あんたが大将・・・?
あんたが大将......?
「んもう......いいか加減にするっすよ!」
場所はフィ・クサリァ王国の王都フィクサリオン。
しかし、王都といっても今はまだ第五階層を入ったばかりで、竜車が進む街道の両脇には田園と家がぽつぽつあるばかりで、王都に入った感はまだない。
どこかのんびりとした雰囲気のなかで、タマルは怒っていた。
「なんじゃ小僧、喧しいぞ」
そんな怒りの矛先を向けられているのはタマロンに跨がる小春であるが、当の本人はどこ吹く風、タマロンの首を擦っていた。
「喧しいとは何すか!!層壁門であんな騒ぎ起こしといて!!」
「はぁ、何と器の小さき男かのぅ......そんなんじゃから、いつまでも童貞なんじゃ主は」
「ぅおおい!!それ関係ないだろ!!」
タマルが怒るには理由があった。
第五層壁の層壁門で門衛の検問を受けた時のことだった。
男二人が幼女を連れているということで、その理由と小春の出自について詰問を受けることになってしまった。
そこで、タマルが門衛に『行き倒れで記憶喪失』という無理矢理な説明をしているところに、話題の本人が話に参加してしまい、揉めに揉めてしまったのだ。
何故に揉めたのかというと、小春は自らを憚ることなく『魔女』を名乗ってしまい、怪しんだ門衛が尋問のために連行しようとして、怒った小春が例の禍々しいオーラを出してしまい、それが原因でびびった門衛が応援を呼んで、総勢20人近くの騎士に囲まれる騒ぎとなり......第五層壁門前は怒号が飛び交う現場と化した。
そんななか、欠伸をしながら竜車荷台から出てきたカイトが、フランツから預かった証文を門衛に見せたことによって、無事に事なきことを得たのだった。
「人前であの力......魔力を簡単に見せんで下さいっす」
「何でじゃ?」
「あのっすね、魔力使える人なんて普通いないんすよ?そんな危ないものポンポン使ってたら、危ないし目立ってしょーがないんすよ!もう、さっきみたいな揉め事はコリゴリっすよ!」
「美しく強いわしが復活したと知らしめるには良いではないか」
「揉め事起こすなって、聞いてんすかアンタは!!」
「おいタマル、ムダに血圧上げんなよ」
ギャーギャー騒ぐタマルに荷台からカイトが注意する。
「だって小春ちゃんが全然言うこと聞いてくんないんすよ......カイさんからも言ってやって下さいっす!」
「んなことでギャーすかと男子が抜かすでないぞ」
「アンタ少しは反省しろっす!」
腕を組んでプイッとする小春には反省の色はない。
「......まぁ、目立つのは俺も好まん。おい小春、今後許可なく魔力使うの禁止な」
「何ぃ!?何でわしが......」
「言うこと聞かないなら、今後タマロン触るの禁止な~」
「ん何ぃ!?復活して一番の楽しみを......主は悪魔か!?」
「それが嫌なら約束守れよー」
「っくぅ、何と卑怯な......!」
悔しがっているところを見ると、どうやら小春は約束を守る意思はありそうだった。
「さすが、カイさん!相手の弱味は逃さないっすね!!」
「......褒めてねーだろ、それ」
「そんなことないっすよ!いやぁ、これで今後はトラブルなく進むことが......そういやカイさん、騒ぎの時もう少し早く出てきてくれれば......」
「あぁ、悪ぃ、寝てて遅くなった」
「おい!どんんだけ眠り深いんだアンタは!」
「......本当に喧しいのぅ」
「誰のせいだ、誰の!!」
小春が魔法を使わなくても、希少で大柄なロンロリアルを駆り、通常より倍近いサイズの竜車を引く姿でも十分に目立つのに加え、ロンロリアルに少女が跨がる姿は否が応でも人目を引いてしまうことに、タマルは気付かないでいた。
そん悪目立ちする一行は、タマルの大きな突っ込み声とともに、およそ15キロメートルに及ぶ街道をひた走り、第二層へと進んだ。
「ビバ・ファンタジーだな......」
第二層壁門をフランツの証文で難なくクリアした一行は、庶民層を通過中である。
ゲームや漫画、映画に出てくるような街並みを眺めるカイトは思わず感嘆の声を漏らした。
行き交う人々の様子も多種多様で、人族・エルフ・獣族・ドワーフ・ホビットと、カイトにとってはコスプレ大会よりも見るに飽きなかった。
そして、ここにもはしゃぐ人物がいた。
「おお!獣族がわんさかおるのぅ!はぁ、嗅ぎたい......」
「こらこら小春ちゃん、あんまりはしゃがないで下さいっす。」
「五月蝿いのぅ、主は小姑か!」
「誰が小姑っすか!トラブルになるようなことは謹しめって言ってるんすよ!
