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エルフとドワーフ

エルフとドワーフ


合流した一行はリッツの案内のもと、集会所へと歩みを進める。

その間もリッツはアルファルドに告発を辞めてもらえるように必死に説得を試みている。

「ですから!我々はその時その時の判断で対処するしかなくてですね......」

「その誤った判断で王家縁の者に攻撃を加えた、と。」

「誤りは認めますが、何卒!何卒ご容赦をば!」

「貴殿らが射抜いたカブレラ殿も、さぞご立腹でしょうな!」

「......バウゥ」

話を振られた巨獣改めカブレラは一瞬リッツを見るが、迷惑そうに息を吐いてそっぽ向く。

「ほれ!ハラワタが煮えくり返ってますぞ!」

「そ、そんな~!獣王様~!?」

「えーい、喧しい!ウサギを磔獄門にするかどーかは後にしやがれ!!」

「カイト殿、何も極刑とは申しておりませんぞ......」

「ん?そーだっけ?まぁ、とりあえずはだな、その集会所に行って、エステルちゃんの旦那見つけるのが先決だろ?話はその後にしろよ。」

「それもそうっすね。

何か、色々あり過ぎて目的を見失いそうになってるっすけど......」

「カイト様、タマル様、小春ちゃん、本当にごめんなさい......私がこんなことお願いしなくちゃ皆が傷つくことなかったのに......。」

「そ、そんなことないっすよ!エステルさんが悪いわけじゃないんすから!ね、カイさん?」

「あぁ、そーだぞ。俺らは自分の意思でここに来たんだ。エステルちゃんはなーんも悪くねーって」

カルムタ町に来てからエステルは何度目かの謝罪を口にする。

その都度、カイトとタマルはエステルを元気づけようとするが、満身創痍の一行を見るとエステルの罪悪感は消えないのだった。

「気にするこたーねーんだよ」

「そうっすよ!」

「で、でも......」

「あーもう!こりゃ!娘!!」

フォローするカイトとタマルを尻目に、タマロンに黙って乗っていた小春であったが、我慢に耐えれなくなり、ついに口を出した。

「耳貸せぃ!」

「え?あ、はい......」

エステルは戸惑いながらも、タマロンに跨がる小春に耳を寄せる。

「良いか?あの二人は主に謝ってもらいたくなんぞ、これっぽっちも思っておらぬ。謝れば謝るほど逆に気を遣わせるだけじゃ。

そんなことは誰も喜ばぬ。

......こんなときは......そうじゃな、笑って礼でも言うんじゃな。

それだけで、バカは喜ぶもんじゃ。」

「......小春ちゃん......」

幼女の発言とは思えぬアドバイスに、エステルは驚きながらも、心のつっかえが取れたように思えた。

「......ふふ、小春ちゃんて、たまに人生の大先輩みたいよね......ありがとう小春ちゃん!」

「ふん、礼はバカ二人に言ってやるが良いぞな。それに、わしは主より50世紀先輩じゃ」

「うん、小春ちゃんは魔女っ娘だもんね!」

「う、うむ、そのとーりじゃが......ホントに分かっとるのかの......?」

笑顔を取り戻したエステルは、カイトとタマルに駆け寄る。

「カイト様、タマル様、本当にありがとうございます!私、今日のこと一生忘れませんから!!」

「「え?おっ!!」」

エステルが目一杯の笑顔でお辞儀をすると、たわわな双丘がぷるるんと震えた。

「い、いかん!!そんな無邪気な笑顔に小悪魔な膨らみは!くそ!自分が汚れているみてーだ!!目を、目を反らすんだー俺!!」

「くっ!反らす......せば......ねばーっす!」

台詞とは裏腹に、目線はたわわな双丘に釘付けの二人に、

「十分汚れきっとるわい」

ゴミを見る目で小春が突っ込んだ。


ともあれ、一行は町の最奥部に立つ集会所にたどり着いた。

集会所とあって、特に飾り立てているわけではないが、セメント造りの大きな箱にしか見えない建物の頂点に、ツルハシと筋骨隆々の腕が交差したエンブレムが飾られていた。

「......この町はツルハシ押しが強いな」

「鉱山を開拓したツルハシへの思いが強いのですな。」

「集会所の奥には、魔鉱石を発掘したときのツルハシが祀られているって聞いたことがありますよ。」

「何だそりゃ?もはや宗教染みてんな」

カイトの疑問にアルファルドとエステルが解説してくれるが、ツルハシ教とも思えるこの町に少し不気味さを感じてしまう。

「さて、ここに住民が避難しているはずなのだが......」

集会所の扉をリッツがベンベンと叩く。

「誰か!誰かいないか!?私は救援に駆け付けた北東地区第五外守隊100人隊長のリッツ・リステルである!脅威は我が隊が退けた!!安心して出てくるが良い!」

「......」

威勢良く事実を婉曲して告げるが、内側からの反応はなかった。

「おい!誰ぞ!誰ぞおらぬか!!」

「おい、ウサギ」

「何だ!?」

「中の奴らは地下にいんだろ?」

「そうだ!だから何だというのだ!?」

「おめーの声、地下まで届かねーんじゃね?」

「......」

「......」

「誰か、地下への連絡手段知っとる奴はいないか!?」

「流した!流したっすけど、顔赤いっす!流しきれてないっすよ!!」

「う、うるさい!うっかりしてただけだ!」

