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55本のホームラン

55本のホームラン


「さ~て、どのゴミから片付けたら良いのかしら、ダーリン?やだっ!ダーリンなんて言っちゃったぁ♪」

「勝手におめーのダーリンにしてんじゃねーよ......」

相変わらずクネクネしながらも物騒なことを言うクラウディアに辟易していたカイトであったが、周囲の目は冷たく自分を見つめていた。

「な、何だよお前らのその目は?」

「ほーう、ダーリン、じゃと?」

「カイト様には、かような伴侶がいらっしゃったのですね。」

「赤嵐と恋仲とは......正気の沙汰とは思えませんな。」

「貴様は帝国の間者だったのか!?」

「カイさん抜け駆けはズルいっすよ!!」

「えーい、おめーら喧しい!!」

カイトは一喝して収束を図る。

「俺がいつ、あんなド変態女と不純異性行為をした!?」

「「「「「そこまで言ってない(っす!)(わい!)(です!)(ですぞ!)(ぞ!)」」」」」

結果、五人に突っ込みを入れられた。


「あ~ら~、随分仲の良いお友達が増えたのね~。私とも仲良く殺り合いましょ、ね!」

「ね!じゃねーよ。俺はおめーの変態プレイには絶対付き合わん!」

「ふ~ん。

......誰が邪魔なの?チビ?ブス?雑兵?