カイさんも言ってやって...... 」
「おっほー!おい、タマル見てみろよ!あのエルフのネーチャンめちゃ可愛いぞ!おっ、あっちにも!モデルクラスがたんまりいるなここは。正に男の楽園だぜ!」
「おーい、目立ってるっすよー。聞いてるすかー?おーい」
鼻の穴を広げて興奮しているカイトにはタマルの声は届いてなかった。
「ふん、なんじゃエルフなんぞに鼻の下伸ばしおって......あ奴らなんぞ......」
一方、小春は鼻の下を伸ばすカイトを白い目で見ながらぶつぶつと文句を言っている。
「ん?小春ちゃん、何怒ってんすか?」
「な、何でもないわい!」
プイッとする小春に、女子免疫が上がる一方のタマルであった。
「しかしタマルよ、タマロンはゆっくり走れるじゃねーか」
カイトの言うとおり、街中に入ってからのタマロンは徐行を守っており、揺れも穏やかになっていた。
「そりゃあ、街中を爆走するよーなことはしないっすよ。タマロンちゃんは分別をわきまえた紳士のドラゴンっすから」
「いや、街の外でもわきまえてもらいたいんだが......」
「そんなわけにはいかないっすよ!
早い!多い!安い!が俺の売りなんすから」
「主の節操のなさは商売にも表れとるな」
「あれ?俺貶されてるっすよね!?」
「気にすんな、気にしたら負けだ
あ~あ、いーもん見れたし俺はもう一眠りとすっかな」
眼福を存分に味わったカイトは、もう一眠りすべく荷台へ戻っていった。
そんな雑談をして進むと、徐々に街道の傾斜が高くなってくる。
それにともなって、遠くから見えていた層壁がより大きく見えるようになってきた。
近くまで来ると、第四層壁よりも第三層壁の方がより大きく、堅牢なものだと分かる。
「何じゃ何じゃ?先の壁より厳ついんじゃのぅ」
「第三層は軍の施設とか役場とか、王国の中枢機関が集まる場所だから、守りが厚くなってるんすよ」
「ほぅ、小僧は来たことがあるんかの?」
「えぇ、王国内で商売をするには許可と納税が必要なんすよ。商い役場で許可証もらったりしたことがあるんす」
「ふーむ、凡族は面倒じゃのぅ」
確かに手間ではあるが、そういった細かいシステムがこの王国が『楽園の都』と呼ばれる秩序を守っているとタマルは理解していたため、仕方ないと考えていた。
「政治のことはよく分かんないっすけど、許可証さえあれば問題はなかったっすから」
「そんなもんかのぅ」
「そんなもんじゃないんすかね?