「はぁ......」

隊長のうっかりを見ていた騎士数名がため息を漏らす。

その様子を見る限り、隊長のうっかりはよくある光景だと想像がついた。

「で、どーすんだよ?その扉は鍵締まってるんだろ?」

「うむ、参ったな......。」

「おいこらこら、ここまで来てどーすんだよ?」

「応答があるまで、ここから呼び掛けるしか......」

「はぁ?んな悠長なことやってられっかよ?お前ウサギなんだから、ここから掘って行けよ」

「ウサギとモグラを間違えておらんか貴様は!?」

「似たよーなもんだろよ、サクっと頼むわ」

「出来るか!」

「カ、カイさんとの掛け合い錬度が上がってるっす!」

「主は何を言っとるのじゃ?」

「あれは俺のポジションっていうか、俺の存在意義みたいなもんで......横取りされると俺の影がどんどん薄くなるっす!」

「......くだらん。」

割りと本気なタマルであったが、小春はバッサリ切り捨てた。

その時、エステルが何かに気付き声を掛ける。

「あ、あの~皆さん?」

「掘れねーなら、どーすんだよ?扉ガジガジして穴でも空けんのか?」

「ビーバーでもリスでもない!」

「くぅ!カイさんのアホな思考まで読み取って突っ込むなんて、俺の専売特許が!」

「誰がアホだ!!」

「あだ!こ、心の声が聞こえたんすか!?」

「思いっきり声に出しとんじゃ、このボケ!」

「あ、あいつ、突っ込むタイミングを横取りされたからといって、自分に突っ込ませるとは......なかなかの手練れと見た!」

「はぁ......こ奴らの会話聞いとると頭痛がしてくるわい......」

「あのー!」

「ヴァオォオン!!」

エステルの声を援助するように、カブレラが大きな咆哮を放った。

「な、何だ?」

耳をつんざく咆哮に、全員の耳がキーンとする。

「カブレラちゃん、ご協力ありがとう!皆さん、集会所の上!上見て下さい!!」

エステルの指差す方を見ると。集会所の斜面状になった屋根に小窓がついており、そこから髭を生やした男が顔を覗かせていた。


「おーい!そこの者!!騎士団が救援に来たぞー!もはや脅威はない、扉を開けてくれー!」

リッツが手を振りながら、男に声を掛ける。

しかし、男は訝しい目線を送るだけで返答はなかった。

「おい、聞いているのかー!?もう安全だと言っておるんだぞー!」

「だったら、そのバケモノは何なんだー!?」

「この者は神狼族で、もはや危害は加えない、安心してくれー!」

「何言ってんだー!常駐の騎士や町民はそいつの仲間に食い殺されてんだぞ!そんなこと信用できるわけねぇだろ!!」

「それには事情があるらしいではないか!?」

「何だとー!?あんたらはバケモノの味方なのか!?お前らはバケモノと組んでこの町の利権を狙ってやがんだな!そうはいかねぇぞ!!」

「何を言ってるんだ!?おい、こら待て!」

意思の疎通がうまくいかず、小窓の男は引っ込んでしまった。

「おい、どーなってんだよ?」

「分からん......悲惨なめに遭って、疑心暗鬼になってるのやもしれんが......」

「あのドワーフの人、利権がどうのって言ってたっすね......。」

「うむ......誤解があるようだが、とにかく話し合わねば事が進まんな......。」

騎士団が姿を見せれば、安心して出て来てくれると思っていたリッツは、小窓の男の反応に困惑してしまっていた。

すると、再度小窓が開かれた。

今度も髭を生やした厳つい顔立ちの男であったが、今度の男は長い顎髭を三つ編みにしていることから、先程の男とは別人のようであった。

「お前らの話は俺が聞いてやる!さぁ話すがいい!!」

先程の男よりも野太い声で、三つ編みの男が大声を出す。

「おい、また厳ついのが出て来たな。」

「あの人もドワーフっすね。」

「ふーん。まぁ、話す気はあるみてーだな。これで話が進む......ん?エステルちゃん?」

小窓から顔を覗かせる三つ編みの男を見て、エステルが口元を両手で押さえている。そして、目に涙を浮かべているその様子は、正に感激そのものであった。

「エステルちゃん?どした?あいつ知り合い?」

「フィリップ......!」

「へ?」

「フィリップーっ!!」

「エ、エステル!?どうしてこんな所へ!?」

「は?」

エステルの姿を認めた三つ編みの男は何と、小窓から体を躍りだし、屋根から飛び降りた。

ズシャっと重い音を立てて地面に降り立った三つ編みの男は、四頭身の体を疾駆させ、そしてエステルと抱き締め合った。

「え?」

「エステル!?一体どうしたのだ!?」

「フィリップこそ!2日も消息を絶つなんて心配で心配で......ここまで来てしまったの!」

「いやいや、違うよな、うん、友達とかいとこのフィリップだよな......」

「何と!?俺を心配して危険なことを......すまぬ......」

「ううん、こうして無事会えたんだもの、あなたにこうして抱き締めてもらえて、私、とっても幸せよ、ふふ、ここまで来て良かった!」

「エステル......」

「フィリップ......」

「違う違う、そうじゃ、そうじゃない!あーっ!!」

小柄な男と目一杯抱き締め見つめあった二人は、熱い口付けを交わした。