どれから殺そうか?」

カイトが断固拒否の意志を宣言すると、間延びしていたクラウディアの雰囲気がガラリと殺気を帯びたものへ変わる。

「......ほ~う、チビとはわしのことかの?」

こちらも、こめかみに青筋を立てて小春が殺気を放つ。

「......ブスって言う人は心がブスですよ?」

そしてこちらも、笑顔のエステルが殺気を巻き散らかしている。

「ぞ、雑兵だと!よりにもよって、王国騎士団を雑兵と言ったのか!?」

リッツが毛を逆立てて怒りを顕にしているが、こちらはなんとも説得力に欠けていた。

「ふん、事実を言ったまでよ、図星だからってそんなに息巻くことないじゃない?」

三人の怒った反応を嘲るように、片方の口を上げてクラウディアが嗤う。

「......コロス!」

「あなたにはお仕置きが必要ですね!」

小春とエステルがどす黒いオーラを全身から放ち、それぞれ戦闘態勢をとる。

「ま、待て!民間人は......ってこの二人の殺気ヤバいんですけど!止めたら俺が殺されそーなんですけど!」

リッツが二人を止めようとするが、あまりの殺気にビビってしまい部下へ指揮が遅れてしまった。

「お、おい小春!そいつマジ強ぇーぞ、逃げた方が......」

「ふん!主はそこでこの色ボケ女が死ぬところを見とくが良い!!」

「あ、コラ!」

小春はそう言うと、呼び止めるカイトを振り切り、虚空から小春日和を取り出してクラウディアに一気に迫った。

もちろん、小春日和に魔力を全力注入している。

「あ~ら、珍しいオーラ出すじゃない?」

そう言うクラウディアは、右の手の平を空に向けた。

すると、右腕が赤黒く光を鈍く放ち、掌から赤黒い長刀が姿を現した。

「!?あ、あれは『嘆きの果て』!!」

クラウディアの掌から出てきた禍々しい武器に小春が目を奪われてしまった。

「集中力のないガキは下がってな!!」

「し、しまっ......」

クラウディアの一振りが小春の顔面を狙って振り下ろされるが、辛うじて小春は小春日和で一撃を受ける。

しかし、完全に防ぎきれなかった一撃は小春の肩を捉え、小春を地面に叩き落とした。

「ぐはぁ!!」

「小春ーっ!!」

吹っ飛ばされた小春の体をカイトが受け止めるが、受け止めたカイトの手がぬるりと血で濡れた。

抱き止める小春の肩は大きく抉られて、淡い紫色の着物がおびただしい血で真っ赤に染まってしまっていた。

「くっ......しくじった......わい......」

そう呟くと、小春は意識を手放した。

「おい小春!小春!!くそっ、タマル!!ハイポーションだ!早く!」

「は、はいっす!くそぅ、小春ちゃん!」

カイトの指示でタマルが小春にハイポーションを振り掛ける。

すると、傷口がみるみる塞がっていくが、小春の顔色はいつにも増して白いままであった。

「小春ちゃん!小春ちゃんしっかりするっす!!」

「あ~ら、良いポーションじゃない?私のアドバイスが活きたわね、ボウヤ。」

嘲るようにクラウディアがタマルを見下ろしていると、タマルはキッとクラウディアに睨む。

「な、なんで......どうしてこんなことを!」

「正当防衛、じゃない?やらなきゃお姉さん殺られてたもの~!」

「だ、だけど!それでも......」

「......いいから、小春連れて下がってろ」

カイトが涙でぐしゃぐしゃになったタマルの肩に手を置く。

「で、でも、カイさん......。」

「大丈夫だ、小春は......魔女なんだからよ。ちーっとだけ、静かに休ませてやれ、な、タマル」

「......分かったっす」

カイトの言葉に従い、タマルは涙をごしごし拭き取って、小春をおんぶしてタマロンの竜車の方へ向かった。

「ごめんなさいね~、お姉さん手加減がすっごーい下手なの、テヘヘ♪」

両手を合わせ、舌を出しながら謝罪の言葉を口にするクラウディアからは罪悪感の欠片も感じられなかった。

「あ~、怒るよね~?うん、良い顔!やっぱり普段の顔より怒った顔の方がステキよ、ダーリンは~♪

あ、そうだ!」

閃いたとばかりにクラウディアが手を打つ。

「ここにいる全員殺しちゃえば、もっともーっとステキなダーリンが見れるわよね~♪もっと早く気付けば良かったのに~、私のお馬鹿さん!」

コツンと自らの頭を叩くクラウディアをカイトは睨み続けている。

「ねぇ、どう?お姉さんのアイディア?」

「......っざけんじゃねぇ。」

カイトは拳をキツく握るが、そんな姿すらクラウディアは楽しげに眺める。

「ふふっ、さぁて、お次はどれにしようかな~?」

エステルやアルファルド、リッツら騎士団を順に眺めていく。

「小春ちゃんをよくも......許さない!」

「お、お嬢様!お控え下さい!」

エステルがクラウディアに向かおうとするが、アルファルドに行方を塞がれる。

「彼の者は、帝国一の使い手ですぞ!お嬢様では歯が立ちませぬ!!」

「で、でも!」

「エステルちゃんありがとうよ、でも大丈夫だから、小春に付いてやっててくれ。」

「カイト様!?で、でも!」

「小春は俺の連れだ。連れの落とし前はてめーでやるさ」

カイトは振り向かずにエステルに声をかけたため、エステルからカイトの顔は見えなかったが、その声には初めて会った時の明るさは微塵も感じられない。

「いいや、民間人は下がっておれ!!騎士たちよ、構えー!」

カイトがクラウディアに対峙しようとするが、カイトの前を騎士たちが塞ぐ。

「お、おい!聞いてなかったのか!?アイツは俺がやるって!それにおめーらじゃ相手にならねーだろが!?さっきアイツの強さ見ただろ!?わざわざ倒さ......」

「黙れ!相手が強いから何だ!?それで我ら騎士団が逃げると思ってか!

包囲三の陣!!」

リッツはカイトの言葉を遮り、騎士に指示を飛ばす。

すると、大楯を持つ十数人の騎士が一斉にクラウディアを包囲する。そして、大楯持ちの後ろには槍を持った騎士が囲み、二重の包囲網となった。さらに、槍持ち包囲網の外側には矢を拾った射手がクラウディアに狙いを定めている。

それでもクラウディアの口元は歪んだままである。

「あらあら、王国の騎士様方は死をお望みのようね♪ いいわよ~、まとめてお姉さんが面倒みちゃうから♪」

「メンツなんぞに拘ってんじゃねー!」

「名誉なくして何が騎士だ!お前こそ下がれ!