さて、門衛に証文見せてくるっすから、小春ちゃんは大人しくしてて下さいっす!」
タマルが一人で門衛に証文を見せると、難なく第三層壁門もクリアすることができた。
それどころか、商人であるタマルに敬礼をするほどの威力がその証文に込められていたことに、タマルは改めてフランツが王子であることを再認識させられた。
「ふぁ~、着いたのか~」
竜車が停車したことで、目的地に着いたと勘違いしたカイトが欠伸をしながら荷台から顔を出した。
「まだ第三層壁門通るとこっすよ」
「第三層って、退屈ゾーンだったよな?......寝直すわ......」
そつ言ってカイトはすぐに荷台へ戻っていった。
「......ダメ人間のお手本っすね、あの人は」
白い目で荷台を見ると、ため息を吐いてタマロンに出発を促した。
確かにカイトが言うとおり、第三層は目を奪われるような建築物はなく、第二層のような賑やかさもないため、タマルでも退屈ではあった。
小春はというと、相変わらずタマロンに跨がり、擦ったり匂いを嗅いだりしてご満悦の様子であった。
「はぁ......まともな仲間が欲しいっすね......」
そう愚痴って、第二層へと竜車を進めた。
「こちらが、フランツ王子の御邸宅でございます!」
「道案内、ありがとうございましたっす」
第二層壁門でフランツの証文を見せると、畏まった門衛がフランツの自宅まで案内してくれた。
第四層の庶民が住む家とは比べ物にならないほどの広さを贅沢さを備えた家が立ち並ぶなか、案内された場所は、他の家とは次元が違うほどの広さを誇る屋敷であった。
自宅と呼ぶには大き過ぎるその屋敷は、フランツが一国の王子であることを顕著に示しているが、その大きさに似合った大きな門が来客であるはずのタマルを拒んでいるかのようで、タマルは来訪を告げれずにいた。
「......いつまで、そうしておるのじゃ?」
門前に立ち尽くして数分が過ぎた頃、堪らず小春が声をかけた。
「だって、こんな立派な屋敷、初めてなんすよ......何か緊張しちゃってっすね」
「しょぼいのぅ小僧は。男子なんじゃからビシッと決めたらんかい」
「え~、だったら小春ちゃんやって下さいっす!」
「おい、何が『だったら』じゃ!わしゃ美しくか弱い女子なんじゃぞ、こんな幼い女子に頼るでないぞ!」
「アンタ、自分で五千歳とか言ってなかったかよ!......まさか、小春ちゃんもびびってるんすか?」
「な、何じゃとー!!わ、わしが建物の大きさごときに怖じ気づくと思っとるのか!?」
「あ、あれ?ビンゴっすか!」
「や、喧しいわ、童貞!」
「あー!またそーやって!アンタその見た目でその台詞アウトっすよー!!」
「うるせー!!寝てる人がいんだから騒いでんじゃねー!」
「「お前は起きとけー!!」」
「コラー!騒がしい!近隣に迷惑だろがー!!」
騒ぎまくる三人に、門から出てきた男が三人より遥かに大声で怒鳴りたてたが、
「「「お前の方が喧しいわ!!」」」
アドレナリン放出中の三人は、注意に構うことなく男に突っ込みを入れた。
「何だと!なんと失敬な!私をアーノック家執事と分かってて......ふむ?その竜車にマゾッ気をムンムン放つ若者と、怠惰な目付きの真っ黒衣装の男......もしや、あなた方はフランツ当主様のご友人様で?」
怒りゲージが1/3程上がったところで、タマルとカイトを認めた男は落ち着きを戻した。
「何か一部に大きな誤解があるようっすけど、フランツさんの友人で間違いないっす」
「おぉ、それは失礼をば致しました。
私、アーノック家の執事を務めております、アルファルドと申します。以後、お見知り置きを。」
自己紹介したアルファルドは胸に手を当て深々と頭を下げた。
アルファルドは耳の長さからしてエルフ族なのであろうが、体つきはエルフ族に似つかわしくなく、筋骨隆々としていた。
「執事さんだったんすね。てっきり守衛の人かと思ったっす」
タマルの言葉にアルファルドは頭を上げてニコっと笑いながら答えた。
「当主様ご不在の間、当家を守ることも執事の職務の一つです故。」
そう言うアルファルドは、マッスルポーズをとって不要なアピールをする。
「そ、そうっすか......あ、俺はタマルっす!よろしくお願いしますっす!」
「ほぅ、あなた様がマゾッ気溢れるタマル様でございますな。よろしくお願いいたします。」
「だから何なんすか、その言い草は!」
