歴代最多ホームラン王
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「随分と甘い処置じゃのぅ......殺してその魂を未来永劫苦しめるくらいが妥当じゃと思うが?」
「小春ちゃんの極刑メチャ怖っ!」
腕組みをして憮然とする小春にタマルが青ざめる。
「あのな......俺はなんつったよ?アイツにそんなことしちまったら、カブレラも同じようにやんなきゃなんなくなっちまうだろ?
アイツは許せねーけど、だからってカブレラまで失うわけにはいかねーだろ?」
「ふん、ケモノなんぞ、わしゃどうでも良い」
「小春ちゃん、そういうこと言うもんじゃないすよ。
しかし、カブレラちゃんが無事で、これで神狼族も安泰っすね!
良かったっすね、カブレラちゃん!!」
そう言ってカブレラを見るが、当の本人?であるカブレラは俯いて思案顔をしたままだった。
「ん?どうしたんす、カブレラちゃん?」
「......」
タマルの心配する声をよそにカブレラはしばらく俯いた後、カイトを顎で指示した。
「バウゥ」
「あん?」
「バウゥ!」
「あんだよ?」
「......チッ」
「おい、舌打ちしたよこのワン公!喋れねーんだから通じねーのは仕方ね......っておい、何だよ?来いってか?」
「バウ!」
意思が通じないと悟ったカブレラは、カイトの体をグイグイ押してその意思を示すことにした。
「分かった、分かったから......っておい!」
押されるがままカブレラの向かう方に進もうとしたが、カブレラが身を翻し先へ駆け出してしまう。
しかし、数メートル進んだところでカイトを振り返り、一吠えする。
「......着いて来いってかい?」
「バウ!」
「・・・つってもなぁ・・・俺ら満身創痍なんですけど・・・おめーの脚力半端なさそーだな......」
「ふっ、お困りのようだねカイト君。」
カイトがカブレラの太く逞しい四つ足を見てゲンナリしていると、前髪を掻き上げながらフランツが助け船を出してきた。
「おっ、出たな!ミスター便利キザマン!」
「ほぅ、キミは僕に決闘を申し込んでいるということだね?」
カイトの言葉を挑発と受け止めたフランツが背中の長剣に手を掛ける。
「こ、こらこら!何をマジに受け取ってんだ!?」
しかし、慌てるカイトを見てニヤリとすると、フランツは長剣に掛けていた手の指をパチンと弾く。
「ふふふふ、引っ掛かったねカイト君!」
「は?」
「いつもの仕返しだよ!しかし、くくくく、キミの慌てた顔......くくく!」
フランツが笑う姿を見て、自分がおちょくられたことにカイトは気付く。
「てんめー!騙しやがったな!あ!!そーいや、てめー執事にないことないこと吹き込んでやがったよな!?」
「くくく、真実を話したまでだが?」
「よし、ぶっ飛ばす!」
「くくく、待て、待ってくれたまえ!笑いが......笑いが収まるまで......くくくく!」
「五万回ぶっ飛ばす!」
「ガゥア!!」
腹を抱えるフランツにカイトが指を鳴らしていると、カブレラに一喝されてしまった。
「ガゥアアゥグア!!」
「......はい、脱線しました、しーません」
「獣に説教される男......情けなさ過ぎるぞな......」
小春が白い目でカイトを睨んでいると、フランツが小春にお辞儀をした。
「これはお初にお目にかかる、レディよ。
僕はカイト君の友人でフランツという一介の騎士だ。キミが小春君、だね?」
「ふむ、そうじゃが?」
「妹が世話になったね、お礼を言うよ、ありがとう。」
小春に頭を下げたフランツの微笑みは、普通の女子ならば、そのハートを難なく射止める威力があったものであったが、
「ふむ、苦しゅうないぞな。主の妹はなかなか筋の通った面白いオナゴであったしの。兄妹これからも仲良うすることじゃ!」
小春には全く効いてなかった。
「......僕の閃光スマイルが効かないとは......小春君はなかなかの手練れと見た!」
「おいタマル聞いたか!こいつやっぱ自分がカッコいいと思ってやがんぞ!!笑顔に名前までつけてやがる、キモチ悪っ!」
「はぁ......そりゃフランツさんはカッコいいっすから仕方ないっすよ。」
「てめーは誰の味方だコラ!」
「あだ!何で殴るんすか!?事実を言ったまでじゃないすか!?」
「誰がブサイクだと!?」
「それハードな被害妄想っす!!」
「ガゥアアゥグア!!」
話が大脱線して戻らなくなりそうな頃合いで、再度カブレラが一吠えする。
「あ、悪ぃ悪ぃ」
「グァウゥ......」
カイトが謝罪するが、カブレラは頭を抱え込んで呆れ顔をする。
「おいケモノよ、こ奴を構うなら、これくらい茶飯事じゃぞ?」
「グァァ......」
その場には、カブレラの深い溜め息が残るばかりであった。
カブレラの案内のもと、カイト一行はカルムタ町から1時間ほどかけて奥深い山へ入っていた。