一の陣......放てー!!」

リッツの号令で包囲網の中心部に矢の雨が降り注ぐ。

「二の陣、詰めろー!」

矢が目標に届くか届かないうちに、次の号令が響く。

すると、大楯持ちの騎士たちが囲む包囲網が狭まれていく。

カイトの位置からでは、クラウディアがどうなっているのか見えなかったが、しかし、結果は見えていた。

「三の陣っ!かかれ......何ぃ!」

「ぐうわぁぁ!」

続けて号令を掛けようとするリッツの目に飛び込んできたのは、クラウディアを包囲していた十数人の騎士たちが一瞬で吹っ飛ばされる光景であった。

包囲がなされていたはずのその場所には、無数の矢の欠片と大楯の破片、そして鎧が付いた人体の一部が転がっていた。

そして、その中心に、欠伸を噛み殺しているクラウディアが平然と立っていた。

「んもぅ~、ぜーんぜん歯応えないの~!まぁ、王国の騎士なんてこ~んなものよね~。期待はしてなかったけど。」

退屈そうに呟きながらクラウディアが長刀を地面に振ると、ビュッと赤黒い血糊が地面を染めた。


「な、何が起きたんだ!?」

「まさか、一撃で!?」

「そんなバカな!?」

「こ、これが赤嵐......!」

槍を持つ騎士たちに動揺が走る。

噂には聞いていたが、噂とは尾ひれがつくものである。いかに強いといえども、十数人がかかれば倒せるだろうという甘い予想は残酷にも裏切られた。

「ば、化け物が!!」

そんな現実を突きつけられ、リッツは己の判断の愚かさに歯ぎしりをするしかなかった。

「くそっ、バカヤローが!!おい兎!向こうの竜車にまだポーションの残りがある!怪我した奴を介抱しろ!」

「くっ・・・わ、分かった!騎士たちよ、負傷者をあの竜車まで退避させろ!」

自分の予想通り、あっけなく瓦解した騎士団の包囲網を目の当たりにして、止められなかった自身をカイトは恨んだ。


「ふふっ、ようやく二人きりになれたわね、カ・イ・ト♪」

血を浴びたせいかカイトと対峙することに酔っているのか、クラウディアの頬がほんのりと赤らむ。

「くそが......」

「さ~て、舞台は整ったわよ?......踊ろ?」

口角を上げて残忍な微笑みをこぼし、クラウディアが長刀を掲げる。

「......そうだな、ここで終わりにしてやる。」

カイトが半歩踏み込み、構える。

「お前をぶっ倒してやんぜ!」

「ステキな口説き文句ね♪

......おいで」

カイトに向けて手を招くクラウディアの顔は、恋人の包容を待つかのようであった。



「あら?」

拳を握り急接近するカイトのスピードはクラウディアの予想を越えていた。

「おらぁ!」

しかし、渾身の右ストレートはあっさりかわされる。

「まだまだぁ!」

かわされたところに、空振りの勢いのまま左後ろ回し蹴りをクラウディアの腹部に放つ。

ガキィイン!