「そして、そちらの全身真っ黒衣装の方が、怠惰なカイト様ですな?よろしくお願いいたします。」
「......それ本人目の前にして言うとは、こいつもあなどれねー変態と見た」
「ほっほっほ!当主様が仰るとおり、口も悪いようですな!」
「......フランツの野郎ぶっ飛ばす!」
執事に悪口を吹き込んでいると判断したカイトは、フランツと再会した暁には殴ることを心に固く決めた。
「そしてこのドラゴンが、ロンロリアルのタマロンっというわけですな......ふむ?」
タマロンに跨がる小春を見詰め、アルファルドが顎に手を当てる。
「はて?ご友人は二人に一匹と聞き及んでおりましたが、こちらのお嬢様はどちらでお拐いになられたので?」
「なんで誘拐前提なんすか!?」
「あなた方のお世話を頼まれてはおりますが、犯罪、しかも幼女誘拐なんぞゲスな犯罪者を匿うことはさすがに......」
「こらこら、人の話を聞けよオッサン」
かなりマイペースな執事にカイトも堪らず突っ込みを入れた。
「ふむ、よろしいでしょう。伊達に三代に渡りアーノック家の執事を務めるこの私、そのようなことでは動揺致しませぬ。
さぁ、その幼女嗜好主義の経緯をお聞かせ下さい!」
「変態扱いやめろー!!」
「あ、あのぅ、すみません、人の家の前で何を騒いでるのですか......?」
話がおかしな方向へ進みそうになった時、思わぬ方から声を掛けられた。
「おぉ、エステル様!」
「アルファルド、一体何の騒ぎなのです?」
エステルと呼ばれた女は、やはりエルフ族のようだが、金髪のロングヘアーを一つに縛り、大きなブルーの瞳が印象的であった。
そして何より、カイトとタマルの目を引いたのは、たわわに揺れる二つの双丘であった。
「騒ぎということはございませぬ。たった今、当主様のご友人が当家に着いたところで、私がお迎えに上がった次第でございます」
「おい、コイツ今のやりとり無かったことにしやがってんぞ」
「えぇ、なかなか濃い人のようっすね」
白々しく話すアルファルドを二人は白い目で見ていたが、本人は全く意に介してない様子でエステルに状況を説明している。
「え?お兄様のご友人?」
「はい、その通りでございます。当主様ご生誕より27年、初めてのご友人ご来訪でございます」
「......つ、ついにお兄様にご友人ができたのね!あぁ、こんな日を迎えることができるだなんて!!」
客を差し置いて、エステルとアルファルドは手を取り合い感動を爆発させた。
「おーい、俺らここにいるんですけどー?」
「カイさん、聞こえてないすよ、アレ。」
「わし飽きたぞー」
「キュウゥン」
三人プラス一匹はすっかりその場に取り残された。
「本当にごめんなさい!」
感動から醒めた二人にようやく案内された客間でエステルが深々と頭を下げる。
「いや、もういいっすから!」
タマルが申し訳なく思って頭を上げるように言うが、エステルは気が済まないのか頭を下げたままだった。
「いやはや、私も我慢をばしておりたが、お嬢様に触発されて、抑えていた感激が大爆発してしまいました。誠に申し訳ない。」
こちらは言葉の割にはあまり反省が見えないアルファルドである。
「謝るのはもーいーぜ。ぼっち族の兄貴にダチできてビックリしたのは分かったからよ。」
「えぇ、本当にビックリしまって......でも本当に良かった......」
うっすらと目に涙を浮かべるエステルを見ると、どれだけ兄想いな妹なのかは明白であった。
「おい、タマル。エステルちゃん、超可愛くね?兄貴がアイツってのがアレだけどよ」
「そ、そうっすね。正統派の可愛い人っすね。」
「これはついにヒロイン登場なのか!?」
「ジローっ」
感激しているエステルを尻目に、ゲスい耳打ちをするカイトとタマル、そしてそれを白い目で見る小春であった。
「時にエステルお嬢様、本日はいかがなされたので?」
「あ!そうでした!!今日はお兄様に緊急の用事があり参ったのでした!」
「ほう、そうでありましたか。しかし、当主様は宮内庁にご出庁中であり、お戻りは遅いかと思われますぞ?」
「え?そ、そんな......私どうしたら......」
屋敷内に入り、感動の場面が終わったにも関わらず、やはり客を無視して二人の会話が続けられていた。
どうやら、エステルは兄と同じく天然、アルファルドは変態とカイトはカテゴライズした。
「あのさ、えーと、俺らここにいるんだけど?」