「主、うるさい。」

「あだ!だって、だーってよー!あんな毛むくじゃらとエステルちゃんがチュ、チューを!しかもバードどころか何と情熱的な!!」

「黙っとれ!!」

「うぎゃー!!!」

口付けを交わす男女の前で小春日和を食らったカイトは地面にめり込んだ。



「いやはや、恥ずかしいところを見せたな。」

「んもぅ、フィリップったら恥ずかしいんだから~♪」

情熱のシーンを終えた二人はバカップルよろしく公開接吻を堪能したことについて一行へ謝ったが、その姿には謝罪の念はさほど感じられなかった。

「お嬢様、フィリップ様が無事で安心したとはいえ、衆前では謹んで下され。」

「ごめんなさい、アルファルド。抑えていた感情が爆発しちゃって......。」

アルファルドに小言を言われるエステルの脇で、ある男は放心状態から抜けれずにいた。

「何で毛むくじゃらがエステルちゃんと......

毛量か?俺には毛が足らんというのか......増毛?ハゲてねーのにマープするっきゃねーのか!?」

「ぶつぶつ喧しい!また小春日和を食らいたいのか主は!?」

「おい止めろ!このバイオレンス認知症魔女!!今俺の心は毛むくじゃらに毛だらけにされてるんだ!労れ!!」

「さーっぱり意味分からんわ!!」

あーだこーだと騒ぎ立てるカイトに、フィリップが声を掛けた。

「あんたがカイトさんだな?うちのカミさんが世話になったそうだな。礼を言うぜ。」

「......」

「うん?何だ?」

「こんな毛むくじゃらがエステルちゃんを......」

「はい、そろそろ戻ってこいっすー!!」

「ガッハッハ!面白い兄ちゃんたちだな!!」

フィリップはその見た目に違わず豪快な性格のようで、カイトが向ける嫉妬の眼差しに気を止めないようであった。

「さて、フィリップ様、消息を絶った経緯などをお聞かせ願いますかな?」

カイトたちのやりとりに構わず、アルファルドが話を促す。

「......あぁ、そうだな。その前に......その白いデカブツは本当に大丈夫なんだろな?」

フィリップが顎でカブレラを指示する。

「フィリップ!カブレラちゃんは私たちを助けてくれたのよ?そんな言い方しないで!」

エステルが必死にカブレラを庇い、その様子を見てフィリップは一安心する。

「ふむ、お前が言うなら信用するが......」


フィリップの話は簡素なもので、戻らない従業員の跡を追ってカルムタ町に着いたところ、魔獣に追いたてられ、集会所に避難したというものであった。


「じゃあ、町が襲われた理由は分からないの?」

「町の連中は、突然襲われたと言っていたが、無事だったうちの従業員の話では少しキナ臭い話みたいでな。」

「キナ臭い?」

「あぁ、どうも新しい鉱山が見つかったって話があってな。」

「鉱山ってな、魔鉱石が出る山だよな?」

「あぁそうだ。俺のひい祖父さんが発見した鉱山はもはや魔鉱石が出尽くしていたらしくてな。うちの兄貴どもは勿論、町の連中も新たな鉱山の発見に躍起になってたらしいんだ。

で、見つかったっていう話なんだが......発掘には障害があったってな話なんだ。」

「ふーん、なるほど、な......」

カイトは徐々に話が見えてきたような気がしてきた。

「で、だ。その障害を排除するために、常駐外守の連中を連れてって、無事障害は排除された、鉱山も見つかったって万々歳だったんだと。それで、鉱山から戻ってきた連中を労ってお祭り騒ぎしてたところに、魔獣が襲ってきたってわけなんだ。」

「その障害って、カブレラちゃんたちのことじゃ・・・。だとすると、やっぱり先に仕掛けたのは町の人や騎士ってことじゃないすか!?」

「......あぁ、そういうことになるな。」

「そ、そんなことって......魔鉱石のためなら他の生き物はどうでもいいってことなんすか......!」

誰を責めるわけでもないタマルの言葉は、フィリップの顔色を暗く染めた。

「......それだけ切羽詰まってたんだろうが......恐らくそれを指揮したのは俺の二番目の兄貴だろう。」

「ロバートお義兄様が!?」

「兄貴はここの鉱山と町の全てを親父から任されていた。その鉱山が空っぽになったらうちは落ちていくだけだ。兄貴はそれが許せなかったんだろう......。」

「だ、だからって、そんな......。」

「うちの魔鉱石の配給がなくなると、王国の経済や生活が破綻しちまう。今の王国はそれほどうちに依存してるんだ。単にライト家が潰れるだけじゃ済まない問題なんだ。」

「......フィリップ、あなたはそれが正しいことだと思ってるの?」

問い質すエステルの声は硬いものであった。

フィリップの答え次第では、エステルはフィリップとの生活に終止符を打つ覚悟をもって出した問いであったのだ。

「正しいとは思わん。しかし、新たな鉱山が必要なことも事実ではある。」

「......あんた、王国の経済や便利な生活のために他の命は犠牲になっても良いっていうんすか?」

フィリップの話を聞いていたタマルが拳を握って問い質す。

「町の人やここの騎士が何をしたのかあんた分かってんすか!?カブレラちゃんの仲間の子供が傷付けられてたんすよ!?死んでたんすよ!?あんた、自分の子供が同じことされても同じこと言えるんすか!!」