しかし、カイトの蹴りは長刀で防がれた。

長刀に当たった衝撃を利用し、カイトは一旦間合いをとった。

「ちっ!簡単にはいかねーよな」

悔しがるカイトであったが、クラウディアは面食らっていた。

「......あなた、前回とはまるで違う動きね......」

「へっ、少しはビビったかよ?」

「......ふふっ」

「あん?」

「ふふふふ......ははははは......あーっはっはっは!!ほ~んとステキねアナタは!」

髪をかきあげながら、クラウディアは狂ったように笑う。

「分かる?お姉さん今、す~んごい濡れてるの!あっはぁ、もうたまんな~い!」

「う、うげぇ......ホントとんでもねークソド変態だな、てめーは......」

紅潮するクラウディアにカイトはドン引きしている。

「こんなに満たして悦ばせてくれるのは、や~っぱりアナタしかいないわ~♪

だーい好きよ、カイト!」

「こんなに嬉しくねー告白初めてだぜ」

紅潮するクラウディアに反してカイトの顔は青ざめていた。

「じゃあ、私のキ・モ・チ、受け止めて♪」

クラウディアが長刀をカイトに向けて間合いを詰める。

「んなもん、釣りつけて返すぜ!」

クラウディアが放つ突きをかわす。

しかし突きは一撃に止まらず、無数の長刀が向かってくるかのように早く、鋭いものだった。

かわすだけでは足らず、手足を使って長刀を捌くが、防具を着けていない手足はみるみる傷付いていく。

「く、くそ、がぁああ!」

歯を食い縛り嵐のような突きをかわし捌くが、止む気配が全くない。

「まーだまーだよー!」

それどころか、突きはより激しく鋭くなっていく。

「ん、の、や、ろうー!」

しかし、それでも致命傷を負わないように辛うじて耐える。

突きはやがて、斬り払いに、斬り上げに、斬り下げにと、バリエーションが増えていく。

「さぁ、どーんどん逝くわよ~♪」

「ざぁ、けん、じゃ、ねぇー、ぞ!!」

次第にカイトは、腕を脚を胴体を刻まれていく。

出血はしないものの、確実にダメージが蓄積されていき、それに伴い体の動きが緩慢になってしまう。

「あぁん、まだ逝かないでね~♪お姉さん、まだ足りてないのよ~!」

長刀の動きが左右への斬り払いの連続に限定されたものへと変わる。

しかしそれは、遠心力を利用した凶悪なスピードをはらんでおり、軌道が読めても対処しきれる物量を遥かに凌いでいた。

「ぐぁああぁ!!」

反射的に両腕で全面をブロックしたが、そのあまりの勢いにカイトは後方に吹っ飛ばされた。

「あれぇ?おかしいわね?」

クラウディアの想定では、体をカバーした両腕は長刀によって斬り落ち、何なら胴体までその刃が届いているはずであった。

しかし、吹っ飛んだカイトの両腕は今も健在である。

刃が腕に届くその瞬間、腕にマントが絡み、マントが刃を拒んだのであった。

「んもぅ、魔導具なんてズルいわ~!」

「マドーグなんて知らねーけど、んなバカみてーな得物振り回してる奴に、どーのこーの言われる筋合いねーわ!」

斬り落とされることはまぬがれたが、衝撃までは無効化できなかったようで、両腕は痺れきっていた。

そのため、カイトは両腕を地面に足らして尻餅をついたまま動けない。

「......でもここまで、なのかしら?う~ん、もっともっと悦ばせてもらえると思ったのにな~。

あ、ピンチを乗り越えて強くなるタイプなのかしら?なーるほどね!うふふ、そういうことなら、お姉さん悦んで協力するわよ♪」

クラウディアが一人納得しながらカイトに近付く。

その手に握られた長刀は頭上に掲げられている。

「......足掻きなさい」

無情にも、振り下ろされる長刀の動きがはっきりと見える。

あまりのスピードと威力を伴っているせいか、長刀の柄がしなっている様子までくっきりと見ることができるが、しかし、自分の体は言うことを聞いてはくれない。

(死ぬ......?)

ー自分がここで死んだらどうなるだろう?

ー残った奴らはどうなるだろう?

ー見逃してもらえるのだろうか?

ー逃げ切れるだろうか?

ー無事でいられるのか?

ーまた、失うのか?

ー大事な者が、零れていく?

(っざけんなぁー!!)