「わぁ!すみません!また忘れちゃってましたね!」
「おぉ、そうでしたな、ついうっかりと。わっはっはっは!」
この二人の独特なペースに若干疲れを感じていたが、カイトには確認しなければならないことがあった。
「思い出してくれたならいーや。
ところで、エステルちゃんはさっき『参った』って言ってたけど、ここに住んでないの?アパートで独り暮らし?」
「いえ、夫の家で暮らしてますけど?」
「へ?」
「あぁ、エステルお嬢様はライト鍛治商会のご当主、フィリップ・ライト様に嫁がれておいででございます」
「な、何ぃ!?人妻!?」
「えへへ、人妻って響きも良いですね」
「ぷぷっ!」
エステルが人妻と分かり、膝を着いて落ち込むカイトを『ザマーミロ』とばかりに笑う小春であった。
「く、くそぉ......今度こそ俺のヒロイン登場かと思ったのに......」
「か、カイさん、そんなに明から様に落ち込まないで下さいっす!恥ずかしいっすよ!」
「主に合うヒロインなんぞおらんわ、おほほほほー!」
「俺のヒロインはどこだー!!!」
カイトの切ない叫びは、フランツの屋敷中に響き渡った。
「恥ずかしいっすから、マジで止めて下さいっすー!」
赤い顔をしたタマルの必死な叫びも屋敷中に響き渡った。
「おーっほっほっほー!!」
ついでに、小春の高笑いも屋敷中に響き渡った。
「あら、とても元気の良い人たちですね!さすが、お兄様のご友人たちです!」
「......お嬢様の天然ぷりも流石でございますぞ」
エステルの天然な感想に、アルファルドはボソりと呟いた。
「して、お嬢様のご用件とは?」
とりあえず、お茶と茶菓子で場を落ち着かせたアルファルドが質問を口にする。
超マイペースな性格ではあるが、絞めるところは絞める性格ではあるらしい。
「えぇ、それが......」
エステルの話はこうだった。
鉱石を取りにカルムタ町へ行った店の従業員が戻らなかったことから、エステルの夫フィリップが自らカルムタ町に赴いたが、やはり消息を絶ってしまった。
騎士団に捜索を願うよりも、ペガサスを足とする兄に頼った方が早いと考えて、フランツに捜索を願いに来た、ということであった。
「なるほど、そのようなことが......」
「えぇ、本来なら正式な捜索をお願いすべきなんでしょうけども、一刻も早く確認すべきと思いまして......」
「カルムタ町って、王都からだと1日掛かるっすよね?」
「はい、早馬でも丸一日は掛かっちゃうんです。ですけど、ペガサス騎士であるお兄様であれば、片道2時間も掛かりませんから。
身内だからお兄様に甘えちゃおうって思ったんです。でも、不在だなんて......」
そう言うエステルは、俯いて拳を握った。
「商いにトラブルはつきもの、多少帰りが遅くなることは多分にあるのではないのですかな?」
「えぇ、そうなのでしょうけど......でも嫌な胸騒ぎがあるの。」
「ふむ、胸騒ぎですか......」
夫の帰りが遅い、胸騒ぎがするという理由だけでは騎士団への依頼としては弱いものがある。
しかも、依頼した上でエステルの取り越し苦労となればフランツの醜聞にも繋がりかねない。
「フィリップ様がお出かけになられたのはいつのことですかな?」
「二日前よ。」
「二日、ですか......」
消息不明と判断するには短い時間だとアルファルドは考えた。
そうなると、現時点で騎士団に捜索依頼をすることはやはり躊躇われる。
「むうぅ、どなたかに様子を見てきてもらうのがよろしいのでしょうが......」
「アルファルド、誰か心当たりはいないかしら?」
アルファルドは顎に手を当てて思案顔になる。
「そうですな......いるにはいるのですが、何せ結局は馬での移動となります故、そんなに迅速な到着は......」
そこまで言うと、ハッとしてアルファルドは三人組を見詰めた。
「おいタマル。嫌な予感がすんぜ。」
「えぇ、全く同感っす。」
「小僧、全くの後は否定する言葉を続けるものじゃぞ」
「普通の馬より早く、旅に慣れ、腕も立つ。そんな当主様のご友人はおられませんかな~」
チラチラと三人組を見ながらアルファルドが腕を組む。
「アルファルド!そんな奇特な方がいらっしゃるの!?あなたは心当たりが?!」
すがり付くエステルの肩に手を置き、アルファルドは優しく微笑んだ。
「エステル様、当主様のご友人様は少々嗜好に偏りがあるようですが、困ってる仲間を決して見捨てない、そんな熱い方々のようでございますぞ」