「......バウ......」

タマルがフィリップの胸ぐらを掴んでいると、カブレラがタマルの服の裾を噛んで引っ張る。

「カ、カブレラちゃん!?何で止めるんすか!?」

「......バウゥ」

「......タマル、落ち着けって。フィリップの顔よく見ろよ。苦しんでるじゃねーか。お前の言葉でよ。」

そう言われてフィリップの顔を見ると、顔が青ざめているのが分かる。しかも、両手はきつく握り締められていた。

「あ......」

そんなフィリップの様子を見て、タマルの熱が少し冷め、掴んでいた手を放した。

「貴様らドワーフやエルフ、人族は昔から浅ましかったのぅ、平気で他種を蹴落とし喰らい、共存を考えん。まるで世界に巣くう寄生虫のようじゃ。いや、寄生獣か?」

「......」

小春の言い分にフィリップは二の句も告げられなかった。

「......小春も名言パクって説教すんのはやめとけよ。こいつはそんなんじゃねーさ。ツラぁ見りゃ分かんだろ?」

「......カイトさん......」

「だが、こいつの仲間にしたことは消せねーし、これ以上は許さねー。そして、こいつの子供たちを殺し傷付けたことは絶対許さねー。その償いはしてもらうぜ?」

「......あぁ、何でもやるぜ......」

「......ったく、あんたは巻き込まれてるだけなんだろ?」

フィリップの板挟みの状況を理解しているカイトであったが、フィリップが抱く多大な罪悪感には共感しかねていた。

「いいや、ライト家の責任は俺の責任でもある。償いは必ずする。」

言葉は少ないが、この男の覚悟は十分伝わるものがあった。

「......そーかよ。ま、償いについてはよ、俺に考えがあんぜ?」

「ほう、考えが?どのような......」

カイトの提案を聞こうとしたその時、

ギィイ

と集会所の扉が狭く開かれ、中からドワーフ族の男が出てきた。


今度のドワーフ族は、大きな鉄槌を持ち、長い顎髭を三つの三つ編みに分けていたが、顔立ちがフィリップに似ている。

「あ、兄貴......。」

「フィリップ、物見から戻らんと思って心配しとったら......ん?何だ、弟嫁殿か......?」

「ロバートお義兄様......。」

どうやら出てきた男はフィリップの兄、ロバートのようであった。

しかし、『心配』という言葉とは違い表情は迷惑そうにしかめたままである。

「都暮らしのお嬢様が、こんな所まで何用かな?しかも、こんな大勢で、そんなバケモノを連れて?」

訝し気に尋ねるロバートの表情は、エステルに対しても変わることがないどころか、敵意すら感じられるものがあった。

「はい、フィリップが町から戻らなかったので、心配で様子を見に参ったのです。」

「それで、お供を連れて物見遊山というわけですか......。フランツ殿は、ご存知なのですかな?」

「それは......」

「ご当主様は登庁あそばされており、本件はご存知ありませぬ。心配召されたエステルお嬢様がご当主様のご友人を頼り、参上つかまつった次第でございまする。」

ロバートの雰囲気に呑まれるエステルに代わってアルファルドが簡単に経緯を説明するが、それでもロバートの顔はしかめたままである。

「......執事殿、経緯は分かった。で?バケモノを連れてる理由は何なんだ?」

尊大な態度は、状況に関わらず普段のロバートそのものなのであろうとカイトは検討をつけた。

「カブレラ殿は、バケモノではありませんぞ?」

「そうですよ、カブレラちゃんは神狼族の長で獣王なのです!」

若干語尾を強めてエステルが説明すると、ロバートの眉が片方だけピクンと上がった。

「神狼族......獣王?」

「はい、そうです!」

「ふんっ、そんなお伽噺、まさか本気で言っているのではあるまいな?」

失笑したロバートは呆れた顔をする。

「信じられないことやもしれませぬが、言葉を理解し外法を使える獣など、獣王以外に考えられませんぞ!」

「やれやれ、アーノック家執事とあろう者がそんな戯言を申すとは......まぁ、そのバケモノが何者かは問題ではない。そのバケモノと仲間がしでかしたことに大きな問題があるのだ!」

鉄槌の柄を地面に叩き付け、ロバートが憤り大声を出した。

「兄貴、そのことなんだが......鉱山の障害ってな、神狼族のことだったのか?」

「うむ、そうだ。あの魔獣どもが新たな鉱山に続く洞窟に巣食ってやがってな。成獣どもを外に誘い出して洞窟内を一掃してやったのだ。」

「中に残ってた神狼族は......」

「一匹のメスとガキがいたみたいだが、外守の連中に片付けさせた。それで魔獣どもが消えると思ってたんだがな......まさか町を襲いに来るとは想定外だったぜ。ケダモノに脅しは効かんとはな。

ったく、親父に騎士の補充を頼まねばならん。それに、害獣駆除の依頼もせんと......」

「あ、兄貴!何てことを!?」

想定してはいたが、一連の出来事の発端が兄にあると確定し、フィリップは青い顔になる。

「あぁん?フィリップ、どうした?......あぁ、安心しろ。駆除が終わればお前のとこにも魔鉱石が行くからよ。」

「違う!俺はそんなこと心配しておらん!兄貴は自分がしたことを解っているのか!?」

「何を言っているんだ?採掘が遅れていることを非難しているのか?」

フィリップが言わんとしていることが全く分からないロバートは頭を捻るばかりだ。

「違う違う!兄貴は生き物の虐殺を命じたんだぞ!?それが解らんのか!?」

憤るフィリップをロバートは目を細めて見る。

「......それが何だというのだ?」

「何!?」

「魔鉱石がすぐそばにあるというのに、指咥えてろというのか?ひい祖父さんが見つけた鉱山の魔鉱石はもはや尽きようとしていること、お前も知っとるだろう?新しい鉱山には、向こう数百年は賄える魔鉱石が眠っているのだ。ケダモノの生き死になんぞに構っとる余裕はないのだ。

それが分からんお前ではないだろう?」

「し、しかし、他に方法は......」

「そんな余裕はないと言ってるだろう!?ここの魔鉱石が尽きれば、輸入に頼らざるを得なくなる。それは、王国の経済が生活が、国そのものが傾くことになるのだぞ!