一行のメンバーは、カイト・タマル・小春の三人組に、フランツ・エステル・アルファルドのアーノック家、ジョージ(親父)・フィリップのドワーフ親子である。
メンバーはそれぞれ、フランツが率いてきたペガサスに乗り、地上で先導するカブレラを追いかけるかたちでその場所へたどり着いた。
カブレラが足を止めたその場所は、緑の草で覆われた斜面となっており、カイトが見たところ、何の変哲もない山の風景であった。
斜面の前に佇むカブレラに、ペガサスから降りたカイトは訝しげに辺りを見回した。
「おいワン公、ここが何だってんだよ?」
「バウ」
着いて来いと言わんばかりに、カブレラが斜面に向かって歩みを進めると、草が掻き分けられて先へ進むことができた。
「へぇ、洞窟の入り口が隠されてたってことか。」
「天然の隠し扉っすね!」
「すると、この中は......」
一行が草を掻き分けて中へ入ると、そこは洞窟になっていた。
人が横に5人は並んで歩けそうな幅の洞窟は、高さも3メートルくらいはありそうな大きな洞窟であり、先が全く見えない暗闇は洞窟の奥深さを表しているようであった。
「暗いな......誰か明かりねーか?」
「ふむ、良いじゃろう」
名乗り出た小春は虚空から小春日和を出すと、小春日和に意識を集中する。
すると、小春日和から眩い光が発された。
「おぉ!小春ナイスじゃねーか」
「ふん、初歩中の初歩じゃわい。そんな感心することでもないぞな!」
謙遜する言葉とは裏腹に、小春は胸を大いに張っている。
「さすが魔女っ娘小春ちゃんね!」
「ま、まぁの......って、この小娘は本当に分かって言っとるのかの......?」
エステルの天然な感想を受け、小春がやや困惑した。
「ふむ?小春君が魔女と言ったのかい?」
「えぇ、小春ちゃんはステキな魔女っ娘ちゃんなのよお兄様!」
「ほぅ、それはそれは......当然、後で詳しい話をしてもらえるんだろうな、カイト君?」
「やべぇ、面倒な奴にソッコーばれちまった......」
小春のことについては折を見て話すかどうか考えようと思っていたカイトであったが、それは天然娘の本領発揮のもと、あえなく瓦解した。
「カイト君?」
「わーってるよ、後でな、後で!」
「......良いだろう。魔女に獣王とはな。全く、キミという男は本当に人を飽きさせない天才だね。」
「言っておくけどよ、俺のせいじゃねーぞ!コイツだ、コイツ!」
「あだだだだ!何すか!?お、俺っすか!?」
カイトがタマルの襟首を掴んでフランツに突き出すが、フランツは溜め息をつくばかりであった。
「っふぅ、まぁ僕からしたらどちらも変わらんがね。」
「あんだと!?」
「訂正して下さいっす!」
「おい、ちょっと待てコラ!なんでてめーが拒否ってやがんだ!」
「はっ!しまった!ついつい本音が......いや、違うっす!違くてっすね、えーと......すんませんっした!」
「せめてフォローしやがれ!」
ぎゃーぎゃー騒ぐ二人を白い目で見ていた小春はスタスタと先へ進む。
「もはや相手にしておれんわ......」
「あっ!待て小春!お前が離れたら明かりが......待って!いや、待って下さいー!置いてかないでー!」
洞窟は枝分かれすることなく、一本道のまま奥へと続いていた。その一本道を進むこと20分、生き物の気配を小春が感じた。
「む、やはりこの臭いは...」
「やはりって、何か臭ってたのかよ?そーゆーことはちゃんと事前に言えよ」
苦言を口にするカイトであったが、小春はジロリとカイトを睨んだ。
「くだらん言い争いをして遅れたのは、どこのどいつじゃったかの?」
「はい、俺です。さーせんした!」
「ふむ、分かればよろしい」
ペコリと頭を下げるカイトを、小春が腕組みをして満足げに見下していると、後ろに手を組んだエステルが
「ふふ、小春ちゃんってカイト様と仲が良いわよね~♪」
とにこやかにチャチャを入れた。
「ばばば、バカを申すな!だ、誰がこんないい加減で覇気のない屍のようなダメ男で常識の欠片も持ち合わせず口と目付きと柄が悪い者なんぞ!!」
と、慌てた小春がカイトのアンチセールスポイントを早口でまくしたてた。
「......俺、なんでかメチャメチャに言われてんですけど......」
「自業自得だよ、カイト君。」
「てめコノヤロ!」
「まぁまぁ、カイさん!話進まないっすから!で、小春ちゃん、何の臭いだったんすか?」
「こんな奴の匂いなんぞ、主様と似てるかもしれんが、やっぱり根底は違うもんじゃし......似ているっていう時点で烏滸がましいというか......」
若干顔を赤らめた小春のブツブツモードは解除されていなかった。
「こーはーるーちゃーん!!帰ってこーいっすー!」
「小春殿、そんな赤い顔をしていると、恋する可愛い女の子に見えますぞ?」
「だ、誰が!?」