「そのような素晴らしい方々がお兄様のご友人にいらっしゃったの!?でも、そんなご友人なんて今まで......あっ、こちらの方々が!?」
ハッとしてエステルが三人組を見詰める。
そして話を振ったアルファルドも期待を込めた眼差しを三人組に向けた。
じーっ
「......」
じーっ
「......」
じーっ
「だーっ!わーかった!行けばいーんだろ、行けば!」
二人の無言の圧力にカイトが根を上げると、エステルの顔がパッと明るくなった。
「本当ですか!?」
「あぁ、仕方ねー。」
頭を掻きながらカイトはため息を吐くが、アルファルドはしてやったり顔で感謝を述べる。
「さすがは、当主様のご友人でいらっしゃる!いやぁ、助かります!」
「断れねー雰囲気バンバン作っといてよく言うな、あんた......」
「本当、言わされた感が半端ないっすね」
「わしはご友人ではないんじゃが......」
白い目の三人をよそに、エステルは目に涙を溜め、カイトの手を取る。
「本当にありがとうございます!!何と感謝して良いのやら!」
「い、いや、大したことじゃねーさ」
「ジローっ」
エステルに手を握られ赤い顔をするカイトを、更に白い目で見る小春は、もはや目線の強さを口に出していた。
「あ、あんだよ?」
「ふーんだ!」
小春の目線に気付いたカイトであったが、目線の理由を聞くも小春はプイッと頬を膨らましただけであった。
「小春ちゃん、でしたっけ?あなたは、私と一緒に帰りを待ってましょうね」
「むむ?何でじゃ?」
「だって、王都の外は危険が一杯なのよ?小春ちゃんは女の子なんですから、大人しくしてましょうね!」
「いや、ソイツは......」
カイトが小春について説明しようとするが、何と説明して良いのか分からず言葉に詰まってしまった。
「小春ちゃんが何か?」
「いや、何つーのかな、ソイツそんなナリしてるけど、俺やタマルより遥かに強いっつーか、貴重な戦力っつーか......」
たどたどしいカイトに、エステルが厳しい目を向ける。
「......まさかカイト様、こんな女の子を危険な場所に連れて行こうと考えているわけではありませんよね?」
「カイト様、それは嗜好が偏ってるとはいえ、あまりにも愚行ではありませぬかな?」
「ただの女の子なら俺だって連れて行かねーけどよ......」
二人のプレッシャーにカイトはたじたじになってしまった。
「おいタマルも何とか言ってやれ!」
「お、俺も小春ちゃんはお留守番してる方が良いんじゃないかと思うっす」
「裏切り者ー!」
タマルは二人に責められることは避けたかった。
「うん、そうよね。じゃあ、小春ちゃんは私とここで......」
「わしはこ奴ら共と行くぞな」
しかし、小春はキッパリと言い放った。
「え?近い村といっても、どんな危険なめに遭うかもしれないのよ?小春ちゃんは女の子なんだから、ここでお留守番を......」
「危険じゃから何じゃというのじゃ?
わしは確かに美しき可憐なオナゴではあるが、なんてったってわしはまじょ......ではなく、マジで強いんじゃ」
「強いって、あなたが?」
「うむ、その通りじゃ。
......それに、こ奴らが危険に立ち向かうというのに、わしが行かぬ道理はないぞよ。わしはこ奴らの......」
「......の?」
言葉に詰まる小春にエステルが促すが、そこで小春の顔が赤い染まった。
「な、なかま......保護者なんじゃ!」
「ほ、保護者......?」
「そ、そうじゃ!じゃから、わしだけがぬくぬくとして、こ奴らだけを行かせるわけにはいかんのじゃ!!」
「......小春ちゃん......」
「......カイト様、いくら偏りのある嗜好といえど、大の男が二人がかりで少女相手にベイビープレイは......」
「「「違うわ!!」」」
おかしな解釈をするアルファルドに、三人は揃って突っ込んだ。
しかし、エステルは思案顔をしたままであった。
「......小春ちゃん......」
そして、何かを決心して唇を引き締めた。
「小春ちゃん、あなたの言葉、私の心に響いたわ!そうよね、大事な人が危険なめに遭ってるかもしれないのに、待つだけなんていけないわよね。」
「え、エステルお嬢様?」
「アルファルド、私も行くわ!」
「な、何だと!?」
「お、お嬢様!?」
「エステルさん!?」
「ほぅ?」