バケモノがどうなろうと知ったことか!!」

「兄貴......」


「そりゃあ随分とご大層な大義名分だな」

ロバートの正論にフィリップが黙りこんでしまうと、それまで大人しくしていたカイトが会話に介入した。

「......なんだ、貴様は!」

「通りすがりの者でーす」

「部外者は引っ込んどれ!」

「そーしてーとこだがよ、巻き込まれちまってる以上、もはや部外者じゃねーんだよ」

「フィリップ!何なんだこいつは!?」

「......フランツ様のご友人と聞いている。」

「王子の友人?それにしては品がないな......。」

カイトを爪先から頭のてっぺんまで見上げるが、ロバートはいかにも疑わしげな表情をする。

「品がなくて悪ぃな」

「王子の友人が何だ?口出ししないでもらえるか?」

「そーはいかねーよ。あんたにゃあ償いをしてもらわにゃならねーんでな。」

「償いだと?何を言ってるんだ?」

「あんたなんだろ?こいつの子供たちをぶっ殺すよーに指示したのはよ?まさか、それで済むと思ってるわけじゃねーだろな?」

「......何が言いたいんだ?」

「力には力の抵抗力ってのがあるんだよ。死んじまった騎士や町民は、恐らく洞窟で子供殺した奴らだったんだろ?」

「......だとしたら、何だ?」

「それで、指示したあんたがこれまでと変わりなく、このままのうのうと生きていられると思ってんなら、とんでもねー間違いだって言ってんだよ」

「この俺をどうするというのだ?」

「あんたはどう思うよ?」

「ふん......俺の考えを教えてやろう。皆の者っ!!」

ロバートの号令を放つと、集会所の扉がバーンと開かれた。

中には、十数人の騎士が、ある者は武器を構え、ある者は外法を唱えている。

「おい、兄貴、これは......!?」

「や、屋根の上にもいるっす!」

集会所の上には、弓矢を構えた町民の姿があった。

「......残念だ、フィリップよ。」

「あ、兄貴!!どういうつもりだ!?」

「まさか、魔獣に殺されちまうなんてな......」

「な、何だと!?」

「様子を見に来た嫁まで殺されちまうとは......全く、魔獣は恐ろしいもんだ。滞りなく駆除部隊を送ってもらわねばな......。」

「それがあんたの新しい筋書きかよ?」

「王家血筋の者が殺されたとあっては、追加の騎士を動かすことは容易くなる。......礼を言ってやるぞ。くっくっく。」

「兄貴、そんなことが通じると思っているのか!?」

「ここは俺の町だ。どうとでもなる。」

「兄貴!?」

「......お前はもう少し聡いと思っていたのだがな......家業を投げて鍛冶なんぞ始めた頃からおかしな奴だとは思っていたが......残念だ。皆の者、構え......」

バチーン!


ロバートが号令をかける瞬間、その顔に平手打ちがエステルから放たれた。

「エステル!?」

「改めなさい!!」

「......弟嫁よ、何しやがるんだ?」

「お義兄様、フィリップが何故ライト家の鉱石業から手を引いたのか、あなたご存知ないからそのようなことが言えるのよ!!」

「何だと?」

「お義父様からも聞いてるわ!お義兄様が......」

「エステル、その話は!」

「お義兄様より商才に優れてるフィリップは必ずあなたよりも頭角を表すって!それが分かってるから、お義父様はフィリップに家業に携わらないように言ったのよ!

ライト商会を割らないようにするために、フィリップは家業には関わらず鍛冶を選んだの!」

「......な、何だ、と......?」

「それを知らずにいたとはいえ......これ以上の侮辱は許しません!!」

キッとロバートを見据えるエステルには恐れなどなかった。

「エステル!その辺にしてくれ!」

「でも、私はあなたを侮辱したお義兄様が許せません!」

「分かったから......大丈夫だ、ありがとう妻よ。」

フィリップが優しく抱き締めると、エステルがふっと我を取り戻した。

「あ......私、言い過ぎちゃった......?」

「いいや、お前は俺には過ぎた嫁だ......」

抱き締め合う夫婦をよそに、ロバートは俯いたまま硬直していた。

「俺が......フィリップに......劣っている......だと?......親父もそれを......知って......?」

「あんた、昔から分かってたんじゃねーの?」

「!?」

カイトの言葉にロバートがぎょっとする。

「俺は兄弟なんていねーけどよ、昔から一緒だったらお互いのことよく解ってんだろ?自分と弟との違いなんてよ」

「......」

「何が優って何が劣ってるかなんて、本人がよーく解ってるよな?」

「......黙れ......」

「二人と話して、会ったばっかの俺にもそれがよーく解んぜ?」

「止めろ。」

「てめーが弟に比べて、だいぶケツの穴が小っせー小男だってことがよぉ」

「黙れーっ!!」

「騎士や町の連中が死んだのは、魔獣のせいなんかじゃねーさ。てめーの判断のせいだ。誤ったてめーの判断で人が死んだんだ。......ホントは自覚してんじゃねーのか?」

「や、やかましい!!俺は間違っておらん!俺は正しい!者ども、構えろー!!」

「......それも間違えてんぞ?」

ロバートの号令で、騎士や町民が臨戦態勢となるが、カイトは身構えることなく、それを静かに見据えていた。

「くくくく、ビビって動けんのか!?」

「んな卑怯者にビビっかよ?」

「何だと?」

「おい!構えてる奴ら!よーく聞け!!