「な、何ぃ!!」

振り下ろした長刀は確かにカイトの顔面を捉えていた。

が、しかし。

長刀はカイトの顔面に食い込むことはなかった。

首を傾げたカイトの口に、食い縛った上下の歯に長刀の刃が挟まれ、それ以上の侵入を拒まれていた。

「ば、バカなの!?こんなの、こんなこと非常識が過ぎるわよ!」

「ふへーにひひよーひひほはひはへはふへー!」

食い縛ばるカイトの言葉はクラウディアには伝わらないが、挟まれた長刀はびくともしない。

「な、何言ってるの!?全然分かんないわよ!......っくっ、離しなさい!」

押しても引いても動かないことにイライラが募る。

「へっ!ひんへほはははへー!」

「ちょ、ちょっと!こ、こんなの愉しくないわよ!貴方がそのつもりなら......」

クラウディアが目を瞑り集中する。

カイトも穂先に力が集約するのを感じ、クラウディアが何をしようとしているのかすぐに思い出す。

それは、ラーズが爆散したあの場面だ。

(あ......しまっ......)

集約した力が高まった瞬間、白い塊がクラウディアに飛び掛かった。


白い塊は言うまでもなく、神狼族の長である巨獣である。

カイトの歯に挟まれたままの長刀に意識を集中していたクラウディアは、巨獣の体当たりをもろに食らった。

「っぐぅ!」

巨獣とクラウディアの体格差は子供とライオンくらいのものである。

防御することすら叶わなかったクラウディアは長刀を手放して宙に舞った。

一方、長刀を噛んだままのカイトは、その光景に驚きを隠せないでいた。

「ひ、ひほひほはんほ!」

「......バウ」

長刀を噛んだままのカイトに対し、白い目を向けて巨獣がため息混じりに呟く。

それはまるで、突っ込みのようにカイトには思えて、冷や汗を流しながら長刀を口元から外した。

「......突っ込みできるワン公とは、なかなかあなどれねーな」

「バウウゥウ......ガゥウゥオン!」

一旦白い目をしたまま何事か呟くが、すぐに表情を引き締めて鼻でカイトの後方を指示する。

「下がれってかい......今俺ぁ動けねーんだっつーの」

「......フン」

「......わーったよ、だけどムチャすんじゃねーぞ」

「バウ」

カイトの言葉を聞いて巨獣がクラウディアに向かう。

吹っ飛ばされたクラウディアは空中で体勢を整えて華麗に着地していた。

その目はもはや殺意そのものである。

「この......クソ獣がぁ!よくも、私たちのダンスを邪魔してくれたわね!!」

「......フン」

巨獣は鼻から一息を出す。

それはまるで、クラウディアを鼻で嗤うかのように感じられた。

「くっ......こんな屈辱初めてだわ......ミンチにしても足らないわね!!」

クラウディアが手をかざすと、その手に長刀が戻る。

長刀を手にしたクラウディアは、一気に間合いを詰め、膨れ上がる殺意を巨獣にぶつけるように長刀を振りかざす。

ガキィイン!