アルファルドが小春にこそっと耳打ちすると、小春はさらに顔を赤らめたが、現実の世界へ戻ることはできた。
「ぉお!帰ってきたっす!アルファルドさん、すごいっすね!」
「いえいえ、これしきのこと。まぁ、伊達に歳は食っておりませぬな!」
謙遜する言葉とは真逆に、体はマッスルポージングを織り成していた。
「小春ちゃんが感じた臭いって......あ、神狼族のことっすね?」
小春に確認するとこもなく、洞窟の奥から一匹の神狼族が出てきた。
迎えに来たかのように、一匹はカブレラに向かって頭を垂れ、二言三言言葉を交わした。
「ガゥアゥグァ」
「迎えに来たっす~」
「バウゥ!グァウゥ?」
「おう、冷えたビルーあんだろな?」
「バウ!グァウゥグゥ~!」
「はい、もちのろんっすよ~!」
「アテレコ止めろ!うっとおしいわい!」
「ガゥア!!」
小春の突っ込みにカブレラがかぶせてダブル突っ込みになる。
「何だよ?俺は通訳してやったんだぞ?なぁタマル」
「えぇ、そうっすよ!俺とカイさんのナイス連携により......って、カブレラちゃん牙出さないで!!その無言突っ込み超怖いっす!」
「......ハァ、ガゥア......」
牙を引っ込めながら深い溜め息をつくと、鼻で先を指したことから、着いて来いという意思表示が見てとれた。
「主らは、もう黙って着いて参れ!」
カブレラと神狼族、小春がぷりぷりと先へ進んでしまう。
「あ、待って下さいっす~!
一行がさらに歩みを進めると、通路のようだった洞窟が一気に広場のように開けた場所にたどり着いた。
その場所では、大小様々な神狼族が座ったり寝転んだりしていたが、一行が姿を見せると一斉に目線を一行に向けた。
「......ここがおめーの家ってことかよ?」
「バウ」
神狼族の多さにカイトが検討をつけると、カブレラが同意するように頷く。
「ガゥア!」
そして、カブレラが一吠えすると、奥から紫の光を放つ石を神狼族が咥えてくる。
「そ、それは、魔鉱石!」
神狼族が咥える石を見たフィリップが驚いて目を見開く。
「へぇ、それが......っておい」
バリバリッバリバリッ
カイトが感心したのも束の間、持ち込まれた魔鉱石はあっという間にカブレラの口の中で咀嚼されてしまった。
「......ゲプッ」
「食ったよ、食っていーもんなのか?」
「い、いや......そんなことは試したことも......」
「......おっと、ゲップとは失礼した」
「「「「え?」」」」
急に言葉を話し始めたカブレラに、一行は度肝を抜かれた。
「たかが言葉を話した程度で、そのような顔をされては話しずらい。少し落ち着いてはくれないか?」
「いや、ついさっきまでわんわん物語してたくせに急に喋ったら普通ビックリすんだろよ?」
「ふむ、そうか。それは済まなかったな。
しかし、お前は言葉のわりにあまり驚いてないように見えるな」
「バーロー、驚きがK点飛び越えてんだよ。その見た目でシ○ア的なカッコいい声出しやがって。ファンタジーが過ぎるっつーの。
......んで?お喋りしたくてこんなとこまで連れてきたんかよ?」
「......ふむ、それも一つではあるがな」
先を促すカイトの言葉を聞き、カブレラが真顔になり、ジョージ・フィリップ親子を見詰める。
「まず、ドワーフ族へ申すとしよう。
この度の我らとカルムタ町の一戦についてだが......」
「はっ、はい!」
匙を向けられた親子は佇まいを正してカブレラの言葉を待った。
「先ほど町で宣言したとおり、この争いは手打ちとする。細かいことはもはや言わぬ。そこの者、カイトが言った通り、少ない犠牲をもって、負の連鎖を断ち切りたいのだ。
無論、お前たちの兄弟同様、俺も町民を殺めた咎を受ける」
「い、いえ、しかしそれは......」
突然の宣言にジョージは言葉を失う。
「カ、カブレラ殿!そんなことは必要ありません!」
「このような幕引きは、公平だからこそ意味があるのだ、ドワーフ族よ。このまま俺がここにいると、それを快く思わぬ町民や騎士がいるかもしれん。災いの元は排除しておかねばならん。俺が去れば、少しは納得するだろう」
「しかし、それでは......」
「我らのことなら心配はいらん。神狼族は俺一匹が抜けたところで統率が失われるような低族ではない。それに、お前が町を統率するのであれば、我らは共存できるだろう。いや、してもらわねば困る。どうだ、できるか?」
「......はい、やり遂げてみせます!」
黄金の瞳に見詰められたフィリップは力強く頷いた。
「......良い返事だ」
フィリップの返事を聞いてカブレラが満足げにするが、会話を聞いていた神狼族たちの間でザワザワと動揺が走った。
「うろたえるな、同胞よ!!」
カブレラが一喝すると、神狼族のザワザワが止み、次の言葉を待つかのように辺りはシーンとした。
「今話していた通り、俺は放逐とする!