てめーらは、大きな間違いを犯した!てめーらが殺した魔獣は魔獣じゃなかった。ただ、静かに暮らしていた神狼族だったんだ!!それを自分たちの都合で子供を殺しちまった!

あいつらも復讐という間違いを犯したが、それはもう繰り返さない!それは、神狼族の親玉のコイツが約束する!!」

「ガウゥウ!!」

カブレラが同意するように頷いて一吠えする。

「神狼族の長、獣王カブレラが確かに約束した!!」

カイトの言葉に、騎士や町民が息を呑んで聞き入る。

「この争いは手打ちだ!お互い少ない犠牲をもって終結とする!!異存あるやつはいるか!?」

カイトの言葉に騎士や町民が顔を見合わせるが、名乗り出たり異論を唱える者はなかった。

「......これ以上の争いを望んでるのは、あんただけ、みてーだぜ?」

「お、お前ら!!何のつもりだ!?」

ロバートが振り返り、騎士や町民を怒鳴りたてる。

しかし、ある騎士が持っていた剣を投げ捨てた。

「......だから私は部隊長に嫌だと言ったんだ!あんな非道なこと......赦されるものではない!!」

「き、貴様!!俺の言うことが......」

屋根の上の獣人族が弓を投げ捨て、膝をついた。

「ロバート様......魔獣が神狼族かもしれないと言ったではないですか!それを虐殺するなど......我々はどう償えば......」

臨戦態勢だった騎士や町民が次々に戦意を失うっていった。

「おい、どーすんだ?一人でも貫く覚悟はあんのか?」

ロバートの後ろにいた者には、もはや戦う意思の者は一人も残っていなかった。

「き、貴様......たぶらかしおって......!」

「たぶらかしてんのは、どっちだよ?んで?どーすんだ?」

「くっ、こうなれば、貴様らのことを直接政府に......」

「もういいだろ、兄貴!!」

「フィリップ......?」

「兄貴、潔く退け。」

「な、何だと!?」

「今回の件、その命で償うべきであろうが......兄弟にそこまでは言えぬ。カイトさん、すまん。俺は甘い......。」

「......構わねーよ」

「カブレラ殿、すまん。俺は兄弟に死ねとは言えぬ。」

フィリップがカブレラに頭を下げるが、カブレラは無言のままそれを見詰める。

「これからは俺が神狼族たちを守っていく。こんな過ちを二度と繰り返さない、俺がさせない。神狼族と一緒に生きていく。......あんたが、あんたらがそれを許してくれるなら......」

頭を下げ続けるフィリップをカブレラが黙ったまま見詰め続ける。

しばらく沈黙の時間が流れるが、ついにカブレラが吐息を漏らした。

「フゥウ............バウゥ」

根負けしたと言いたげに吐息を漏らし、カブレラは頭でフィリップの顔を持ち上げた。

「カ、カブレラ殿......」

「フン......」

「ありがとう、ありがとう!」

一人と一匹の間で約束が結ばれたが、当然ロバートは納得していない。

「おい!何を勝手なことを!!」

「黙れ!俺はカブレラ殿と約束をした!兄貴が何と言おうが何をしようが、俺は約束を守る!」

「き、貴様ぁ!貴様はもはや国敵だ!害獣に味方する王国の害だ!被害が及ぶ前に俺が始末してやる!!」

憤慨するロバートが鉄槌を掲げ、殺気をフィリップに向ける。

「兄貴......もう、もう止めてくれ!」

「バウゥ!!」

「カブレラ!殺すな!!」

ーガキイィン!