「な、何ぃ!」

手加減なしのその一撃は四つん這いの巨獣の顔を捉えていたかのように見えたが、長刀は巨獣の爪で防がれていた。

驚き目を見開いたクラウディアであったが、巨獣から殺気を感じて一旦間合いをとる。

「ちっ!......私の愛刀を受けるなんて、只の獣じゃあないわね......ひょっとして、神狼族......いや、獣王!」

「グゥアァオウ!!」

巨獣はご名答とばかりに吠えると、クラウディアに爪を振り下ろす。

「ちっ!」

その動きは、巨大な体に似つかわしくなく、クラウディアでも反応することが精一杯であった。

長刀で防いだつもりであったが、圧倒的な振り下ろしのパワーに防ぎけることができず、クラウディアの赤い鎧に爪の先端が刻まれる。

「くっ、くそっ!」

辛うじて鎧の内部までのダメージは避けられたが、予想外のその強さにクラウディアは面食らうかたちとなった。

バク転をして距離をとり、改めて巨獣を観察する。

白い毛並みは逆立ち、黄金の瞳は厳しく自分を見詰める。その出で立ちは、色さえ違えども伝説の獣王そのものであった。

「......獣王、間違いないわね......」

爪痕が残る鎧を撫でてクラウディアは嗤う。

「ふふふ、死王、獣王が貴方のために命をなげうって戦う......ふふっ、もう言い逃れできないわよカイト?」

立ち上がろうとするカイトを庇うように、その前に巨獣が立ち塞がる。

「ほーら?みーんな貴方を守るのよ?それは貴方が魔神であることの、何よりの証明よ?」

そう言って微笑むクラウディアの長刀に、禍々しい力が集約していく。

「だーかーらー、本気出しちゃうけど、怒らないでね♪」

禍々しい力が集約した穂先は、黒い炎を宿す。

「な、何だよありゃ......ありゃまるで......」

黒く燃え上がる長刀に、カイトは恐れよりも呆れの念を抱く。それは正に、歪んだクラウディアの心そのものに思えたのだった。

「バウゥ!」

「るせー、無理はおめーも同じだろが!」

カイトは巨獣に並び立つ。

ふっさりとした毛並みで分かりずらいが、巨獣が汗だくになっていることをカイトは知っていた。

「ガゥウ......」

「んな情けねー声出してんじゃねーよ。別に死にてーわけじゃねー。......ただ、俺はめっちゃくちゃ諦めの悪い奴でよ。」

話しながら、カイトがぽむんと巨獣の肩に手を置く。

「勝てないまでも、ぜーったいに負けねー!!」

そう宣言するカイトは不敵に笑った。

「!?......バウ!」

カイトの笑みに連れて巨獣も口元を緩める。

「逝く準備はでしたかしら~?」

クラウディアが長刀を両手で握る。

「へっ!やれるもんならやってみやがれ!」

「ガゥウア!」

カイトと巨獣は体勢を低める。


「人生最高の日になりそうね!!じゃあ逝くわよ......何ぃ!!?」

「この色ボケクソ女ぁああああ!!」

クラウディアが半歩踏み出そうとした瞬間、紫色の禍々しい物体が弾丸のようにクラウディアに着弾する。

「ぐあぁぁぁあ!」

クラウディアは辛うじて長刀で直撃を防ぐが、そのあまりの勢いに民家の壁をぶち破って吹っ飛ばされた。

「こ、小春!!お前無事だった......」

「一度ならず二度も......わしから奪うかぁ!!」

カイトが声を掛けようとするが、全身にどす黒いオーラを纏い目を見開いた小春にはカイトの声が届いてないようだった。

「お、おい、小春......?」

目から血の涙を流す小春は、理性を失っているかのように殺気を撒き散らしている。

「ブチコロス!!」

そう宣言する小春は、クラウディの吹っ飛んだ方を睨み、力を溜める。すると、どんどん禍々しい力が増幅していくが、塞がった右肩の傷が開いて鮮血が舞った。

「小春!!止めろ!!あだっ!おい、何だよそりゃ......」

小春に触れようとするが、禍々しいオーラに触れた瞬間、カイトの手に焼けるような激痛が走る。

「ぉおぉおお!!」

禍々しい力がどんどん膨らむが、それとともに傷が開き出血も増えていく。

「おい小春!くそっ!聞こえねーのかよ!」

「ガゥウ!」

痛みに構わず小春に触れようとするが、巨獣にマントを噛まれ歩みを止められる。

「あんだよ!?止めねーと小春が死んじまう!!」

「ガゥウゥア!」

「喧しい!仲間一人救えねーで、てめーだけ助かったって何の意味もねー!!大人しく見てろ!!」