これは我ら神狼族と亜人たちとの共存という未来のため不可欠な処分である!お前たちは亜人たちと手を携えて生きて行くのだ、良いな!」
カブレラが宣言すると、固唾を呑んでいた神狼族が再度ざわつき始め、その集団のなかから一匹が出てくる。
出てきた一匹は、体格が二回りほどカブレラより小さいものの、他の神狼族よりは大きく、色が黒いもののたてがみのような毛並みはカブレラに似ているものがあった。
しかし、毛量はカブレラほどなく、額には三本の爪痕があった。
その神狼族は、カブレラと同じように魔鉱石を咀嚼した。
「父さん!父さんは自分が何を言っているのか分かっているのか!?」
「「「「父さん!?」」」」
どうやら黒色神狼族は、カブレラの息子であったらしいが、その事実に一行はまたもや驚かされてしまった。
「......何が言いたいのだ、息子よ」
「父さんは......父さんはこいつらを許すというのか!?母さんを殺したこいつらを!!」
「何ぃ!?」
「......」
驚愕の事実に一行はさらに驚かされる。
「子どもたちを守っていた母さんを、あんなにも無惨に殺しやがって......僕は、いや僕だけじゃない、子どもを殺された親たちは亜人どもを許すことは絶対にできない!それは父さんも同じだったじゃないか!?だからこそ、町であいつらと戦って......」
「そうだ、俺は許せん」
「だったら、なんで......」
「憎しみに囚われた自分を俺は許せん!」
「え......?」
「憎しみに囚われ我を失い、皆の者を修羅へと導いた自分を許せん。憎しみのまま、あやつらを喰い殺した自分を俺は許すことができん」
一呼吸つくと、カブレラは目を瞑り大きな息を漏らす。
「ふぅ。・・・家内の臭いがする騎士どもを喰らった後の俺の心の内を教えてやろう。
満足したと思うか?達成感に充ち溢れていたと思うか?息子よ、俺はそんな野蛮で理性の欠片もないケダモノなのか?」
「い、いや......しかしそれは......」
「騎士どもを喰らい尽くした俺に残ったものは......虚しさだよ。空っぽだ。何もない。妻は・・・生き返らない。ただ、亜人を喰い殺した事実だけが残ったのだ。
いや、亜人たちに新たな憎しみが生まれた。
分かるか?」
「それは亜人どもの自業自得では!?」
「あぁ、そうかもしれん。しかし、負の連鎖が生まれたことも事実。それに復讐を実行したことによって我らに新たな犠牲も生まれ、我らにも更なる憎しみが生まれた。
分かるか?分かって欲しい。俺は感情のままにあってはならない道へお前たちを導いてしまったのだ。」
「......」
諭すカブレラに、息子は反論ができなくなってしまう。
「我ら誇り高い神狼族を正に卑しい魔獣にしてしまったのは他ならぬ俺なのだ。
皆の者、すまぬ。俺は愚かな指導者であった」
カブレラが深々と神狼族に向けて頭を下げる。神狼族たちはもはやざわつく者はなく、固唾を呑んでカブレラを見守っていた。
「それ故、俺は放逐なのだ。今一度、自身を鍛え見詰め直すのだ。......目指す方向も見つけた」
そう言うと、カブレラはカイトを向く。
「あの者らがいなければ、俺は更なる凶行に走っていただろう。......亜人が引き込もっていたあの建物すら、俺は外法をもって破壊し、旬滅していたやもしれん。
皆の者、あの者らは命を奪わんとした我らを、我らの子を救ってくれた。殺し合った相手を救うなど、誰ができようか?俺にはできなかった。......俺は弱く、あの者らは強い。奪うことより守ることの方が難しく、許すことはさらに難しい。
俺は獣王が子孫であるが、弱いのだ。このような自身を俺は許すことができん。
獣王たる誇りを取り戻すため、俺はここを去りあの者たちと共に行くのだ。
その間、皆も誇り高き神狼族としての矜持を取り戻すのだ、良いな!!