「何ぃ!?」

振り下ろされた鉄槌は、カブレラの爪で弾かれた。

「そこまでだ!!」

すると、頭上から声が降ってきた。


空から十数匹のペガサスが舞い降りてくる。

ペガサスには軽装の騎士が乗っており、そのなかにはフランツやドワーフ族がいた。

「ロバート・カーライル・ライト町長!そこまでにするんだ!」

フラぺが地上に降り立つ前に、フランツが一回転にひねりを入れて華麗に舞い降りる。

「ふっ、待たせたね!」

「待ってねーし、回転もひねりもいらねーし」

髪を掻き上げながら白い歯をキラリと光らせるフランツにカイトはうんざり気味に突っ込んだ。

「お兄様!どうしてここへ!?」

「アルファルドの言伝てを聞いて駆け付けたのさ。......妹よ、無事で何よりだ。アルファルド!」

「はっ!当主様にご足労頂くことになり、面目ございませぬ。」

「妹の護衛、大義であったぞ。......迷惑をかけたな。」

「はっ!勿体なき御言葉でございます!」

膝を着いてフランツに畏まっているアルファルドを見ると、フランツがただのキザ男ではないことをカイトは再認識せざるを得なかった。


「王子!フランツ王子!おたくの妹やその連れ共は、国の転覆を狙った国賊であるぞ!」

フランツの姿を認めたロバートが口早にまくし立てる。

「そこの白いバケモノと仲間に町を襲わせ、魔鉱石を我が物にせんとしておるのだ!それに気付いた俺をバケモノに殺させようとしていたんだ!どうしてくれる!?」

そう言うロバートは、さも被害者のような困り顔でフランツに訴える。

「フィリップや王子の妹は、そこの真っ黒い野郎に唆されたのかもしれん!すぐに処刑してくれ!!」

ロバートの訴えに、フランツは目を細める。

「ふむ、そうか......実は、我々の隊のほかに、本人たっての希望でこの現場に来ている者がいてな......どうぞ!」

フランツが示した所には、二人のドワーフ族がいた。

片方のドワーフ族は、黒い長髪を一つに結んでポニーテールにして、顎髭を5つの三つ編みにしている男。

もう片方のドワーフ族は、髪も髭も白髪の老人である。

ポニーテールが老人を支えるようにしていた。

「あ、兄貴に、親父!!」

その二人を認めたロバートが驚く。

「ど、どうして二人が......?」

こちらも驚くフィリップである。

「カルムタで不穏なことが起こっているとの報せが入り、フランツ王子に無理を言って同行させてもらったのだ。」

長男は静かにフィリップの問いに答える。すると、ロバートがすっと前に出た。

「あ、兄貴、ちょうど良かった!フィリップやそこの輩が鉱山をだな......お、親父?」

説明しようとするロバートの前に、老人が近寄る。その足取りはおぼつかないものであったが、老人は長男の介助を拒む。

「お、親父も聞いてくれ!こ、こいつらが」

「この大バカモンがぁー!!」

バキィ!

不意をつく大きな怒鳴り声とともに、老人がロバートをフルスイングでぶん殴った。

「ぐぁ!!」

よぼついている割りには岩をも砕きそうなパンチを繰り出した老人は、倒れるロバートには見向きもせずにカブレラを振り向く。

そして、突然のKOシーンに度肝を抜かされた一行の前で、カブレラの面前でガバッと土下座をする。

「こ、この度は我が愚息が申し訳ないありませんでしたー!!」

「「「え?」」」

「何卒、何卒お許し下さいませー!!」

「お許し下さい!」

土下座をする老人の脇にポニーテールも土下座をする。

「......」

目がハテナになる一行であるが、カブレラだけは目を細めて土下座する二人を見下ろしていた。


「おいおい、どーなってんだよ、こりゃ?」

「ふむ、あちらは取り込み中だから、僕が説明しようか?」

髪を掻き上げるいつものポーズをとりながら、フランツが立候補する。

「はい、是非お願いしますっす!」

「構わねーが、短くな!簡潔に!」

「ふっ、僕の説明だよ?」

「だから言ってんだよ!!」

「ライト家と神狼族との関わりはだね......」

「そのシカトからの説明パターンも止めろって言ってんだろ!!」

わいわいとするカイトとフランツを見て、エステルとアルファルドの目頭が熱くなる。

「な、何てこと......お兄様がこんなにも楽しそうに......」

「えぇ、嗜好に偏りがあるとはいえ、良いご友人に恵まれ、このアルファルドも感激大爆発ですぞ......!」

「......茶番はやめて早く話の続きを話してもらいたいもんじゃ......」


「ライト家と神狼族の関わりは、120年前に遡る。

当時村落だったカルムタで鍛冶をしていた、トーマス・ライト氏が洞窟を発見したことが始まりさ。

トーマス氏が洞窟を進んでいくと、多くの狼の死体があり、さらに進んでいくと、数匹の狼と魔獣を見つけた。トーマス氏は迷うことなく狼たちに加勢し、魔獣を打ち倒した。

すると、生き残った一際大きくたてがみのある狼が洞窟の奥へとトーマス氏を誘った。誘われるまま奥へ進むと、なんとそこは魔鉱石が眠る鉱山だったというわけさ。

その後トーマス氏が仲間とともに鉱山へ赴くが、狼の姿はなくなっていた。

トーマス氏が必死に狼を探すがついに見つかることはなかったんだ。しかし、探していた狼が実は、神狼族という伝説上の種族ということが判明した、というものなんだ。つまり......。」

「我がライト家は、狼、神狼族には生涯を懸けようと返せぬ大恩がある、ということなのだ。」

フランツの言葉を老人が繋ぐ。

「そ、その魔獣が神狼族だと俺は信じない!」

「ロバートよ、いい加減にせんか!」

「弟よ、諦めが悪いぞ!