エステルの突然の宣言に、男三人は驚いているが、小春だけは当然といった顔をしている。
「他の誰でもない、私の夫のためですもの。妻である私が行かない道理はないわ!大事な人のために、私は行きます!」
小春に触発されたエステルの意思は固まってしまったようであった。
「ふむ、その意気や良し。
しかし足手まといは不要じゃぞ?」
「えぇ、ご心配なく。私、多少は聖属外法が使えるのよ?」
「ほぅ、少しは役に立つかの?」
「お、おい、勝手に決めてんじゃ......」
「少なくとも、こ奴らよりは」
「ぐぐっ......」
「い、痛いとこをつくっすね......」
話を進める女子二人をたしなめようとするが、ぐうの音も出なくなってしまった。
「しかし、お嬢様!お嬢様が王都外にお行きあそばれるなんぞ、どんな危険があるやら......」
「ごめんなさい、アルファルド。
......でも私、行きます!」
アルファルドを見詰めるエステルの眼差しは意思の強さを表していた。
そして、アーノック家の血筋が頑固であることも三代に仕えてきたアルファルドは十分理解しており、エステルの決意を覆すことがいかに困難であることも承知していた。
「なんと......畏まりました。では、不肖このアルファルドもご同行させて頂きますぞ。」
「オッサンもかよ!」
「アルファルド、あなたまで危険なめに遭うことはないのよ?」
しかし、アルファルドは静かに頭を横に振った。
「いいえ、アーノック家を守ることが私の職務です。お嬢様一人を王都外に行かせるなんぞ許されませぬぞ。......それに、お嬢様が仰ったのですぞ、大事な人のためにと。私の大事な人は当主様とエステルお嬢様ですからな!」
「アルファルド......ありがとう。」
意趣返しをされては、エステルも反論できず、アルファルドの思いを噛み締めた。
「おーい、だから俺らもここにいるんだぞー」再三にわたり置いてきぼりにされて突っ込みを入れた。
「あっ......い、いえ勿論忘れてるわけではありませんよ!」
「コホン、その通りでございますぞ!......ちっ、執事冥利につきる瞬間でしたのに......」
取り繕うエステルをよそに、アルファルドはぶつぶつ何事か呟いていた。
「着いて来るのはもはや仕方ねーけどよ、足手まといはゴメンだぜ?」
「そうすね、俺たちじゃカバーしきれないすよ!」
エステルとアルファルドが一緒に行くことが決定事項となってしまったが、カイトとタマルは不満を口にする。
「ふむ。わしは三人のなかで最も強い。
エルフの娘は聖属性外法が使える。
して、爺は体術かの?」
「お恥ずかしながら、水・木属性外法を少々といったところですかな。」
「その立派な筋肉関係ないっすね!」
「そう言う小僧は何ができる?」
「俺は竜車の運転ができるっす!」
「主は?」
「どこでも寝れるぜ。あと、目と身体能力が良いってことだな」
「ふむ。つまり、じゃ。主ら二人が戦闘において戦力外であるが、異論あるかの?」
「ないっす!」
「......ねー......」
タマルはほとんど戦力にならず、カイトの力は未知数なところはあるが、即戦力とは言い難い。
ズバリ指摘されてしまい、もはやカイトとタマルは不満すら口にすることすらできなくなってしまった。
「ふむ、解ればよろしい。」
「ではでは、私は早速準備にとりかかりますぞ」
「なるべく急いでね、アルファルド!」
「畏まりました、お嬢様。......ふっ、腕が鳴るわい!」
アルファルドがバタバタと客間を出ていった。
すると、エステルが改めて三人に謝辞を述べた。
「皆さん、本当にありがとうございます。そして、ワガママを言ってごめんなさい。
でも、足手まといにはならないようにしますね!」
その明るい笑顔を見ると、カイトにはもはや同感を渋る気持ちにはなれなかった。
「いや、仕方ねーさ。
だが、これだけは肝に銘じてくれ。俺たちの大将はあんただ。何かあったとしても、自分の身を一番に考えてくれ。俺たちが無事でも、あんたに何かあればそりゃ俺らの負けなんだ。いいな?」
「わ、私が大将......分かりました!私が皆さんを必ずお守り致します!!」
「え?いや、あれ?話通じてねーのか?」
「なんか、お兄さんと通じるものがありますね......」
「その見た目に天然属性とは......やはり気に食わん!」
天然ぶりを発揮するエステルに、人知れず敵意を抱く小春であった。




