自分の動きも遅く見えてしまうことは先程実証していた。

動きが見えるだけであって、時間を止められるわけではないのだ。

であれば、あとはスローモーションに見える相手の太刀筋を読み、その上でかわすことだけが、唯一の負けない方法であった。

自分の左肩を目掛けて振り下ろされようとしている牛刀からできるだけ自分の身体を離す。

実際の時間はコンマの世界であったかもしれないが、スローモーションで見える黒尽くめの男の世界では、数分間くらいの体感であった。

集中して踏ん張って太刀筋から身体を離したことで、なんとかかわすことができた。

少しでも気を抜いていたら、牛刀がゆっくり自分の身体に入るところを見るハメになっていたかもしれなかった。


「あ、アンタ、ホントに勝ち目なんてあったんすか?」


いかにも『助かった』っと言わんばかりの間抜けな顔をしている黒尽くめの男にそう突っ込まざるを得なかった。


「え?」


どうやら愚問だったようだ。

何とかなったという結果だけ見れば賭けには勝ったようなものだが、余りにも分が悪い賭けだったように思えた。


「うわ、ホントに賭けだったんすね・・・。

まぁ、そこは置いといて!反撃っすよー!!」


「へ?反撃って・・・どーやるんだ?」


「は?」


牛刀が地面にめりこみ、更に攻撃をかわされたことによって兄貴分オーク族には致命的な隙が生じていたのだが、対峙している黒尽くめの男は間抜けな顔をしたままであった。


「まさか・・・アンタあんな格好つけといて考えてたのは単に避けることだけだったんすか!?」


「うっせー、バーロー!!お前の言う『単に避ける』がどんだけ難しくてどえれー大変なことだと思ってやがんだ!」


遅滞する時間を体感できていない他者には伝わらないことではあるが、その時間の流れのなかでもがいたことは黒尽くめの男の渾身の行動。

凡人には理解できないことではあったが、しかし、敵には十分過ぎる程の結果を突きつけたことも事実だった。


「くくくく......、かははは、ガーッハッハッハ!!」


兄貴分オーク族は牛刀を降ろして腹を抱えて大笑いし始めた。


「カッカッカッカ!敗けだ負け、俺の敗けだ!!大したもんだぜ、黒いあんちゃん!すげぇよあんたは!」


笑いながら、黒尽くめの男の背中をバンバン叩く。


「痛っ!痛ーよ!何だ急に馴れ馴れしいな!突然他人との距離感を詰めるんじゃねー!」

「堅ぇこと言うなや、黒いあんちゃん!この俺が認めてやったんだからよぉ」

「そ、そうなんだな、む、胸を張って良いんだな!」


弟分オーク族も兄貴分のマネをして背中をバシバシ叩く。


「痛ぇ!!おい、デカイの!おめーは力の加減知らねーのか!野郎が囲むんじゃねー!むさいんだよ!!」


黒尽くめの男が二人組に囲まれてうんざりしている。

タマルはもう少し黒尽くめの男が追い詰められるところも見てみたいような気がした。しかし、確認しなければならない懸案があったため、そうはしなかった。


「あ、あの~、それで今回の件は......」


恐る恐る、手揉みをしながらお伺いをたてる。


「おう、約束は約束だ。黒いあんちゃんとの約束は守るぜ。」

「た、助かった~、のか......」


安心して腰が砕けてしまった。


「何だよ、小僧。情けねぇ声出しやがって!まぁ、おめーも根性あったぜ」


兄貴分オーク族はやはり、座り込んだタマルの背中をバシバシ叩いた。


「確かに痛っ!!」

「で、アンタらは足洗うにして、事情ってのはどーすんだ?そもそも、事情って何なんだよ?」


背中を擦りながら、黒尽くめの男が二人組に質問する。

なるほど、野盗をしていたのは事情のせいだと言っていたからには、それを解決しなければ約束は果たされたことにはならない。


「そうっすね、根本的なところを解決しないとっすね」


タマルが黒尽くめの男に同調するが、小さなオーク族は首を横に振った。


「それは俺たちの問題だ、アンタらを巻き込むわけにはいかねぇ。だが、安心しな。俺は約束は守るタチだからよ」

「あ、アニキは約束を守る男なんだな!」


どうやら事情には絡ませたくないし、話すつもりもないらしい。


「ふーん、あっそう」


黒尽くめの男は、察したかのようにそれ以上詮索はしなかった。


「まぁ、事情は良いとして、それ片付いたらアンタらどーやって飯食ってくんだ?」

「俺たちくらい腕があれば、傭兵とか用心棒とか、何とかなるだろうよ」