止まるな!歩みを止めずに我らは走り続けるのだ!」
カブレラの言葉を聞き、神狼族たちの目に強い意思が宿る。それは、カブレラの息子も同じだった。
「......父さん......」
「お前は優しく、猛々しい雄だ。母さんのことをあの者らに知らしめるために魔鉱石を食らったな?魔鉱石の魔力がもたらす負担は大きいというのに......」
「......父さんごめん。でも母さんの死を知らずにいるなんて、僕許せなくて......」
「もう良い。その悔しさも憎しみも俺に預けろ。
......俺は必ず戻る。獣王と胸を張れるその時に必ず、な。それまでは、お前が一族を率いるのだ、良いな?」
「......うん、いや・・・はい!神狼族みんなが胸を張って獣王様を迎えれるよう努力します!」
「ふっ......良い返事だ。母さんも喜んでるだろう」
「アオーーーゥオーーーン」
見詰め合う族長とその息子を見守っていた神狼族たちが一斉に遠吠えを重ねる。
それは親子の決意に感動しただけではなく、神狼族それぞれが決意を込めた遠吠えであった。
「......今の話からして、カブレラちゃんは俺らに着いて来るつもりっすね......」
「うむ、あのもふもふは魅力的じゃが、あの生意気な性格は好かんのぅ。本当に獣王そっくりじゃわい。」
「いやいや、あんなデカイの一緒にいたら目立ってしょーがねーぞ?」
カブレラの着いていく宣言を聞いた三人組はそれぞれ感想を漏らす。
「襲わないといっても、あんなに大きな狼を王国へ入れるわけにはいかないぞ、カイト君。」
「誰も連れてくなんて言ってねーよ」
「カイトよ、不服か?」
カイトの言葉を聞いたカブレラが不満顔をするが、カイトはさらに不満顔である。
「おめーのデカイ体が目立ってしょーがねーんだよ。俺は目立つのは好まん。まず、そのガタイをどーにかしてから言え」
「カイさん、そんな無茶なことを......」
「ふむ、そんなことか。どれ!」
カイトの無理難題を聞いたカブレラは、目を瞑って意識を集中させる。
すると、カブレラの体が大型犬くらいの大きさに縮んだ。
「こんなもんだろう。どうだ?これなら文句はないだろう?」
「どーなってんだそりゃ!?反則が過ぎてんぞ!!」
「こんなもの、意識を集中すれば造作もない」
褒めたわけではないが、カブレラのシッポがブンブン振られている。
「所詮は犬か......」
「犬ではない、俺は狼だ」
「へいへい、狼ね」
「そうだ、誇り高き狼とワン公を一緒にはしないでもらいたい。
どうだエルフの騎士よ、この体躯なら問題あるまい?」
「ふむ、体格を縮めることが可能であれば、僕としては問題ないと言わざるを得ないね。
それに聞くところによると、キミは外法も使える上に、かの赤嵐に引けを取らなかったと聞いている。非常に優秀のようだね?」
「ほぅ、エルフの騎士よ、お前は見る目が確かなようだな」
カッコつけて返事をするが、フランツにおだてられてカブレラのシッポはブンブン振られている。
「......ふーん、誇り高い狼ねぇ......ところでよ、お前はこれから喋れるってことでいーんだよな?」
「いや、そうはいかん。会話を可能としているのは、先ほど食らった魔鉱石の魔力によって、我ら一族にかけられている魔封印を一時的にこじあけているに過ぎないのだ。
この先にある高純度の魔鉱石だからこそできる芸当であって、他に替わりは効かん。
こじ開けた封印も間もなく閉ざされるだろう」
「......んだよ、不便だな」
「あぁ、不便極まりないが、会話がなくともコミュニケーションは可能だ。問題ないだろう」
「会話は問題ではないぞよ」
それまで黙っていた小春が口を挟む。
「ほぅ、その問題とやらを是非とも教えてもらいたいものだ、古の魔女よ」
「良かろう、ちょいとツラを貸すが良い!」
「望むところだ!」
一人と一匹が、人気のない洞窟の奥へと消えていった。
「カイさん、放っといて大丈夫っすかね?」
「......大丈夫だろ?小春はもふもふ好きだし、カブレラはお父さんなんだぞ?」
「......根拠が弱いよーな......」
「うるせい。お前、心配のし過ぎで童貞のままハゲちまうぞ?」
「何だとぉー!!ハゲは分かるけど童貞は関係ねーだろー!!」
タマルのハゲしい突っ込みに、神狼族がビクンとしたが、肝心のカイトは眠たい目をしたままだった。
(......しかし、あいつら何の話してやがんだ?)