親父よ、やはりこんなことなら町の者たちには神狼族の伝承を伝えておくべきだったのだ。」

「前にも言ったであろう?神狼族は、静かな暮らしを求めていたのだ。他の種族と交わることなく、な。そっとしておくべきだったのだ。

......だが、そのせいで今回のようなことが起きてしまったことは遺憾極まりないことじゃ。わしの判断が甘かった......まさか、こともあろうか神狼族のお子を殺めてしまうとは......。神狼族よ、本当に申し訳ない!!」

再度、老人が地面に頭を擦り付ける。

「ガゥア」

しかし、カブレラが土下座をする老人の頭を上げさせる。

「お、お許し頂けるのですか!あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

「ガゥア......」

「お互い様だってよ。爺さん」

老人がカブレラの手を握って涙するが、それをロバートが忌々しく睨む。

「くっ!こんなこと......こんなこと俺は認めん!認めんぞ!」

「おい、駄々っ子はもう卒業しやがれ!」

「うるさい!この町は俺の町だ!俺以外に誰がここを治められる!」

「......そこにいるぜ?」

カイトがフィリップを見ると、全員の目がフィリップに集中する。

「「「フィ、フィリップが?」」」

妻や兄、父親たちが声を揃えてフィリップの名前を口にする。その声は驚きに満ちていたが、当の本人は覚悟していたかのように、ただ目を閉じた。

「ば、馬鹿な!?フィリップだと!ふざけるな!」

「あんたは黙ってろ!!」

「......くっ!」

抗議を口に出すロバートであったが、カイトに一喝され、その迫力に言葉を繋げることは叶わなかった。

「おい、じーさん。神狼族たちの穏やかな生活は今後、絶対に守らにゃならん。それには神狼族を保護する者が必要不可欠だ。そんで保護者は信用おける者じゃねーと何の意味もねー。

おたくの三男坊なら、俺ぁ信じても良いと思ってるし、コイツもそう思ってる。なぁ?」

「......バウゥ!」

カイトはカブレラを振り返ると、賛同するようにカブレラが一鳴きする。

「フィリップ、あんたになら任せられるんだ。どうだ?」

「......あぁ、俺の人生を懸けて神狼族を守ると約束する。」

「あんたなら、そう言ってくれると思ったぜ。じーさんもそれで構わねーよな?」

先ほどフィリップの決意を聞いていたが、フィリップの父親にその決意を改めて認識させる目的のため、あえてフィリップに決意を繰り返させた。

「......うむ良いだろう。フィリップよ、我がライト家の償いをお前に背負わせてしまうが、良いのだな?」

「あぁ、全身全霊を懸ける。」

そこまで言うと、エステルを振り返る。

「......エステルよ、すまぬ。俺はこれからこの町に骨を埋めるつもりだ。俺の生涯を懸けて神狼族とこの町を守っていく。......だから......お前とは......」

「何を言うつもり?まさか、自分だけこの町に残って私を王都に戻らせるつもりじゃないでしょうね?」

エステルがジロリとフィリップを睨む。

「私は生涯、フィリップ・カーライル・ライトが妻、エステル・カーライル・ライト。エステルという妻は、愛する夫の側で愛する夫を支えるものよ!!あなたが今しがた示した覚悟と同じくらいの覚悟をもって、私はあなたを愛しているのです!それを住む場所と仕事が変わるくらいで棄てろと、あなたは言うのですか!?それとも私の想いがそんなことで覆るものと、あなたは蔑んでいるのですか!?

見くびらないで!!」

シーン

エステルの独白に、その気迫に全員が呑まれてしまうが、苦笑いをする者がただ一人。

「ふっ......フィリップ君、妹との婚姻を許した時に言ったはずだが?我がアーノック家の頑固振りは一筋縄ではいかん、とね。キミもそれを承知で貰ってくれたのではないかね?

諦めて、この町で二人手を携えていきたまえ!」

「フ、フランツ王子......ふっ、そうでしたな。我が妻は、俺には勿体ない最高の女でした!」

覚悟を決めたフィリップは、エステルと向かい合う。

「苦労掛けちまうかもしれんが、ついてきてくれ、エステル!」

「もちろんよ、フィリップ!!」

そして、またもや熱い抱擁が始まった。

「あの人目をはばからないのは、誰の教育の賜物だ?」

カイトの疑問に、フランツもフィリップの父親も目を避けた。


「んで?こいつはどーすんだ?」

カイトがロバートを指して疑問を口にする。

「ふむ、しかし彼を処罰する法はないのだよ、カイト君。」

「えっ!?でもその人がやったことで、神狼族や町民が死んでるんすよ!?」

タマルにしては珍しく、平和的な終結を望んでいなかった。それほど、ロバートの卑劣な仕打ちが許せなかったのだ。

「神狼族を虐殺したことについて彼を咎める法は王国にはない。彼の指示によって結果的に町民が亡くなったことについても責任は生じるが、その責任をもって刑を課すことはできないのだよ、タマル君。」

「じゃあ、じゃああの人はこのままなんすか!?」

タマルがキッとロバートを睨むが、ロバートはしてやったり顔になる。

「そういうことだ!俺は法を犯してはいない!だから罰することもできんのだ!!ハハハ!」

高笑いするロバートを細めた目で見ていたカイトが老人に問う。

「おい、じーさん。あんたの二番目はどーすんだ?」

「ふむ......この町に残す。」

「えっ!?それじゃあ何の罰も......」

タマルが絶句するが、それは老人の次の言葉で納得するものとなる。

「この町で一人の掘削夫として働いてもらおう。今までの権利は全て取り上げた上で、な。」

「!?お、親父!?それは......」

「黙れ!!本当なら、お前の命を100個差し出しても足らんのだぞ!......この町に残り、フィリップがより良い町にしていく様をその目に焼き付けるが良いわ!

それが嫌なら、どこへでも出て行くが良い。ただしライト家はお前の支援は一切しない。裸一貫でやるが良いぞ。」

「そ、そんな......。」

老人から勘当とも呼べる処置をされ、ロバートは膝を着いた。

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