引き止める巨獣を振り切って小春に近付く。

「小春!!おい小春!......う、うぐぅ!」

「ぅあぁあああ!!」

さらに力を溜める小春の周辺は、クレーターができ、オーラが広がっている。

広がる禍々しいオーラに一歩体を踏み入れると全身が軋むような激痛が走る。

それでも小春に近付く。

三歩の距離がひどく遠く思えてる。

「小春!......っくぅ......止めろ!お前が死んじまう!!」

二歩目。あと少しで小春に触れることができる。

「......っぐぁああ......目ぇ覚ませ、小春!」

あと一歩。意識が飛びそうになる。

「......ばーか、囚われてんじゃねー。

俺はここだ、小春。」

小春の正面に立ち、その頭にポムンと手を置く。

遠くクラウディアを見据えていた目が見開く。

「ぁあぁあぁ!・・・あ・・・」

「俺はここにいるぞ、小春」

目を合わせる。

「......ゼ、ゼルファン様......?」

「春を探しに行こうぜ」

「カ......カイ......ト......カイト!」

カイトに焦点が合うと、オーラがフッと消える。

それと同時にカイトが崩れ落ちるが、それを巨獣が体で受け止める。

「ウガォウ」

「そう言うなって......何とか......なったじゃねーか......」

「カイト!主、わしの魔力を浴びたのか!?」

巨獣の毛に埋もれるカイトは全身の斬り傷や火傷で満身創痍だ。

「ったく、うすら暗い感情に囚われて、どっかの世界に行ってんじゃねーよ。魔女っ娘なら感情コントロールしやがれ」

「わしは......わしは」

俯むく小春の頭に、再度手を置き今度はクシャッと撫でる。

「俺が一緒にいる。だから勝手にどっか行くんじゃねーぞ」

「......ふ、ふん、そ、そんなのわしの勝手じゃ......」

「......ガフン......」

俯いたままの小春はカイトの言葉にそう返すが、顔色は見えない。

しかし、その感情を察した巨獣はため息をつく。

「き、貴様!わしに向かってため息とは何様じゃ!」

「......フン」

赤い顔をして巨獣を睨むが、巨獣は小馬鹿にしたように再度ため息をつく。

「あ、あの~、こんな間近に怪我人いるんですけど~。じゃれるの後にしてもらえませんか~?」

「だ、誰がこんな獣とじゃれとるとな!?」

「......フン!」

「ポ、ポーションぷりーず......」

「あ」

「ワウ!!」

カイトがカクンと落ちる。


ガラララ......

崩れた民家から、クラウディアが出てくる。

頭から血が流れ、赤い鎧は元の形を成しておらず綻び、鎧下のシャツすらぼろぼろになっている。

クラウディアの姿を認めた小春と巨獣に緊張が走り、身構える。

そのせいで、巨獣に寄りかかっていたカイトはズルリと地面に落ちる。

「あだ!おい、もちーっと怪我人へのケアをだな......うん?あ、あの変態女!......くそ!無駄にいい乳してやが......もとい、頑丈にできてやがんな......あいだ!」

鎧の下に隠れていた意外な膨らみへの感想を漏らしたカイトは、小春から腿裏へ容赦ない蹴りを食らう。

「バカ言ってる場合ではないぞな!」

「バウ!」

「あだ!突っ込みは愛をこめろ、愛を!ったく。

・・・おい、変態女!まーだやるつもりかよ?」

見たところ、クラウディアにも相当なダメージがあるようだが、カイトや小春、巨獣も満身創痍である。

「......」

無言のまま、クラウディアが指笛を吹く。

頭から流れる血が頬を伝い滴る。

「ふふふ、自分の血でこーんなに汚れたのなんて、いつぶりかしら?ふふふふふふ......。」

血を拭わずに、クラウディアがさもおかしそうに嗤う。

「獣王に?おチビちゃんは......魔女かしら?ふふふ、ほーんと、貴方と遊ぶと刺激が盛りだくさんね~♪お姉さん、愉しくて仕方ないわ~!」

「......お前、ホントはドMなんじゃねーのか?」

流血しながらも笑うその姿にドン引きしながらも、カイトは突っ込みを入れた。

その瞬間、空からワイバーンが降り立つ。

「ギャギャギャギャ!」

ワイバーンに跨がるクラウディアの動きは緩慢で、ダメージが決して小さくないことが分かる。

「へっ!尻尾巻いて逃げんのかよ!」

(ほっ、撤退すんのか!早く行け!帰れー!)