「ふむ、ここらで良いじゃろう」
話し声が届かないと思われる距離まで歩くと、小春はカブレラを振り返った。
「・・・話とは何だ?」
「貴様は何が目的なんじゃ?ゼルファン様の匂いでも嗅ぎとったのか?」
「ふむ......確かに我が魂が、カイトに内在する魂に反応していないわけではない。しかし、俺は獣王として付き従うのではない。一匹の神狼族カブレラとして共に行かんとするのだ」
「ほう?」
「自身を見つめ直すため、鍛え直すため、あの男に借りを返すため、俺はお前たちに着いていくのだ」
「恩返し、のう・・・現実逃避のわりには随分と御大層な大義名分を掲げるもんじゃわい」
「!?」
底冷えするような声に、その意味にカブレラはハッとする。
「見つめ直す?鍛える?恩返しじゃと?ハッ!笑わせるでないぞ。
貴様は番を失った現実から、畜生に堕ちた自分から逃げたいだけなんじゃろ?違うか?」
「・・・」
「過ちを起こしたこの場から目を逸らしたい、思い出したくない、忘れたい・・・辛い過去や責任は息子に押し付けて、自分は白々と旅に出る・・・大したもんじゃ」
「・・・何でもお見通しのつもりか、古の魔女よ?」
「さぁの。じゃが、わしは卑怯者と行動を共にするほどお人好しではないぞ」
カブレラを見る目線の強さに相まって小春の魔力が上がる。
「・・・お前の言ったことは、半分当たって半分ハズレといったところだな」
「何?」
「一族のことを、その責任を息子に押し付けていくこと。それ自体は間違ってはいない。それに現実から逃げたい気持ちもある。先ほど話したとおり、俺は弱いからな・・・
しかしな・・・目を逸らし現実から逃げたところで過去は変わらん。拭いきれない罪はどこまで遠くへ逃れようとも、俺にまとわり続けるだろう。例え他の皆が忘れようと俺は忘れられん」
「・・・」
「逃げたい気持ちがないと言えば嘘になるが、それが理由ではないということだ」
「では何が・・・」
「俺は護りたいのだ」
「・・・護る・・・?」
「あの男を、カイトを俺は護りたいのだ。
あの男は・・・心が死んでいる」
「・・・」
「畜生にまで堕ちかけた俺は分かる。あの男は大事な何かを失って壊れかけているのだ」
「し、しかしあ奴はあんなにおちゃらけて・・・」
「あの男なりの足掻き方なのだろう。共にいる者の存在があの男を踏み止ませる理由たらしめているのだと、俺は考えている。・・・勿論、お前もな」
「・・・」
「そこで今度は俺からの質問だ。
お前は魔神とカイト、どちらを選ぶのだ?」
「!?」
そのカブレラの質問に、表情のなかった小春に動揺が走った。
「何故カイトの魂に魔神の魂が混じっているのか、詳細は分からん。しかし、魔神を復活させるためには、カイトの魂や自我は邪魔なものとなり得る。
その時が来れば、我々は、お前は選択を迫られることになるかもしれん。
魔神か
カイトか
お前はどうするつもりなのだ?」
「わ、わしは・・・」
考えなかったわけではなかった。
敬愛する主と同じ魂の匂いのする男。
五千年会いたくて、ようやく会えた相手が、僅かばかりの魂の残些だけを別の男に眠らせていた。
この男が死んでしまえば、あの人に会える?
心が壊れてしまえば、愛するあの人が甦る?
自分に笑いかけるこの男が
魔力に溺れた自分を守ってくれたこの男が
小春と呼ぶ、カイトが・・・
「・・・答えは出ていないようだな・・・」
何か言おうとして言葉にならない様子の小春をカブレラは静かに締める。
「まぁ良い。だが、これだけは告げておこう。
俺が護るのは、カイトであって魔神ではない。
お前がカイトを滅し、魔神復活を目論むというのであれば、俺はその障害となる。例え魔獣に堕ちようとも、俺は持てる全てでお前に立ち塞がる。
努々忘れるな、古の魔女よ」
言うべきことを告げ、カブレラは踵を返す。
もはや、小春に答えは求めていない。
小春は俯いたまま、その場を動けずにいた。
「わしは・・・わしは小春じゃ」
「・・・?」
呟く小春の声は絞り出したかのように、か細いものであったが、それでもカブレラの歩みを止めるものが込められていた。
「・・・わしは古の魔女なんじゃぞ?それを・・・春じゃと?春のような女になれ、じゃと?
・・・つくづくあの男はアホじゃ」
毒づく言葉と裏腹に、小春はクスリとする。
「ふん!よく聞け獣王よ!