「あ、アニキも俺も負けたけど、ほ、本当はつ、強いんだな」

「ふーん、そっかい」


空返事をした黒尽くめの男は、しばらく考えてあるプランを話した。


「よう、アンタらさ、仕事欲しいならオーナー様がいるぜ、ここに」


黒尽くめの男はタマルはの背中をバシンと叩いた。


「あだっ!へ?お、俺すか!?」


急な指名で声が裏返ってしまった。


「その小僧が、か?」

「あぁ、そーだ。コイツいじめられっ子っぽいしよ、アンタらなら守ってやれるだろ?」

「いやいや、待つっすよ!んな勝手に決めないで下さいっす!」

「何だよ、コイツらじゃ不安だってのかよ?」

「何だと小僧!俺らじゃ役不足だってーのかよ!」

「お、オイラたち、け、結構強いんだな!」


勝手に事を決めようとすることに異議申し立てをしたのだが、話の矛先がおかしくなってきて、何故か責められる立場になってしまっていた。


「いやいや、役不足とかでは決してないっす!ないっすけど!」

「「「けど?」」」


三人の声がかぶった。


「俺は今まで敢えて一人でやってきて、ここまできたんす。必要経費を最低限まで切り詰めてっすね......」

「んで一人でやった結果、強盗されたんだろ?」

「は、はい、そうっす......」


確かにそこを突かれると言い返す言葉はない。


「小僧よ、お前ちぃとばっかし、世の中舐めてるな?ハッキリ言ってやるが甘いぜ。」

「そ、そうだぞ。ご、護衛も用心棒もなしで、街道歩くなんて、ば、バカだぞ」


元強盗の二人に言われたら、ぐうの音も出やしない。


「ま、別に俺らを雇わなくとも構わないぜ。俺らもすんなり信用してもらえるとは思ってねぇしよ。ただ、単独はもう止めとくんだな。」


タマルはもはや、このオーク族二人組を信用しても良いと考えていた。

その根拠は、話した感じと、そしてなにより黒尽くめの男が言い出したことなのだ。

黒尽くめの男が勧めたからには、信用しても良いと、不思議だかそう思えたのだ。


「......解りました、俺が雇うっす!」

「本気かよ、小僧?」

「マジっす!」

「さっきまでてめぇを殺そうとしてたんだぞ?」

「分かってるっす!だからこそ、どんな人たちなのか逆に分かったっていうか、嘘はつかなそうですし!......それに、何より、黒い人が勧めたんすから、俺はおたくらを信用するっすよ」


タマルは真っ直ぐ、オーク族二人組を見据えて手を差し出した。

その決意に、逆にオーク族二人組が畏縮した程の強い眼差しだった。


「どーだ、甘い小僧かもしんねーけど、こいつは根性あんぜ?お前らのオーナーにゃ持ってこいだろ?」


タマルの頭をぽむぽむしながら黒尽くめの男は戸惑うオーク族に詰め寄る。

「契約は成立、だろ?」


ニヤリとした黒尽くめの男がオーク族二人組の背中を押す。


「アンタって人は......敵わねぇな」


苦笑いをしながら、小さなオーク族がタマルの手をしっかりと握った。


「俺らはちと生意気かもしんねぇけどよ、よろしく頼むぜオーナー様よ!」

「き、きっちりは、働くんだな!」

「は、はい!最低賃金でお願いするっす!」


こうして、タマルは生まれて初めて遭遇した強盗を、自分の用心棒として雇うこととなったのであった。


「そういえば、皆さんの名前分かんないっすね」

「おう、そうだ、誰も名乗ってなかったな。俺はシャルクレで、弟分がヨリメルだ」

「名は体を表す。なるほどな、シャクレに寄り目な」

「アンタ、ホントに耳悪いんじゃないすか!?」

「おい、真っ黒いあんちゃんよ、名乗ったからにはちゃんとした名前で呼んでくれよ!ちっとは気にしてんだぞ」

「そういうの、得意じゃねーんだよな~」

「名前覚えるのは得意とかないから!興味持って!......えーと、俺はタマルといいます。えーと、流通商をしているっす!」

「えーと、タマゴね」

「今の絶対ワザとだろ!」


息の合ったやり取りを見て、シャルクレは感心した。


「テンポが良いな、この二人の会話は!......で?真っ黒いあんちゃんの名前は?」


シャルクレがそう言って黒尽くめの男を見ると、タマルやヨリメルも黒尽くめの男を注視する。


「珍しい名前期待してんじゃねーよ。俺は別にキラキラネームじゃねーからな。

......俺はカイトだ」



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