撤退することが分かり、安心しながらも憎まれ口を叩かずにはいられなかった。

「......安心してダーリン?お色直ししたらまた、逢いに来るから♪」

「うわゎわわ~!寒イボ半端ねー!!」

クラウディアのウィンクを受けて、カイトの全身に悪寒が走る。

「次に逢うまで、また強くなっててね?......じゃないと、今度こそ貴方の大事なもの、壊しちゃうわよ?」

「んなこたぁ、絶対させねー」

「ふふ、楽しみにしてるわ、カイト♪

ほら、行け!」

「ギャギャギャギャ♪」

クラウディアがワイバーンにかなり強めな蹴りを入れると、恍惚としたワイバーンが空に舞った。

「またね、ダーリン♪」

そう言い残して、クラウディアは上空に消えていった。

「あのワイバーン、蹴られて喜んでたな......キモッ!」


空に消えゆくクラウディアを見送っていると、「あだ!あんだよ!?」

再度、小春に腿裏を蹴られる。

「......フン!なーにが『ダーリン』じゃ!鼻の下伸ばしとるんじゃないわい!!」

「誰も伸ばしてねーだろが!」

「......ワフ」

カイトと小春の言い合いを見ていた巨獣が深いため息を吐く。

「さーて、とりあえず一安心、てとこだな。

いや、エステルちゃんとおめーの問題が終わってねーな......」

「バウ!」

脅威が去った今、治療や休憩に時間を割きたいところではあったが、カルムタ町と神狼族の問題がまだ片付いてはいない。

そもそもの目的である、エステルの夫の安否すら確認できていないのだった。

「しかしよ、名前がねーと不便だな......」

「バウ?」

「む?こ奴のか?」

「あぁ、こいつとかそいつとか、訳わかんなくなりそーじゃねーか?」

「そうかの?どーせこ奴らは、言葉で話せないんじゃ、不要じゃろ?」

「いや、俺が不便だ。どーだ?仮でも名前つけてやろーか?」

「......バウゥ......」

カイトの提案に考え込むような返事をするが、その尻尾は激しく揺れている。

「カッコつけても、尻尾の動きは隠せねーんだな......」

「頭隠して尻尾隠せず、じゃな......」

「うっし、じゃあ、おめーの名前は......白いライオン......西武......レオ......いや、つまんねーな......西武といったら......よし!決めた!!お前はカブレラだ!!」

「......バウ!?」

「何じゃその名前は?」

「1シーズンで55本のホームランを打ったすげー選手だ!」

「ほ、ほーむらん?」

「あぁ、それってスゲーんだぞ!?」

「ふーん、そうか......」

野球がないこの世界では、その偉業が全く伝わらないのも仕方ないことであった。

「んだよ、その冷めた目は!お前はどうだ?分かんだろ?」

「バウゥワ......バウ!!」

名前を復唱するように呟いた後、巨獣は元気よく返事をする。

その尻尾は返事と同じように、元気に振られている。

「よーし!気に入ったみてーだな!わっはっはー!」

名前が決まると、カイトも満足して大声で笑う。

「あ、カイさーん!」

「カイト様ー!」

「無事ですかなー!?」

すると、竜車に乗ったタマルがこちらに向かってくる。

竜車には、エステルもアルファルドも乗っていた。

「......ったく、騒がしいな......」

文句を言うカイトであったが、言葉とは反対に口元は緩んでいた。

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