わしは・・・古の魔女小春じゃ!それ以上でも以下でもそれ以外でもない!!」
腰に手を当てて高らかに宣言する小春の目には迷いはない。
「・・・答えにはなってないな・・・」
「ふん!喧しいわい!迷うことにわしは躊躇わん!
ただそれだけじゃ!文句あるか!」
「文句は大いにあるが・・・まぁ、今のところはそれで良いだろう、古の魔女よ」
「小春じゃ!わしは・・・わしの名前は、あのバカにつけてもらった名前は小春じゃ・・・ゴニョゴニョ」
名付け人を聞き、赤くなってゴニョゴニョする小春を一瞥して、カブレラの目付きが少し和らいだものとなる。
「・・・素直になれば良いものを・・・」
その台詞に小春はハッとする。
遠い昔、黄金色の獣人に言われたシーンと被る。
「貴様は昔も今も、ホント生意気じゃの」
「先祖は先祖、俺は俺だ。俺は55本のほーむらんを放った偉人が由来、カブレラ。
・・・それ以上でも以下でもそれ以外でもない」
そう言い残してカブレラは元の道を歩き始めた。
「・・・あのバカが壊れるなんぞ、わしが許さん」
その呟きが届いたかどうか定かではないが、静かに歩くカブレラは微笑みを溢していた。
「あ、ようやく戻ってきたっす!」
カブレラと小春の姿に、タマルは安堵する。
離れる二人の様子が緊張したものだったため、やはり心配は拭えなかったのだ。
「・・・そうして、小春とカブレラは衝突しながらも互いを認め合い、絆を深くしたのだった。ちゃんちゃん・・・ぶべっ!」
「誰がこんなケモノと!」
「小春ちゃん、突っ込みが激し過ぎっすよ!」
小春とカブレラが醸し出す空気が軽くなっていたことに気付いたカイトがチャチャを入れるが、すぐに小春日和の餌食となった。
「ふん!勝手なモノローグ作ったこ奴が悪いんじゃ!」
「その通りだ。俺とそいつは一時的な合意に達したに過ぎん」
「そうじゃ、絆どころか仲間ですらないわい!」
「同感だな」
言っている内容こそ互いを否定するものであったが、否定そのものを認める二人の息はぴったりとしていたものであった。
「なんか息が合ってるようにも見え・・・いや、なな何でもないっす!」
余計なことを言いそうになるが、ゴゴゴと不穏なオーラを放つ小春の様子にタマルは慌てて口をふさいだ。
「あたたたた・・・おい小春、お前は手加減ってやつを覚えやがれ!」
「じゃったら、主はデリカシーってやつを覚えるんじゃな!」
「ぬくく・・・あー言えばこー言う!」
「ふん!」
「ふふ、小春ちゃん、本当楽しそうね~♪」
「な、何を言うんじゃ!?」
「こんな幼女を誑かすとは・・・さすがにどうかと思うよカイト君?」
「その嗜好は当主様のご友人としては歓迎されるものではありませんな!」
「おめーらの頭こそ一回キレーに洗ってきやがれ!」
ワイワイとする一行をカブレラは冷めた目で見詰める。
「進むべき道を謝ったか・・・」
「さて、落ち着いたところで話を進めよう。食らった魔力も底を尽きかけている。話の脱線はひかえてもらおう」
「へいへーい。おい、お前ら分かったか?」
「俺は主にお前に言っているのだが?」
「・・・」
カブレラの冷静な突っ込みに、カイトは開いた口が塞がらなかった。
「さて、ドワーフ族よ、その先を歩いた先に、魔鉱石が眠る山に続いている。採掘を邪魔する者はいない。お前たちがここを通るのであれば、神狼族は道を譲る」
「何と!魔鉱石を譲って頂けるのですか!?」
「我らは守っていただけであって、所有していたわけではない」
「守っていた、とは・・・我々からですか?」
フィリップの質問にカブレラは頭をふった。
「いや、違う。我らは魔獣から魔鉱石を守っていたのだ」
「ま、魔獣ですと!?」
「そうだ。我ら一族がこの辺り一帯を縄張りとしていたのは、魔鉱石が多く眠るこの地で、魔獣どもから魔鉱石を守るためにあったのだ」
「カブレラ君、そこのところを詳しく教えてもらえないかい?」
フランツの言葉にカブレラは頷く。
「いいだろう。
それではエルフの騎士よ、魔獣の定義とは?」
「何だ何だ?急に授業が始まったぞ?」
「主が混ざるとややこしくなる。大人しく聞いておれ」
「そうっすね、カイさんは黙ってて下さいっす」
「俺はガキかよ?ったく、ひでー扱いだな・・・エステルちゃん、そう思わねー?」
「シー!ですよ!言うこと聞かないと、また小春ちゃんにお痛されちゃいますよ~!」
「ガーン!俺ってそんなに・・・シュン・・・」
「えーい、鬱陶しい!」
「そこ!静かにしてくれたまえ!!」
お約束をしていた一同は、真剣なフランツに一喝されてしまった。
「魔獣とは・・・自我を失い本能のままに食らう亜人、もしくは獣、ではなかったかな?」
「では、魔獣の大好物を知っているかな?」
「大好物・・・?」
「奴らが生命を貪るのは腹を満たすだけが目的ではないのだ」
「・・・そうか、魔力、だね?」
「理解が早くて助かる。そうだ、奴らは生き物に内在する魔力を吸収せんがため、他の生き物を貪り食らうのだ」
「っ!!そうか!魔獣は魔力が濃縮された魔鉱石を狙っているのだね?そしてキミたち神狼族は、魔獣から魔鉱石を守っていた、と!」
「ふむ、正解だ。
我らは代々、魔鉱石が眠る縄張りを奴らから守り続けているのだ。
奴らが魔鉱石をその本能のまま貪り食らえば、魔鉱石に濃縮された魔力に耐えきれず自滅するか、あるいは・・・」
「とてつもない力をつけてしまうのだね?」
「その通りだ。魔鉱石を食らった魔獣は、もはや我らの手に負えなくなるであろう。そうなれば、我らだけではない、この大陸は奴らの餌場となる。
それを防ぐことが我ら神狼族の宿命なのだ」
ゴクリとタマルの喉が鳴る。
考えてもみなかったスケールの大きな話に、タマルは感想すら出てこなかった。
「なるほどな・・・カルムタ周辺で魔獣の被害が極端に少ない理由が分かったよ。」
タマルとは反対に、フランツには納得のいく話であった。
「さて、語るべきは語った。間もなく封印も戻る。
他に聞くべきことがなければ出立しようではないか?」
出口に向けてカブレラが歩き出すが、タマルが慌ててカブレラを止める。
「カ、カブレラちゃん!息子さんとの別れはしなくていんすか!?」
タマルの言葉を聞いてカブレラが息子を振り返るが、すぐに踵を返す。
「息子はもはや一匹の雄なのだ。雄と雄の別れに言葉は不要、それは息子も理解している」
フッとニヒルな笑みを溢して歩き始めるが、
「こらこら」
「ギャヒィン!?」
カイトに尻尾を捕まれて、情けない鳴き声が出てしまう。
「な、何をする!?」
「るせー。カッコつけてんじゃねーよクソ親父。てめーになくても、息子にゃ言いたいことあんだっつーの。なぁ、カブレラジュニア?」
「え?ぼ、僕?」
「そーだ、おめーだよ。
いーのか?このまま行かせちまって?確かに今生の別れじゃねーけどよ、言いたいことはきっちり言っとけよ」
「い、いや、でも僕・・・」
「雄なんだからよ、ビシィと言ったれよ。
・・・後悔してからじゃ遅ぇんだ」
言い淀んでいた息子であったが、カイトの最後の言葉を聞いて気持ちが固まった。
「と、父さん!」
「む?」
「ぼ、僕は・・・俺は父さんが留守の間、一族を守る!そして、父さんよりも立派な獣王になる!」
「・・・」
「だから、必ず無事で帰ってくるように!!」
「・・・言うようになったな・・・分かった、その約束必ず守ろう!」
父が見詰める息子は、もはや幼い我が子ではなかった。一匹の強き雄が、一族の新たな長がいたのだ。
「やりゃあできんじゃねーか。
そうだ、お前にも名前つけてやんなきゃな」
「え?ぼ、僕に名前を?」
「あぁそうだ。族長なんだからよ、アイデンティティーを大事にしなきゃな!
そーだなぁ・・・親父がカブレラで、それを超さにゃならんのだから・・・」
「カイさん名前つけんの好きっすね・・・」
「バーロー、個性は大事だろ?
よーし、お前はバレンティンだ!1シーズンに60本のホームランを打った歴代最多の伝説の選手だぜ!!」
「ヴァ、ヴァレンティン・・・」
「発音いーなおい!」
「カ、カイさん、父親を差し置いてその息子さんに名前つけちゃっていいんすか!?」
「問題ねーだろ?なぁ、カブレラ?」
「俺より5本多い・・・」
「ん?」
「ハッ、いや何でもない。息子よ、今日からお前はヴァレンティンを名乗るが良い!!」
「は、はい!!」
「ほれ、めでたしめでたしじゃねーか?」
「俺より5本多い・・・」
「そ、そうすかね・・・?」
「・・・くだらん」
こうして、カイト、タマル、小春の旅に、新たな仲間獣王カブレラが加わったのであった。
「俺より5本も・・・」
「えーい、喧しい!」
出口に向かう一行から、小春の怒声が洞窟に響き渡った。
「さーて、町でゆっくり休もうぜ」




